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“神”についての考察文。  作者: 名無しのチー牛。
“神への道”を歩む。
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“優劣意識を乗り越える”と言うこと。

 本日のエッセイで日間1位を獲得しました、本当にどうも有り難う御座いました。

 読者の皆様方こんにちは(こんばんは)、“名無しのチー牛”で御座います、連日に渡る真夏日や熱帯夜を如何お過ごしですか?←ま、ここ数日は少し涼しくて幾分は過ごしやすい気候ではありましたけれど。


 いつもいつも小説や考察を読んで下さり誠に有り難う御座います、そして本当にごめんなさい←実は“熱中症”+“夏バテ”+“特大スランプ”が一気に押し寄せて来てしまい、すっかりヘロヘロになってしまいました(なのでここ最近は“新たな話”を書く気力も無ければ“他人様の書かれた物語”を読む余裕も無い位にまで疲れて消耗してしまっているのです←それなりに回復はして来ましたから、完全復活まではもう暫くの時間を下さい)。


 さて皆様方、今日は私の“闇の部分”に関するお話の続きをして行きたいと思います、人によってはちょっと“胸糞な”内容になると思いますのでもし気分が悪くなったり“もう限界だ”と思われたりしたら無理せず読むのをお止め下さい。


 ちなみに、なのですが。


 私が何故“こんなこと”を繰り返しているのかと言いますと、それはこの“考察文”においてやれ“神だ”、“愛だ”、“祈りだ”等とのたまっておきながら、私だって決して完璧でも無ければ口ほども無い存在なのだ、と言う事を皆様方に知っておいて欲しかったからです←そうじゃないと都合が良いでしょ?“神だ”とか“愛だ”とかの大それた話をして“自分の恥部”や“闇の部分”は話さずにおくなんて、上手く言えないですけどあんまりよろしくないじゃないですか。


 それに私は今、“自分で自分の光と闇とを抱き締める”と言う事を実践している真っ最中でして、それを言葉に直す事で気持ちの整理を付けてもいるわけです(で、それを皆様方にも見ていただこうと考えているわけです)。


 なのでもし良かったら、“暇潰し目的”でもなんでも構わないので最後までお付き合いしていただけたなら幸いです。


 では改めまして、皆様方。


 あなた方は他人が上役の人に注意を受けたり怒られたりしている場面に遭遇したら、果たしてどんな反応をするのでしょうか。


 表面上はともかくとしても内心では“いい気味だ”ですとか“ザマーミロ”と思う、それもそれで良いでしょう、中には“別に何とも思わない”、“他人の事なんか知ったこっちゃない”と応える方もおられるかも知れませんが、そう言う方は既に“優越意識”を手放しておられるのか、はたまた叱られている人に対する愛情が全くない(つまりは無関心)なのか、のどちらかです(ちなみにインドで貧しい人々に寄り添っていた“マザー・テレサ”は生前“愛の反対は無関心です”と言う言葉を残されています)。


 ちなみに私はどうなのか、と言いますと。


 実は“そう言う現場”を目撃すると(何故か)凄く嬉しくなってテンションが爆上がりするんです(これは昔からそうでした)、それだけではありません、調子に乗ってここぞとばかりに上役の人に“自分アピール”をしたりして“これを機会に自分の評価を確立させよう”と試みる、そう言う事を繰り返していたんですね。


 はいそうです、“凄く嫌なヤツ”ですよね?私って←でもね皆様方、私は自分でもずっと不思議だったんです、“どうして自分はこんなにも下卑た思考や行動しか出来ないのだろうか”、“どうして他人が怒られているのを見ると嬉しくなってしまうのだろうか”と(ここでまた私は自分で自分を非難してしまっていたのです←自分がずっと抱え込んでいた“心の闇”に気付きもせずに・・・)。


 ですけどその“答え”に先日の昼間、仕事中にようやく気が付く事が出来たんです。


 前にも記させていただいたかと思うのですが、私は小さな頃から力も弱くてガッツも無く、また喧嘩もからっきしだったから大抵、皆に侮蔑され、見下されていました←それと同時に自分でも自信を無くしてしまい、心を閉ざしてすっかり塞ぎ込んでしまっていたんです(“恵まれている人”や“強い人”、はたまた“陽キャ”な皆様方には絶対に解らないでしょうね←弱く生きる事を余儀なくされている人々の“心の有り様”と言うモノが)。


