第七話
謎の騎馬兵団の報告を受け、最前線にいる二人の将軍、ラディスラオとギオマルは情報がつかめず、首を傾げるが、そのすぐ後にアポリナル敗走の報を受け、さらに首をかしげる。
「アポリナルが敗走しただと? どういうことだ! すでに大勢は決しており掃討戦に入っている。奴はその指揮に当たっていたのではないのか?」
「はっ! 現れた騎馬兵団は何者の部隊かは把握できておりませぬ! しかしその騎乗技術は一言で言えば悪魔がついているとしか思えぬような騎乗技術でアポリナル侯爵の部隊があっと言う間に蹴散らされました」
いまいち要領の得ない報告を受けた二人は、その騎馬隊がこちらに向かっていると聞き兵を招集してその騎馬隊に備える。
「ラディスラオ候、なにも我々が二人で事に当たることはない。貴君は自分の兵を纏め上げ、レイナルド公の元へいき事の次第を報告してくれ」
「しかし、危険ではありませぬか?」
「なあに、どうせやけになった部隊が死兵となって玉砕覚悟で突っ込んでいるに過ぎない。少し突っかければすぐに瓦解するであろうよ。それにまだ我が兵も7千以上健在だ。そう簡単にやられはせぬ」
他の南軍の将と同じように勝ち戦で気が大きくなっているのだろう。
部下に手早く指示を出し、槍衾と騎馬隊、弓隊を編成し謎の騎馬兵団が来るほうへと陣を備え、迎え撃つ準備をするギオマル。
「エミリオ聞いたな? 北軍の中にエルミニオとライムンド以外にも骨のある奴がいるじゃないか。アポリナルめ油断しおって戦と言うのは勝ちに乗じた時こそ最も気をつけえねばならないと言うのに」
そういいながらも口元を釣り上げるギオマル。
仲はそれほど悪くはないが、やはりどこか同僚の失敗を自分が挽回すると言う優越感に心を奪われているのだ。
そして自らの片腕に騎馬隊を任せ、自分はこの場で高みの見物でもするつもりなのだ。
猛牛将軍と言われている、ゆえんに連なり彼の部下はその猛牛の角の部分にあたる人物とされている。
ゆえに角将軍と言われているのが、ギオマルの部下であるエミリオだ。
猛牛には角が二つあり、もう一方の角将軍は6年前に帰らぬ人となっていた。
ゆえに現在のギオマルの腹心はエミリオただ一人と言える。
鍛え上げられた体躯はギオマルよりも大きく、30半ばの歳でまだまだ男盛りといえる年齢だ。
武力と言う意味合いにおいては、帝国の中でも5本の指に入る人材でギオマルの自慢の部下でもある。
「あのアポリナル様が油断していたとはいえ敗走するなど信じられませんな」
「敗走といってもその場を離れただけであろう。負けたと言うわけではあるまい」
事実とは異なる認識を持つのはこの場においては仕方ない事だろう。
「それでは私は兵の指揮がありますゆえ、失礼します。必ずや朗報をお届けします」
「あまりやりすぎるなよ。かつては味方だったもの達だ。多少は手加減してやれ」
「さて、今回はさほど活躍が出来ませんでしたからな。少しは我等の力をレイナルド公の目に焼き付けておかなければなりますまい」
謎の騎馬兵団を北軍に所属していると勘違いしているが故の発言だ。
エミリオはその場を離れ、兵の指揮に当たっていく。
「やれやれ血の気の多い部下だな」
苦笑をもらしつつその背を見送ったギオマル。
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「あれか?」
遠目にジュベ率いる騎馬民族を視界に入れたエミリオは誰に話しかけるでもなくつぶやく。
その騎馬隊に追われるように南軍の兵達が蹴散らされていく様子は、この場で見る限り敗走ともいえる状況だ。
もし勝ち戦と言う認識がなければ、負けたと誤解してもおかしくはないほどの勢いでもある。
「なるほど……ただの玉砕ではないようだな」
笑みがこぼれ、武人としての血が騒ぐエミリオ。
歯ごたえのある敵の出現に武者震いするが、所詮3千の兵が突っ込んでくるだけの話である。
アポリナルやベルガミンのときとは違い、編成した1軍を持って当たるのだ。そう簡単にやられはしない。
やがてジュベ率いる騎馬他民族を弓隊の射程圏内に捕らえ、エミリオは号令を出す。
「放てぇぇぇぇ!」
その号令と共に突撃を仕掛けてくる騎馬民族に数多くの矢が降り注ぎ、いい的となって突撃が緩まりそこへ中列に並ばせていた槍衾でさらにダメージを与え、最後に自ら率いる後列にいる騎馬隊で突撃を開始して止めを刺す。
