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【完結】笑わない悪女は最後に笑う  作者: ariya


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52 ペリドットのブローチ

 父の話を初めて聞いた。

 彼が祭祀だったことは隣人からも教えられなかった。父のことを聞いてもはぐらかされてしまったからだ。


 そうか、だからお父さまはいつも家にいなかったんだ。


 幼い頃を思い出す。

 祖母が死に、父が不在の家で母と二人っきりの時である。アリーシャは床に転がっていた万年筆を手にとって、壁に文字を書いていた。母が時折手紙を書いているのを真似て、インクの瓶を開けてじゃぶじゃぶと使い床と壁を汚してしまった。


「アリーシャ!!」


 怒った母はアリーシャの頭を強く殴った。アリーシャが使った万年筆もインクも母の大事なものだった。時折村にやってくる行商人から購入した高級品で、メデア村では簡単に手に入ることはできない。


「あんたは何てことするの。これはどんなに高かったかわかっているの。それにこの床、壁。誰が掃除すると思っているのよ!!」


 山奥の村では珍しい豪奢な衣装を身に着けていた母は、掃除を極力嫌っていた。大事な衣装が汚れてしまうからだ。

 使用人もいない家なので、掃除をするのは母かアリーシャになる。祖母が生きていた時はだいたいの家事をしてくれたが、今はもういない。

 日頃の苛立ちを抱えていた母はアリーシャの行為ひとつが引き金になりアリーシャに暴力を振るうことは珍しくなかった。


「ごめんなさい。ごめんなさい。おかあさまっ………」


 幼いアリーシャがぐずぐずと泣いた。それでも母の暴力は止まらない。


「サーシャ、やめなさい」


 母の手を掴んで暴力を止めたのは父であった。少し疲れた様子の父は静かにアリーシャの方を見下ろした。


「アリーシャ、井戸にいって顔を洗ってきなさい」


 アリーシャはぐずぐずと泣き続けていた。いつまでも、ここにいてはまた母に叱られる。それでも幼いアリーシャは起き上がることができなかった。


「だって、あなた。アリーシャが私の筆とインク!」

「また数か月後に行商人は来るよ。その時買っていいから」


 それまでにお金をためておくよと父は言う。

 以前の暮らしを忘れられない母は贅沢な品物を定期的に購入することが楽しみだった。ロヴェルの稼ぎのほとんど母の浪費で消えてしまう。


「床と壁をまた掃除しなきゃいけない。これじゃドレスが汚れてしまう一方だよ!」


 わぁっと母は泣き出した。何で自分はこんな目に遭わなければならないのと子供のように喚きだす。アリーシャの泣き声よりもずっと甲高く耳に響いた。


「サーシャ、君は頑張っているよ。疲れているんだね。掃除は僕がやっておくから、部屋で休もう」


 父は母を支えて、二階の寝室へと連れて行った。二階には綺麗な部屋があり、そこが母の寝室であった。定期的に購入する贅沢品があり、母はそれをみて眺めることで自分を慰めていた。


