第八話
戦いが終わり、結果としてレイナルド公率いる南軍が勝利と言う形で終わったが、最前線で戦っていた三侯爵、すなわちラディスラオ、ギオマル、アポリナルの三人の顔からはとても勝利者とは言いがたい雰囲気が漂っていた。
特に腹心の部下を失ったギオマル、そして掃討戦に入っており勝利目前まで行っておきながら敗走を余儀なくされたアポリナルの二人からはまるで敗者のような顔色しかなかった。
「……あの騎馬隊は何者だったのだ? あんな集団聞いたことがないぞ! 何故あれほどの者達が今の今まで無名だったのだ!」
最後は語調が強くなり、怒りを振りまいているようにも感じられる。アポリナルは先の戦いを思い出しながら頭を抱える。
人馬一体とはよく言ったもので、その動きは帝国の騎馬隊が真似ようと思っても出来るようなものではなかった。ましてや矢が飛び交い死体が転がり、おまけに不安定な地形のも関わらず両の手を離して弓を放ち、槍を右に左にと自由に操るその姿は御伽噺に出てくる、神の戦士ともいうべき姿でもあった。
この中でその騎馬隊の被害が一番少ない、というよりほとんど受けなかったラディスラオもあごに手をやり考え込む仕草を見せている。
ギオマルは腹心の部下を失ったショックから立ち直れていないのか、特に口を挟むことなく沈黙を守っている。
そして三人が戦いの跡地に作った天幕の中でそのような話をしていると、南軍の総大将であるレイナルドがわざわざ足を運んでその姿を見せたのだ。
三人は慌てて敬意を示す仕草を見せたが、レイナルド公はそれを手で制した。
「ああ、そう堅くなる必要などないぞ、まず此度の戦、尽力を感謝する」
そう言って逆に感謝の念を示すレイナルド。
「ありがとうございます。これもレイナルド公の人望の賜物でしょう。ようやくあのにっくきフルヘンシオめを討ち果たせて我らは胸のすく思いです。これでようやく帝国のあるべき姿を取り戻せると言うもの。出来うるなれば一刻も早く帝都に戻り皇帝陛下を安心させたいものです」
この中で一番年が若いラディスラオが三人を代表して口を開く。
ラディスラオと言う人物は若いながらも才気に溢れ、周囲から期待されていた人物だ。
そして周囲の期待に応え、10代という若さで功績を挙げ、また父を早くに無くしたと言うことで早々に領地と爵位を引き継ぎ、先代の皇帝の遠征でも多くの手柄を立てこれまた周囲を驚かせた人物である。
しかし、父親だけはその才能を認めながらも、彼を危ぶんでいた部分がある。
それはラディスラオがその才能を鼻にかけ、時には自分より身分が上である公爵位のものに対して、年長者相手であろうが見下した態度をとっており、人を良く馬鹿にしていたのだ。それも陰で馬鹿にしていたわけではなく、本人が目の前にいようと堂々と「貴方は馬鹿ですね」と言うような意味合いを持つ言葉を平然と言い放っていたのである。
ただし話すに足る人物だと彼が認めた場合は、一瞬で心を開き友誼を結ぶのも得意としており多く友人がいるのと同時に敵もまた多くいると言うのがラディスラオという人物である。
彼の父親はそんなラディスラオを見て、「我が家を栄えさせるのはわが子であり、そして滅ぼすのがわが子であろう」と近臣の者にポツリと漏らしたという。
そして彼としては、帝国には無能なものが多すぎると考えており、この戦いをきっかけに更なる功績を挙げ自分が帝国の重鎮となり、馬鹿な人間達を排除していけば、帝国は更なる繁栄を遂げるだろうと言う思いからこの戦いに参加した。
もちろんフルヘンシオに対しての怒りも当然あったが、彼は私怨だけで兵を動かすほど単純ではなく、そこには様々な思惑と計算があったのだ。
「その件なのだがな、確かにフルヘンシオは討ち果たしたものの彼の率いていた兵の残党が帝都近くのカミラ要塞に立て篭もっておるようじゃ。もはや悪あがきにも等しい行為なのだがあの要塞は帝都の最後の防衛の要だけあって堅固な作りになっておる。そこでじゃそなたらにはもう一働きしてもらいたいのだがいかがであろう?」
先の戦いが終わり、戦は確かに勝った。
そしてアポリナル、ラディスラオ、ギオマルにとってフルヘンシオ憎きでこの戦いに参加したのが大きな理由でもある。
そのフルヘンシオを討ち果たしたことによって、彼らにとっては戦う理由がなくなっているのだ。
レイナルドはこの先自分が帝国の実験を握った際に、この三人が何処まで自分の味方になるかを確かめておかなくてはならなく、そのために残りの残党を彼ら自身に討って貰いたいと願い出たのだ。
命令ではなくあくまでお願いする形である。
そこで、いの一番に口を開いたのはラディスラオである。
先の戦いのおいて最も被害が少なく、さらにはフルヘンシオの考えを一瞬で読み取ったのだ。
「ではその件、私にお任せ願います。アポリナル候、ギオマル候のお二方は先の戦いにおいて少なからず被害を出しております。なればこそ私が一番適任ではございますまいか?」
