第三話
帝都カサブランカ、王宮の一室でとある人物が二人その場におり、一人は中年の様相をしている人物だ。穏やかな表情をしており、どこか安心させる雰囲気を持っている。
「……ギオマル候がカラカット平原に兵を向けただと?」
表情は変えずに静かに口を開く中年の男。
「は、わが手の者からそういった情報が入りました。念のためフルヘンシオ公爵のお耳に入れておこうかと思いまして」
「バカな……先代陛下が亡くなられて1年、ようやく帝都周辺の地域が落ち着き、我らに反抗の兆しを見せていた各地域の領主をなだめていたのに……何故そのような反抗心を煽る真似をしたのだ! 無駄に血が流れるだけではないか! その情報はまことなのか? エルミニオ?」
エルミニオと呼ばれた人物はフルヘンシオよりは若いが若者、という年齢ではなくちょうど青年と中年に当たる歳の中間といった人物だ。
黒い髪に赤茶色の瞳をしており、体躯はフルヘンシオよりも二周りほど大きく鍛えられていることが良く分かる体つきだ。
「誤情報……ということもありえますが……現段階では真偽のほどは分かりませぬ」
「ぬうう……今が一番大事なときだというのに! 我ら一同が一致団結して事に当たらねば牙を隠しているもの共に付け入る隙を与えるということが何故分からぬ! 無用な戦を差し控え、内政に力を入れ足元を固めなければあっという間に瓦解するというのに!!」
怒りを込めてこの場にはいない誰かに向けるような感じで彼は語調を強め、言葉を放つ。
フルヘンシオとしては、皇帝が亡くなった後、余計な問題点を無くすために尽力したという思いがあり、彼とて皇家に忠誠を誓っているのだ。
専横しているという意識は全くなく、全ては皇家のために取っている政策だと自負している。
先代の陛下の遠征計画を途中で引き上げさせたのもそのためだ。
圧倒的カリスマによって人心を掌握し、その武を持って版図を広げてきた偉大ともいえる先代、彼が生きている間は、占領した地域の住民は従順に従っていたのだが、先代がなくなったとなれば話しは別だ。
昔から皇家に仕えていた訳ではなく、先代の武によって仕方なく従っていたに過ぎない、ここで下手に混乱を招き、先代が死去したことによってその武が衰えを見せれば、たちまちに彼らは牙をむいてくる。
そう思い各地で戦っていた武将達に引き上げの命令を出したのだ。
帝都の外側の反乱よりも、内側の反乱を恐れ、彼らが戻ることによって内側からの反乱を押さえつけるよう考えたのだが、遠くで命をかけて戦っている彼らにそのことが分かるはずもなく、またフルヘンシオもそれくらい理解しているはずだと考え、大して説明をせず、横柄な態度で指示を出したのだ。
フルヘンシオは優秀で頭が切れる人物ではあるのだが、彼の欠点に人の心の機微を捉えることが出来ないという欠点がある。
自分の考えは当たり前の考えで、一々言わずともそれくらいは理解しているはずだと、自分の考えが将来帝国のためになることくらい言わずとも分かるだろうと、そのような考えの人物である。
ゆえに言葉が足りなかったり、あるいは指示の内容を何のためかを一々言わずに言うときがあり、それらが他の人間のカンに触るときが多々あるのだ。
また各地で戦っていた武将達は皇帝の死去により突然の引き上げの命令、ここまでは理解できていたのだが、せっかく奪い取った地域は引き上げと同時に取り返され、またようやく帝都に戻ってきたとたんに今までの手柄は全てなしにするといわれ、憤慨した。
手柄を与えるための皇帝がまだ幼く、フルヘンシオとしてはそれは越権行為になると考えたのだ。
ゆえに皇帝が成人した後改めて貴君らに手柄を与えるといったはいいが、そんなものは各地で戦ってきた武将にとって空手形何者でもなく、負け戦をしていたわけでもないが、戦いの途中で部下の討ち死になどもある。
故郷を思いながらもそれでも帝国のためと歯を食いしばって槍を振るってきた。
慣れない土地でなれない食べ物によって苦しい思いもした。
水が途中で切れて泥水をすすりながらもそれでも、なんとか勝ち戦を続けてやってきた。
現地の住民の反乱に何度も手を焼き、自身も傷を負ったこともある。
