表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バグ検証実況者、VRMMOのバグを検証していたら隠し職業《システムブレイカー》になりました  作者: くま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/16

第1話:世界最大のVRゲーム

 1.「神話」の幕開けと絶対の宣言


 2026年3月6日。

 この日は、人類のエンターテインメント史において「現実」と「仮想」の境界が公式に消失した日として、後世に語り継がれることになるだろう。


 次世代フルダイブ型VRMMO――『Eden Frontier Online』。通称、『アーク・コード』。

 開発元である世界最大のVR企業ネクサスゲームズが、数千億の巨費を投じ、人類の知性を超えたAI管理システム『コードオメガ』を中枢に据えて作り上げた、究極の仮想世界である。


 東京・渋谷のスクランブル交差点。巨大なデジタルサイネージには、ネクサスゲームズの開発ディレクター、神代レイジが映し出されていた。32歳という若さで世界の頂点に立つ天才プログラマーは、冷徹なまでの自信を湛えた瞳で群衆を見下ろしている。


「アーク・コードに、あらかじめ用意されたシナリオは存在しません。3000万人のプレイヤーが刻む足跡そのものが、この世界の歴史となる。これは単なるゲームではなく、もう一つの現実なのです」


 神代の声は、物理的な音響を超えて視聴者の脳に直接響くような説得力を持っていた。彼はカメラの向こう側にいる数億人の期待を一身に背負い、今回のプロジェクトの核心であり、同時に挑戦状でもある一言を付け加えた。


「そして、断言しましょう。アーク・コードには、バグは存在しません」


 その瞬間、街中に地鳴りのような歓声が沸き起こった。

 神代の理論によれば、AI『コードオメガ』はシステム内の演算エラーを発生の数ミリ秒前に検知し、リアルタイムで自己修正パッチを適用し続けるという。物理演算の矛盾、テクスチャの重なり、経済バランスの崩壊――それらすべてが、世界の産声とともに淘汰される。それは人類史上初めて実現された「完全なゲーム」の誕生だった。


 だが、その狂騒から遠く離れた、遮光カーテンで閉ざされた場末のワンルームマンション。

 一人の青年が、暗闇の中で青白く光るモニターを冷めた目で見つめていた。


 彼の名前は、カイト。

 登録者数も視聴者数も底辺、実況者としては鳴かず飛ばずの青年である。


「……完全なゲーム、ね。笑わせてくれる」


 カイトは、使い古されたフルダイブ用デバイス『リンク・ギア』の接続端子を、無造作に放り出された古いクソゲーのパッケージの上で丁寧に拭いた。

 彼にとって、ゲームとは攻略するものではない。製作者が作り上げた精緻なプログラムの隙間を見つけ出し、その論理をハックして、壊れるまで遊ぶものなのだ。


「AIが管理しているからこそ、そこには人間には理解できない歪みが必ず潜んでいる。コードオメガ……君の演算リソースがどれほど強大でも、3000万人の欲望を同時に処理する過程で、必ず計算の省略が発生するはずだ」


