65 シオン・シャーリーストーン
時間は随分前にさかのぼる。シオンが行方不明になった日のことである。
王都での報告を済ませシオンは裏門から出ようとした。
処刑人のシオンに唯一通ることを許された門である。
門を出ようとしたとき自分を呼び止める者がいた。
アリーシャと同じ花姫のコレットであった。
シオンは身をただし礼を示す。一体自分に何の用だろうか。
「最近アリーシャ様と親しくしているようね」
くすくすと笑う声響いた。
「アリーシャ様がお声をかけてくださり、何度か会話をさせていただいております」
光栄なことであるとシオンは口にした。
「そうよね。処刑人には不相応な待遇ね。今私に声をかけられるのもありえない程の栄誉だと自覚しているわよね?」
「もちろんでございます」
早く用件を言って欲しいと思いながらもシオンは顔に出さない。ただコレットの興味が薄れていくのを願った。
「でも、アリーシャ様らしいわ。さすが泥姫、煌びやかな王宮内で自分の相手をしてくれるのは処刑人くらいだもの」
「何故アリーシャ様にそのように言われるのでしょうか?」
シオンは疑問に思った。
つい口にしてしまう。
本当は自分より上の立場の花姫にそのような口を聞いてはいけないが、我慢できなかった。
「だってそうでしょう。卑しい山奥から出て来た野蛮な平民の娘、王宮に相応しくない。唯一の直系じゃない娘はあの子だけよ」
「それはあなただって言えることでしょう」
シオンは静かに言葉にした。本来は口外してはいけない内容だ。
ウェルノヴァ伯爵から口留めされていた内容だった。
目の前にいるコレット・ウェルノヴァは実の伯爵令嬢ではない。
伯爵が用意した娘、本来は直系の令嬢ではない。
貴族の血筋でない可能性が高い。
「まぁ、それは口にしないのが華というものでしょう」
コレットはくすくすと笑ってシオンの腕に手を添えた。
ぞくりとしてシオンはその手を払おうとした。
しかし、自分の身を見張りの男が拘束する。彼らはコレットの手にかかった者たちだった。
「私はあなたのことも気に入っているのよ。たくさんの死に触れた処刑人。人々から畏怖された死神」
コレットは恍惚とした表情でシオンを見つめた。
顎を捕えてシオンの美しい顔を堪能していた。
「あなたがアリーシャ様のお気に入りと聞いて、ちょっかいをかけたくなったの。意外ね。あなたって意外に魔力を持っているのね。それにその右眼は少し特殊で面白いわ」
にたりと笑いシオンの額にキスをする。
そこからシオンの意識は途絶えた。彼女から広がる深い闇の中に包み込まれる感覚を覚えながら。
◇ ◇ ◇
はっと気づくとシオンの目の前に父親がいた。自分と似た容貌の父親で、少し陰りをもつ男であった。
「シオン、わかっているな」
父はシオンに確認するように尋ねた。先ほど言った内容はどうだったかと思い出し、シオンはこくりと頷いた。
「我が家は代々処刑人の家系………僕も処刑人になる。それ以外の道はない」
父の言ったことをそのまま口にして父はこくりと頷いた。
「そうだ。それ以外の道はない。お前は優しい………何度も嫌気をさすかもしれない。でも、誰かがしなければならないことなのだ」
法の元で定められた処刑、それを実行する者は限られている。
国王に直接認定された処刑人。本当は死刑執行人と呼ぶのだが、死刑以外の刑も任される為そう呼ばれる。
街へ行けば多くの者たちに嫌悪され、畏れられ、距離を置かれる。
寄宿学校に行くまで同じ年ごろの子と遊んだ記憶はなかった。
みんなシオンの出自を知り、死神の子と呼び蔑んだ。近づこうとすれば石を投げつけられる。
悲しいけど、自分の家に生まれた者の運命だった。シオンは悩みながらも運命を受け入れることにした。
だが、簡単に自分の仕事の内容を受け入れられた訳ではない。
はじめて人を処刑した日は斬首刑だった。
2回失敗してしまい、野次がとぶ。
手が震えてこれ以上は無理だと思い、父と交代しようとすると父は耳元で囁いた。
「お前は2回、あの罪人を苦しめたんだ」
シオンは深く苦しんだ。
人を殺したくない。
でも、仕事を全うしなければ彼らの苦しみは長引く。
その苦しみの中、ただ彼はジュノー教会に祈りを捧げ続けた。
何度も何度も苦しみ、処刑という仕事を受け入れることになった。
罪人が不要な苦しみを受けないように自分の腕を磨くしかない。
シオンが仕事をこなせばこなすほど人々はシオンを死神と呼び恐れた。
「死神め、立ち去れ!!」
王宮への報告を済ませた後のことだ。
王宮内の廊下でお茶をかけられてしまった。
どうやら通りがかりの庭にてお茶会が開かれていたようだ。
「ああ、お茶が不味くなってしまった」
「二度とこないで欲しいものだ」
侮蔑と嘲笑、謝りもしない貴族にシオンはただ口を閉ざし礼をした。
まだこれはましな方である。
祖父の頃は毎回糞尿をかけられて侮辱されながら帰っていたという。
疲れた。
だいぶ慣れたこととはいえ、何度も否定されると疲れてしまう。
自分のこの生活は一生続くだろう。それはいい。
ただ今日は酷く疲れを感じた。
歩きながら俯く。
顔にかかった紅茶をぬぐう気力もない。
早く王宮を出たかった。
向かい側から令嬢が通るのをみた。自分よりずっと上の立場、妃候補の花姫だ。
侍女が死神、と嫌悪感に満ちた悲鳴をあげる。
シオンは廊下の端により礼をした。
いつまで経っても令嬢は通り過ぎる様子はなくどうしたのだと見上げてみる。
彼女は無言でハンカチを差し出していた。
「顔くらい拭いたらどう?」
彼女のことは知っている。
友人のアルバートの血の繋がらない妹アリーシャだった。
噂では酷い悪女と呼ばれているのも知っていた。
「いえ、ハンカチが汚れてしまいます」
「捨てようと思ったからいいわよ」
のりのかけられている新品のハンカチである。とても捨てるような代物ではない。
「そうよね。死神でもずっと嫌なこと言われたら、落ち込むわよね」
ぼそっと彼女はそう言い残し、シオンの前を立ち去った。
この時のことをアリーシャは覚えていないだろう。
当時の彼女の生活は苦痛に満ちていて、シオンのことなど通りかかりの誰かとしかみえていない。
記憶にとどめていなかった。
彼女の傍にいた侍女が「死神」と嫌そうに叫ぶ声があったから、通りがかりの男が処刑人と知ってての行為だろう。
彼女はシオンの為に声をかけてくれた。
会話にならない会話であるが、シオンが傷ついたということに気づいてくれていた。
それがシオンにとって深く温かい心地にさせてくれた。
彼女は噂通りの悪女だったのかもしれない。
それでも、彼女はほんの落ち込んだシオンに声をかける優しさを持っていた。
アリーシャが覚えていなくてもシオンは忘れなかった。
シオンにはたまらなく嬉しくて、たまらなく愛しかった時間だった。




