涙
怯えている?
私が?
私は一瞬息を止めた。
私は怯えているのだろうか?
なにに?
夏休み前に真田くんと話した事を思い出す。
友達はいらないと言った私に、もし裏切られても傷つく必要はないと言った真田くん。
そうか。私はやっぱり怖いんだ。
晴可先輩が怖い。
他人の温もりに慣れてしまう事が怖い。
与えられて、無理やり奪われることにはもう耐えられないから。
どんどん私に近づいてくる晴可先輩が怖いんだ。
ぽつりぽつりと私は話し始めた。
恵まれた家庭で育ったこと。
水泳選手として期待されていたこと。
全てを失くしてしまったこと。
事故のあと、病院で目を覚ますと全てが終わっていた。
両親の葬儀も終わり、私の家には父の妹家族が住んでいた。
水泳一筋だった私に親友と呼べる友達はいなかったが、そこそこ仲の良かった友達もいたはずだった。
でもクラス代表のお見舞い以外に私を見舞ってくれる人はいなかった。
今なら少しはわかる。
あまりにも可哀そうな私にかける言葉もなかったんだろうと。
でも、その時私は強く思ったのだ。
いらない、と。
失うかも知れないならもういらないと。
去られるくらいなら私から去ってやる、と。
それで特待生になれば学費も生活費も心配のいらない、誰一人知る人のいないこの学園に来たのだ。
一人になるために。
「だけど晴可先輩は逃げても逃げてもいつの間にか近くにいる。困った時には手を差し伸べてくれる。他人の優しさに慣れたくないのに。慣れてしまう事が怖いのに。」
失うことが怖い私に、たくさんの物が与えられようとしている。
それがどうしようもなく怖い。
「失くす事は怖い事じゃない。それは当たり前の事よ。」
ずっと黙って私の話を聞いていた祥子さんが静かに口を開いた。
「この世に永遠なんてない。人の命も、人の心も。出会えば必ず別れがある。例外はひとつもない。親も師も友も恋人も、夫婦でさえいつかは死によって引き裂かれる。」
祥子さんは私の目をじっと見つめた。
「あなたに起こった事は悲しいことだけど、遅かれ早かれ生きていれば誰もが経験することよ。あなたは特別可哀そうな子なんかじゃない。」
私は特別可哀そうな子なんかじゃない?
本当に?
私は信じられない思いで祥子さんを見た。
私自身はなにも変わらないのに、事故から目覚めると誰もが私の事を可哀そうなものを見る目で見た。
腫れものに触るような扱いに我慢がならなかった。
でも。
私の事を一番可哀そうだと思っていたのは、自分自身だったのかも知れない。
「私は・・・可哀そうなんかじゃないんですね?」
見上げる祥子さんの顔がなぜかぼやけた。
「いいのよ。泣きなさい。」
そう言われて自分が泣いているのに気がついた。
熱い何かが私の両目から流れていく。
「あなた、泣いてないでしょう?辛い時には泣けばいいのよ。」
どこからかふわふわのタオルを取りだして私の頭にふわりとかけてくれた。
私はそれをぎゅっとつかんで泣く。
ハンカチでなくて良かった。
すぐダメになってしまっただろうから。
そのあと偶然やってきた晴可先輩が、祥子さんの前で泣いている私を見て、ひどく慌てていた。