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能力者の日常  作者: 相上唯月
8私は一人じゃない
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1杏哉、悠、メイサの理解者

それから約一ヶ月後。学校が修復され、初登校日となった。今日は終業式且始業式であるとともに、光姫ら中学三年生の卒業式且入学式である。リモート授業が行われていたが、本来春休みの期間は通常通り休暇期間となり、本来別々のはずの式の間の休みは事前に取られた。


「あ〜、緊張するっ。みんな、どんな反応するかしら。」


これまで通り島光さんに学校まで送ってもらい、四人は車から降りた。メイサは地面に降り立ってう〜ん、と伸びをしながら、そう発言する。


そう、四人は世間に能力者であると周知されているのだ。照光の計らいと矜持で、どうしても世間には、今回の南海トラフ作戦で中心に動いた人物たちを伝えたいということになったのだ。四人は明光さんと共に、テレビに何度も出演し、新聞にも掲載された。今や売れっ子芸能人と同等の知名度があるだろう。幸か不幸か、光姫、メイサ、杏哉、悠は一般的に見ても端正な顔立ちをしているので、より注目され、世間に知り渡ったのだった。


「まぁ、少なくともいい反応はされないだろうな。」


杏哉は腰に手を当てながら、それに返答した。


「友達とか、これまで通り相手してくれるかしら。ねぇ、悠。」

「なんで僕に振るの、その話題。自分は友達いっぱいいるっていう嫌味なの?」


悠の答えに、メイサはくすくすと笑った。もちろん当て付けなどではなく、冗談である。光姫はメイサの言葉を耳にして、一人、友達といっても支障はないであろう人物を思い浮かべる。


(白城さん…前みたいに私と話してくれるのかしら。)


光姫は久々に、いつも柔和な微笑みを浮かべている白城さんの顔を脳内に映す。光姫は彼女に冷たい視線を向けられることを想像して、ブルブルと背筋を震わせた。


「ま、ここで止まってても仕方ないよな。俺たち、せっかく能力者に生まれたんだから、能力を使える人生を楽しもうぜ。これからはそれが許されてるんだから。ほら、行こう。」


杏哉は最年長らしく、暗くなっていた雰囲気を抑制して、三人を校門へと促す。校門に近づくにつれ、生徒の数が増え、四人に向ける視線が多くなった。そこには好奇心などの好意的な視線もあれば、茨の棘を突き刺すような悪意を感じる視線あり、種々多様だった。


「めちゃくちゃ注目されてるな…。」


後者までの道のりを歩きながら、杏哉がキョロキョロと辺りを見回し、小さく囁く。


「当たり前よ。アタシ達、有名人なんだから。一般人とはオーラが違うのよね〜。」

「いや、なんでお前はそんなにポジティブなんだよ。」


杏哉の言葉にメイサが返答し、杏哉に突っ込まれる。その会話が、四人の間に漂う張り詰めた空気を少し緩ませた。


中学と高校で校舎が異なっているので、杏哉はいち早く三人と別れる。相変わらず刺すような視線が向けられる中、たった一人になり、杏哉は急に心細くなった。居心地が悪く、早く教室へ足を運ぼうとすると、後ろからドン、と衝撃が与えられた。思わず後ろを振り向くと、そこにはニッと歯を見せて口角を上げる、炎の姿があった。


「おう、杏哉。久しぶり。なんだよそんな陰鬱な顔して。いい男が廃るぞ〜。聞いたぜ杏哉、僕と花火の為に校舎破壊してくれたんだって? ありがとな〜。」


炎は快活とした口調で喋り出し、後半では周囲に聴かれぬよう声を潜めた。これ以上、悪意を向けられぬように努めてくれているのだろう。しかし、杏哉はあることが気がかりだった。


「炎…。いいのか、俺と喋ってて。俺といたら、お前まで避けられるぞ。」

「いいも何も、僕だって能力者の息子だし。ただ、能力を持たずに生まれてきただけだ。杏哉と話せなくなる方が嫌だよ。なんたって、杏哉は僕の愛しの花火のこと、ちゃんと聞いてくれるからなっ。」


杏哉が危惧していた内容を告げると、炎はきょとんとした顔をした後、平然と言い放った。そんな炎の優しさを目の当たりにして、杏哉の視界がだんだんとぼやけてくる。


「炎…。お前、ほんといいやつだな。ありがとう。」

「大したことじゃねぇよ。」


杏哉が最大限の気持ちを込めて感謝を伝えると、炎は鼻の下をかきながら、照れ臭そうにそう言った。そして、杏哉は一瞬感じていた心細さが吹っ飛び、二人で新しくなった校舎へと足を運ぶのだった。





