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慰謝料は10億円  作者: SYK
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5     頼まれ事





「主任、昨日鈴木さんとどうだったんですか?」

同じ総務部の長谷川が興味津々に訊いてきた。

「どうって、仕事だし・・・」

―――――――じゃなかったけど・・・

聞きたそうな長谷川を尻目にパソコンで資料を見ていた。昨日の疲れが、身体の芯まで残っている。会社に来てから、一宏とは言葉を交わすどころか、目線さえ合わせていない。「何か言ってくるのでは?」と思っていたのだが、何も言ってこない。昨夜思っていた、「あの話はなかった事にして下さい」と、期待していたのにである。

「いいな~~、私も一緒に呼ばれてば良かったのに~」

腰をくねくねしながら話す。今年入ってきた女子である。社内でも、可愛い部類に入るであろう。髪を今風に染め、少しウェーズがかかっている。おめめがぱっちりとし、見た目、「可愛い猫」といった感じである。

―――――――邪魔なんだけど・・・さっさと行けよな・・・

腹の中で悪態をつきながら、資料をチェックしていく。

「鈴木さんって、喋りかけても、一言ニ言しか返ってこないんですよ。会話が続かないんですよ。何か話されましたか?」

「別に、そういう雰囲気でもないし」

―――――――鬱陶しい・・・早行け・・・

「主任、鈴木さんに彼女いるのか訊いて貰えます?もし、いてないのなら、私の事をどう思っているのかも・・・」

「はあ~~??」

見ていた資料から視線をその女子へと向けた。新人職員歓迎会の時、彼氏の有無を聞いていた男性社員が居た。その時には「居る」と言っていたそうだ。彼女を狙っていた独身男性人は落胆した、と聞いていた。(これはまだ一宏が総務部に入ってくる前である。)

「そんなの自分から訊きなさいよ」

「だって~~~、緊張しちゃって訊けないんですもん。恥ずかしいし」

顔を両手で包み込み、ぶりっ子ポーズをとる。

遥はその腹ただしい仕草に、顔が引きつる。テレビでこういうぶりっ子を男性が好きだと、言っていた。女には腹ただしいだけである。

早く仕事をしたい遥は、

「解ったわ」

と返事をした。

「有難う御座います!」

長谷川は両手を合わせて嬉しそうにお礼を言った。






廊下の隅で、遥と一宏がいた。遥は書類を手に取り、いかにも「仕事の話しをしてます」的な仕草をしいていた。

「・・・と言う訳なのよ」

一宏は、興味なしといった顔を遥に向けていた。

「あのさ、いっそ、その子と籍入れちゃったら?貴方の事好きみたいだし。好きだったら、貴方に尽くすだろうし。私なんかよりも若いし可愛いし、お似合いだと思うけどな・・・」

お似合いかどうかは別にして、遥にしてみれば、「早く、お役ごめん」をしたい心境であった。もし、自分に兄か弟がいれば、「あんな女なんかやめときなさいよ!」と言うだろう。

「お話はそれだけですか?」

抑揚のない声で一宏が言った。

「うん、ごめんね、仕事の最中に」

「では、失礼します」

一宏は、さっさとその場を離れた。






翌日

各階には2箇所、無料ドリンクの自動販売機が設置してある。ただし、紙コップは出ない。以前は紙コップも出ていたのだが、「エコ推奨」の為、紙コップは廃止となった。その為、カップを持参しなくてはならない。中には水筒やペットボトルを持ってきていれる者もいる。その横には、キルティング加工されたクッションソファーの長椅子が2脚と一人用の椅子が数脚、テーブルを囲むように置いてある。数人の社員がそこに座って雑談している。その横には擦りガラスドアを隔てて、喫煙ルーム。そこにもソファーがあり、数人の社員が居た。換気扇が外に煙を吸い上げている。これも世界的な「禁煙」意欲が高まり、設置したものである。今では、喫煙コーナー以外の喫煙は社内全域で禁止である。

