6 帰郷
土曜日
遥は鏡の前で、ぼー・・・としていた。中々寝付けず、寝入ったと思ったら目が覚め、まんじりともしていない。その為、目の下に隈が出来ていた。身体も異常にだるい。
「えっと、何着ていこうかな・・・?」
気乗りしないで服選び。「・・・もう普段着でいいか?自分の母親に会うんだし」上は七分袖のサーモンピンクのシャツに七分丈のジーンズを選んだ。朝食は喉を通らず、1本3000円の栄養ドリンクを飲んだ。漢方薬のような苦さと不味さに思わず吐きそうになる。
「何!!この大雨!!」
家を出る時には、これほどひどくなかったのだが、駅を降りたら、コレであった。昼間にも関わらず、夕方のように暗いざざ降りの雨。川の中の大量の水藻が、水位を増し濁流と化したそれと連動しながら激しく揺れ、コンクリートの側面に激突していた。道路は全面、まるで浅瀬のように水が流れ、その道にレインシューズが水を弾く。傘に弾く雨音はかなり大きい。視界も悪い。まるで、これからの遥の行く末を、暗示するかのようだ。
電車を乗り継ぎ、遥のマンションから約1時間。駅から歩いて10分ほどの住み慣れた我が家が見えてきた。入口脇には、錆付いてところどころ穴が空いているトタン屋根のついたバイクと自転車置き場。袋小路字型の、同じ物件が入口を向かい合わせに、左右に建っている。その間はトラックが入れるスペースがある。古臭い、一昔いや二昔前の2階建ての外壁には亀裂も窺える文化住宅。その入って右手の1階の4つある2番目が、遥の実家であった。玄関前には洗濯機が置いてある。雨樋からは、大量の集まった雨がその樋を壊さんばかりに、激しい飛沫を辺りに撒き散らしながら排水溝へと流れていく。大地震が来たら真っ先に倒れそうな、住めば都的な建物。父親の借金もすでに全額返済し、生活にゆとりがあるにも関わらず、「引越しが面倒だから」と未だに居る母であった。
「ここに来るのか?」
あの天下の霧坂グループの、言わば御曹司が。
「これ見て諦めないかな?」
とさえ思えてきてしまう。
でも、それはないだろう。全て調べ上げた上での事だろうに。
肩を落とした。
軒先に入り、小さな花柄の傘を数回開け閉めして雫を払った。
「ただいま」
重い足取りで薄っぺらい板の扉を開けた。
「お帰り。昼ご飯食べるでしょう?筑前煮作ったのよ。あんた大好物でしょう」
よそいきの服を来た母の厚子が言った。いつもよりも化粧は濃いめであった。遥よりもかない身長が低く、標準体型。髪は短く少しパーマを掛けている。
古臭い内装。長年使用し擦り切れた畳。それゆえ、家賃も相場よりもかなり安い。若い子なら入りたくない部屋だろう。
「うん、有難う」
―――――――――って、食欲ないんだけどな・・・
入口直横の傘立てに傘をいれ、上がった。
二人は、板場の上に絨毯を敷いた台所で、小さな丸いちゃぶ台に向かい合って座る。社会人になってからは、正月とお盆くらいしか帰ってこない家。隣の話し声やテレビの音が聞こえる薄い壁。縦長の2Kの部屋。
「で、一体何なの?」
母が心配そうに聞いてくる。雨の音が途切れる事なく、降り続いていた。晴れの日なら、前の広場で、子供達が遊んでいる声が聞こえてくる。今日は、雨の音しか、しない。まるで、今の遥の心境と同じようである。
「・・・・・・・まあ・・・その内解るよ・・・」
とだけ言う。
「本当に、不正はしてないのね?嫌よ、警察沙汰なんて」
母はやはりそちら方面だと思っている。誰しも、会社から電話がかかってきたら、そう思うのが普通であろう。
「ないない」
遥は手を振った。
遥自身も、「来ないんじゃないのかな」と、思っていた。
【6 終】