そして杏哉と別れた後の三人は、修復されて綺麗になった校舎に入り、下駄箱で靴を履き替えた。悠の教室は一階なので、一番最初に先輩二人と別れる。


悠は一人になり、背筋を丸めてトボトボと廊下を渡り、自分の教室のドアを潜る。その途端、久々の再会を喜んでいたクラスメート達の会話が途切れ、一斉に悠の方へと向く。悠はビクッと肩を振るわせるも、気持ちを落ち着かせ、刺すような視線をくぐり抜けて自身の席へついた。元より普段から会話する相手なんていなかったため、今後は明確に避けられるだけで、生活は何も変わらないはずだ。そう思っていたのに。


「おい、水氣。」


突然どすの利いた声で苗字を呼ばれ、悠は下げていた頭を恐る恐るあげた。そこには小学校の時から一緒だった、普段はおちゃらけた態度をとる男子が立っていた。しかし今はその瞳には戯の一文字も映されておらず、感情が読めなかった。悠は覚悟を決めて、ごくりりと唾を飲み、言葉を発する。


「…何。」

「お前、能力者だったんだな。」

「…そうだけど。」

「あのさ、お願いがあるんだけど…。あの時の水文字、もっかい見せてくんない?」

「…は?」


彼は厳かな態度から一変し、必死な表情で両手を合わせ、お願いするポーズをとった。悠は唖然として、思わず口をあんぐりと開けてしまう。


「えと…どゆこと?」

「だ、だから…地震予告の水文字、お前がやったんだろ? 俺、めちゃくちゃ綺麗で感動したんだよ。どうしても、もう一度この瞳に映したくて。だから、一生のお願いっ。」


彼の声は震えていた。よく見ると、唇や肩もワナワナと震えている。もしかすると、彼は悠が能力者だと判明し、怯えているのかもしれない。それなのに、悠が作り出した水文字を見たいがために、恐怖心を押さえ込んでこうしてお願いに来たのだ。恐怖心を抱いているのは、能力者も無能力者も同じだったのだ。悠はそれがわかると、思わず笑いが込み上げてきた。


「…え?」


唐突に笑い出した悠を見て、彼は戸惑ってクラスメートに助けを求めるように視線を彷徨わせる。クラスメートの数人が彼の方へ駆け寄ってくるのを見ながら、悠はにっこりと、穏やかな微笑みを浮かべた。それを見て、彼の頰はあからさまに弛緩した。


「いいよ。水文字、見せてあげる。」

「ほんと⁉︎」

「うん。ていうか、僕ら同級生なんだから、そんなに畏まらなくてもいいじゃん。これまで通りにしてよ。僕は確かに能力者で、君達から見たら恐怖の対象かもしれないけど…それは、僕ら能力者だって同じなんだ。散々差別されてきて、能力者だってバレたら捕まって…。でも、そんな世界は終わったんだよ。僕らは分かり合えるんだ。」


悠がそう熱弁して右手を差し出すと、彼は一瞬怯んだように右足を下げたが、覚悟を決めたように、手を握り返した。


「そうだったんだな。お前らも俺ら無能力者が怖かったのか。なんか面白いな。お前らの方が断然強いのにさ。」

「でも、君達の能力封印の技術には勝てなかったよ。」


二人が握手したまま見つめ合い、そんな会話を交わすと、自然と笑みが溢れ出した。


「んで、水文字だっけ? じゃ、空見ててよ。君達もどう?」


悠は目の前の彼だけでなく、クラスにいた同級生全員に声をかけた。彼らは逡巡したようだが、水文字のみたさに負けたのか、ほとんどの人間が窓際にやってきた。悠はそれを確認すると、窓から顔を出して、右手を伸ばした。


こんなことをしなくても能力を行使できるが、わかりやすく態度に示した方が安心するだろう。悠はそんなことを考えながら、いつの間にか気軽にこんな多大な能力を行使できるようになった、何倍にもなった自身の能力量を実感して、一人でしみじみとしていた。悠が右手を振るうと、空に水文字が現れる。


『中学一年一組二十九番、水氣悠 ここに意思表示します! 僕は能力者だけど、この学校でみんなと過ごした日々は本物です。能力者である前に、僕は僕でしかない。僕はこれまで通りみんなと接したい。だから、みんなにも今まで通り接してほしい。お願いします。』


と、雲ひとつない快晴に長々と文字が流れていった。悠は空からクラスメートへと顔を向け、なんと言われようとも凹むまいと、覚悟を決める。しかし、返ってきたのは予想だにしない言葉だった。