給湯室もあり、大型のポットと電子レンジが2台。簡単なキッチンまで設置してあった。各個人のマグカップが大きな水屋に並んでいる。各個人で持ち寄ったインスタントコーヒーや紅茶等も置いてあり、パッケージには各々の名前が記入してある。その隣には、業務用の巨大な冷蔵庫。中には、缶ジュース、ペットボトルやお弁当等が並んでいる。ほとんどの者が食堂を利用するが、なかには自弁当・愛妻弁当持参者もいる。給湯室横に扉を隔てて、休憩室として部屋があった。時間帯によっては食堂は大変混む溜めに、ここで摂る者もいる。部屋の奥には、衝立を挟んで、15畳の畳みを敷き詰めた壇があり、その隅には、布団と毛布が畳んである。ちょっとした仮眠をとる者様にである。(別途に、男女別々の専用仮眠室も各階には設置してある。)その上には将棋と囲碁盤。テレビもあり、各ゲーム機の本体が設置されている。テレビ横の小さな棚には、ゲームソフトが並んでいる。マッサージチェアが5台。もう一つ巨大なテレビが備わっていた。そのテレビの前の部屋の中央には、折りたたみ式の会議用テーブルが8脚あり、2脚ずつ合わさっていた。パイプ椅子が数脚。

そこに、座ったり、立ったりして喋り捲っている女子達がいた。朝の始業前のほんの数分間、ここは、女子達の井戸端会議の場となる。給湯室にはカップを求めて男子も来る。一応、扉で隔たってはいるが、それでも、大きな声だと筒抜けである。男子達は、なるべく話を聞かないようにする為に、自分のカップを取ると、早々に自動販売機へと向かう。

遥は、自動販売機のコーヒーをカップに淹れて休憩室へと来る。話に加わったり加わらなかったりである。

「それでね~」「でね~」の声高な話し声が扉を通じて、給湯室に響き渡る。ドラマや映画の話。彼氏等の会話で、にぎやかである。

「失礼」

その声に、一斉にその場に居た女子達はその方向へ顔を向けた。遥もである。

一宏が立っていた。一宏は一応ノックをしたのだが、誰も気づかなかったようである。

女子は一斉に「お、おはよう御座います!」と挨拶をする。今まで声高に話していた女子は急にしおらしくなる。

「長谷川さんはおられますか?」

一斉に回りは長谷川を見る。「は、はい!」長谷川は驚き、歓喜の顔になる。一歩前へと出る。遥は手に持っていたカップからこくんと一口飲んだ。

「昨日、津田主任からお聞きしました」

行き成り一宏が話し出した。遥は飲んでいたコーヒーを思わず噴出しそうになった。長谷川も仰天する。

――――――――ちょ、ちょっと!!こ、ここで言うつもりなの!?

今ここには、総務部の子が数人いた。他の子も興味津々とばかり一宏を見る。

「ちょ、鈴・・・」

遥が止めようと声を荒げたそれを遮るように

「自分の訊きたい事を他人に頼むなど、まるで中・高校生並みですね。成人になられておられるのであれば、他人に頼らず自ら訊きに来られたらどうですか?私はそういう幼稚じみた行為は大変不愉快です。では」

用件だけ言うと、一宏はさっさとその場を離れた。

遥は長谷川を見た。長谷川は目に涙を溜めて今にも大粒の涙が流れ出そうになっていた。回りは「どうしたの?」と大体何があったのか解っているにも関わらず、それを表面に出さず、神妙な面持ちで優しく訊いて来る。心の中では、哄笑しているに違いないのに。

遥は一宏の後を追った。

「ちょっと!鈴木君!待ちなさい!」

一宏は止まり、半分、振り返った。

「ちょっと!!どういうつもりよ!!」

「何がですか?」

能面の顔で応える。その表情に、カチンとくる。

「いくら嫌でも、周りに人がいるのにああいう事を言うのはあんまりじゃないの!?」

遥は一宏を睨み付ける。

「成人しているのです。大した内容でもないのに他人に頼るなど、まだまだ学生気分が抜けていない証拠です」

一宏は踵を返した。

「女の子なのよ!少しは労わったら!」

その拒否する高い背に吠える。一宏は無視して、スタスタと歩いていった。

遥は、大きな溜息をついた。

始業開始を告げる曲が流れる。人気作曲家によって作成された曲である。

遥は席に戻り、長谷川の席を見た。彼女はまだ戻ってきていない。多分トイレで泣いているのであろう。

遥自身も責任を感じていた。

確かに、遥自身も「自分で訊け」とは思った。が、さっきの一宏の態度は―――――――

―――――――あんなのと、結婚するのか・・・

遥は、深い深い溜息をついた。








【5    終】




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