第二話
ジュベが目を覚ますと日はすでに高く上っており、ジュベは大きく伸びをする。
集落から持ってきた干し肉をかじり、ほんの少しだが腹を満たす。
朝露に濡れている草から水滴を少しずつ取り、喉を潤しようやく一息ついて脳を覚醒させていく。
(あまりぐずぐずしていられないな……)
まだ少し眠り足りない気持ちもあるが、そうも言っていられない。
早いとこ帝国軍に追いつきたいのだ。
「クドゥス!」
その名を呼ぶといななきが聞こえてきて、とことことジュベの元に彼の愛馬がやってきた。
「ははは、よしよし、昨日は休めたか? あまり休ませることが出来ず申し訳ないが、もう一ふん張りだ。頼むぞ」
馬を軽く撫でやり、そのままひらりと馬の背に乗り軽く愛馬の首を叩くと、クドゥスは軽く走り出す。
急いでいるのは事実だが、馬というものは全力疾走をさせてしまえばすぐにつぶれてしまう。
ゆえに長距離を移動する場合は、ゆっくりと馬のペースで走らせなければならず、時折休憩も挟まなければならない。
しかし歩くという行為よりは間違いなく数段早いのだ。
ゆえにジュベもはやる心を抑えてクドゥスのペースに特に文句をつけることなく揺られている。
(大人数での移動は時間がかかるはずだ……そう遠くへは行っていないと思うが……)
そして大軍が移動したと思われる跡を見つけその方向に愛馬を走らせるジュベ。
やがて日が暮れてきて、夜になりつつある頃合に、ジュベはようやく探していたものを見つけた。
柵に囲まれ天幕を張られ、そこでは大勢の人物が見慣れない鎧を着込み、せわしなく動いているのだ。
もしこれが見慣れた衣服であればメルキト族と同じようにこの平原に住む、違う部族の可能性もあったが、あのような鎧はこの平原に住む部族はつける事などないのだ。
草原に住み狩猟民族のジジュベの目ははるか遠くを見渡せる視力もある。この距離ですらすでに薄暗いというのに一人一人のの顔すら判別できるのだ。
ゆえにジュベは彼らを遠くから睨みつけつつも、ゆっくりと移動して彼らに見つからないように草むらに身を隠し夜を待つ。
10歳という少年の体を隠すには、人の手が入っていないこの草原の草は充分すぎるほどだ。
クドゥスの背からおり、ありったけの武器を小さい体に縄などでくくりつけ、クドゥスは放し飼いにする。
「クドゥス……世話になったな……良い嫁さんを見つけろよ」
クドゥスはわずかにいななき鼻面をジュベに押し付けてくる。
「分かってくれ……多分俺は死ぬんだ……お前を道連れにするわけにはいかないんだよ……頼む」
ジュベの思いが伝わったのか、名残惜しそうに鼻面をより強くこすりつけるように押し付けてクドゥスはやがてゆっくりと背を向け、走り去っていった。
(これで本当に一人だな……父上、母上、ツェツェグ、部族の皆……必ずやつらを皆殺しにしてやるから……それまでは絶対に死ぬもんか!)
