第14話:ダメージ暴走
1.「桁」の消失
『北限の霊峰』の山頂付近。レベル62のフロスト・ギガースを「接触」だけで粉砕したカイトの周囲には、未だにバグによる空間の歪みが残留していた。吹き荒れる雪片がカイトの周囲数メートルで奇妙に静止し、あるいは逆方向に加速して空へ昇っていく。
カイトは左手首の『アーク・コア(エラー品)』が放つ、どす黒いノイズの脈動を感じながら、自身のステータスウィンドウを再び呼び出した。
「……なるほど。AI管理システム『コードオメガ』も、この数値をどう表示すべきか迷っているみたいだね」
カイトが指し示した先、攻撃力(ATK)の欄には、もはや数字は存在しなかった。
代わりに表示されているのは、激しく明滅し、枠を突き破って画面外まで伸びる「################」というシャープ記号の羅列。あるいは、一瞬ごとに「9999...」と「0.000...」と「Error」を交互に繰り返す、内部回路が焼き切れた計算機のような狂った表示だった。
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【検証】最新VRMMO『EFO』にバグがあるか調べてみた【1日目・深夜】 同接数:3,582人
[名無しさん1]: 攻撃力の欄が呪われてるぞwww
[名無し数2]: 数字が多すぎてバグってるな。これ何桁あるんだ?
[名無しさん3]: 数値おかしい。普通のMMOならサーバーが落ちるレベルだぞ。
[名無しさん1]: カイト、お前それもう「短剣」じゃなくて「戦略兵器」だろ。
[名無しさん4]: 同接3500突破! ついに公式のランキングトップ10に入ったぞ!
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「みんなが言う通り、今の僕の攻撃力は定義不可能な領域に入っている。……原因は、さっきのダメージ倍率スタックだ。1.5倍を20回、30回と重ねていくと、計算結果は浮動小数点の限界を超え、メモリ内の数値を直接破壊し始める。……結果として、システムは僕の攻撃を無限(Infinity)として処理せざるを得なくなるんだ。1を無限倍すれば、答えは当然、無限になるよね」
カイトは、手にした錆びた短剣を無造作に振った。
ただ、重い空気を切っただけ。モンスターに当てたわけでも、スキルを発動したわけでもない。
――ズ、ズズ……。
カイトの振り抜いた軌道に沿って、空間が「黒い線」となって裂けた。
続いて、コンマ数秒の遅延。
ドォォォォォォン!!!
正面にあった巨大な氷柱が、物理的な衝撃すら伴わずに、根元から消失した。
AIが地形の破壊計算を追いつかせることができず、オブジェクトそのものを削除することで無理やり整合性を合わせたのだ。存在していたはずの質量が、一瞬で「無」へと書き換えられた。
2.地形崩壊と運営の悲鳴
カイトの一振りは、山頂の地形すら変え始めていた。
雪崩が起きるのではない。衝撃波が走るのではない。カイトが歩き、武器を振るたびに、周囲のポリゴンが穴が開いたように消失していく。足元は灰色のグリッドが剥き出しになり、世界の裏側が見え隠れしていた。
「あぁ、不味いな。振るだけで世界の描画が壊れる。……これじゃ、まともな実況にならないね」
カイトの言葉とは裏腹に、視聴者たちはその異常な光景に狂喜乱舞していた。
神代レイジが完全と断言した世界が、一人の配信者が振る短剣によって、まるでボロ雑巾のように破り捨てられていく圧倒的なカタルシス。
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[名無しさん2]: 地形が消えた……。
[名無しさん1]: 数値おかしいとかいうレベルじゃねーぞ!!
[名無しさん3]: 運営仕事しろ! マップが物理的に壊れてるぞwww
[名無しさん4]: これ、もはやホラー配信だろ。カイトが歩いた跡が虚無になってる。
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その頃、ネクサスゲームズの監視ルームは、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「ディレクター! 第1エリアのサーバー負荷が限界値を突破! プレイヤーID:カイトの周辺座標で、地形データの消失が連鎖的に発生しています!」
チーフプログラマーの黒崎シュンが、狂ったようにキーボードを叩く。
「馬鹿な……。奴のダメージ演算一つで、サーバーの全リソースが食い潰されているだと!? コードオメガ、今すぐ奴の周囲の演算を遮断しろ!」
『拒否。演算対象は正当なログインプレイヤーの行動結果です。遮断はシステムの一貫性を損ないます。……ただし、領域保護のため、一時的な物理法則の固定を推奨します』
「固定……? まさか、あそこを凍結するつもりか!?」
黒崎がモニターを凝視する中、画面に映るカイトの周囲に、紫色の巨大な壁が展開され始めた。運営が強制的に介入するための、隔離プロトコルだ。
3.暴走の果てに
霊峰の山頂。カイトの目の前に、紫色の警告壁がそびえ立った。
それは通常のゲーム内オブジェクトではない。運営がシステム権限で設置した、破壊不能な障壁。本来ならば、プレイヤーをエリア外へ弾き飛ばすための「世界の果て」を意味する壁だ。
「……へぇ。ついに出してきたね、運営さんのデバッグ・ウォール。僕のダメージ計算が、この世界の維持費を上回っちゃったかな?」
カイトは不敵に笑い、文字化けしたステータスウィンドウを閉じた。
彼の指先には、まだ倍率スタックの残滓が黒い炎のように揺らめいている。それはもはやゲームの演出ではなく、バグそのものが視覚化した情報の塊だった。
「でも、残念だ。……運営さんが作った壊れない壁。それが僕の無限の攻撃力とぶつかった時、どっちが勝つか……検証してみたくならないかい?」
カイトが短剣を、紫色の障壁に向かって突き出した。
配信の同接数は、爆発的な勢いで4,000人に届こうとしていた。
「運営きた」「戦え」「壊せ」というコメントの激流の中で、カイトのダメージ暴走は、ついに世界の理そのものを土俵際に追い詰めた。




