58 偽りの令嬢
ドロシーはアリーシャを馬車の中へと先に乗せて、アルバートの元へと戻った。
丁度、ウェルノヴァ伯爵が困ったように頭を抱えているところであった。
「ああ、何故コレットは死んでしまったんだ」
ウェルノヴァ伯爵の口から出た言葉にドロシーは何をしていたかだいたいの予想がついた。
アリーシャが席を外した後に、アルバートは話題を花姫のことに移し、ウェルノヴァ伯爵にコレットが実の娘じゃなかったと自白させたのだ。
アリーシャはどうした? とアルバートは目で訴えていた。
「お嬢様は体調を崩されて馬車に乗せました」
まだ用件が終わっていないようであれば先に失礼させたいとドロシーは述べた。
「そうしてくれ。馬車は気にするな。そのまま侯爵邸に戻しておいてもらって構わない。俺は適当に帰るから」
外は小雨が降ってて冷え込むが、辻馬車を自分で拾える男だからドロシーは特に心配しなかった。
アリーシャの状態が心配だったのでアルバートの言う通りにさせていただくことにした。
部屋で再びアルバートとウェルノヴァ伯爵の二人だけになり、アルバートは再び確認した。
「レディ・コレットの件はお気の毒です。疱瘡、であれば確かに慌てますね」
未だに国内で報告のある伝染病である。
見つかったら、国の指定で情報管理される。指定の隔離場所へと移送されるので、すぐに周りに知られてしまう。
貴族は周りからの反応を恐れて、あえて隠そうするだろう。
ましては将来の花姫として大事に育てた娘であれば猶更だ。
コレットは3年前に伯爵領から王都へ呼び出された。
花姫になるために教育を施され、ウェルノヴァ伯爵は自慢げに社交界で語っていたのを今でも思い出す。
デビューの年頃になっても姿を現さない伯爵の噂を聞いて不審がる者もいた。
同じ年ごろの魔力のある娘を探しているという噂も流れてて、人々はその噂を楽しんでいた。伯爵は強く否定していたが。
疱瘡は大神官レベルの治癒魔法使いでも完全治癒するのは難しい。命を救うことができても疱瘡の痕が残ってしまうのは珍しくなかった。
ウェルノヴァ伯爵はコレットの病を隠し、高い金で治療をできる者たちを雇っていた。
「シオン・シャーリーストーンもその一人ですよね」
「あの死神がコレットを殺したんだ。あの男が来たと同時にコレットは死んだ」
家族が死んだ後、治療内容のよしあしとは関係なく家族は怒りに支配されることがある。貴族が医者と治癒魔法使いを訴える例が裁判所に記録されている。有罪判決が何度も繰り返され医者と治癒魔法使いが他地方へ移り病気や怪我を見る者がいなくなった地方もあった。
「それで恨んで彼を誘拐したのですか?」
アルバートの言葉にウェルノヴァ伯爵は首を横に振った。
「私がそんなことをするわけないだろう。関わるだけでろくなことにならない」
ぶつぶつと呟く彼の情報をどこまで信じるかアルバートはじっと見極めようとした。
このまま連れて帰って尋問してしまおうか。もしくは脅して屋敷内を隈なく探し回ろうか。
物騒な考えがちらちらと浮かんでくるのをぐっと抑える。
「それで、今のレディ・コレットは誰なのでしょうか?」
次に気になった疑問を投げかけると、突然ウェルノヴァ伯爵は青ざめてガタガタと震えだした。
大人の男がこんなに怯えるとはとアルバートはじっと様子を伺った。
「大丈夫ですか? 伯爵。顔色が悪いですよ」
心配してやる義理はないががおかしい。何に怯えているのだろうか。
しばらく考えてアルバートは閃いた。ここまで来たなら試してしまおう。
「伯爵、実は私はあなたを救いに来ました」
急に優しい口調に変えてみた。先ほどまでの尋問からがらりと優しい口調に変わる。
伯爵は未だに震え続けている。
「私の屋敷には今高名な巫女がおります。メデアの巫女です」
「メデア、というのはあのメデアか?」
「そうです。今は表舞台から消えていますが、かつてこの国の窮地を救ったロマ神の友のメデアです。あの女神に対抗できた者、その末裔たる彼女が言うにはウェルノヴァ伯爵から不吉な兆候がみえると、このままでは実に危ういと私をここへ遣わされたのです」
「おお………」
