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能力者の日常  作者: 相上唯月
7大地震
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12新たな日常

「おはよう、お父様。ついに今日ね。」


光姫は起きて身支度をしてから一目散に書斎へ足を運び、屋敷に戻ってきた父親に朝早くそう声をかける。


「ああ。能力者と無能力者の関係性が、今日の会議で決定されるんだ。今から気を引き締めないとな。」


そう、あの南海トラフ大作戦の後、無能力者は渋々といった様子で、恐れつつも能力者を受け入れる姿勢をとった。しかしこれまでの常識はそう大きく変わることはできない。そしてあの地震から一週間が経った今日、照光が首相と話し合いに行く。


「でも、本当に良かったのか。当主を私に譲り返しても。流石に今日の会議は荷が重くて私が代わりに行くことになっただろうが、光姫はそのまま当主を継続しても良かったんだぞ。短い間だが、お前は立派に努めを果たしたんだから。」

「いいのよ。私はまだ子供だし。甘えられるうちに甘えておかなきゃ。それに、私はまだ知識が浅いから、お父様の仕事の様子を観察して、これから覚えていくわ。」


光姫は南海トラフ大作戦の後、屋敷に戻ってきた照光に、当主の座を奉還したのだ。いくら大規模な作戦が成功したからとはいえど、所詮自分は子供。何人もの大人に助けられ、自分一人で決断できたものなど一つもない。それに、光姫はまだまだ覚えるべきことが多すぎる。だから、いったん父親に返し、彼の仕事ぶりを観察することにした。いつか、再び当主になるその日まで。


「相変わらず勉強熱心ね。おはよう、光姫。」


書斎のドアが開き、コツコツと足音が聞こえたかと思うと、ふわりと温かな毛布に包まれるように、肩に何者かの両腕が回された。光姫は彼女の右手に手を添え、


「ありがとう。おはよう、お母様。」


と、言葉を返した。振り返った光姫は、自分と顔の造形が似ている母親の顔を瞳に写し、心がポカポカと温まっているような錯覚を覚えた。母親も南海トラフ地震の翌日に実家から屋敷へ帰宅したのだ。久々に家族が全員揃い、光姫は胸が熱くなった。


「おはよう、陽子。」


照光も鼻歌混じりにやって来た妻に挨拶をする。


「ええ。おはよう、あなた。」


陽子は光姫をぎゅっと抱きしめた格好のまま、相好を崩して挨拶を返した。光姫はその、当たり前で暖かな日常に、頬が頬が弛まずにはいられなかった。


「そうそう、光姫。メイサちゃんたちが呼んでたわよ。訓練場で待ってるから行って来なさいな。お母さん、そのために来たんだったわ。」

「あら、何かしら。」


母親にそう言われ、光姫は首を傾げて入口を見やる。


「あ、お母さんも一緒に行っていい?」

「もちろんよ。」


そうして光姫と陽子は共に書斎を出て、訓練場へと向かった。南海トラフ地震が過ぎた今でも、朝起きて四人で訓練をするという習慣はそのままだ。最近は家族の団欒を過ごしてから向かうことが多くなったので、光姫が遅刻しても特に大きな反応はされない。光姫は訓練場について、その年季の入った大きめのドアを押した。


「あ、お姉様! おはよう。あら、陽子様も一緒なのね。おはようございますっ。」


すると、すぐさまメイサが駆け寄ってきて、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら元気よく朝の挨拶をした。


「メイサちゃ〜ん、おはよう〜。今日も元気ねぇ。」


陽子はメイサのことをとても気に入っていた。愛娘の初の心許せる親友であると共に、メイサ自身が持ち備えるカリスマ性――コミュニケーション力の高さや、一見包み隠さない口調のせいで誤解されがちだが、その素直で正直な性格に惹かれたのだろう。


「陽子様もお美しいです〜。」


また、メイサも年上の友達のように陽子のことを慕っていた。光姫は愛する母親と、愛する親友であり妹であるメイサの気が合って、胸の奥がお日様のようにぽかぽかと暖かかった。


「おはようございます、奥様。」


そこへ、背後から二人の足音が聞こえてくる。また、杏哉の澄んだ声が続いた。


「おはよう、杏哉くん。悠くんもおはよう。」

「「おはようございます。」」


陽子は視線をあげて杏哉と悠を瞳に映すと、にこりと微笑んで挨拶をする。先ほどのメイサみたく、歳の離れた友達のように接することはないが、陽子は杏哉と悠のこともとても好ましく思っている。


