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第6話 王の降臨、煩悩を『聖なるノイズ』に変えて

「よし……。3機とも同期完了。……配信、スタート」


 新宿ダンジョン下層・第04エリア。

 俺は、一週間の槍修行で溜めたMPポーションを惜しみなく投入し、人生初の「ライブ配信」に挑んでいた。


 これまでの動画が不評だったのは、編集が下手だったからだ。ならばいっそ、スキルの演出をそのまま生放送でぶつければ、俺の「本気」が伝わるはず。


「……ま、どうせ視聴者は今日も一人か二人だろうけどな」


 定点カメラの画角に入り、俺は不敵に笑って指を弾いた。


「――ッ、チャ!」


 その瞬間、ダンジョンの淀んだ空気が爆発的なベースラインに支配された。


【固有スキル:変身レジェンド・アーカイブ発動】

【楽曲:Billie Jean ―― 演奏開始】


 極彩色のスポットライトの下、俺《MJ》は踊り、そして戦った。

 1号機の引き、2号機の足元、3号機のスピン軌道。計算通り、いや、計算以上のパフォーマンスが次々と決まっていく。


(完璧だ……! これが、俺の見たかった光景だ!)


 5分間。俺は一度もフレームアウトすることなく、最後の一音とともに完璧な静止ポーズを決めた。


「……はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」


 スキルが解けた瞬間、重い倦怠感が襲う。俺はふらつく足取りで配信端末を覗き込んだ。

 同時接続数は『3』。

 予想通りの爆死だが、今の俺にはそれで十分だった。この5分間のログさえ残れば、後でじっくりと高画質動画として再投稿できる。


「……さて、一応チェックしておくか」


 俺は「ライブのアーカイブ」をその場で再生した。

 ドローンを離したことで、安物ドローンの『ノイズキャンセルAI』が奇跡の仕事をしていた。荒い鼻息を完璧にカットし、スキルのBGMをクリアに拾っている。


 だが――。


『(アッ!……うおお、今の角度最高……! 自分でやってて引くわ、膝のしなりエロすぎるだろ……!)』


端末から流れてきたのは、MJの華麗なステップ音に重なる、俺自身のボソボソとした「煩悩の実況」だった。


「…………え?」


『(ダッ!……あ、ポーションの飲み過ぎで腹なってきた。耐えろ俺、サビまで、サビまで括約筋を信じるんだ……!)』


 クリアすぎる音質。隠しきれないおっさんの腹事情。

 画面の中の神々しい王が、鋭い眼差しでゴブリンを圧倒しながら「エロい」や「括約筋」を連呼している。


「あ……あああああああああッ!!!」


 俺は自分の喉を引き裂かんばかりの叫び声を上げた。

 ドローンのAIが気を利かせて、MJのシャウト以外の音を「重要な音声」として強調してやがったのだ。


「消せ! 今すぐ消せ! 視聴者が増える前に!!」


 俺は震える指で配信終了とアーカイブの非公開設定を連打した。

 幸い、同接はたったの三人。今この瞬間、この場から逃げ出せば、まだ「事故」は最小限で食い止められる。


「……帰るぞ! 編集だ! この『おっさんの念』を完全に削ぎ落としてからじゃないと、怖くて表に出せねえ!」


 俺は3台のドローンをバッグに乱暴に詰め込み、MP切れでガクガク震える膝を叩いて、ダンジョンの出口へと猛ダッシュした。

 

 伝説の逆襲は、あわや「全世界への変態露出」という大事故に終わるところだった。

 俺は心の中で完璧なベースラインではなく、必死の般若心経を唱えながら、夜の新宿を駆け抜けた。



▲△▲▲△▲



 新宿の喧騒けんそうを走り抜け、俺は実家の玄関を音を立てないように開けた。

 階段をきしませないよう慎重に上り、自室へと滑り込む。装備も脱ぎ捨てぬまま、使い古された自作デスクトップPCの電源を入れた。


「まだだ、まだ間に合う……。ネットの海は広い。三人しか見ていなかったんだ、切り抜きが出回る可能性は低い。なら、その前に本物を投稿して塗り潰せばいい。上書きだ、上書きして歴史を修正するんだ……!」