「ごめん! 水氣! 俺ら、お前が能力者だってわかって、水氣のこと昔からよく知ってるはずなのに怖がってた! 水氣は大人びていて周囲から浮いて一人でいることが多かったけど、みんなお前がいい奴だってこと知ってる。…俺っ、これからはお前ともっと仲良くなりたいっ。これまで開いてた距離の分…。お願いします。」


普段軽薄な彼はクラスメートの言葉を代表して、そう発言した。その言葉に、周囲から同意の声が聞こえてくる。もちろん、肯定の言葉が全てではない。訝しげな視線や、あからさまな敵意が半分以上を閉めていた。けれど、悠は一人でも自分の気持ちが伝わった、まして孤立している自分の発言が伝わったことが嬉しくて、つうと頬に一筋の涙が伝った。





悠と別れた後のメイサと光姫。二階に到着し、メイサが光姫と手を振って別れた。メイサは周囲から刺すような視線を感じても、前を向いて堂々と歩いていた。二年三組の教室へ足を踏み入れ、声を張り上げ、元気よく挨拶をする。


「みんな、おはよう! 久しぶりね!」


メイサの声が響き、教室内は水底のように静まり返った。クラスメートは茫然自失として、メイサが机にリュックを置くのを見つめている。メイサはいつも一緒にいた友人らに視線を向けると、彼女らはヒッと物おじするような態度をとった。


(あれ、真矢がいない。)


その中には、メイサがもっとも親しかった真矢の姿が見られなかった。


(もしかして、アタシに会いたくないあまりに、別の場所へ行っちゃったとか?)


親友が能力者だと判明して、ショックを受けないはずがない。真矢はきっと、固まっている友人らと同様に、メイサに背を向けて歩いていくのだろう。頭ではわかっていたはずなのに、実際その状況になっていると、思いの外堪えた。両目に涙が溜まっていくのがわかり、メイサが涙をゴシゴシと拭うと、キリッと表情を繕い、意を結した。メイサと視線を合わせないようにしている彼女らに近寄り、いつも通りの口調で尋ねてみる。


「ねぇ、真矢知らない?」

「えっ…ま、真矢? まだきてないんじゃないの?」


会話はそこで途絶え、メイサと話し続ける気はないようだった。メイサはため息をついて自席に戻り、頬杖をついて窓の外を眺めていた。すると、そこに悠の作り出す水文字が伺えて、瞠目しつつも、そのセリフを目で追う。


(悠…。すごいわ…。)


いつも臆しているくせして、あんなに堂々と、自分の気持ちを周囲に伝えられるなんて。勇気を込めていつも通り挨拶をしてみたものの、返事がなく、メイサの心の柱は折れそうだった。メイサが机に突っ伏して自身の心の弱さに心中で雨を降らしていると、


「メイサ!」


と、切羽詰まったような口調で、メイサの名前を呼ぶ声が聞こえた。それは土砂降りだった雨の中、傘を差し出してくれたようで、メイサはガバッと顔をあげ、入り口へ顔を向ける。そこには、瞳を大きく揺らしている真矢が立っていた。


「真矢? どうしたの?」


メイサが答えのわかりきった質問を、わざと平然と尋ねてみると、真矢はズカズカとメイサの前にやってきた。


「どうしたもこうしたもないわよ! なんで私に言ってくれなかったの!」

「え?」


予想だにしていなかった返答に、メイサは目を丸くする。


「私、メイサがいる前で、能力者怖いとか、ハンター早く捕まえてとか、たくさん言ったと思うの。でもそれって、メイサからしたら苦痛でしかなかったよね。本当ごめん。もう、早く言ってよ。実は能力者なんだよね、って、早く言ってくれてたら…っ、こんなにもメイサを傷つけずに済んだのにっ。」


真矢はメイサの肩をつかみ、俯いたまま、必死な口調でそう言った。肩を握る両手には力が入り、痛いくらいだった。


「真矢…。」


まさか真矢がそんなふうに思っていてくれているとは思いもよらなくて、メイサは瞳を大きく開き、じわじわと潤わせる。


「ありがとう…。そんな風に思ってくれてるなんて思ってもみなくて…。てっきり、他の子と同じで、真矢もアタシから離れていっちゃうんだって思ってたから…。」

「そんなわけないじゃんっ。メイサのばか! 私はずっと、メイサの親友だよ! メイサが能力者だってわかったからって、それが覆されるはずないよ!」


真矢はメイサと同様に瞳をうるわせながら、ガバッとメイサに抱きついた。メイサは真矢との絆のつながりがメイサの思っているよりも深かったことを実感し、彼女を疑ったことを恥じるとともに、筆舌に尽くし難いほどの感動に包まれた。

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