60 ティティスの分身
エレン王子に呼ばれる形でアルバートとエヴァは王宮内に入った。
そして現在、カメリア宮で起きた出来事を聞きながら、アルバートはエヴァの治療を眺めていた。
「どうだ」
アルバートはヴィクター王太子の容態を聞いてみる。内心穏やかではない。
呪いでアリーシャへの対応に影響していると考えていたが、ここまでの行動に移すとは思えなかった。
もしかすると敵は随分と余裕がなくなってきているのかもしれない。
「どうもこうもない。王太子がここまでティティスの呪いに浸食されているとは実に嘆かわしい。モリナの血はここまで衰えたか」
エヴァはぷんぷんと怒りながら状況を伝えた。王太子から離れた位置にいるアリーシャはそれを聞きため息をついた。
ティティスの呪いだったからエヴァが作った護符が聞いたのね。
今までのヴィクター王太子の言動が呪いによるものだったのか。
お茶会の件、パーティーでの件、回帰前の様々な嫌な思い出は全て呪いで片づけられる。
「呪いのせいなのね」
困ったように呟くアリーシャにエヴァはふんと鼻息を荒らした。
「呪われたとはいえ、この男の底に眠る意地の悪さが原因だ。この男がお前にした行為は許す必要はない」
治療を終えた後、ヴィクター王太子は目を覚ました。
自分の今置かれている状況をみて、警戒するアルバートとエレン王子、遠くで怯えた表情を浮かべるアリーシャをみて項垂れた。
先ほどの記憶はある。自分のした行為でこうなったのを受け入れた。
そして、長年誰にも話さなかった北の森の祠の件を話す。
そこにはティティスが封印された瓶が安置され、幼い頃に侍女に唆されて開けてしまった。
その時の侍女が実はコレットだったという。
ヴィクター王太子は長いことティティスの呪いに侵され、自分の奥底に眠る負の感情のまま、欲のまま動いていた。
ようやく目を覚ましたのは狩猟祭の時で自分は何をしていたのかと動揺を隠せずにいた。
自分の身の回りを見直しつつ、コレットの真意を探ろうとすると再び彼女の意のまま動かされた。
「瓶を開けた時にティティスに取り込まれたのだろう」
こうなったのは自業自得だとエヴァは辛らつに言い放った。
「ところで殿下は大丈夫なのか? 随分長い間ティティスに侵されていたのだろう」
アルバートの父親は呪いに侵されて無理に治療をしたことで廃人になった。ヴィクター王太子が今後どうなるか気になってしまった。
「こいつは幸いにもモリナの血を持っている。あの男程根付いておらず、多少の精神不調は残るが直に回復するだろう」
むすとエヴァは不服そうだった。
実は指輪に残された記録でアリーシャが王宮内でどういう扱いを受けていたか知っていた。治療で激痛が走るようにしてやろうかと考えたが、わずかに存在する巫女としてのプライドがそれを許さなかった。
呪いの装置にまでされたということを聞き、イブと憤慨した。
この件が解決したら誰が何といおうとアリーシャを引き取って自分たちで立派に育て上げる。
そう双子は誓い合った。8歳の養女が成人したアリーシャを育てるというのは不思議な話であるが。
「モリナの血は肝心なところは役に立たない癖にこういうところは可能にするなど。死ぬ前に色々考えろ」
エヴァは遠慮なく初代王妃を貶した。
王族としては聞き捨てならないことであるが、メデアの巫女ということを聞き、ティティスの呪いの対抗策を練れる存在であったため誰も言わなかった。
「それで兄上、コレットの狙いは何ですか?」
ここでヴィクター王太子への非難ばかりしても何も話は進まない。
優先すべきはティティスに対してどう動くかである。
「あれはアリーシャの肉体と魔力を欲しいと言っていた。女神を完全に復活させると」
ヴィクター王太子は昼間に自分がコレットから聞いた内容を告げる。
「完全にというと、復活しているのか?」
エヴァはヴィクター王太子の言葉に引っかかりを覚えた。
「ああ、コレットは自分を女神の分身と言っていた。本当は呪いを完成させて、魔力を取り込んでから復活する予定だったらしい」
てっきりティティスの信徒の魔法使いだったのだろうと思っていた。なのに、ティティスの分身というとかなり厄介だとエヴァは呟いた。
「だが、まだ完全復活できていないということはティティス本来の力をあの肉体は受け入れられないということだ。瓶が開いた時に一部回収できたがそれでも不完全………完全に回収するために肉体を強化するか、新しい肉体を手に入れるか」
「その肉体にアリーシャを選んだのか」
「ならぬ! アリーシャはメデアの子だ。メデアの子をティティスに渡すわけにはいかぬ。よし、アリーシャ。山へ帰ろう。こんなところにいても仕方ない。王族がどうなろうが自業自得、知ったことではない」
アルバートの応えにエヴァは叫んでアリーシャに抱き着いた。
「でも、このままにしても女神の分身が呪いをまた完成させるかもしれません」
アリーシャはエヴァの肩に触れながら自分の考えを述べた。本当は怖いし、エヴァの提案を受け入れてメデア村に帰りたい。
「そうなれば結局回帰前と同じことになってしまうのではないでしょうか」
山村に籠っても安全は確保できないだろう。
それにアリーシャの代わりの犠牲者が出てくるかもしれない。
「それに………シオンが彼女に捕えられている可能性があります。私は、シオンを取り戻したい」
アリーシャの言葉にエヴァはきゅっと唇を噛んだ。
「そうか。そうだったな。あの処刑人には恩があったな」
アリーシャに協力しようとエヴァは約束した。




