プロポーズ
「明日は9時出発~。忘れ物ないようにな~。」
夕食後、晴可先輩がみんなに声をかける。
思いがけず楽しかった別荘の日々は今日で終わりだ。
明日には学園へ戻る。
「あの、晴可先輩。お願いがあるんですが。」
私はずっと考えていた事を伝えるべく、晴可先輩を呼びとめた。
「ん?なに?」
「あの・・・。」
言いかけた時、先輩が私の肩をついっと押した。
「あっち、行こか?」
別にここでもいいんですが・・・。
晴可先輩に肩を押され、そのまま庭に下りる。
夜の空気がひんやりと頬を撫でていく。
「夏が終わるなぁ。」
晴可先輩がつぶやいた。
この海辺では秋の訪れが早いのかも知れない。
「今年は楽しかったなぁ。雅ちゃん、来てくれてありがとう。」
「私も楽しかったです。」
答えると日に焼けた顔で、嬉しそうに笑ってくれた。
「・・・明日なんですが。」
「あ、そうそう。なんやったっけ?」
「明日、〇〇市で降ろしてほしいんです。」
私は学園の隣の県境にある街の名前を言った。
「いいけど。理由聞いていい?」
「行きたい所があって。」
「行きたい所?ふーん。・・・わかった。駅の近くでいい?」
「はい。お願いします。」
晴可先輩はくわしく聞こうとはしなかった。
目的は両親の墓参りと実家にいる叔母に会うことだ。
この夏に起きた出来事は全く不測の事態ばかりだったけれど、それは確実に私の心を変えていった。
全ての繋がりを引きちぎるように学園へ来た私だけれど、今ならあの家へ帰る事ができるかも知れないと思った。
物思いに沈んでいた私の左手が不意に宙に浮く。
晴可先輩が私の左手にはまったままのガラスの指輪をくるりと撫でた。
「約束、覚えてる?」
約束?
他の誰からも指輪をもらうなという約束だっけ。
「俺な、18になったやん?」
「?」
私は晴可先輩を見上げる。
「男で18って言うたら結婚できるって知っとった?」
「・・・。」
話が見えない。
「雅ちゃん、俺と結婚しやへん?」
「!!!?」
晴可先輩はいつも唐突だ。
私たち、付き合っていただろうか?
否。
好きだと言われた覚えもない。
なのに結婚!?
晴可先輩の頭の中を覗いてみたいと切に願う。
「あ、でもすぐにって訳ではなくて、えーと、その。おいおい考えてもらったら・・。あれ?雅ちゃん?聞いてる!?」
フリーズした私の隣で晴可先輩がなにやら騒いでいた。