猛牛将軍と言われているギオマルの必勝パターンでもあるこの戦法は、まさに粉砕の一言がふさわしいほどの威力で今までに数多くの敵を屠ってきた戦法でもある。
そして今度の敵も猛牛将軍の角に貫かれて、粉砕されるはずであった。
矢が降り注いだ瞬間、ジュベは軽く片手を挙げ自らはエミリオ率いる部隊に向かって右側に方向を変え、彼の副将とも言えるボルドが左側に方向を変えた。
それらに合わせて馬群が二つに別れ双頭の蛇をイメージした形を取り、降り注ぐ矢は空いた地面に無意味に突き刺さる。
「な、なに! バカな! あの勢いで何故!」
あれだけの勢いがついている上に人が乗っているのだ、ましてやここからでは良く分からないが何か合図をしたわけではない。
あのような一糸乱れぬ動きをするためにはこちらにも分かるほどの何かの合図をして、動くはずであり、合図を見て動くという時間差も生じるはずだ。
なのに何の予兆もなく突如二手に分かれたのだ。
驚愕するには充分な出来事である。
そして二つの騎馬隊からお返しだと言わんばかりに弓が斉射される。
今度はエミリオの隊が弓の雨に襲われる番だ。
あっという間に前列の弓隊がばたばたと倒れ、その被害は中列に控えていた槍隊にも及んだ。
「ばかな! この地形で! あの勢いで! 何故ああも見事に弓を放てる! 何故動ける!」
戦列が崩され素早く立て直すことのほうが重要なのだが、百戦錬磨の彼にしてみても驚きの一語に尽きるのだろう。
そしてこの戦場においてはその驚きは隙となり、それを見逃すジュベではない。
「くはははは! 見つけた! 見つけた! 鷹と杖の形をしたやつらだ! ククク! あの時とは違うぞ! 一人も逃すなぁ!!」
この場にいる全員にとって仇とも言える兵達だ。勢いが今までの比ではない。
その勢いを持って一気に蹂躙を開始する。
「な、なんだこれは! 私は夢でも見ているのか!」
まず前列に配置された弓隊が情け容赦なく蹴散らされ、踏み潰され、槍で貫かれる。
次に槍隊が槍を突きつけようと奮戦するが、すでに体勢を整えるまもなく一気に跳ね飛ばされる。
エミリオの隊は一瞬で混乱に陥ったのだ。
「殺せ! 殺せ! 誰一人逃すな! 徹底的に殺しつくせぇ!」
ジュベが大声をあげ長年の恨みを晴らすべく、右へ左へ槍を振るい、あるいは突きつけ次々と敵を屠っていく。
槍を一振りするたびに鮮血が舞い上がりその返り血が降り注ぐ前に別のところから鮮血が舞い上がる。
鬼神……その戦いぶりはその一言でしか表せないほどの戦いぶりだ。
前髪で目は隠れて表情は良く見えないが、時折覗かせるその目からは溶岩が煮えたぎったような怒りの炎の光が見て取れるほどだ。
いや彼だけではなく、彼が率いている騎馬民族全てが同じような怒りに支配されている。
「なんだ……なんだ! あの化け物は! おのれ! 騎馬隊突撃を開始しろ!」
恐怖に負けまいと、怒りで何とかごまかし、比較的無事だった騎馬隊に突撃の命令を出すが、未だ混戦状態で敵味方が入り乱れている状況だ。
つまり味方ごと踏み潰せと命令したのだ。
さすがにこの命令に部下が躊躇う。
「エミリオ様! 今突撃を開始してしまえば、味方が我らに巻き込まれてしまいます!」
「黙れ! 黙れ! あのような者共をギオマル様の元へ行かす訳にはいかん! このままでは突破されてしまうぞ! 槍隊のおかげでわずかに勢いが弱まっている! 今突撃を開始すれば奴らごとき物の数ではないわ!」
苛烈ともいえる命令内容だ。普段であればここまで過激な命令は出さないのだが、あっという間に瓦解していく自分の隊を見て、混乱したのであるが、命令内容は手段を選ばなければ確かに有効な戦法だ。
突破よりも弓、そして槍隊の殲滅を優先しているジュベ達だ。足はほぼ止まっている状態と言ってもいい。
「……分かりました」
大きくため息を吐き、エミリオの部下は突撃を開始せんがため動きだそうとした瞬間、敵の騎馬隊後方から再び矢が降り注ぎその出鼻をくじかれた。
「がはっ」
「グぇ!」
その矢に辺り馬もろとも倒れこみ、次々と絶命していく騎馬隊。
「な! なぜこの混戦の中で! 馬上から矢を放てるのだ!!」
矢の一本がエミリオの頬をかすめ血が流れる。
そしてジュベがついにこの隊の頭と思われるエミリオをその視界に捕らえた。