この連合軍ともいえる盟主の前ではっきりとこの二人は勝ち戦にも拘らず多くの被害を出したと明言したのだ。この性格があるからこそ彼の父親は彼の行く末を案じていたのだ。
そしてラディスラオ自身も今の言葉が二人にどれだけ恥を書かせているのかをしっかりと自覚した上で放っている部分があり、それはかつて彼が憎んでいたフルヘンシオと通じる部分があるが、フルヘンシオの場合は自覚がなく、立ち振る舞いにおいて色々な人から煙たがられていたのに対して、ラディスラオは分かっている上で言っているのだ。
さらに仲良くしたいと思っている相手に対しては当然その性格はがらりと変わる。
ではラディスラオ自身、この二人の侯爵をどう思っているかというと、先が見えていない無能者と考えているのだ。
ラディスラオはこの戦いで南軍についた理由の一つに、フルヘンシオの専横が許せなかったと言うのもあるが他にもフルヘンシオとレイナルドが戦った場合、勝つのは間違いなくレイナルドのほうだろうと考えていた。
それは結果として正しかったことであり、ラディスラオの読みが当たったともいえるだろう。
そしてレイナルドが勝った場合、恐らくレイナルドは手始めに帝都を手中に収め帝国の実権を握り、事実上のトップとして君臨するものであると予感していた。
しかしそれをあからさまにやった場合、今いる味方のうちの半数がレイナルドを不忠者として今度はレイナルドを討ち果たせと言うことにもなりかねない。
ゆえに、恐らくではあるが、皇妃であるバスクアラを懐柔し徐々にその権力を奪っていくのが常套手段であろう。
しかしレイナルド自身すでに老年といってもいい年頃である。ありきたりだが手っ取り早く自分の孫娘を今の皇帝に与えると言うのが一番いいと考えている。
この戦いは南軍、北軍どちらにも大義名分はない。
皇妃であるバスクアラがどちらに対しても勅令を発しなかったからである。
ゆえに先の戦いが終わり、南軍の勝利を見届けた多くの諸侯はさっさと自分達の領地に引き上げてしまったのだ。
理由としては、自分達は勝利者に味方をし、それなりに自分達の存在を実力者にアピールしたのだ。これ以上帝国内で下手に騒いで皇妃から朝敵と認識されてはたまらない。
すでに南軍の勝利は確定しているのだから自分は必要ないだろうと言う理由からだ。
ラディスラオからすれば愚かな選択としか言いようのない行為ではあるが、ライバル達が自分から消えて言ってくれたのはとてもありがたかった。
「ふむ、ではカミラ要塞の攻略はラディスラオ殿にお任せしよう」
にっこりと微笑んだままレイナルドはラディスラオにその笑顔を向ける
「ですが、その前に一つお約束をいただきたいのですが?」
「おやおや、恩賞の件ならたがえることなく必ずお渡しするが?」
「ああいえ、そちらの件ではございません。そうですね、その恩賞にもう一つお付けしてほしいものがあるのですよ」
「ラディスラオ候は存外欲張りなお方じゃな」
相変わらず表情を崩さず微笑んだままのレイナルド。
「はは、父にもよく言われていました。ああ恩賞なのですが、貴方の孫娘であるセラ様を私の嫁に迎えたいのですよ」
セラとはレイナルドの孫娘に当たる人物で今年17になる長く赤い髪を持つ貴族仲間でも評判の娘でもある。
白い肌と長く赤い髪が情熱的な雰囲気をかもし出し、また綺麗な瞳とキリッと通った鼻筋が彼女の美しさをさらに引き立たせているが、性格は男勝りな部分があり、慎ましさを求められる貴族社会においてはあまり好まれない性格をしているため、美しさで評判になるものの、貰い手は中々現れないと言ういわくつきの娘でもある。
皇帝の嫁にと考えていた娘は彼女の妹に当たる娘で、レイナルドとしては行き遅れる可能性を持つ娘の貰い手が現れたことに本来は手を叩いて喜ぶべきなのだが、一瞬言葉が詰まる。
もし自分の考えがうまくいき、自分の孫娘が皇帝の嫁となれば確かに自分の地位は安泰となるが、その一族にラディスラオが加わることになるのだ。
しかも皇帝の義理の兄と言うことにもなる。
「……そうじゃな、たしかにセラはあのままでは行き遅れになる可能性もでてくるじゃろう。ラディスラオ殿ほどの者が貰ってくれるのであれば、手を叩いて喜ぶべきなのだが、あのような性格ではかえってご迷惑にならぬか」
無駄だと思いながらも予防線を張るレイナルド。
「いえいえわが国に置いて、ああいった気質の女性は確かに好まれませんが、私は特に気にしませんよ。それでいかがですかな?」
「……相分かったカミラ要塞を攻略した暁にはその儀を了承しよう」
「ありがとうございます。お二方は証人としてしっかりと覚えておいてくださいね」
ラディスラオの言った二人とはアポリナルとギオマルのことだ。
そしてラディスラオは、出撃の準備のため、天幕を後にした。
「あやつの父親はあやつの事を油断のならない奴と言っておったが……まさしくその通りだ……」
ギオマルとアポリナルは二人の会話が何を意味するものなのかはっきりと分からず、目を見合わせた。