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第九話

 ラムダ台地での負け戦の後、ジュベ達はエルミニオに案内されカミラ要塞の近くにある盆地に陣を張っていた。

 この要塞は自然を利用した作りになっており、左右は山に囲まれている要塞で、南から帝都に行くためにはこの要塞を必ず通らなければならなので一種の関所代わりともいえる要塞でもある。

 左右の山は道険しく、とても人が通れるような道がないので多くの人がこの要塞を通ることになっているのだが、今はその人通りも鳴りを潜めている。


 北軍がこの要塞に立て篭もり封鎖したからだ。

 おかげで南からやってくる商人達は日数をかけて大きく迂回しなくてはならず、それならば別の場所に商品を持っていこうと考える人たちも出てくる始末であり、それが帝国の経済にどれほどダメージを与えるか今は定かではない。


 なかにはこの要塞に立て篭もっている兵を相手に商売を始める図太い商人達も見て取れる。

 北軍からしてみれば装備や兵糧などいくらあっても余ると言うことはないのだ。普段の相場の3倍から五倍の値段で取引をして自分達のこれからに備えている。


 もちろんその負担はライムンドとエルミニオが私財をなげうって作った金でもあるが、彼らとてそれほど裕福な暮らしをしていたわけではない。


 贅沢を好まない彼らは、ある程度見栄えさえよければ、それ以上の贅沢をしようとはしなかった性格でもあるからだ。

 もちろん貴族の中には金が全てだと言わんばかりに私服を肥やしている貴族達も多いが、彼らは客を招待した時や王宮の催し物で恥をかかない程度の身なりさえ整えていればよいと言う考えの持ち主であるゆえ、私財と言ってもそれほど大した額ではない。


 そして彼らの私兵もそんな主の気質を良く理解しているので、兵一人一人が主に負担をかけまいと自分達が出せる範囲で出来うる限り、財を投げ出し商人達から装備などを買い集めていたのだ。


 主従の関係が良く分かる構図でもある。


 このカミラ要塞に集まったのは、かつてのフルヘンシオの私兵、ライムンドの私兵、そしてエルミニオの私兵とジュベ達だけである。


 その数はおよそ1万2千。これにジュベ達を合わせても1万5千程度にしかならない。

 ラムダ台地で南軍と対峙した時は6万5千者軍勢がいたにも拘らず、その数は約5分の1にまで落ちたのだ。


 対するレイナルド率いる兵の数は彼自身の私兵だけでも3万を越し、それらに合わせて各諸侯の兵達もある。

 おまけにエルミニオ達の兵達はほとんどが怪我人ばかりで、みなどこかしらに簡易ではあるが包帯などを巻いているのを見て取れる。


 誰がどう見ても勝てる要素など何一つないのだが、兵達からは悲壮感は見て取れない。彼らからしてみれば負けるにせよ主の仇に一矢報いたいと言う気持ちがあるからこそ、逃げずにここまで着いてきたのだ。

 そこらの寄せ集めの雑兵とはわけが違う。

 そしてそれだけエルミニオとライムンドは兵達と主従の絆で結ばれているのだ。


「こんなところに陣を張っていないで中に入ったらどうだ? 食料を届ける手間が省けて俺たちも楽になるんだがな」

 地べたに寝っころがっているジュベをようやく見つけてぼやくエルミニオ。


 ジュベ達は要塞に入らず、要塞の南側の開けた盆地にゲルと呼ばれる彼らの独特の移動式住居を構え、そこで寝起きしている。


 このゲルというのは木を骨としてそこにフェルトと呼ばれる動物の毛を使った布のような物をかぶせて天窓を作り、通気性を良くした一種の簡易住居でもある。

 ジュベ達はこれらを使い自分達の土地を西へ東へと季節ごとに移動して暮らしているのだが、今回は戦いと言うことで、それにあわせて、このゲルもさらに簡易な作りとなっている。


「石造りの建物は肌に合わん。ここで寝ていたほうがよっぽど疲れが取れる」

 将軍の位を持つエルミニオに対して寝そべったぶっきらぼうに答えるジュベ。

 下手をすれば不敬罪という事で今この瞬間首を跳ねられてもおかしくはないのだが、エルミニオは苦笑したままそれを許す。


「今はいいけど、俺の部下の前でそんな態度はやめてくれよ。下手すりゃ味方に殺されることにもなりかねんからな」

「ああ、そういえば五年前にも言っていたな。お前達は見栄を気にするって。俺からすれば馬鹿らしいの一言に尽きるんだがな」

「そういうな、ここはもう帝国内なんだ。以前はお前のルールに従っただろ? だったら今度は少しでいいからこっちのルールにも従ってくれ」

「上半身を起こして跪いて、お前の手の甲に口付けでもすりゃいいのか?」

 それを聞いたエルミニオはわずかにうなだれ、あきれ返る。


「そこまではいわんよ。部下の前では多少格好つけさせてくれと言っているだけだ。俺は別に気にしないんだが、気にする奴も出てくる。せっかくの共同戦線だ。下手に不快感を与えるわけにもいかんだろ?」