そう思うも一抹の不安が胸をよぎる。
だからこそクドゥスを逃がしたのだ。
愛馬を巻き添えにはしたくないという思いで。
やがて完全に日が暮れて、辺り一体が闇に包まれる。
帝国軍は食事が終わったらしく、思い思いに過ごしており、完全に油断している。
(風向きは東……充分だな……)
獲物を捕らえるためには罠が必要な時もある。
ジュベはその罠といえる代物ではないが、ないよりマシだと思いそれを用意して、気配を殺し静かに帝国軍の陣へと近寄る。
見張りも一応いるがのんきに欠伸等をしており、やる気が全く感じられず、かがり火があるとはいえ、草むらの影にいるジュベを発見できるはずがない。
ここの指揮官はエウスタシオといい、男ではあるがその金髪を肩まで伸ばし、軽く無精髭を生やしている人物でもある。
彼はギオマルの側近の一人でもあり武官でもある人物で、かつての遠征の際にはギオマルの側近として兵を指揮しておりその手腕を充分に発揮してきたのだが、今回の遠征では少々やけになっている。
理由は主とほぼ一緒だ。
遠征が成功すれば、主は更なる飛躍を見せ、その側近である自分もそれに合わせて上にいける。そう思い長く辛い遠征に赴き、前線で時には傷を負いながらも必死で槍を振るってきたにも拘らずその苦労が一切報われなかったのだ。
ゆえに主と同じようにフルヘンシオの専横を憎んですらいて、やり場のない怒りを溜め込んでいたときに、主からこの地に住む蛮族を蹴散らして来いと命令を受け憂さ晴らし気分で望んだのだ。
率いてきた兵は3000の騎馬隊で構成されており、いくつかの部族を不意打ちに近い形でつぶして来たのだが、あまりにも歯ごたえがなく飽きてきたのだ。
この地に住む部族とて、外敵が来れば様々な遺恨は置いとき一致団結して事に当たるが、先代の皇帝はこの地の部族に対し力で当たるのは愚策と考え、懐柔を選んで何回も使者を送っていたのだが、先代の皇帝の意をちゃんと汲んでいない部下が横柄な態度で彼らに当たったので、中々うまくいかず、またそれぞれの部族の長達もそれに油断して、今回も部下になれといってきたのかと思い込み警戒を解いてしまったのだ。
ゆえに、不意打ちに近い形で攻撃を受けなすすべなく一方的に殺され蹂躙されていったのだ。
最初は簡単にやられていく部族を面白がって殺してきたがやがて飽きてきたエウスタシオは、もはや面倒にすらなっており、適当に酒を煽り、この地に着く前に連れてきた金髪の村娘をはべらせ楽しんでいた。
もちろん村娘の気持ちなど知ったことではない。
また部下達も部族を襲った際に手に入れた何人かの娘達を慰み者にしようとしたが、彼女らは舌を噛み切り、あるいは隠し持っていた短剣などを使い自らの命を絶つもの、もしくはその短剣でエウスタシオの兵に襲い掛かってくる者などがいて、彼らの望む従順な玩具とは程遠く結局、攫ってきた女性達は全て失ったのだ。
ゆえにこの場において女を楽しんでいるのは彼らの指揮官一人といえる。
そんなのであるからして、兵たちの士気もかつての遠征のように高くはなく「やってらんねーや」という気持ちのほうが強いのだ。
そんな中、彼らの目を盗みうごめく影があるが、闇に隠され兵達は気付かない。
(仕掛けはうまくいったと思うが……あとはこいつらの頭をつぶせば……せめてそいつ一人くらいはこの手で殺したい)
狩りにおいてはその群れの頭の判別が重要となってくる。
特に狼に襲われたときなどなおさらだ。
ゆえにその嗅覚を持って陣の奥深くへと入り込んだジュベは、一際立派な天幕に当たりをつけた。
(あれか……)
しかし見張りがおり、さすがにあの中まで忍び込める様子はない。
そんな時一組の兵士の会話がジュベに耳に届いた。
「ったくうちの指揮官様は女を連れ込んでお楽しみかよ。羨ましいねえ」
「なんだったらお前も適当に連れ込めばよかったじゃないか」
「一応軍隊だぞ? 俺らみたいな一般の兵にそんな権限があるものかよ」
「やれやれ、だったらぼやくなよ……余計悲しくなる。攫ってきた女は全部死んじまうしよ。蛮族の女があそこまで気が強いとはな。楽しみがなくなっちまったぜ」
「あん? この間襲った集落でお前楽しんでたじゃねえか……あんなガキを相手によくまあ出来るもんだな」
「戦いになるといきり立つもんだろ? 少しは落ち着かせなきゃな……それにあのガキ。ずっとジュベージュベーってきゃんきゃんわめいてうるさかったぜ。黙らせようとしたら思わず殺しちまったよ」
瞬間、ジュベの頭から何もかもが消え去った。
体が勝手に動く。
自分の心を支配しているのが何なのかすら分からない。
怒り、憎悪、憤怒、呪詛、そんな言葉を千並べたとしても、彼の心を表すにはまだ足りない。
草むらから飛び出し、兵の一人の首めがけて短剣を突き刺す。
