第15話:ボス瞬殺
1.「運営の盾」と「バグの矛」
『北限の霊峰』の山頂。猛吹雪の中に突如として現れた紫色の巨大な障壁――運営が緊急展開した隔離プロトコル『デバッグ・ウォール』が、カイトの行く手を阻むようにそびえ立っていた。本来、これはシステム権限によって配置された「破壊不能」なオブジェクトであり、プレイヤーがいかなる手段を用いても突破できない「世界の壁」であるはずだった。
「……さて。運営さんが用意した、絶対に壊れない壁。それが僕の無限の攻撃力とぶつかった時、一体どっちが勝つか。これって、検証実況としては最高のネタだと思わないかい?」
カイトは左手首のアーク・コア(エラー品)を軽く叩いた。彼の視界には、ステータス表示が限界を突破し、攻撃力の欄が「################」と文字化けしたまま、異常な演算ログを吐き出し続けているのが見えている。
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【検証】最新VRMMO『EFO』にバグがあるか調べてみた【1日目・深夜】 同接数:3,912人
[名無しさん1]: 運営の壁きたあああ!!
[名無しさん2]: 破壊不能オブジェクトだぞそれ! さすがに無理だろw
[名無しさん3]: カイト、行け! 世界の理をぶち壊せ!!
[名無しさん1]: 同接4000目前! 祭りだぞこれwww
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「検証開始。……ダメージ倍率スタック、さらに5回追加。……計算上の倍率は、もはや天文学的数字だね」
カイトは短剣の先を、紫色の障壁にそっと触れさせた。
衝撃音も、光り輝くエフェクトもない。ただ、カイトの短剣が触れた一点から、紫色の壁にひび割れのようなノイズが走り――。
――パリン。
まるで薄いガラス細工が砕けるような音を立てて、運営が誇る絶対の障壁が、粉々に霧散した。
2.霊峰の主、登場
隔離壁をデリートしたカイトの前に、霊峰の最深部を護る真の主が姿を現した。
『氷獄の支配者・ニヴルヘイム』。レベル70。
始まりの大陸において、現時点では誰も到達すら想定されていない、神話級のエリアボスである。
巨大な氷の翼を広げ、ニヴルヘイムが絶対零度のブレスを吐こうと大きく口を開けた。その動作一つで、周囲の空間の温度が急激に低下し、システム側で強制凍結のデバフがカイトに押し寄せようとする。
「……遅いよ」
カイトは回避行動すら取らなかった。彼はただ、目の前を飛来する雪の結晶を一つ、指先で弾いた。
その瞬間、カイトの攻撃力計算が、その結晶を通じてニヴルヘイムの全身へと伝播した。バグ02:ダメージ倍率スタック。バグ20:ステータス表示破壊。それらの複合によって生じた「無限」の攻撃力が、ボスの膨大なHPを一瞬で、コンマ一秒の猶予すら与えずに削り取った。
――ドォォォォォォン!!
爆発音ではない。ボスの巨大な身体が、演算の飽和に耐えきれず一瞬で霧散したことによる、大気の急激な膨張音だった。ボスの頭上に表示されていた数百本のHPバーが、一瞬でゼロを通り越し、漆黒のノイズとなって消滅した。
3.コメント欄の爆発
静寂。あまりに一瞬の出来事に、画面の向こう側の視聴者たちは、何が起きたのかを理解するのに数秒を要した。そして。
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[名無しさん1]: は?
[名無しさん2]: ……え? いま、何した?
[名無しさん3]: 草
[名無しさん4]: 運営仕事しろwwwwwwww
[名無しさん1]: レベル70のボスが一瞬で消えたんだが……。
[名無しさん2]: 秒殺っていうか、0秒殺だろこれ。
[名無しさん3]: 数値おかしいとかいうレベルを卒業して、もはや存在を消したぞ。
[名無しさん1]: 同接4200突破! 歴史的瞬間だぞこれ!
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コメント欄が「草」と「運営仕事しろ」の弾幕で埋め尽くされる。カイトは、何事もなかったかのように錆びた短剣を鞘に収め、左手首のノイズを鎮めた。
「検証成功。……レベル差が70あっても、ダメージ計算がオーバーフローすればHP設定は無意味になる。……これがアーク・コードの仕様だ」
4.運営の沈黙
その頃、ネクサスゲームズの監視ルームは、かつてない静寂に包まれていた。チーフプログラマーの黒崎シュンは、自分の端末に表示された「ボス:ニヴルヘイム ロスト」のログを見つめたまま、微動だにしない。
「……またあいつか……いや、もうあいつとかいう次元じゃないぞ」
黒崎の声は震えていた。「隔離壁を破壊した上で、ボスの全計算スレッドをパンクさせやがった。……奴の攻撃一回で、サーバー一台分のメモリが使い切られたんだぞ……!」
開発ディレクター、神代レイジは、モニターに映るカイトの不敵な笑みを見つめていた。彼の表情には、怒りではなく、一種の期待が混じり始めていた。
「……シュン。これはもう、パッチで直せる段階じゃない。彼を止めようとすれば、その反動でシステムが自壊する。……面白い。アーク・コードそのものが、彼という不具合を正当な住民として受け入れ始めている」
その時、カイトの目の前に、これまでの警告とは明らかに異なる、黄金色のシステムウィンドウがゆっくりと展開された。
【通知:世界で最初の特異点を検知しました】
【メッセージ:あなたの行動は、既存の職業定義では説明できません】
「……ほう。ようやく、新しい肩書きをくれるのかな?」
カイトの瞳に、さらなる仕様破壊への期待が宿った。




