混乱
なんでこんなことに・・・。
私は茫然と晴可先輩を見ていた。
晴可先輩というより私の指にふれている、そのくちびるを。
先輩が目を上げふっと微かに笑った。
吐息が指にかかり、ぞくりと何かが全身を這い上がる。
「☆*§★▼**~~~~!!!?」
声にならない悲鳴を上げて、私は晴可先輩の手を振り払った。
取り戻した左手の指先がじんじん熱い。
「なななななんですか~~!?」
とり乱す私とは対照的に、晴可先輩は余裕の笑みを浮かべている。
「いや別に。」
「べべべべつにって・・・。」
私ははんべそ状態だ。
「まあ、強いて言えば牽制、かな。」
後は俺の満足のため?という言葉は理解不能だった。
「ややややめてください~~~。」
「なんで?とりあえず、場所はわきまえたつもりやけど。」
「場所!?」
私は我に返って周りを見回した。
そう。
ここは無人ではない。
だからこそなんの警戒もしないで勉強に集中していたのだけれど。
幸田くんが生ぬるい目でこちらを見ていた。
会長と副会長はそれぞれ机に向かって書類仕事をしていたが、その肩が細かく震えている。
もー嫌だ!!
私は涙目で晴可先輩をにらんだ。
異変は夏休み明けの2日目から起こった。
私の朝食は早い。
食堂が開く時間に行くので、一緒になるのは朝練のある運動部員が数名だ。
なのに、なんで私の目の前に晴可先輩がにこにこしているのか。
「どうしたんですか?」
私が問うと、
「夏休みはずっと雅ちゃんと一緒におれたのに、学園では離れてる時間が多すぎる。」
と言った。
私は眉を寄せた。
ここは学園だ。
別荘では許されても、ここにはここのルールがある。
いくら花園先輩と知りあいになったといっても、度を超す接触は制裁を免れない。
「先輩?」
私が咎めるような視線を送ると晴可先輩は苦笑を浮かべた。
「大丈夫。雅ちゃんが困るようなことにはならんから。」
「・・・ほんとですか?」
交流会のようなことはごめんだ。
「ほんとほんと。安心して?」
その言葉を信じた私がまだまだ甘かったという事を知るのは、それから数時間後だった。
私はクラスで一番早く登校する。
みんなが来るまでの1時間ちょっと、静かな教室で予習を兼ねて勉強をするのが習慣だった。
遠くで朝練をする声が聞こえる他は何の音もしない。
いつもと同じ静かな朝だったはずだ。
なのにまた晴可先輩が現れ、しかも当然のように私の前の空席に腰を下ろす。
「だから、なんで先輩がここにいるんですか?」
「ん~?まあ気にしやんといて。」
「朝、言いましたよね?」
「うん。大丈夫やよ。」
「じゃあなんでここにいるんですか?」
「雅ちゃんの顔が見たいから。」
「・・・。」
ダメだ。
会話が成立していない。
ため息をつくと、なぜか左手をとられた。
「跡が残ったな。」
そう言われて、左手の薬指を見る。
夏中、はめていた指輪の跡が白く残っている。
晴可先輩はそれをするりと撫でて、ため息をついた。
「すぐに消えてくな。」
しばらくして、登校する生徒の声があちらこちらで響きだし、先輩は自分の教室に戻っていった。
なんだったんだろう。
私はひとり首をひねった。
昼休み、私はいつものように売店でパンを買ってこようと席を立った。
教室を出ようとした時、するりと両腕に何かが巻き付いた。
「!?」
「雅ちゃん、今日は一緒に食堂で食べようよ。」
「なんで?私はいつもの売店で・・・。」
「まあまあ。クラス委員のみんなも朝霧さんに会いたいって言ってるし、昼休みくらいしか時間がないだろ?」
右腕に星宮さん、左腕に真田くん。
星宮さんはともかく、いつもは私の味方のはずの真田くんも強引に腕を引っ張る。
この時点で私の胸は嫌な予感で一杯になっていた。
なんとか逃げ出す機会を窺うが果たせず、食堂に引っ張り込まれる。
思った通り、そこにはクラス委員とともに生徒会の面々が揃っていた。
青褪める私は当然のように晴可先輩の隣に座らされる。
いや、だから、ここは別荘じゃないって。
周囲の視線が痛いほど刺さる。
誰かた~す~け~て~。
私の心の叫びは誰にも届かなかった。
放課後、私のエネルギーはほぼゼロになっていた。
昼休み以降、教室でも廊下でも視線が痛すぎる。
帰ろう。
いつもは図書室で勉強していくが、とにかく今日は一人になりたい。
かばんを持った時。
「雅ちゃーん、迎えに来たで~。」
私の願いはあっさり砕け散った・・・。
なぜかそのまま生徒会室に連れてこられる。
「なんで生徒会室で勉強しないといけないんですか?」
「ん~?雅ちゃん、いつも放課後は図書室で勉強しとるやろ?」
「・・・はい。」
なんで知ってる?
「でも俺生徒会の仕事もあるし、図書室に行ってると生徒会の仕事がたまるって文句言われるし、な?」
いや。な、じゃない。
「まあ、諦めてやってよ、朝霧ちゃん。君がここにいてくれると僕たちも助かるから。」
幸田くんの言葉にため息をつく。
まあ、ここなら一般生徒の目はないだけマシか。
私は諦めて鞄からノートを引っ張りだした。
そして冒頭に戻る。
誰か、ほんとたすけて・・・。