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理系の高校だというのに『ひとつの部活動』として存在を認められている”文芸部”。
先生たちが口にすることはないが、とどのつまり……。部活に精を出す気がない学生たちが入部届を出したらそれっきりの『帰宅部』である。
とはいえ、入部届を出したその日からバックレる勇気がない俺、有木歩は『体調不良で帰る』ことを伝えるために部の扉をノックした。
もちろん、体調はすこぶる元気。帰って、やりかけのゲームをしたいだけである。
「失礼しま~す」
鍵は開いているというのに、誰もいない。
俺をかすめた窓から入った風には制汗剤と本の匂いが混じっていた。
机の上に置きっぱなしの本とズレた椅子が、先ほどまで誰かいたことを物語っている。
文芸部には興味はないが、本棚にどんな本があるのかは気になる……。
三島や太宰……、長い間だれも手にしていないのだろう……過去の文豪たちの本は埃を被っていた。
そして、極めつけは机で人の字になった本――――。
『XXXXXXX異世界XXXXXXX』
「文芸部のくせにラノベかよ」
文芸部とはいえど、理系高校――。置きっぱなしの薄い本にはラノベの代名詞とも言えよう”異世界”の三文字が当たり前のようにタイトルの一部になっていた。
「……帰るか」
帰り道、電車内の広告にはアニメで観たやつが映画になることが載っていた。
「確かあれも……ラノベがスタートだったか」
行きの電車では気づかなくても、少し印象に残っていれば視点が向かう……なんとかというやつだ。
降りるのは三駅先……。俺は目を閉じて、降りる駅のアナウンスを待つことにした。
ラノベではよくある話だ。
気付いたら俺は一人、見知らぬ平原にポツンと立っていた。
視界の上では、自衛隊の航空機並みの大きさはあろうドラゴンが自由気ままに飛んでいる。
事故死した記憶などは無いから、異世界とやらに転移したのだろう。
いや、たぶん夢に違いない。
違いがあるとすれば……これまでに感じたことのない感覚。たぶん、魔力とでも呼ぶのではなかろうか。
ならば、試し撃ちしてもバチは当たらないだろう……。
だが、そんな考えが間違いだったのかも知れない。
「ワヲヒラケイフリート――――ッ」
叫んだ言葉には特に意味はない。単にイフリートの召喚をイメージしただけに過ぎない。
詠唱するのはダサいだとか、ダサくないだとがネット民は騒ぐが――――。
「みんな逃げろ――――ッ!!」
召喚者が旅団に向かったイフリートを追いかけて、叫んでいることの方が俺はダサいと思う。