「別に俺らだけでもいいんだがな。お前達と行動を共にする理由も大して見当たらないし」

 

 

 相も変わらず寝そべったままエルミニオのほうを見ようともせず天を見つめたまま答えるジュベ。

 前髪が目を覆っておりその表情は良く分からないが、別にこちらを嫌っているというわけではないのは口調から良く分かる。


「そういうな。こうして食料も分けてやっているんだ。それにお前が率いる手勢がいくら精鋭だからと言ってあの大軍をお前達だけで相手に出来るわけがないだろう? だったら俺達の事を利用してやるくらいのこずるい考えがあってもいいんじゃないか?」


「ふん……あんな弱い奴ら俺一人でも充分だ」

 強がりなのかそれとも本気でそう思っているのか定かではないが、ともかくエルミニオのほうにチラリと視線を向けてすぐに天を見上げるジュベ。

 そこへ別の男が彼に声をかけてきた。


「よージュベ。大体のところの準備は終わったぜ。帝国さんから貰った食料も皆に分け与えた。よくまああれだけの食料を溜め込んでいたものだねー。俺らから散々奪った余りなのかい?」

 キラリと目を光らせてエルミニオに目を向ける若者。

 ジュベと同じように黒い髪を持っている男だが、ジュベと違って砕けた様子で話しかけてくるので、話しやすい雰囲気を持つ感じではあるが、エルミニオに向けた視線には誰にでも分かるような殺気が込められていた。


「ボルドよせ、話しただろ? 一応は味方だ」

「わーってるよ。だからあえて分かりやすく威嚇したんじゃねえか挨拶みてえなもんだろ。それにな俺はまだ完全にこいつらが味方だとは思っちゃいねえからな。帝国のやつらなんて皆同じだよ。お前もあまり気を許すなよ? 笑顔で近づいてきて、後ろからナイフで刺すのが大好きな奴らなんだからよ。お前も忘れちゃいねえだろ? あの時ことをよ」


 そう言われてジュベはかつての惨劇を思い出す。

 突然奪われた日常。仲間、そして初恋の女の子の事を。

 

 静かに沈黙してそのまま天を見上げる。


「忘れていたらこんなところにまで来ない」

 静かな怒りを放ち、小さく答えるジュベだが、声は小さくともその中に込められた意思はすさまじいものがあった。


 ボルドはかつての仲間の一人だ。

 ジュベとは幼馴染であり良く一緒に遊んだ仲でもある。

 あの惨劇の中どこをどう逃げ延びたのか分からないが、彼は血だらけになりつつも、別の部族に保護されていたのだ。


 被害を受けたのはジュベ達の部族だけではない。

 ゆえにこの被害を受けてからの6年間ジュベは帝国に復讐するために、壊滅した部族の生き残りを集めて仲間にしていったのだ。


 そんな折、ボルドが別の部族に保護されていることを知りすぐにその部族を訪ねた。

 その部族はかつてジュベのいた、メルキト族と対立を激しく繰り返していた部族でもあり、ジュベにとってはにわかに信じられない話ではあったが、過去の遺恨を水に流し、その部族の長はボルドを一族に迎えていたのだ。


 そしてその部族の長の娘といい仲になっていたボルドを戦いに連れて行くわけには行かないと思い、挨拶を済ませた後、その集落を後にしたのだが、そのジュベを追いかけてきたのがボルドと言う若者である。


 彼もまたあの時の事を怒りに秘め、部族の族長に許可を得てここまで着いてきたのだ。

 また、娘といい仲になっており、気に入っていたこともあってその族長は、ジュベとボルドのため幾人かの若者を与えてくれたのだ。


 最初ジュベは、「これは自分の復讐なので貴方の部族から血を流させるわけには行かない」と遠慮したのだが、その部族の長は「これはこの地に住む全ての部族に対しての侮辱である。こちらの力をいやと言うほど帝国に見せ付けておかねば、この先同じことが何度でも起こるだろう。ゆえに力を貸すのだ」といって快く若者を差し出してくれたのだ。