「あん?」
何が起きたか分からないもう一人は思わず首を傾げたが、良く見ると同僚が立っていた場所に一人の少年がたたずんでいた。
「……なんでガキがこんなところにいやがるんだ? おいエンリクいきなり倒れてんじゃねえよ。あ?」
「お前が! お前が! ツェツェグを!!」
凄まじいまでの怒声だ。
とても10歳の少年が出せるような声ではない。しかし、その怒声は大気を震わせ、見張りの兵達や周りにいる兵たちに気付かせるのには充分すぎるほどであった。
しかし、ジュベはそんな事を気にせず。いや恐らく彼自身自分で何をやっているのかすら気付いてはいない。
凄まじい形相でその兵に飛び掛り、不意をつかれた兵は押し倒され馬乗りにされる。
「よくも! ツェツェグを!! お前は! この!」
なにを言いたいのか言葉すら怪しいジュベだが、一言一言を発するごとに、馬乗りになった兵の目を刺し、口を刺し、もう片方の目を刺し、鼻を刺し、両肩を刺す。
「な! があああ! げえ! があああああああああああ!」
凄まじい絶叫を上げる兵。
もはや地獄の痛みかと思われるような激痛に次々と襲われ、思考が停止するが痛みは未だに続いている。
ジュベの本能のなせる業なのか簡単には殺さないように急所は避けているが、ここは敵の陣地なのだ。 このような騒ぎを起こせば当然、他の兵に聞きつけられる。
「なんだ!?」
「向こうのほうから聞こえてきたぞ!」
にわかに周りが騒がしくなる。
ジュベは我に返り、兵達が慌しく動き回る気配を感じ取り、素早くその場を離れた。
生きているか死んでいるかは確かめてはいないが、あれだけの手傷を負わせたのだ。
もはや虫の息も同然だろう。
怒りが収まったわけではないが、仇はあの兵だけではなくここにいる全ての兵がジュベにとって憎むべき敵なのだ。
一人の兵にかまけている場合ではない。
出来るだけ多くの兵を殺さなければならないのだ。
(クソっ……次から次へと……)
草陰に身を潜め息を殺しチャンスをうかがうジュベだが、先程ジュベが襲った兵が発見される。
「こっちだ! エンリクとカジョがやられてやがる!」
「どういうことだ! 裏切り者がいるのか? 探せ!」
彼らにしてみれば敵対者の姿が見えないのに味方が殺されているのだ。そう思うのも無理はない。
ジュベはその場から素早く離れ、仕掛けの場所へと向かう。
(うまくいってくれよ……)
そうして火種を取り出し、軽く擦り合わせ、素早くその仕掛けに火をつけた。
見る見るうちに火は燃え広がり、ジュベの目の前はもはや大火事も同然だ。
ジュベの仕掛けは大したものではない。この草原に生えている草の種類の一つにとても燃えやすい草が生えており、ジュベはその草を一箇所に集め火をつけたのだ。
そして風に煽られた日のついた草がさらに飛ばされ天幕へと飛び火する。
ジュベはいくつかのたいまつにさらに火をつけると、人が集まってくる前にその場を離れ、一気に駆け出していく。
そして天幕の近くへ行くたびに次々と火をつけ、さらにはつながれている馬の縄を短剣で切り離していき、風に煽られて飛び火して、気がついたときにはすでに大火事となっており、兵達が木の桶に水を汲み必死で消火作業に当たっている。
大火事と言ってもあくまで陣の一部であり、全体から見ればそう大したことはないのだが、その場にいる兵達にとってはそんな事も言っていられない。
人が走り回り寝ている兵達を起こして消火作業を手伝わせる。
しかし、いつの間にか自由になった馬が走り回り、時折兵達がその馬に跳ね飛ばされ絶命していく。
たった一人の子供によって、一気に混乱に陥る帝国兵だが、その程度でジュベの怒りが収まるはずがない。
火のおかげで大分、明るくなっているが、姿勢を低くして草むらを移動しているジュベには全く気付かない。
ジュベは当たりをつけた指揮官の天幕とも思われる近くに実を潜め息を殺す。
上半身を裸にしたまま指揮官は慌てて飛び出てきた。
「な、何事だ! なぜ火の手が上がっている!? 見張りは何をしていたのだ! ともかく各兵を起こして消火作業に」
そこで言葉が途切れ彼は帰らぬ人となった。
身を潜めていたジュベが後ろから首筋めがけて思い切り短剣を突き刺したのだ。
「部族の仇だ!!」
「グぁゲェェ!!」
喉が貫通して短剣の先がエウスタシオの喉仏から飛び出て、エウスタシオは何がなんだか分からないまま、カヒューカヒューと息をするたびに妙な音を発しながらその場に倒れた。
「な!」
まさか指揮官がいきなり殺されるとは思っていなく、また殺したのがどう見ても幼い子供である。
エウスタシオの周りを固めていた兵達は何がなにやら困惑し、その困惑の隙に、短剣を投げ飛ばし次々と兵を殺していくジュベ。
(皆殺しだ!)
