第10話:ありえない攻略
1.「座標の死角」による無敵化
『黒鉄の守護者・ガラム』が振り下ろした巨大なメイスが、空気を引き裂く轟音とともに、カイトの立っていた石畳を粉砕した。衝撃波が広がり、レベル1のプレイヤーならかすっただけでデスペナルティが確定する一撃。石の破片が礫となって周囲に飛び散り、視界が土煙に覆われる。だが、そのもうもうと立ち込める煙が晴れたとき、そこには傷一つないカイトが平然と立っていた。
「……惜しいね。物理演算上は、今の攻撃は『命中』と判定されるはずだった」
カイトは、巨大なボスの足元で、まるで見えない譜面の上を踊るようなステップを踏んでいた。彼の視界には、ガラムのメイスから発生した赤い「攻撃判定」が、地面の「座標グリッド」と衝突し、激しい火花を散らしているのが見えていた。その赤く不気味な枠線は、カイトの鼻先数ミリメートルのところで静止し、あたかも見えない壁に拒絶されたかのように歪んでいる。
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【検証】最新VRMMO『EFO』にバグがあるか調べてみた【1日目】 同接数:2,214人
[名無しさん1]: は?? 今の直撃しただろ!?
[名無しさん2]: 無傷……だと……。
[名無しさん3]: 待て、カイトの体が壁に半分埋まってるぞ!
[名無しさん1]: もしかして、壁抜けバグを「防御」に使ってんのか?
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「その通り。アーク・コードの物理演算エンジンは、キャラクターが『通常の移動可能座標』にいることを前提に計算されている」
カイトは、背後の岩壁に身体の左半分を不自然な角度でめり込ませたまま、ボスの巨躯の横をすり抜けた。岩肌を透過する肩からは、パチパチと青い電子火花が散っているが、カイト本人は痛みすら感じていない様子だ。
「いま僕が立っているのは、壁の表面から内側へ数センチメートル入り込んだ『未定義の座標』だ。AI『コードオメガ』は、僕の座標を『壁の内側(通行不可領域)』と認識している。一方で、ボスの攻撃判定は、オブジェクトの表面で止まるように設定されているんだ。……つまり、僕が壁の中に数センチだけ埋まっている限り、ボスの攻撃は僕の手前で物理的に『遮断』される。当たらない以上、ダメージ計算すら発生しない。レベル1でも、防御力が0でも関係ないんだよ」
これが、カイトが過去のクソゲー検証で培った、仕様の隙間を突く「無敵の理屈」だった。神代ディレクターが豪語した「現実と見紛う物理演算」は、その厳密さゆえに、境界線上の例外処理という致命的な欠陥を抱えていた。
2.「1」を「無限」に変える重複発動
ガラムが怒りの咆哮を上げ、連続してメイスを叩きつける。地響きが坑道を揺らし、天井から鍾乳石が降り注ぐが、カイトは壁の境界線をなぞるように滑らかに移動し、すべての破壊を「虚無」へと受け流していく。
「さて、防御が完璧だと証明できたところで、次は攻撃だ。……といっても、この錆びた短剣の攻撃力はわずか『12』しかない。普通に戦えば、ボスの自然回復すら抜けないだろうね。だから、ここで別のバグを投入する」
カイトはボスの巨大な足首にある、重厚な装甲の継ぎ目を見つめた。そこには、複雑な多重装甲をAIが無理やり組み合わせたことによって生じている、目視不可能なほど微細な「ポリゴンの隙間」が存在していた。
「検証項目:バグ02『ダメージ倍率スタックバグ』。……みんな、スキルを発動する瞬間に『メニュー画面』を開いて、即座に閉じるとどうなると思う?」
カイトが初期スキル『強撃』を発動させた瞬間、彼の左手首のノイズが激しく明滅した。
彼はメニュー画面を16.6ミリ秒という最小単位で「開閉」し、同時に再び『強撃』のコマンドを、あたかも先行入力の連打のように上書きして流し込む。
「AIは、スキル発動時の『倍率加算』を、その計算処理が終わるまで一時メモリに保持している。でも、メニューを開くことでシステムに別の描画負荷をかけると、その『処理完了フラグ』が一瞬だけ遅延する。その隙に次の倍率入力を流し込めば……計算は『重複』するんだ。1.5倍に、さらに1.5倍が掛かる。それを10回繰り返せば、どうなるか」
カイトの短剣が、ボスの足首の「隙間」に触れた。
本来なら「1」程度のダメージしか出ないはずの、蚊の泣くような突き。だが、次の瞬間――。
ドォォォォン!!
ボスの巨大な足が内側から爆発したかのように弾け、その巨体が轟音とともに横倒しになった。
ガラムの頭上に表示されたダメージ数値は、桁が溢れて表示限界を超え、文字化けした紫色の文字列が空中に散らばった。
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[名無しさん1]: ダメージ数値おかしいだろwww
[名無しさん2]: 数万ダメージ出たぞ今!?
[名無しさん3]: レベル1の短剣でボスを転倒させた……。
[名無しさん4]: 「このゲーム終わった」……完全にバランス崩壊だろwww
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3.仕様の破壊者
倒れ伏し、地を這うボスの「核」に向けて、カイトは無慈悲に短剣を突き立てた。
再び繰り返される、メニュー開閉による倍率スタック。カイトの指先は、もはや人間の反応速度を凌駕し、システムの隙間を正確に叩き続ける楽器の奏者のようだった。
1.5倍が、3倍に。3倍が、9倍に。9倍が、27倍に――。
指数関数的に増大する「仕様上の暴力」が、レベル35の守護者のHPを一瞬で消し飛ばしていく。
ポリゴンの破片となって散っていくボスの背後で、カイトは静かに短剣を鞘に収めた。
彼の視界には、これまで見たこともない巨大なシステムメッセージが、真っ赤な警告色を帯びて躍っていた。
【通知:想定外の攻略手順を検知しました】
【警告:物理演算のオーバーフローが発生。ログの整合性を確認中……】
「検証成功。……レベル1でも、バグさえあればボスは倒せる。これがアーク・コードの『仕様』だね。神代ディレクター、君が作ったAIは、計算の積み上げに関しては天才的だけど、その計算の『土台』を疑うことは教えていないらしい」
カイトがカメラに向かって不敵に笑った瞬間、同時接続者数は2,500人を突破。SNSでは「謎の実況者がボスを瞬殺した」というクリップが猛烈な勢いで拡散され始めていたが、カイト本人はまだ「バズの頂点」ではないことを理解していた。
「さて。ボスを倒した報酬が、ただの経験値じゃないことを祈るよ」
ボスの消滅した場所に、一つの歪んだ「ノイズの塊」が浮かび上がっていた。それは、先ほどの『アーク・コア』と同じ、黒いエラーデータの結晶だった。カイトがそれに手を伸ばしたとき、坑道全体が大きく揺れ、上空から「運営の介入」を告げる、より重々しいシステム音が鳴り響いた。