そうしてやっとの思いで帰ってきた結果がこれである。
そんなもので納得が出来るはずもなく、さらに領地に帰り、しっかりと領内を安定させるようにと帝都から追い払われる形で追い出されたのだ。
怒りが溜まるのは当然だが、フルヘンシオにはそれが理解できないのだ。
「エルミニオ……万が一の事態に備えカラカット平原にそなた自信が赴いてくれぬか? あそこに住む部族達を敵に回すのは厄介だと先代陛下は常々仰っていた。下手に刺激をして取り返しのつかなくなる前に、手を打たなければならん」
「しかしギオマル候の兵とかち合う可能性があります……あの者の事です。下手にかち合えばこれ幸いにと兵をけしかけてくる可能性がありますが?」
「一応こちらから言っておく……」
「分かりました。ではただちに兵の準備をいたします!」
エルミニオはそういうと、踵を返して部屋を出る。
残されたフルヘンシオは何かを思うように、しばらく沈黙し、そっと部屋を出た。
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ギオマルの兵がメルキト族を襲った翌朝、エルミニオはようやくカラカット平原に辿り着く。
斥候を放ち各部族の様子を伺うため、草原のとある場所に陣を構築し、部下からの情報を待つ。
ここに住む部族は、定住を持たずカラカット平原を中心として各地を放浪する遊牧民族なので、そう簡単に見つかりはしないと考えていたが、1週間ほど立った時、部下からとある部族が襲われた後があると報告を受けそちらに出向いた。
間違いなく遊牧民族の集落ではあるが多くの死体があり、そのほとんどが帝国兵の死体で、まるで返り討ちにあったような感じである。
「……生存者を確かめろ! 味方にしろ敵にしろ出来るだけ生け捕りにしろ!」
「はっ!」
部下達はその命令を受けて慌しく散っていく。
その間にもエルミニオは、周辺を自ら散策し、調べていくと、不自然に盛り上がった土がいくつも見受けられ首をかしげる。
(何だこれは? まるで墓のようだが……)
墓の上には墓石なりなんなりを立てるのが彼らの習慣だ。
しかし盛り上がった土の上には何も置かれておらず、エルミニオはただただ首を傾げるばかりだ。
そう思ったとき、騒ぎが起き始める。
何事かと思い、エルミニオはそちらに足を向けた。
兵士達は少年を槍で囲み、動きを封じようとしているが、エルミニオの命令で生け捕りにしろといわれているゆえ、下手に攻撃を仕掛けるわけには行かず、逆に少年はその身軽さを利用して兵士達に次々と襲い掛かってくる。
「おい! 俺達は敵じゃねえ! 落ち着け!」
「ちっなんて速さだよ! そっちへ回ったぞ! 逃がすな!」
「心配するな向こうにも兵を回してある!」
口々にそう叫ぶ兵達、そしてエルミニオ正面にその少年は現れた。
目は血走っており、衣服は汚れ、両の手には短剣を持っており、エルミニオを殺さんばかりに睨みつけている。
一目で部族の少年だということをエルミニオは把握した。
なぜならその少年の衣服はデールと呼ばれるこの地方独特の衣装で帝国のものとは違った一風替わった衣服なのだ。
彼とて何度かこの地方に足を運び、この地に住む部族との交流があり、それゆえこの少年がこの集落に住む者だと分かったのだ。
「エルミニオ様! お下がりください危険です!」
部下が指揮官の身を案じ、忠告を促すが、その間にジュベは叫び声を上げながらエルミニオに向かって駆け出した。
「この! いい加減しろ!」
「やめんか!」
エルミニオの周りを固めている兵は慌てて槍を突き出そうとしたが、彼らの指揮官の言葉によりその槍は止められた。
しかし、ジュベはのほうは止まるはずがなくあっという間にエルミニオの前から跳躍し飛び掛るが、エルミニオは冷静に槍をふるい、刃のない槍の中間の部分をジュベの体にたたきつけ、吹き飛ばす。
「がっ……はっはっ……」
地面に転がり、痛みにうめくジュベ。
「落ち着け少年、我々は敵ではない」
「うるさい! 帝国兵は皆殺しだ! お前も死ね!」
痛みに顔をゆがめながらもなお立ち上がり、今度は短剣を投げつける。