とても10歳とは思えぬ形相で帝国の陣を駆け巡り手当たり次第、次々と兵達を殺していくジュベ。
これがある程度年がいっている敵であれば彼らとてこうも手玉には取られなかっただろうが、兵達の目の前に現れるのは10歳の少年なのだ。
わけが分からないまま、何故こんなところに子供が? と頭に思い浮かべた瞬間すでに命が奪われているのだ。
ゆえに、声を上げることなく、誰に殺されたかも分からず、火の消化に当たっている兵もそれに気付かず、おまけに指揮官も殺されたのだ。
夜という視認がしずらい状況、草むらに伏せればその姿をすぐに隠せるというジュベ体躯、火の回りが思ったより早くそちらに気を取られてしまうという兵達、厭戦気分が蔓延しており兵達がほとんどやる気のない状態、指揮官があっという間に倒され指揮系統が混乱している状況、ジュベを取り巻くすべてが彼のために舞台を整えるかのように有利に働いている。
混乱に拍車がかかるが、ようやく子供が陣を駆け巡りこの混乱を引き起こしていると気付き始める。
ここまでに相当な被害が出ており、火の消化をそっちのけにジュベを追い始めた。
「ガキだ! ガキにやられた!」
誰かが大声で騒ぐが、その言葉はすぐに途切れる。
伊達に馬と共に草原や山を駆け巡っているわけではない。
ましてや帝国兵は重い鎧つきで、ジュベから見ればいい的なのだ。
間接部や肌の露出部分、特に首の部分に狙いを澄まし次々と短剣を投げ飛ばし絶命させていく。
「クソガキが! どこへいきやがあああ!!」
額を貫かれその場に倒れる。
草を使い身を潜ませ、時折天幕に火をつける。
走り回る兵を直接、あるいは短剣を投げ飛ばし次々と殺していく。
しかしいくら、野生で育ったとはいえ、まだ10歳の少年なのだ。
体力に限界が来て動きが鈍り、その隙を帝国兵の槍が捉えたが、素早く体を捻りギリギリでかわすが、ジュベの肩をかすめわずかに血が流れ、ジュベは苦痛に表情をゆがめた。
10歳の少年には掠めただけでも相当な衝撃でありバランスを崩し思わず倒れこむ。
「このクソガキが! てめえ! ただで済むと思うんじねえぞ!」
凄まじい怒りの声を放ち、兵の一人がジュベに近づくが、ジュベはその近づいた兵に倒れながらも短剣を投げつけた。
(これが……最後の一本だ!)
