64 ティティスの残骸
ティティスの呪いが深く、王都を飲み込む。
異変に気付いたのは当直中の騎士たちである。騎士たちは急に気分が悪くなり倒れていった。
眠りについていた使用人たちも苦しみにもがき苦しみだした。
ローズマリーも異変に気付いて眠りから覚め、頭を抱えた。
酷い頭痛と苦しみがこみあげ、鏡をみると自分の体に痣ができていた。
心配になった侍女がローズマリーの姿をみて悲鳴をあげた。
同時期にクリスでも同じことがおき、クリスは自分の姿に狼狽し嘆いた。
王宮中、謎の熱病が発生して、治癒魔法使いと医者たちが奔走した。
国王も突然の病に苦しみ、こちらにたくさんの人員が投入されていた。
そんな混乱の中で走り続ける侍女がいた。
布で口を防御していたドロシーであった。
彼女はエヴァから譲られた護符と父から贈られた清めの砂をばらまいていた。
王宮内を熟知し器用に立ち回れるからこそ与えられた任務である。
本当は不服だった。本当はアリーシャの傍にいたかった。
なかばやけくそのように清めの砂をまき散らす。
「くらえ。#パパ__父__#にねだって購入しまくった清めの砂だぁ!!」
道ゆく騎士たちは布マスクをした謎の侍女から砂を撒かれ、無礼者と怒りだした。
ドロシーはピューと風のように去っていった。
「全く何だったんだ。あの怪しい女は」
「でも、だるさがなくなったような」
不思議なことに呪いの症状が軽くなって騎士たちは首を傾げた。
王都外で異変に気づいた者もいる。
メデア村にて留守番中のイブである。
彼女は真夜中危機を察知し、祭場の奥へ引き篭もっていた。
「メデア、我が母よ。今苦難に立ち向かっているあなたの子、エヴァとアリーシャを助けてくれ」
願うのは双子の片割れと、ティティスに利用されそうになっている同胞のアリーシャの無事であった。
こうなっては人知を超えた信仰対象にも動いて欲しい。そう願い必死にイブは願い続けた。
◇ ◇ ◇
「ティティス、もうこんなことはやめて。そしてシオンを返しなさい」
アリーシャの口からでる呪いの女神の名、先ほどまでアリーシャでも口にできなかった。
ティティスの呪いの中でもアリーシャは毅然と立っていた。
ローランの加護の影響も大きい。
彼にはもっと色々言いたいことがあったが、今はそんなことよりもシオンの無事が大事であった。
「ローラン、私をたすけろー」
エヴァは叫ぶ。ローランはちらりとエヴァの方をみた。
「大丈夫だ。エヴァ。その三人を守るくらいならお前ならできる。アルバートも手伝っているし、頑張れ頑張れ」
相変わらず軽い男だなとアルバートは思った。
だが、何故ここに彼が現れることができたかわからない。
後でエヴァが解析したところローランは死ぬ前に自分の思念をアリーシャのブローチへと飛ばしたという。
いざというときアリーシャを守れるようにと。むしろこちらの方にかなり力を使ったようだ。
「シオンを返して」
アリーシャはティティスに何度も言った。
「ふふ、ふふふふ」
ティティスは笑った。
おかしなことである。
呪いを台無しにされて、アリーシャを侮って円陣に捕えられて、そして今祭祀の死にぞこないの加護でアリーシャに要求される。
おかしくて、とても面白くなかった。
何故自分よりも劣った娘にここまでこけにされなければならないのだ。
魔力は確かにある。
だが、きちんと養育されていない未熟な、こんな泥姫に下に見られるのは屈辱であった。
彼女を許さない。
苦しませてやろう。
「返すわ。取りにいらっしゃいよ」
そういうと彼女の髪が広がりアリーシャにまとわりついた。
深い闇のようにアリーシャをごくりと飲み込んだ。
祭祀の力は邪魔だけど取り払えなくはない。自分の力の全てを投入すれば引き離すことはできる。
アリーシャを吸い込んだのを確認して、ティティスはその場に崩れ倒れ込んだ。
呪いはまだ発動している。
それでも呪いの主であるティティスの肉体は崩れていった。
エヴァは魔法をとき、残されたローランとティティスの方へ近づいた。
ローランの足元に転がっているのはティティスではなかった。
齢100歳を既に超えたと思われる老女が骨と皮だけの姿でこと切れていた。
これが、コレットの本来の姿である。
「ロ、ローラン。アリーシャは」
アルバートは必死にアリーシャの行方を探った。
「ティティスに飲み込まれたようだ」
「どうするんだ。このままアリーシャが、呪いに飲み込まれてしまったら」
結局回帰前と同じになる。もう一度回帰魔法をする力はアルバートには残されていない。
「安心しろ。今回は、間に合う」
そういうとローランの体は一層透けて消えていった。最後まで丁寧に説明しない酷い男である。
「とにかくティティスが残した呪いを何とかしなければ」
まだ王宮内にとどまっている。
魔法使いたちを全員投入させれば、国中に広がるのは防げるかもしれない。
今できることはそれだけである。
「何をしている。ヴィクター! こうなったのもお前にも責任がある。休まずきびきび働け」
呆けているヴィクター王太子にびんたをくらわせ正気に戻させた。
確かに今自分にできることは王都内の指示の統括である。
国王も既に病に倒れていると聞き、ヴィクター王太子は気を引き締めた。
まだ動ける魔法使いにエヴァのいう魔法を教え周る。騎士には無事な者を王都外へ逃がすように指示を出した。
「マリ?」
ローズ宮を訪れると病人の介護にあたっているローズマリーをみてヴィクター王太子は声をかけた。
一瞬彼女の顔の痣をみて驚いてしまう。顔色も悪く呪いの影響を強く受けていた。
「カメリア宮の侍女がお前に護符を配らなかったか?」
エヴァの作った護符であれば、彼女は守られていたはずだ。
「ええ。不思議なことにきつさがなくなりました。でも、私の侍女の方が酷い状態だったので彼女に預けています」
「どうして、そんな………しばらく持てばその痣だって消えたのだぞ」
ローズマリーは笑った。
「確かにこの痣には驚きました。まるでエレン王子の痣に似ていて………でも、私はこの通り元気です。護符は必要な者に譲るのが良いのですよ」
ローズ宮は思った以上に混乱が防がれていた。酷い痣を持ちながらも彼らに看病の指示を出し、自ら奔走するローズマリーに倣っていたから。
「ここは大丈夫ですから。殿下は別の場所を見てください。きっとあなたの言葉を必要としています」
一部の言動が怪しまれるが、それでも彼は王太子である。国王が倒れた今、彼の動き次第で王宮内はこのまま崩れ落ちるかが決まる。
「ここは任せた」
ヴィクター王太子はローズ宮を後にした。
ローズマリーはただの母が提示した自分の道筋のひとつ、道具に過ぎなかった。
特別に彼女を愛している訳ではない。
ただ妃候補の中で最も母が求めるものを持っていたのがローズマリーだったから選んだにすぎなかった。
彼女は道具ではなかった。
このような状況でも毅然と己の立場を理解し、動く彼女の姿はヴィクター王太子の予想を超えた女性だった。
自分には勿体ない、素敵な女性である。
今までの自分を振り返り、自分のすべきことを考えた。