 “どうせ自分は何をやっても上手く行かない”、“誰にも見向いてもらえない”、“報われない”。


 徐々にそう言ういじけた“ネガティブ思考”の塊になって行ってしまうんですよ、それでね?心が“劣等感”と“ひがみ根性”に染まって行ってしまうのです(それも自分で思っているよりも遙かに深くて広い領域までね?)。


 私の場合もそうだったんです、自分では“こんな事で負けちゃダメだ”、“何とか踏ん張っていつか逆転しよう”、そう思って生きて来たんですけれど、この“報われない無念さ”はそれを圧倒的に上回る力と勢いで私の心をドス黒く染め上げて行きました(恐ろしい事に、自分では“それ”に気付けないんですよね←だから周囲に“助け”を求める事も出来ませんでした)。


 私は気が付いたら(今で言うところの)最弱ド底辺な陰キャカーストの最下層に位置していたんです←腕っ節も弱くて勉強もろくに出来ない私は、自分を誇れる武器が無い為にいつも皆からからかわれていました(要するにバカにされていたんです)。


 ただ幸か不幸か、幼い頃から他人様の顔色を伺って(変な意味で)空気を読むことに長けていた私は“このままでは本格的にイジメられる”と直感し、その前に一つの方策を打ち出しました、即ち。


 自らプライドと尊厳を捨てて“おバカキャラ”と言うか“イジられキャラ”と化して皆に愛想を振りまき、徹底的に嫌われたり拒否られたりするのをすんでのところで避けたのです(そうやって辛うじてクラスの片隅に“己の居場所”を確保していたのです)。


 本当は私だって皆と対等でありたかった、仲間として認識してもらいたかったし、バカな事や楽しい事を友人知人と共有しつつも同じ目線で物事の空気を感じて見ていたかったのです←だけどそれは絶対に望んではいけない事でした。


 そんな毎日を何年も何年も送り続けていた私は、自分でも知らぬ間に、そして自分が思うよりも遙かに深くまで“劣等感”と“ひがみ根性”の虜と言うよりも“奴隷”と化して行ったんです←それで他人が上役の人に怒られている場面に出くわすとワクワクするようになってしまっていたんですね。


 “何故か”と言えばそれは“そういう現場”を目撃すると“コイツも僕と同じなんだ”、“惨めで恥ずかしい思いをする事もあるんだな”とか考えて、ホッとするようになってしまったからなんです(なんて言いますか、メチャクチャ安心するんですよね←“怒られるのは俺だけじゃない”、“惨めなのは俺だけじゃないんだ”とね)←で、嬉しさのあまりテンションが上がって調子に乗り、ここぞとばかりに上役に自分を売り込む、そこまでが“ワンセット”な訳です(“今が自分の立場を回復させるチャンスだ”と言う感じでね←まあ単なる“劣等感による鬱憤晴らし”と言うよりかは“優越意識”の問題でもありますよねここは)。


 ただし“自分で自分の闇を抱き締める”ようになってからは(不思議な事に)、徐々に“劣等感による鬱憤”が晴れて来て心が落ち着きを取り戻して来たのと、この一番最後の“上役に自分を売り込む”と言うのはあんまり意識しなくなりましたね(そう言う“優越意識”が少しずつ薄くなっているって言う事なんですかね?)←なんだか凄く下らない事にエネルギーを割いていたな、と思うようになりました。


 まだまだ完璧には程遠いですけど、もしかしたなら僕はちょっとだけ前進して救われているのかな?等と感じてしまう今日この頃です(これが当たっていたなら嬉しいし、有り難いんですけどね?)。


 ちなみにね?皆様方、この“劣等感”とか“優越意識”の問題って物凄く根が深いんですって←これに付いては以前、“優しい宇宙人”から教えてもらった事があったんです(またヤバいワードが出て来ましたけど、私は彼等は“本物だ”と確信しております←私が“自殺の想念”に苦しめられていた時に助けてもらった事があるのです)。


 遙かな太古、彼等の御先祖様が神々と共に地球人類を創造する際に敢えてこの“優越意識”を組み込んだらしいんですけど、“何故なのか”と言う事柄に付いての詳細はすっぱり忘れました(本当にごめんなさい)。


 ですけど。


 そう簡単には行かないにしても、“ちゃんと自己観察をしながら進化を続けていれば”、“いつかは必ず乗り越えて行けるだろう”とも語っていましたね(そこの部分は何となく記憶しています)、皆様方もお気を付け下さいね?

 ここまで読んで下さり、誠に有り難う御座いました。

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