 カイトはデバイスを装着し、ベッドに横たわった。

 視界が暗転し、意識が電子の海へと沈んでいく。

 彼だけが知る、世界の終わりを探すための旅が、ここから始まる。


  2.降臨と、底辺の視点


 フルダイブが完了した瞬間、カイトの全感覚が書き換えられた。


 同期負荷、正常。五感のフィードバック解像度、極めて高い。チッ、さすがはネクサスゲームズだ。

 脳に直接流れ込んでくる情報の濁流。

 まず感じたのは、頬を撫でる風の冷たさだった。続いて、肺を満たす草原の青臭い匂い、遠くで鳴り響く祝祭の鐘の音、そして足の裏に伝わる柔らかな土の感触。


 カイトが降り立ったのは、始まりの大陸にある中央都市セントラル・ゲート。

 広場には、同じくログインしたばかりの初期装備プレイヤーたちが溢れかえっていた。


「うおお! 本当に本物みたいだ!」

「おい、このNPCに話しかけたら、俺の名前に合わせた挨拶を返してきたぞ!」


 狂喜乱舞するプレイヤーたちを横目に、カイトは静かに視界の端のウィンドウを操作した。自身の配信プラットフォームとの同期。タイトルは事前に設定しておいたものだ。


 --------------------------------------------------------------------------------

【検証】最新VRMMO『EFO』にバグがあるか調べてみた【1日目】 同接数:3人


[名無しさん1]: お、始まったか。

[名無しさん2]: カイト、今日も懲りずに検証かよ。

[名無しさん3]: 今日は歴史的なサービス開始日だぞ? せめて普通に遊べよwww

 --------------------------------------------------------------------------------


「やあ、みんな。来てくれてありがとう。見ての通り、無事に完全な世界にログインできたよ」


 カイトは、わずか3人の視聴者に向けて淡々と語りかける。

 彼の声は、周囲の熱狂とは無縁だった。むしろ、精密機器を検査する技師のような冷徹さがあった。


「運営はバグがないと豪語しているけど、僕の考えは逆だ。AIがリアルタイムで世界を生成しているということは、裏を返せば、人間がすべての計算結果を確認していないということだからね」


 カイトは、賑わう大通りやクエスト受注所には目もくれず、街の裏路地へと歩みを進めた。

 彼が求めているのは、誰もが称賛する美しい風景ではない。

 テクスチャの重なり、物理演算の境界、そしてシステムの綻びだ。


「普通の実況をしても、大手配信者には勝てない。だったら、僕は仕様の隙間を突いて、この世界を裏側から楽しませてもらうよ」


 カイトは路地の奥にある、石造りの防壁の前に立った。

 高さ5メートル、厚さ1メートル。AIが生成した堅牢なオブジェクトだ。通常のプレイヤーなら、ただの背景として処理するであろうこの壁が、カイトには違った形に見えていた。


 3.仕様への挑戦状


「みんな、VRMMOにおける当たり判定の仕組みを覚えているかい?」


 カイトは、壁の表面を指先でなぞりながら、視聴者に解説を始めた。


「基本的には、オブジェクトの座標データとプレイヤーの座標データが重なったとき、システムが侵入不可という命令を返すことで、壁は壁として機能する。……だけど、このアーク・コードは3000万人の同時接続を処理しているんだ。これだけの膨大な位置情報をミリ秒単位で同期させるには、たとえAIでも、とてつもない演算負荷がかかる」


 カイトの目が、解析者特有の鋭い輝きを帯びる。


「AIは、負荷を減らすために何をすべきか? 答えは簡単だ。プレイヤーの移動速度が一定以下、あるいは特定の静止状態にあるとき、計算の精度を間引くんだよ。……例えば、この壁の角。ここには、複数のポリゴンが複雑に重なり合っている場所がある」


 カイトは壁の特定の一点、石の継ぎ目がわずかに歪んでいるように見える場所を指差した。


「通常、この壁は1枚の板として処理されている。だけど、複数の素材が交差するこの角だけは、AIが衝突判定をマージしきれずに、計算の隙間が生まれる可能性があるんだ」


 --------------------------------------------------------------------------------

[名無しさん2]: また始まったよ、カイトの長文解説。

[名無しさん1]: なんで壁をそんなに熱心に見てるんだよw

[名無しさん3]: そんなのあるわけないって神代も言ってたろ。完璧なんだろ、このゲーム。

 --------------------------------------------------------------------------------


「いいんだ。僕は、神様の言葉よりも仕様の声を信じることにしているからね」


 カイトは初期装備の短剣すら抜こうとせず、ただ壁を見つめ続けていた。

 彼の頭の中では、ネクサスゲームズが採用しているであろう物理エンジンの挙動がシミュレートされていた。


 コードオメガは、プレイヤーの移動ベクトルを監視している。通常の歩行、走行……。だが、そこに垂直方向の加速度と水平方向の急激なシフトを同時にぶつけたらどうなる?

 AIは、空中にあるプレイヤーの判定を簡略化するはずだ。接地していない瞬間に、座標の矛盾を意図的に発生させる。


「検証項目その1。座標同期ラグを利用した、壁判定の無効化。……さて、今日も壊していくか」


 カイトは最後の一歩を踏み出した。

 それは、3000万人のプレイヤーの中で、彼だけが辿り着いた仕様の深淵への挑戦だった。


 配信の同接数は、相変わらず3人。

 しかし、画面の向こう側の視聴者たちは、いつの間にかカイトの異様な集中力に圧倒され、チャットを打つのを止めていた。


 静寂に包まれた路地裏で、カイトの体が壁に向かって沈み込む。

 ここから始まるのは、数百回、数千回と繰り返されることになる、孤独で、それでいて世界を根底から揺るがす検証作業の始まりだった。


「見ててくれ。この完全な世界が、本当はどれほど脆いのかを」


 その言葉とともに、カイトは壁に向かって鋭く踏み込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