「あいつが頭か……殺してやる!」
咆哮を上げ一気に馬を走らせてエミリオに向かって単身で突っ込むジュベ。
今までジュベ達がここまで来れたのはその見事な騎乗技術と一糸乱れぬ動き、そして不意打ちに近い形で突破してきた事、そういった様々な要素が絡み合い、蹴散らして来れたのだ。
兵に守りを固められている、ましてや帝国でも五本の指に入る角将軍を相手に単身で突っ込むなど無謀の一言に尽きる……と普通ならば考える。
「一人で突っ込んでくるとは! 舐めるなよ!」
「角将軍が出るまでもありません! 我らで充分です!」
4人の騎士が駆け出し、ジュベに向かっていく。
ギオマルの兵達は、その性格から武力を好む傾向にあり、この4人の騎士も武力と言う意味合いにおいてはかなりのもので、他の人物からも一目置かれている。
そんな4人を相手に生き残ると言うのは至難の業に近く、エミリオもあの若者が命を散らしていく様を見て溜飲を下げるつもりであった。
すれ違い様に一人の騎士が槍を突き立てジュベの勢いを止めようとする。
そして続く二人目三人目で踊りかかり、殺すと言う方法だが、まず最初の一人が自分の槍を突き立てる前に短剣を投げつけられ、何とかそれをはじくもそれが隙となり自分が槍に貫かれ馬上で絶命した。
「な! こいつ!」
味方がやられた事に怒りを上げ二人目、三人目が踊りかかる。
「遅い! のろまが! この程度の腕で……まともにやっていれば貴様らなど! よくも仲間達を!」
一人目をついた勢いをそのままに大きく振りかぶり、二人目の頭を振り下ろした槍で砕く。
さらにその遠心力を使い、三人目の肩を柄の部分で砕き痛みにひるんだ隙に再び槍を喉に突き付け絶命させる。
これらの出来事はすれ違い様に起きた出来事であり、外から見ている人がいれば、何がおきたか分からないうちに三人の騎士が馬上から転げ落ちたとしか目に入らないだろう。
そして4人目も一瞬でその命を散らし、その勢いのままエミリオとぶつかるジュベ。
「小僧が! 調子に乗るなよ!」
ジュベに負けないほどの凄まじい勢いで馬上から槍をたたきつけるエミリオ。
その武力はさすがと言うべきで一撃では終わらず二撃、三撃と続いていくが、ジュベのほうも、その凄まじい槍をそらし、はじき、突き入れ対抗していく。
一合、二合、三合と打ち合い甲高い響きが戦場で鳴り響く。
その戦いぶりは苛烈きわまり、敵も味方も思わず魅入ってしまうほどの激しさを持っている。
「おうら! どうした小僧! 息が上がっているではないか! そらそら!」
次々と繰り出されるエミリオの槍。
ジュベは相手の言葉を無視するかのように、同じように槍を振るい攻撃を繰り出す。
「……所詮この程度か……」
ぼそりとつぶやくジュベ。
「あん? 言いたい事があるならはっきり言ってみろクソガキが!」
「雑魚がこの程度の腕で父を! 母を! ツェツェグを!」
その言葉をきっかけにジュベは馬を巧みに操りその場から離れた。
「ボルド! 何をしている手が止まっているぞ! 誰が見物しろと言った! 徹底的に殺しつくせ!」
ボルドと呼ばれた若者がその言葉に はっ! となり、味方に指示を飛ばし蹂躙を開始していく。
ジュベの後ろでぐらりと大きな体格が揺れてそのまま地面に転げ落ちた。
エミリオの隊は、それが自分達の指揮官だと把握してあっという間に崩れジュベ率いる騎馬民族の餌食となっていく。
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遠くからその様子を見ていたギオマルは突如味方が崩れ出すのを見て、訝しむ。
「……何故味方が崩れるのだ!? 何が起きた! エミリオは遊んでいるのか!? 報告はどうした!?」
「ギオマル様、撤退をお願いします! エミリオ様が討ち死になされました! 敵はその勢いをかって、この場に向かっています!」
「貴様! 何を寝ぼけたことを抜かしている! エミリオが討ち死にだと!? あやつの腕前はわしが良く知っておるわ! このような時にそのような冗談を言うとは、後でその首を跳ねてやるからよーく洗っておけ!」
「し、しかし」
「黙れ! この猛牛将軍に撤退の二文字などないわ! そのような事をいている暇があれば、エミリオの手伝いでもして来い!」
そのやり取りの間にも、次々と苛烈極まる勢いを持って、ジュベはついにギオマル本陣まで辿り着く。
