68 アリーシャとシオン
世間的にアリーシャの死、王宮内の呪い、花姫廃止、ヴィクター廃太子で王都中騒ぎになっている頃、アリーシャは荷物をまとめ帰る準備を始めていた。
シオンが回復したらメデア村に帰る予定だ。
王宮内に長居する気はなく、シオンが回復するまでは王都付近にいたい。
さすがに侯爵邸に出入りすると銀髪ですぐに人目につきやすい。
ベルタ宮に招待されたが辞退させてもらった。
ということでシャーリーストーンの館で厄介になっている。
エヴァがシオンの治療をし、アリーシャはエヴァの世話役として滞在していた。
エヴァは特にシオンの家に対して差別意識はないようである。
「メデアは弟をばらばらにして海に投げ捨てた逸話もあるし、もっと色々やっている。処刑人など人間の理解の範囲よ」
よくメデアの一族はロマ教とうまく共存できたな。
ロマ教からの条件は生贄を禁止するということらしい。今は生贄とは人形と菓子で代用しているようだ。
ドロシーはベルタ宮に戻ってもらった。
彼女はアリーシャについていくと聞かなかったが、彼女は元はベルタ宮の侍女である。
もう花姫ではないアリーシャに仕える必要はない。
何とか説得してベルタ宮へ帰ってくれた。
帰る前にアリアのハンカチを渡しておいた。
今頃はテレサ王太后に届いていることだろう。
「ところでアリーシャよ」
定期的に届けられるレディー・モナの菓子を頬張りながらエヴァは声をかけた。
クロックベル侯爵家経由で届けられるらしい。
先程アリーシャが侯爵家の騎士から受け取った。
「シオンにいつ会うのだ」
エヴァの言葉にアリーシャは思わず紅茶を零してしまった。
シオンは意識を取り戻し、リハビリを開始しているようだ。
半年すれば復帰できるようである。
アリーシャは彼が意識のないときは毎日看病に訪れていたが、今はほとんど会っていない。
どう顔を合わせればいいのかわからなかった。
「あーんなに早く目を覚ましてと呼びかけておったのに、シオンも落ち込んでいたぞ」
呆れながらエヴァは菓子をつまむ。
「ま、あの男もなかなか前途多難、職業柄か、性格か、深い業を持っておる。一緒になっても苦労をするな」
うんうんと幼い巫女は頷いた。
別にシオンに問題があるわけではないとアリーシャは口にした。
「不安なのよ。何て言えばいいかもわからないし」
「好きだというだけであろう」
「それが難しいのよ」
8歳の巫女だからか恋愛面の相談は向いていないのではないか。
今アリーシャの不安を聞いてくれるのは彼女くらいだ。
ドロシーとローズマリーは相談すると怖いから辞めておきたい。
「一度、そのブローチに聞いてみては? まだ少し加護が残っているからごくたまに答えてくれるかもしれんぞ」
「夢でローラン様より当たって砕けろとお告げを賜りました」
何故振られる前提で告げられなければならないのか。
ブローチを投げようとしたがさすがにやめた。
しばらくエヴァは考えた。そして良い言葉を思い至る。
「安心しろ。アリーシャ。あの男に振られても、お前が帰る場所はちゃんとある。私と同じメデアの子だからな」
何故、振られた後の話をするのだ。
アリーシャはふぅっとため息をついた。
夜更けに妙にざわざわして目が覚めてしまった。
もう一度寝ようとしても寝過ごしそうだ。
折角だし朝日を拝もうとアリーシャは防寒具を取り出した。
まだ冬の時節、雪がいつ降っても不思議はない。
アリーシャは先日届けられた鹿の皮で作られた防寒具を着た。とても暖かい。
この防寒具はアルバートからのものだ。
アリーシャが死んだことになった日からアルバートとは会っていない。
侯爵家騎士からの話では王宮に寝泊まりしているようだ。
今回の呪いは彼の祖母によるものだったから後始末を命じられたそうだ。
そして、魔法使いとして優れているので全王宮魔法使いから頼られているようだ。
過労寸前まで働かされているとも聞いた。
アルバートはアリアの件を改めて国王に報告し罰を受けたいと申し出た。
爵位返還、領地返還を申し出したが、国王は拒否した。
代わりに王家の血筋のウィリアム公子を養子にし跡を継がせるように命じられた。
ウィリアム公子はスプリングフィールド公爵家の三男でローズマリーの末弟である。まだ5歳だったはず。
ウィリアム公子はクロックベル家門のアワグラス子爵家の生まれたばかりの令嬢と婚約するようにとも命じられている。令嬢の名前はアンジェリカというが偶然だろう。
アルバート、結婚せずに子持ちになるのか。
色んなことが起こりすぎてアリーシャは把握しきれずにいる。
もう貴族令嬢でも花姫でもないから必要ないけど。
アルバートももうアリーシャには関係のない赤の他人なのだ。
「アリーシャ様」
声をかけられてアリーシャはびくりと反応した。
後にいたのはシオンだった。
「すみません。後ろ姿を見かけたもので。驚かせてしまいましたね」
困ったように笑う彼にアリーシャはどきりとした。久々の彼の笑顔は心臓に悪い。
「もう大丈夫なの?」
「はい。生活するには支障はありません」
それはよかった。
意識を取り戻し良くなっていると聞くがどのくらいなのだろうかと不安だった。
「アリーシャ様はどちらへ行こうとしていたのですか?」
「少し朝日を見たいなと」
草原の方へ出たいと伝えた。
「よろしければ私もご一緒していいですか?」
「あ、えーと」
「ご迷惑でしょうが、夜の草原は危ないです」
「迷惑じゃないわ。それじゃ、お願いしようかな」
まだ心の準備ができていなかったなど言えない。
シオンはおススメの場所へ案内したいと馬房から馬を取りに行った。
その間アリーシャはだいぶ落ち着いてきたのを確認して戻ってきたシオンに声をかけた。
「ねえ、シオン様。私はもう貴族でも花姫でもない。ただのアリーシャ、と呼んで」
シオンはにこりと微笑んだ。
「わかりました。ではアリーシャ、あなたも私をシオンとお呼びください」
そう笑いながら彼は手を差し伸べた。
アリーシャはどきどきしながらその手を取った。