 さらになぜ彼らがジュベというまだ16歳程度の若者をリーダーとしているのかと言うと、壊滅的な打撃を受け、なお10歳の若さで帝国に一矢報いたのはジュベだけであり、他の誰にも真似できないことをやってのけたのだ。


 彼らにとってこれ以上の理由はない。ゆえにジュベの指示に従い、ジュベをリーダーとして三千人からなるこの集団は動いているのだ。


 そして彼らに帝国の事情など知る由もない。帝国の事情を知っているのは、かつてエルミニオに案内されて一時期彼に預けられていたジュベただ一人である。


 約二年間、ジュベはそこで帝国の内情を見聞きして過ごしていたのだ。

 といっても、まだ幼いジュベにとって派閥などの細かい事情を理解できるほどの頭はなかったのだが、エルミニオが時折使者を出し、ジュベに今はこういう状況だ。あるいはこのようになっている。と教えていて、それにより、今回の戦いが仇を討てるチャンスと踏んで動いたのだ。


 エルミニオ自身、ある程度事情は教えていたものの、まさか今回の戦いに参加してくるとは思わず、驚きがかなりあった。

 最後に使者を出した時に述べた言葉が「これがもしかして君との友誼が最後になるかも知れないが、今帝国は二分されている。君の仇は我々と敵対する立場に立っており、南の側についている。恐らくこの戦いは負ける可能性があるだろう。ゆえに最後にしたしめておく。この戦いの後帝国はわずかながら混乱するはずだ。その隙を突けば君が長年仇として付け狙っているギオマル……鷹と杖を紋章にした者たちを討ち果たせるやもしれん。くれぐれも軽率な行為はしないように。蛮勇は決して誰のためにもならない。その事を良くわきまえておいてくれ」と言ってのけたのだ。


 ここに彼の誠実さが見て取れる。これがもし、さかしい者ならうまく彼を騙して自軍に引き入れ味方とすべきなのだろうが、エルミニオは決してそうしようとはしなかった。


 また、敵側であるギオマルに対しても、この間に討つチャンスは実は何度もあったのだ。

 ギオマル自身、狩りが好きなこともあってわずかな供と共に何度も狩場に出かけ狩りを楽しんでいたのだ。

 しかし、エルミニオはあくまで派閥の違いから敵対するのであって、ギオマルとて帝国の臣なのである。

 さらにフルヘンシオが当時尽力していたこともあり、もしかして彼とは争わずに済むかも知れないと考えていた部分もあったのだ。

 同じ帝国の臣を討たせる手引きなど出来るほどに彼は不誠実な男ではなく、もし争そわずに和解出来れば、フルヘンシオが尽力したように自分がジュベとギオマルの間に立ってなんとか和解させようとすら考えていたのだ。


 良くも悪くも真面目なエルミニオらしい思考ではあるが、日常を戯れに奪われたジュベがいくらエルミニオが尽力しようと和解に承知するはずもない。


 結果的には敵対する立場となってお互い共通の敵となったためその未来は訪れなかったがそれがエルミニオにとって幸か不幸か誰も知る良しもない。


「ともかくだ。俺たちゃあんたらの争いがどうなろうと興味はない。いいか? もしジュベを裏切るような真似をしてみろ! あんたの体を生きたまま八つ裂きにして狼の餌にしてやるからな!」

 ボルドはやはり帝国の人間に心を許す気がないのだろう。

 ジュベが宥めたにもかかわらず、あくまで喧嘩腰でその場を立ち去る。


「嫌われたものだな……」

 ポツリとエルミニオがつぶやく。


「自業自得だろ? あんたら帝国は調子に乗りすぎたんだよ。なんで自分達の住める土地を持っていてそれで満足しなかったんだ? 奪われた土地を奪い返す。あるいは餌場をめぐって争うってのなら分かるが、あんたらは充分食っていけるだけの土地を持っているだろう?」


「さてな、今となっては俺にも分からんよ。まったくほんと不思議なもんだ」

「案外いい加減だな」

「一雨来そうだが本当に砦に入らなくていいのか?」

「構わんよ。雨が降ってくれりゃ水が確保できるしな」


「分かった何かあったらすぐに砦に来てくれ、敵も二、三日で現れるだろう」

「分かった」

 そうして二人はそこで会話を切り上げ、エルミニオはその場を後にして、ジュベは寝そべったまま虚空を見つめていた。


「もうすぐ仇を討ってやるからなツェツェグ……」

 


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