38 回帰魔法
アリーシャの呪いを止める作業をして3日経過している。
シオンの肉体はまだ朽ちておらずアリーシャはじっと動いていなかった。
精神的にも、体力的にも初日の頃よりも落ちている。
少しずつであるが、呪いの兆しが自分の中に芽生えているのをアルバートは感じた。
交代で休みをとり、少しでも体力を補っておこうとする。
「そういえば、君はクロックベルだったね」
ローランは作業しながら平然と世間話を進めた。余裕はないだろうが、喋ることで苦痛を紛らわせているようだった。
「それが何か」
「昔、時魔法を研究していた魔法使いがクロックベルを名乗っていたと聞いた」
それは国が創設される頃の話である。元々クロックベル家は王族に仕える魔法使いであったが、国難を救った褒賞として侯爵の爵位を得ることになる。領地管理を行う傍ら魔法の研究を続けていたが、代が進む毎に魔力が弱くなっていた。ごくたまに花姫候補の令嬢が生まれる程度である。
だから、アルバートのような魔力に優れた令息が生まれたのは久々であった。アリアの血のおかげだったと思う。
アルバートが入るまで埃だらけだった別館の図書館には時魔法の研究書が保管されていた。寄宿学校で学んだことを応用しつつアルバートは事業の傍ら時魔法の勉強をしていた。
「その中に回帰魔法とかなかった」
回帰魔法とは、時間を元に戻す魔法のことである。
「あったよ」
回帰魔法の考えはあった。だけど、決して実現できないものであった。王宮の魔法使いもロマ教の魔法使いにも意見を聞いてみたが、回帰魔法は実現難しいとされている。
「色々構想を練っているけど、時間を戻すことは未だに難しい」
ただこれを言っていいかどうか悩んだ。埃のたまった研究記録を読み漁り、五代目の侯爵の時のものに書かれていた。
「1秒だけ時間を戻すことは成功した」
正確には1秒未満である。第三者の目で確認するには難しい為、とても発表できなかった。
それ以降の侯爵が続きの研究に着手していたが、五代目が行った成果にも到達できずそのまま研究は放置されるようになった。
古い文章で内容を理解するのに時間がかかったが、アルバートがその方法を試みた。何回も繰り返して1回だけ、成功させたが、成功したという証拠がなく頭を抱えた。
何度も試行錯誤を試みようとしたが、事業が忙しくなりそのまま中断せざるを得なかった。時々研究書を読む程度しかしていなかったが、アリーシャが侯爵家にやってきてからその時間すらなくなってしまった。
ローランは笑うものの、その内容を馬鹿にせずアルバートから魔法構築を聞き出した。
何故ここで回帰魔法に興味を抱くのか。
「まさか回帰して元の世界でやり直そうとか考えていないか」
「それができたらいいねとは思っている」
できないことだ。できたとしても数秒程度であり、意味をなさない。
「今聞いた内容でだいたいは理解できた」
その言葉にアルバートは嫌な表情を浮かべた。自分が時間をかけて理解しようとしている内容をこうも短時間でそういわれるのは腹が立つ。
「術者はクロックベルの血筋である君で十分そうだ。足りないものは圧倒的に魔力だ」
何しろ全世界の時を戻すのだ。人知を超えた領域、神の領域というべきか。それすらも超えた領域か。
定められた時間を戻す行為は並みの人の魔力では不可能であった。そして代償がどれほどのものか想像できない。
「君の魔力、私の魔力、呪いでがんじがらめて使用できないがアリーシャの魔力を足しても必要量は満たせない」
ローランはごそごそと自分の服の中を漁って、取り出した。5つの大きなペリドットがついているネックレスであった。古い装飾が施されている。
メデア村の付近ではペリドットの産地が存在していた。
だから魔法道具にペリドットを使うことが多い。
アリーシャもペリドットのブローチを持っていたのを思い出す。
「必要になるかと思い、持ってきた」
この宝石の中には歴代のメデアの巫女、祭祀官の祈りが込められている。少しずつ、少しずつ魔力を溜め込んでいる為、もしかすると必要量を満たしているかもしれない。
「それをアリーシャの呪いの停止に」
「魔力があっても停止できないよ。魔力の問題じゃない。構想の複雑さが問題だ」
ローランは宝石をアルバートに委ねる。
「あと君の構想に少し私の考えを付け加えよう」
語り終えた後にローランの目からだらりと血が零れ落ちた。呪いに冒された彼の肉体は限界に達しようとしていたのだ。
「回帰魔法、するかしないかは任せたよ」
そういいながらローランは崩れ落ちた。
「するなら早く。私の魔力があるうちに……早くしないとアリーシャの方に吸い取られるかもしれない」
アルバートはローランとアリーシャを交互にみやる。彼女が抱きかかえているまだ朽ちていないシオンの姿も。
確かにやるのであればローランの言う通り早めにした方が良い。
だけど、回帰魔法で何を失うかも考えてしまう。それが今以上の取り返しのつかないことかもしれない。
悩んでいるうちに耳元で囁き声が聞こえた。
少女の声で、周りをみてもこの呪いの場所にはアリーシャ以外の少女はいない。
「……いや」
彼女の口がゆっくりと動いていた。彼女の直接の声ではない。それでも動いているうちに情報が流れて来る。
「死ぬのはいや、苦しいのはいや」
確かにそう言っているようにみえた。
もうアリーシャは死んでいる。だが、この呪いの中でアリーシャは捕らえられたままだ。
シオンのおかげで一時的に停止したが、彼女のいう死ぬ行為、苦しい思いは繰り返される。
この国を呪い尽くした後も続くだろう。
彼女の肉体を滅ぼそうとしても誰にもできない。
叶うとすれば神話の世界に出てくる偉大な精霊王くらいだろう。
でもそうなると彼女の魂はどうなるだろうか。深い、深い闇の中に沈んでいき、結局は苦しみから解放されないのではないか。
「アリーシャ」
アルバートは彼女の名を呼ぶ。短くなった彼女の髪を撫でる。アリアと同じ銀色の髪で、アルバートはこれに触れるのを敬遠していた。
「戻ろう。君が呪いの中に囚われる前の頃に」
アリーシャがこのような呪いの装置、人形にならないよう。
アルバートはローランの知恵によって完成された魔法を展開させた。彼の言う通り膨大な魔力が必要になった。
アルバートとローラン、そしてローランが持ってきた宝石。これでどれだけ前に回帰できるかわからない。
せめて、アリーシャが侯爵家に来る前であれば良いなと思った。