その正確さに一瞬驚き、エルミニオは体を半身にして回避行動をとった。
背中から冷や汗が流れる。
「……驚いたな、君のような少年が……」
「クソっ! 何で避けるんだよ!」
手持ちの武器が尽きたのか悪態をつきながらも飛び掛ろうとするジュベだが、まともな素手のやりあいで大人に勝てるはずがなく、周りの兵にあっという間に取り押さえられる。
「……少年。我々は敵ではない。何があったのだ? 話してくれないか?」
未だに悪態をつきあらん限りの声で罵声を放つジュベにエルミニオは何とかなだめようと優しく声をかけた。
「うるさい! うるさい! 殺してやる! お前ら全員殺してやる!」
兵達に取り押さえられ、痛みがあるにも拘らず憤怒の形相で睨みつけるジュベを見て、エルミニオは埒が明かないと判断して、ひとまずは縄で拘束するよう指示を出した。
そこへ、馬が一匹声を上げながら突っ込んでくる。
「クドゥス!」
とたんに少年の顔に喜色があらわれ、いきなり飛び込んできた馬に、兵達はにわかに混乱するが、エルミニオは冷静に指示を出す。
「落ち着け! 馬一匹が暴れているの過ぎん! 矢で射殺せ!」
「やめろ! お前ら! クソっ! クドゥス逃げろ! 俺のことは心配するな!」
必死の叫びで馬に呼びかける少年を見て、エルミニオはまずいと感じ慌てて指示を取り消す。
「殺すのは待て! 適当に追い払え! 下手に近づくと跳ね飛ばされるぞ! 気をつけろ!」
遠巻きに脅すように矢を射掛けたり、槍を振るわれたりしても一向に逃げる様子はなく、兵達に向かおうとクドゥスは必死で後ろ足を蹴り上げたり、前足を上げ兵をつぶそうとするが、やがて体力が尽きたのか少しずつ大人しくなる。
「クドゥス! いいから逃げろ! 早く!」
ジュベが必死の思いで叫び、その思いを汲み取ったのか背を向けて悲しそうにいななき、走り去っていくクドゥスを見てホッと息をつくジュベ。
そして再び帝国兵を睨みつける。
「さて、少年。君は我々に恩があるはずだ。出来れば聞いたことに対して素直に答えてもらいたいのだが?」
「恩だと! ふざけるな! そんなものがあるものかよ! 死ね! 死ね!」
「馬を殺さなかったではないか。いいかもう一度言うぞ? 我々は敵ではないが、君がそのような態度であればあの馬を追い詰めて殺すことも可能なのだぞ?」
「お前! くっ……何が聞きたいんだよ!」
優しい問いかけから一転、今度は脅すような口調をジュベに向け口元を釣り上げる。
懐柔が無理であるなら脅す。よくある常套手段だ。
彼とて出来ればこのような手法に頼りたくはないが、このままでは埒が明かない。
そう考え馬を殺すとほのめかしたのだが、思いのほかうまく言ったようだ。
まさか馬の生死でこうも簡単に懐柔出来るとは思わなかったこともあり、少し驚くも表情には出さない。
「何があったのか聞きたいのだよ。少年の親はどうしたのだ?」
「白々しいことを! お前達が殺したんじゃないか! 父を! 母を! ツェツェグを!」
「何!? 少年。それはまことか?」
今度は表情に出てしまう。
「嘘をついて何になる! みんなの仇だ! 部族が受けた侮辱は部族の手で! 絶対に殺してやる!」
「落ち着け少年。そうだな……君の部族を襲った連中はどんな格好をしていた?」
「お前達と同じだよ! 鉄の鎧を着ていた! 鉄の鎧は帝国兵と決まっている! だから殺した!」
いきなりとんでもない事柄が少年の口から漏れる。
「殺しただと? どういうことだ?」
「部族の仇だ! だからあいつらを追って、住処を見つけて火をつけて、やつらの頭とやつらを殺した! お前も殺してやる!」
エルミニオは少年の言葉を深く考え込む。
この少年の言うことをまともに受け止めれば、この少年はギオマルの領地まで出向いてギオマルを殺したことになるが、こんな少年にそのようなことができるはずがない。
では、この少年が言っている意味とは……。
そこまで思考してようやく、はっ! となる。
しかしその考えもまさかという思いで一杯だ。この少年にそのようなことが出来たとしても、無事にここにいること事態不可能なはずなのだ。それが当たり前である。
