危険
木田先輩は背中を木に預け、腕組みをしてこちらを見ていた。
「ふうん。ずいぶん手なずけられてるみたいだな。奴が人間じゃないって聞いても怖くねえのか?」
「怖くなんかないです。」
人間じゃないって言われると戸惑うけど、でも怖くはない。
「ずいぶん大事にしてるしな。」
「どういう意味ですか?」
「教えてやんねえ。」
ムカ。
私はぺこりと頭を下げた。
「昼休みも終わるので失礼します。」
そう言ってこの場を立ち去ろうとした時、木田先輩の声が耳元でした。
「じゃあ俺が本当の怖さを教えてやろう。」
「ふわっ!?」
体に巻きつく腕の感触。
「!?」
びゅっと風が体を包んだ。
思わず目を閉じ、手の触れた何かにしがみつく。
「いつまでくっついてるつもりだ?」
すぐ真上から木田先輩の嫌味な声がして、私は目を開いた。
「うわわ!?」
私は目を疑った。
なんだなんだ!?
すごく見晴らしがいい。
それに頬に当たる風が冷たい。
足元を見ると遥か彼方に今まで自分の立っていた地面が見えた。
私は木田先輩に抱えられて、校舎よりはるかに高い一本杉のてっぺんに立っていたのだ。
「話で聞くのと実際に体験するのではちがうだろう?どうだ。俺たち、人外の力は。俺が手を離したら、お前なんか一瞬で殺してやれるぜ?」
「すごいすごーい!!えーっ!!学園ってこんな風になってるんですね~!!あっ。あれって大学部ですか~?わー、人があんなにちっちゃい~!!」
「・・・。」
木田先輩がなにか言っていたが、興奮した私の耳には入らなかった。
「きれーい!!あっ。あれって海ですか~?」
「・・・お前、人の話聞けよ。」
だってこんな風景、鳥にでもならなければ見れない。
興奮するなって言っても無理だと思う。
とは言っても、さすがに失礼だったかも。
私はしがみついていた手をそっと離し、こほんと咳払いをした。
「すみません。あまりの素晴らしい光景につい興奮してしまいました。」
「素晴らしい・・・?」
木田先輩は胡乱な顔をした。
「え?だって、すごいじゃないですか。人外さんってすごいんですね。こんな風景がいつでも自分の力で見れるなんていいなあ。」
力説する私を木田先輩は微妙な顔で見ていた。
なんですか。
その可哀そうな子を見る目は。
「お前、変わってるって言われないか?」
「何気に失礼ですよ。先輩。」
「分かってんの?お前ら人間なんて俺らからしたら虫けら同然だ。殺そうと思ったらすぐ殺せるんだぜ?貴島だって同じだ。お前を気に入らなくなったら消すなんてこと、指一本でもできるんだぜ。」
「晴可先輩がそんな事をするとは思いませんが。」
私は木田先輩の顔を正面から見据えた。
「大体、人か、人でないか、そんな区切りで分ける必要がありますか?持っている能力がちがうのは人間同士でも同じです。じゃあ、能力が高ければ他人を傷つける?ちがいますよね?人であろうが人外であろうが、大事なのは持ってる心です。能力なんかじゃない。」
「お前・・・。」
木田先輩が大きく目を見開いた。
「先輩はこの力が怖いかと言いますが、先輩の力は今、私を感動させてるんですよ?」
木田先輩は私から顔を背けた。
「お前、やっぱり変わってる。」
「・・・そうですか?」
「・・・がお前みたいだったら・・。」
「え?」
「でもお前は貴島のもんだからな。」
ブツブツつぶやいていた先輩が急にはっきりと言い、私を真正面から見た。
その顔に浮かぶのは初めに見た皮肉な笑み。
「あいつのものなら、俺いらないから。」
「!!!?」
なんの前触れもなく、体に回された木田先輩の腕の感触がなくなる。
ふわりと浮かぶ体。
遠ざかる皮肉な笑顔。
私、落ちてる!!
風を切る音と体中に走る痛み。
枝が体を引き裂いていく。
あ~ここで私の人生終わるのか。
やけに冷静に考えていた。
あと何秒で地面に激突するんだろう。
父さん母さん、今行くよ。
そう思った時、どっと体に軽い衝撃を受ける。
あれ?地面ってこんなに柔らかかった?もう天国に着いちゃった?
「雅・・・!」
晴可先輩の声がすぐ近くで聞こえた。
あぁ、来てくれたんだ。
安心感に包まれて、私は意識を手放した。