まだ震えているが、ウェルノヴァ伯爵の表情がわずかに明るくなる。
やっぱりティティスに関連したことだったようだ。
「もし、伯爵があの女神により苦しまれているのであればこの護符を渡すようにと言われています」
ティティスの呪いに触れた時の防衛の為の魔法道具である。アルバートの屋敷に籠っているエヴァが色々試作していた数ある道具の一つであった。
「た、確かに何となく見ていると良くなってきた」
アルバートは心の中でプラセボという言葉を思い浮かべた。
ほんの少しティティスの毒気に中てられていて効いた可能性もあるが。
「もし巫女が言うことが本当であればお渡ししましょう」
「実は………その通りだ。しかし、巫女が何故私の為に? 何か請求されるのだろうか」
でもお高いのでしょうというワードが出てきそうだった。
「いいえ、慈悲深き巫女はそのようなものは請求しません」
「しかし………」
ただより怖いものはない。
メデアはティティス程凶悪ではないが、魔法を得意とし呪いも勿論できる妖精であった。
何か気持ちを示した方がいいのではとウェルノヴァ伯爵は不安になっていた。
「そうですね。レディー・モナのプレミアムケーキセットを送られたら喜ばれます」
昨日、カタログをみて「食べたい食べたい」と駄々をこねていたのを思い出す。
アルバート自身が用意してもいいが、面倒なのでこの男に用意させよう。
ウェルノヴァ伯爵にエヴァ作成護符を進呈すると、急にべらべらと語りだした。
コレットの身代わりは気づけばウェルノヴァ伯爵家に仕える侍女であった。出自はわからない。
田舎の農村で生まれたと彼女は言っていた。
幼少時に王都に入り、貴族の屋敷を転々としていたという。
その時に基礎的な作法は身に就いたようである。田舎臭さは感じられず、数か月の時間をかけ教育を与えれば何とかなるだろう。
はじめは悩んだウェルノヴァ伯爵であったが、探していた条件の娘をすぐには見つけらずコレットの身代わりとした。
彼女は期待通り、完璧なコレットを演じられていた。
伯爵の推薦の元、彼女は期待通りダフォディルの花姫に選ばれた。
ローズマリーという競争相手がいるが、妃になれるかもしれないと大喜びであった。
しかし、日に日に自分の体力が落ちていくのを感じるようになった。
はじめは疲れたからだろうと思っていたが、ある日悪夢にうなされた。
実の娘のコレットが夢に出てきて必死に訴えて来るのだ。
騙されてはいけない。あなたは恐ろしい者を王宮に入れてしまったのだ。
その時から、おかしいと感じるようになった。
王宮内のコレットの活動を眺めていると、コレットの何気ない動作が妙に伯爵を不安にかき立てた。
具体的には言えない。
おそらく身代わりがいつばれるのかと心配になったのだろうと自分に言い聞かせていたが、再び夢をみた。
コレットが身代わりになってから辞職した者たちの夢である。
体調を崩して辞めた者たちだった。中には辞職した後に亡くなったという者もいた。
彼らのことを思い出した。コレットの身代わりの世話を任せていた者たちであった。
彼らは苦しいとウェルノヴァ伯爵に訴えかけた。そのうちの一人が口にした言葉に恐怖を覚えた。
本物のコレットの乳母だった。
何故あの女神を受け入れてしまったんだ。
それからウェルノヴァ伯爵は恐怖に震えた。
彼女に会う度に彼女がティティスの信徒なのではないかと思うようになった。
もし夢の内容が真実であれば、自分は花姫としてとんでもない者を送ってしまった。
ティティスにすっかり取り込まれた自分がもし報告したらどうなってしまうだろう。
国王に報告しようにもできずにいた。
呪いで苦しんで死ぬかもしれない。
疱瘡で苦しんだ娘以上の苦しみだろう。恐怖で何も言えなかった。
ただ彼はコレットの身代わりの要求を受け入れ、その日その日をやり過ごす日々を送っていた。
滝のように告白された内容の後に、アルバートは改めてシオンの行方について尋ねた。
ウェルノヴァ伯爵は知らないと首を横に振る。
これ以上の収穫はなさそうである。
アルバートは伯爵家を後にした。日が沈みかけているのと、先ほどまで小雨だったからかひやりと肌寒さを感じた。