 少し時間が経過したところで父は二階から降りて来た。彼はまだ床に転がってぐずっているアリーシャをみてため息をついた。


「アリーシャ、おいで。手がいっぱい汚れている。井戸の水で洗い流そう。あと、顔も冷やした方がよさそうだ」


 アリーシャの顔を見て父は淡々と現状を伝える。


「おかあさまは?」

「お母さまは寝たよ。疲れていたからぐっすり。朝までは起きないから、大丈夫だよ」


 父はアリーシャを抱き上げて、家の外を出た。一緒に清潔なタオルも持ち出す。

 井戸の水でアリーシャの手を洗い、顔を冷やすように水をつけてやる。


「ごめんなさい。おとうさま」

「どうして?」

「またおかあさまを怒らせてしまった」


 父はじっとアリーシャを見つめて黙った。自分は何か間違ったかなとアリーシャは必死に考える。


「えと、おかあさまの大事なものを勝手に使った」

「そこらに転がっていたんだろう。アリーシャの手の届かないところに置かなかったのがよくない」


「床と壁を汚しました」

「後で一緒に綺麗にしようね」


 父の許しが返ってこなくてアリーシャは不安になって泣き出した。


「ごめんなさい。わたしのこと嫌いにならないで」

「嫌いになんてならないよ」

「だって、ゆるして、くれないっ………うぅ」


 ああ、とようやく父はアリーシャの言っていることを理解した。


「別にアリーシャは僕に謝ることはしていないよ。だから許す許さないとかそういう選択肢はないんだけどなぁ」


 ぽりぽりと父は頬をかいた。

 よっこいしょと座り、アリーシャを自分の膝に乗せる。


「アリーシャ、泣き止んで。泣き止まないと良いものをみせてあげれないよ」

「泣き止みます」


 アリーシャはきゅっと必死に目に力を入れた。

 父はアリーシャの両手にぽすっとブローチを置いた。きらきらと綺麗に輝く薄い緑の宝石にアリーシャはわぁっと声をあげた。


「綺麗! これはおかあさまにあげるのですか?」

「いや、アリーシャのだ。これはおばあまが君の為に用意したものさ。元はおばあさまの魔法道具の一部だったんだけど、おばあさまがブローチに改造してくれた」


 父は笑う。疲れて実年齢よりもずっと年上にみえるくたびれた青年だが、時折みせる笑顔は綺麗だった。母はこの笑顔に魅了されて、貴族令嬢の身分を捨て父と共にやってきたのだ。


「わたしの? わたしが持って良いの?」

「もう少し待って。まだ未完成だ」


 アリーシャは首を傾げる。とても綺麗なブローチだ。装飾も綺麗なのに何が問題なんだろう。


「加護を付与していない。もうほとんどなくなってしまったから、もう一度付与しなきゃいけない」

「おとうさまがつけてくれるの?」

「私には無理なんだ。だから、知り合いにしばらく預けることにするよ。さっきようやく話をつけれた」


 加護が完成したら君に届けよう。


 父はほんの一時だけアリーシャの服にブローチをつけた。贅沢なものは綺麗なものは全て母のものだったから、アリーシャははじめて身に着けたブローチに無邪気にほほ笑んだ。


 母が起きる前に父に回収されて、ブローチはしばらくみなくなった。いつ完成されるのか楽しみにしていたら、父は出稼ぎ中に事故に巻き込まれて死んでしまった。


 父を失った母は悲しみにくれ、アリーシャに当たり散らすようになった。身の回りの掃除や洗濯はアリーシャの仕事で、きちんとできなければ叩かれる。アリーシャを否定する言葉を浴びせ、ご飯を抜きにすることが増えた。

 見かねた村人がアリーシャに食事を与えてくれなければアリーシャは生きていけたか自信がなかった。


 仕事がきちんとできなかった折檻としてアリーシャは物置小屋に閉じ込められた。寒い小屋の中、わらの中にもぐり寒さをしのぐ。空腹感の中、アリーシャはうとうとと眠りについていた。


「アリーシャ」


 物置小屋の外から男の声をした。隣人の声ではない。時折アリーシャに獣肉をわけてくれる偏屈な老人でもない。


「だれでしょう」

「君にブローチを届けに来た」


 男は名乗らずに用件だけ伝えた。


「今ここで渡してもいいけど、あの女から奪われそうだ。小屋の裏に埋めておいた。印はつけているから、そこを掘り起こして」


 つらつらと伝える内容にアリーシャはすぐに理解できなかった。


「あの女にみせちゃだめだよ。とられるから」


 そういい男は遠くへ行ってしまった。


「待って、あなたは誰?」


 アリーシャが尋ねた時には男はどこにもいなかった。その時、小屋の中が妙に暖かく感じた。わらだけにくるまっても寒くてガタガタ震えていたのが嘘のようだ。

 アリーシャはうとうととそのまま眠りについた。


 翌日母に小屋から出してもらった後、掃除と洗濯を行う。隣人から今日のご飯をねだりにいき、母に食事を奪われその残りを食べて空腹を満たした。

 思い出したように、母が部屋に閉じこもっている間にアリーシャは小屋の裏を掘り起こした。印はあった。小さく矢印が小屋の壁にかかれていて、掘り起こすと小さな木の箱が出て来た。中を開けると、美しく輝くペリドットのブローチがあった。

 祖母がアリーシャの為にと作ったブローチ、父がアリーシャの為に加護をつけたいと知り合いにたくした大事なもの。

 アリーシャはそのブローチを大事に握った。するとさっきまでの苦しい感情が薄れたように思えた。


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