軽装の黒い革の鎧は返り血によって赤黒く、また、顔や髪にもその血がべっとりとついており、戦いの激しさを物語っている。
さすがに疲れが出てきたのか、わずかに肩で息はしているもののそれ以上に、怒りで支配されている彼はまるでその自覚がないかのごとく、ギオマル本陣に咆哮を上げ襲い掛かった。
「……あ……あ……悪魔だ! 悪魔だ!」
誰かがポツリと漏らし、その戦いぶりに鍛え上げられていたはずのギオマルの兵はもはや軍として成り立っておらず、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
当然その兵達を見逃すほど甘くはない。
「や、やめてくれ! 家族が……がはっ……」
「痛いよ! 痛いよ! 母さん……」
「俺の足と手がないぞ! イタイイタイ! ダレカダレカ!」
阿鼻叫喚、地獄絵図と言う言葉にふさわしい場が出来上がりつつある。
今までのアポリナルやベルガミンの兵達にはここまで執拗に攻め立てなかったのに対し、鷹と杖を紋章にしているギオマルの兵にはやりすぎても足りないといわんばかりに槍を突き立て、首を跳ね、馬で踏み潰していくジュベ達。
「くははは! 死ね! 殺せ! 誰一人逃げられると思うなよ!」
敵の兵の返り血を浴びながら高らかに笑い声を上げて槍を振るうその姿は、敵兵にとって恐怖の対象でしかなく、とにかく逃げ惑うばかりなのだが、歩兵はあっという間に追いつかれ殺されていく。
騎兵は先程ほぼ失っていたが、幾人かはまだ残っていたが、彼らはギオマルの近衛兵であり下手に動かず主を守っている。
さすがに一般の兵とは心構えが違うが、表に出さないだけで彼らも恐怖に怯えており、きっかけがあればあっという間に逃げ出すほどだ。
「あ……あ……お、お前達! 何をしている! 奴らを止めて来い!」
ギオマルが的確な指示を出すわけでもなく、怒鳴り散らす。
主からこう言われては動かないわけには行かず、恐怖を押し殺して馬を走らせる近衛兵達。
そしてギオマルは背を向けて逃げ出した。
自分でもどんな行動を取っているのか自覚がないのだろう。
ともかく無我夢中で馬を走らせて、部下を見捨てて後方へと逃げていく。
ジュベはその姿を捉えたが、近衛兵が邪魔をしてすでに追いつける距離ではないことを悟り、舌打ちをもらす。
「雑魚に構いすぎたか……あいつが俺達の部族を殺したこの群れの頭だな……しっかりと覚えたぞ」
そして次々と残った兵、逃げ惑う兵を殺しつくすジュベ達。
その場にエルミニオが現れて、撤退を申し出てきた。
「生きていたのか? エルミニオ!」
「お前のおかげだよ! ともかく敵の囲みに穴が空いた! 撤退するぞ!」
「まだ奴らの頭が残っている! あいつだけは殺す!」
前髪に隠れて表情は良く分からないが、全身から怒りを発し隠そうともしないジュベ。
「いくらお前でもこのままだと仇を討てないまま無駄死にするぞ! 見ろ! 今までは相手の油断もあったのだろう。不意打ちに近い形でここまで来れたが、お前達の動きに気付いたレイナルドが兵を纏め上げこっちに向けてきている! 体力も限界のはずだぞ!」
そう言われて視線を巡らせると、レイナルド本隊が2万の軍勢を率いてこちらに向かってくるのが良く分かる。
レイナルドといわれてもジュベには誰のことかわからないが、確かにまずい状況ではある。
「5年前にも言ったと思うがお前の部下になる気はない!」
「部下になれなんて言わんよ。ともかく俺達と来い! 食料くらいなら分けてやる!」
そう言われると今まで感じていなかった疲れが急に押し寄せてきて、体が重くなるのを自覚する。
また味方の騎馬民族たちを見やると皆同じように疲れが出てきたのか、動きが鈍っている。
下手に味方に被害を出すわけには行かないと判断し、不満は残るも鷹と杖の形をした紋章を持っている者達を充分殺しつくしたのだ。
引き上げ時はここだと判断し、エルミニオの意見に従うジュベ。
「わかった……一旦引くぞ! 仇はまだいる! ここで死ぬわけにはいかない!」
その声に呼応し、次々と隊列を整えていく騎馬民族。
「本当に見事なものだ。我が軍にお前の様な味方がもっと早くにいれば、我が主を死なせることなどなかったのだがな……」
悔しそうに、そしてどこか悲しげにエルミニオは呟きをもらした。