61 ある女の記憶
15年前のことである。
メデアの祭祀だったロヴェルが王都にやってきたときのことであった。
ロヴェルは通りがかりで複数の男に連れ去られそうになった少女を見かけた。
衣装を見る限り、良い家の令嬢だろう。
屋敷での生活に飽きてきていた令嬢は一人屋敷を抜け出して市場に出かけていたようだ。
着ていた衣装をもう少し地味にしていればいいものの、彼女は目立ち悪漢に目をつけられてしまった。
見過ごすことはできずロヴェルは令嬢を助けた。
その令嬢が自分に一目ぼれしてとんでもないことになる。
それをわかっていれば、関わらず別の人間を呼んで任せていたかもしれない。
しかし、ロヴェルは彼女に出会ったことを後悔しなかった。
自由奔放な美しい少女を見て、ロヴェルは強く惹かれた。
20年以上祭場に籠っていた彼がはじめて感じた感情に動揺を隠せなかった。
それでも自分の役割を思い出して少女に会いながらも一定の距離を守った。
自分は王都に不吉な兆しをみてここまで来たのだと思い出しながら。
「ねぇ、聞いている?」
侍女をじぃっと見つめる少女はこの屋敷の令嬢である。
サーシャ・ウォタクロック。無邪気な笑顔が魅力的で美しい少女であった。
既に社交界レビューを済ませたが、婚約が決まってから父からパーティーに出るのを禁止されていた。
娘の性格を考えると折角良縁に恵まれたのに社交界で別の男に一目ぼれ一線を越えてしまうのではないかと心配だったようだ。
サーシャは不満であった。
貴族の屋敷の管理の勉強をさせられて、窮屈で仕方なかった。
侍女にねだってこっそりと屋敷を出て市場を楽しむのが週1の彼女の楽しみになっていた。
実際ははじめて市場に出た時に出会った美しい青年に会いに行くのが楽しみであった。
「ロヴェルとは良い雰囲気になったと思うのだけど、彼は全然私にキスもしようとしてくれないの」
好ましく思われているという自覚はあった。そのうちに自分に手を触れてくれるはずだ。
はじめは初心な男の反応と楽しんでいたが、次第にサーシャは不満になる。
「このまま私はお父様の決まった殿方に嫁がされる。ロヴェルはわかっているのかなぁ」
そう呟きながら父の言いつけで婚約者への手紙を書かされる。
今まで婚約者とは何度も会っている。
事業家でしっかりとした身持ちが良い伯爵であった。
不満なのは顔が地味であるということ。趣味も読書と歴史史跡という地味なものだ。
誰がみても良縁であるが、日ごろからロマンス小説を嗜めるサーシャには刺激が足りなかった。
ロヴェルに出会ってから一層その想いが強くなる。
「ああ、ロヴェルが私の手をとって故郷へ逃げてくれないかしら」
うっとりと悲劇の令嬢気取りである。
「ねぇ、良い方法はない?」
「そうですね」
サーシャに紅茶を差し出した侍女は優しく微笑んだ。
サーシャと同じ年代なのに妙に落ち着いた雰囲気である。
サーシャも見習ってほしいという父の願いでサーシャ付侍女にしたようだ。
「いっそお嬢様が積極的になったらどうでしょう。相手は神官様でしょう? 未だに戒律に支配されているのです」
サーシャはにこりと笑った。
父の期待とは裏腹にこの侍女は時折とんでもない提案をしてくるから気に入っていた。
市場に出かけるのも彼女の案だった。
「どうすればいいかしら。ロヴェルって抜けているようにみえて、隙が少ないのよね」
「それでは恋の妙薬とかどうでしょう」
サーシャは興味を示し、侍女にその準備を頼んだ。
ロヴェルの寝泊まりしている宿屋の亭主に大金を出しロヴェルの食べる飲み物にそれを混ぜてもらうように頼んだ。
ロヴェルと逢引して、サーシャの期待通りロヴェルは無防備になった。
亭主に案内してもらい彼の部屋まで入り、サーシャは彼を襲った。
目を覚ましたロヴェルは目を見開きサーシャを見た。自分の置かれた状況を理解した。
自分の力がサーシャの胎内に入っていったことを。
何故とサーシャに疑問をぶつけようとした。
だが、目を覚まして笑顔のサーシャをみてロヴェルは疑問を飲み込んだ。
ロヴェルはサーシャのことに対して惹かれている部分があったのは事実である。
彼女の笑顔をみて怒る所か愛しさが一層深まり、そして胎内にいずれは育まれる自分の子に想いを馳せた。
数日後、サーシャの願い通りロヴェルは彼女を自分の故郷へ連れて帰った。
サーシャは男爵家に嫁いだ方が幸せになれるとわかっていたが、彼女と子供と別れるのは嫌だった。
時は流れ、その時の子供は王都へやってきた。
ロヴェルから譲り受けた良質な魔力を受け継いで。
しかも、祭祀から全く教育を施されておらず、ティティスへの防衛が全くできない少女である。
コレットは彼女をみてまるでねぎをしょってきた鴨のように見えて滑稽だった。
彼女はクロックベル侯爵を操り、アリーシャを花姫として王宮にあげさせる。
王宮内の呪いは問題なくアリーシャを取り込んだ。
ここまで問題なく進むのは楽しくて仕方ない。
同時に冷遇され続け心がすさんでいくアリーシャの様子を見るのは楽しかった。
このまま彼女がコレットの望む形になるのを眺め続けるつもりであった。
「どこからうまくいかなかったのかしら」
少しずつアリーシャの周囲の環境が変わった。
呪いの効果が徐々に薄まっていくのを感じる。
自分がアリアに頼んであんなにばらまいた呪いは今では3分の1しか残っていない。
アリーシャの内面が少しずつ変わっていくのを焦った。
焦るあまり突発的にエリザベス王妃を毒殺したのは失敗だったと反省している。
重罪をかけて無念な心のまま処刑させ、その体をゆっくりといじる計画だったのだが早計だった。
あの処刑人のせいで、手ごまにしていた侍女はあっさりと嘘をばらしてしまった。
自分の名を言おうとしたから体の中に忍び込ませた毒と呪いを強くさせて殺してしまった。
自分の手のかかった騎士と魔法使いに回収させたから侍女の体内は露見されないだろう。
しばらく大人しくした方が良いだろうと思った。
しかし、ヴィクター王太子が感づいてコレットは思わず正体を明かしヴィクター王太子を再度取り込んだ。
時間は待たずにアリーシャの体を手に入れてしまおう。
自分にはまだ勝算はある。
アリーシャが心を許す処刑人を手元に置いているのだから。