 五十代のオタクの執念が、キーボードを叩く指を加速させる。俺は非公開にしたライブ映像をローカルに落とし、編集ソフトのタイムラインにぶち込んだ。

 スピーカーから流れてくるのは、神々しいベースラインと、それに重なる情けない俺の呟き。


『(……うおお、膝のしなり、エロ……)』


「黙れ! 黙れ俺! この……この煩悩の塊め!!」


 自分の声を聴くたびに羞恥心で顔から火が出そうになる。だが、ここで耳を塞ぐわけにはいかない。俺はヘッドフォンを深く被り直し、音声波形を極限まで拡大した。


「ここだ。このトウ・スタンドの瞬間の波形……。これが俺の汚らわしい独り言だ。ここを削り、代わりにスキルのBGMから抽出したスネアの音を重ねる……」


 幸い、この世界には『原曲』が存在しない。俺が「この曲は、ここでこの音が鳴るのが正解だ」と言い張れば、それが真実になる。俺はノイズ除去フィルターをフル稼働させ、自分の声を「環境音」という名の闇へと葬り去っていった。


「イントロの指パッチン……よし、ここには深い残響リバーブを足す。ダンジョンの広さを逆手に取って、伝説の幕開けをドラマチックに演出するんだ。俺の『膝エロ』発言は……よし、特定の周波数だけを削って、モンスターの咆哮か、あるいは会場のどよめきっぽく加工してやる」


 作業に没頭するうち、窓の外はゆっくりと白み始めていた。階下からは、母さんが朝食の準備を始めたのか、トントンという規則正しい包丁の音が響いてくる。その日常の音が、今の俺にはまるで「タイムリミットを刻むカウントダウン」のように聞こえた。


 画面の中のMJが、漆黒のジャケットを揺らしてターンを決める。そのスピンの軌道に合わせて、映像のコントラストを微調整した。これまで「バグ」に見えていた発光も、調整を加えれば後光が差しているかのような神々しさへと変わる。


結菜ゆうな、悪いな。お前が欲しがっていた『サビ』は、今ここにある。お前が学校に行く頃には、お前の兄貴は『意味不明なバグ男』から『伝説の目撃者』にクラスチェンジしてるはずだ)


 自分の失態を「芸術」として再構築する。それは、かつてクリエイターの端くれを夢見たおっさんの最後の意地だった。


 ようやく、5分間のタイムラインが「浄化」された。俺の声は、もはや注意深く聴かなければ判別できないほど音楽の荒波の中に溶け込んでいる。


「……できた。これなら……これならいける」


俺は震える指で、今度こそ「真実」となるべき動画のタイトルを打ち込んだ。


『【新宿ダンジョン】King of Pop降臨。』


 マウスを握る手に力がこもる。エンコード開始のボタンを叩くと、PCのファンが悲鳴を上げ、書き出しのプログレスバーがじわじわと伸び始めた。

 このバーが右端に到達したとき、ライブ配信での醜態は「なかったこと」になり、代わりに不滅の伝説がネットの海へと放流される。


「……行け。世界を……指パッチン一つで黙らせてこい」


 書き出し完了の通知音が、勝利のファンファーレのように鳴り響く。

 俺は最後の一押し――アップロードの確定ボタンを叩いた。


 投稿直後の再生数は『0』。

 だが、俺は確信していた。この五分間の映像が、今日、この世界の「戦いの常識」を、ダンスステップ一つで粉砕することを。


 エンコードが終わった安堵感と、極限のMP切れによる疲労が混ざり合い、俺はそのままキーボードの横に突っ伏した。

 意識が闇に落ちる直前、俺はふと思った。


(そういえば……あのライブ、見てた『三人』。……誰だったんだろうな)


 その三人のうちの一人が、後に俺の平穏な生活を粉々に破壊する「氷の女王」だとも知らず、俺は泥のような眠りへと沈んでいった。

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