「げがあ……クぞが……」
近づいてきた兵の喉に命中して、その兵は指揮官と同じような奇妙な音を発しながら死んでいく。
しかし周りを見渡すとすでに兵に囲まれており、ジュベはとうとう諦めた。
すでに肩で息をしており、誰もいなければこのまま倒れこんで眠りにつきたい心境だ。
肩の傷も痛むし、おまけに武器もない。
(ここまでか……全然殺したりないよ……あの兵に止めを刺すの忘れたな……ごめんツェツェグ)
あの兵とはツェツェグを殺したと思われる兵だ。
それだけがジュベの心残りでもある。
「手間をかけさせやがって……よくも仲間を殺してくれたな」
兵の一人がうなるように声を上げるが、ジュベは何も答えず睨みつけるだけだ。
むしろ声すら出せないほどの怒りが彼にはあるのだが、すでに万策尽きている状態だ。
それでも相手を殺さんばかりに睨みつけるジュベ。
そして兵の一人がジュベに槍を突き入れようとしたとき、一匹の馬がその兵を跳ね飛ばした。
「クドゥス!!」
いつの間にか陣に入り込み、ジュベの元へ駆け寄ってきた愛馬は、大きくいななく。
「わかったよ! そうだなここで死ぬわけには行かないよな……逃げるぞ! クドゥス!」
そう言ってヒラリと馬の背に乗り込み走り出すよう指示するジュベ。
「バカが! 鞍も手綱もない馬に乗るとは、落馬するのがあああああ!? まてまてえ!」
その兵士はあっという間に馬に跳ね飛ばされ地面に落ちたときはピクピクとうごめいていた。
「……俺達、帝国軍の騎馬隊だよな?」
ポツリととある兵が、隣の兵に話しかける。
「当たり前だろ! あのガキを逃すな!! くそったれ! いい物笑いの種になるぞ!」
話しかけられた兵が大きく声を張り上げて、それに呼応する兵士が、何とか繋がれて無事な馬を見つけジュベの後を追いかける。
ジュベは陣から抜け出す際に、ツェツェグを殺した兵が倒れているのを発見する。
死んでいるか生きているか分からないが、あえて避けずにクドゥスでその兵を思い切り踏みつけて一気に駆け抜ける。
その後ろをジュベを追っている兵士の一団がさらに駆け抜け踏み潰される。
そしてジュベはさらに帝国兵を引き離し、ついに完全に逃走してその手から逃げおおせた。
重い鎧を着込んでいる兵は馬にとっては重い荷物以外何者でもない。
対してジュベはわずか10歳の重さしかなく、また馬の扱いにかけては帝国兵が逆立ちしようと絶対に勝てないのだ。
あっという間に引き離され、その姿を見失う帝国兵は凄まじく歯噛みをし地団駄を踏み散らしたがもはやどうにも出来ない。
彼らはたった10歳の子供に負けたのだ。
「なんなんだよ! あのガキは! こんなことをギオマル様に報告できるか! 絶対に討ち取れ!」
「冗談じゃねえぞ! 蛮族のクゾガキが!」
ジュベの姿を見失ってもなお、諦めず追走するが、地の利のない彼らにとっては砂漠に落ちた砂金一粒を探すようなものであり、やがて諦めた。
次の日、ギオマルから使者が来て引き上げるように指示が来たのだが、肝心の指揮官は討ち取られているわ、かなりの被害が出ているわで、目を丸くさせ、その事実をギオマルが聞いたときは、剣を振りかぶり自分の机を真っ二つに切り裂いたといわれている。
被害は大まかなところで100人以上、ジュベによって殺されたもの、火と煙にやられ戦力として使えなくなったもの、火を恐れて馬達が暴れだし、その暴れ馬に踏み潰され跳ねられた者、様々だがこれだけの被害を出したのだ。
子供一人にやられたと報告を受けたギオマルの怒りは、部下にも及び、カラカット平原に副将として付けられた人物の首が跳ねられた。
ちなみツェツェグを殺した兵は、あれだけの目にあいながらも、ギリギリで生きており呼吸をしていた。
ほとんどの骨は砕かれ、舌は半分程なくなり、鼻は完全に機能を失っており、両目はすでに失われている。
おまけに馬に男の部分を思い切り踏み潰されて、その機能を失われてもなお、正気を失わず、意識を保ったままこの世のものとは思えないほどの激痛と戦っているが、帝国兵が彼に気付いて治療してなお生き地獄を味合わせるか、それとも数時間後にそのまま死ぬかそれは神のみぞ知るといったところだ。
帝国兵から逃げ切り、ようやく一息ついたジュベだが、良く見るとあちこちにかすり傷があり、痛みを覚える。
特に肩の傷は10歳の少年にとっては大きいもので、クドゥスの上で表情を歪ませた。
「はぁはぁ……ごめん! やつらを皆殺しに出来なかった!」
しかしそれよりもなによりも部族の仇をちゃんと討てなかった心の痛みのほうが大きく、歯噛みしながら目から涙を溢れさせる。
どだい、たった一人で3000人を皆殺しにするなど無理な話なのだが、ジュベはそれを理解できるほど大人ではない。
ゆえに怒りの炎は未だ衰えず、涙を流しながらもその表情は何かを睨みつけているようでもある。
何処をどう駆け回ったのか、とにかく無我夢中で逃げ切った彼の体は疲れており、いつの間にかクドゥスの背中で眠りに落ちた。