「君が殺した相手は……君が殺した頭というのはどんな人物だ? 覚えている限り特徴を教えて欲しいのだが?」
「暗くて覚えていない! ただ男の癖に肩まで髪を伸ばしてた! 後ろから殺してやった!」
それだけで充分すぎるほどの特徴だ。
ギオマルの部下で肩まで髪を伸ばしている男など、エルミニオにとって心当たりは一人しか思い浮かばない。
「エウスタシオを……こんな少年が? バカな……」
「知らん! 鷹に杖の形をしたやつらもお前たちも皆敵だ!」
その言葉で、エルミニオはもはや夢なら覚めてくれと言わんばかりの衝撃に襲われたのだ。
鷹に杖、それはギオマルの家紋を表す紋章で、鎧や旗などに使われているものである。
つまりこの少年の言葉から分かるのは、何らかの方法で彼らの襲撃の魔の手から逃れ、仇討ちとしてエウスタシオの後を追い、夜にそっと忍び込んで焼き討ちを行い、エウスタシオを殺したといっているのだ。
「エルミニオ様?」
呆けている指揮官を訝しみ、彼の部下が思わず声をかけた。
「あ、ああすまない、と、ともかくだ。事の真偽を確かめねばならない。少年よ、彼らを襲った場所を教えてくれないか?」
「……お前達はあいつらの仲間じゃないのか?」
ジュベはさすがにおかしいと思い込んだ。
なぜなら、ジュベは彼らの仲間を殺したと言ってのけたのだ。仲間が殺されれば当然復讐する。それがジュベにとっての当たり前の出来事である。にも拘らず、彼らは自分を害しようとはしない。
10歳のジュベには理解しがたい出来事だ。
「……そうだな……仲間ではあるかもしれんが、敵である可能性もあるといったところだ」
「……良く分からんぞ。あいつらの仲間なら殺してやる」
ギラリとエルミニオを睨みつけるジュベ。
「ともかく、今は君と敵対する気はない。もし君が我々に協力をしてくれるのであれば、縄を解き自由にしてあげたいのだがどうかな?」
「……あいつらの仲間でないというのなら協力してやる」
さすがにエルミニオはどう答えていいものか迷ってしまう。
確かに関係としては仲間とは言いがたい関係ではあるが、同じ帝国に仕える者同士でもあるのだ。
大きく見た場合は『仲間』という部類に入るのは間違いない。
とはいえ答えを出さなければ彼の協力が得られず、仕方無しに答える。
「仲間ではない」
わずかに良心がうずくがこの際そうも言ってられない。
「わかった! なら協力してやる」
そしてジュベを拘束している縄を解くように指示をするが、兵の一人が警戒をあらわにする。
「エルミニオ様、危険ではありませんか?」
「どっちの事だ? 嘘をついた事か? それとも縄を解く事か?」
「どちらかといえば縄を解く事です。あんな子供がエウスタシオ殿を殺してのけるなどとてもじゃないですが信用できません。私達から逃れるための嘘を言っているとしか思えませぬが……」
「お前の言うことも最もだがな……その事が事実であればフルヘンシオ様に報告せねばなるまい。真偽を確かめるのにも必要な事柄だ。それにこの地に住む部族は嘘などを嫌うといわれている。そう心配することもなかろう」
そうしてジュベの縄を解き、兵達は警戒するがジュベは何するでもなく、一言声を発した。
「クドゥス! 近くにいるなら出て来い! 俺は無事だぞ!」
クドゥスが何処からともなくとことことやってきて、鼻面を押し付けてくる。
「心配するな。ほらこの通り怪我はない。お前は無茶なことをするな全く。こっちが心配したぞ」
まるでお前に言われたくないとばかり、いななくクドゥス。
そしてヒラリといつもと同じようにクドゥスの背に乗るジュベ。
「な? バカな!」
「嘘だろ……手綱も鐙も鞍もないのに何で……」
「……どうなってやがる。あれじゃ馬が走っただけでもすぐに落馬するぞ」
口々に兵達が話し始める。
馬上からジュベが兵達が何に驚いているのか分からず首をかしげながらも、エルミニオに声をかける。
「案内しろといったのはそっちだぞ。行かないのか?」
エルミニオも兵達と同じように驚きに目を見張っていたのだが、そう声をかけられて我に返り、慌てて兵達に準備させた。