「みんな熱心ね。私も見習って仕事してくるわね。それじゃあ、また朝食で。」


陽子は手を振って訓練場を出て行った。四人はいつも通り訓練を終えて、そのままダイニングルームへ直行した。到着するとダイニングには既に陽子が居座っていて、四人が入ってくると笑顔を浮かべて手招きした。以前は入口から見て奥側に光姫、杏哉が並び、面と向かってメイサと悠がテーブルに付いていた。


そして現在は、光姫、陽子、照光が奥側の面に並び、正面に杏哉、悠、メイサが並んでいる。この並びが固定される前に、側近三人は失礼にならぬよう、光姫らにそこはかとなくあることを伝えた。せっかく家族が揃ったのだから、我々側近は他所にやって、家族の団欒を楽しむべきだと。補足しておくと、毎日守光神家の面々と顔を見合わせることに萎縮したという思いもあるが。しかし、彼ら一家は側近三人も共に食事を取る事を選んだ。


「みんなお疲れ様。」


四人が席に着くと、陽子が光姫と瓜二つの天使の微笑みを浮かべ、そういたわってくれる。いや、陽子が光姫に似ているのではなく、光姫が陽子を見て育ったのだ。


「お母様もお仕事お疲れ。」

「ありがと、光姫。あ〜あ、朝ごはん食べ終わったらまだ仕事だもの。実家で何もしていなかった分、堪えるわねぇ。まだみんなとおしゃべりしていたいのに。」


光姫も母親を労うと、彼女は娘にぎゅっと抱きついて、そう愚痴をこぼした。光姫は抱きつかれた腕をさすりながら、苦笑を浮かべる。どうやら陽子は常日頃から、光姫へのスキンシップが多いようだ。


「そうは言ってもね、私たちもこれから授業だもの。」

「あぁ、リモート授業ね。学校、まだ復旧しないの?」


そうなのだ、光姫達は自分らが破壊した校舎が修復せず、未だリモート授業をしていた。光姫は例年ならばそろそろ中学卒業式の時期だが、校舎が修復されていないため、出来ず仕舞いだ。


「四月には通えるようになりますよ。卒業式も終業式も、四月一日に行うみたいです。」


そこへ、口に含んだ食材を飲み込んだメイサが口を挟む。学校側から復旧の情報は届いていない故、未来予知をしたのだろう。


「まぁ、そうなのね。じゃあもう少しの辛抱ね。」

「まぁぶっちゃけ、リモートの方が楽ですけどね。」


陽子が励ますようにそう言うと、杏哉がぼそっと本音をこぼす。


「それは同意。僕らは学校に行かずとも親友らに囲まれて生活しているわけだし。全然寂しくない、むしろ満たされてるよね。」


悠は杏哉の発言に同意を示した。その時、ふと思い出したように、メイサが呟く。


「そういえば、炎先輩と花ちゃんはどうしてるのかな。」

「お二人は元気にしているそうですよ。お二人のご両親からお聞きしました。不知火ご夫妻には、約束通り、無能力者と能力者との共存の説得にご協力していただきましたよ。一定数の効果はあるようです。」


その疑問に、光姫は自身が知っている内容を告げる。それを聞いて、メイサは頬を緩ませ、ほっと胸を撫で下ろした。


「そうなのね。二人が捕まっていなくて安心した。学校、使用不能になってよかったわ。」

「ねぇ…さっきからずっと気になってたんだけど…他人事のように言ってるけど、校舎破壊したのあなた達よね?」


すると、陽子がどこか厳かな雰囲気を醸し出して、突然そう切り出した。四人はビクッと肩を震わせて、互いにそっぽを向く。


「あ、アタシはやってませんよ〜。」

「お、俺も。というかメイサ、しらばっくれるな。お前は光姫様達が校舎破壊してる時、愉快そうに未来見てたじゃないか。」

「見てただけよ。壊したのはアタシじゃないわ。」

「あんとき、俺だけ疎外感覚えて寂しかったんだからな。」

「あ、えと…ご、ごめん。」


傍観者だったメイサと杏哉が何やら言い合いをしだして勝手に場が収まった中、当事者達は伏し目になり、黙々と食事をとっていた。


「詳しく聞いてなかったけど…壊したの、光姫と悠くんだったのね。なんか意外なペアだわ…。」

「お母様、違うのよ。私、普段こんな野蛮な真似しないわ。緊急事態だったのよ。」

「ぼ、僕だって…っ。」


当主の妻からジト目を向けられ、光姫と悠が慌てふためいて弁解を始める。しばらく三方が見つめ合う静寂が続き、ふっと沈黙が途切れた。あはは、と陽子が笑い出したのだ。


「ごめんごめん、からかって。分かってるわよ、二人がいい子だってことくらい。真面目なペアがこんなガサツなことしたって分かったら、冷やかしの一つくらいしたくなるわよ。」


陽子の笑い声を聞いて、光姫と悠のこわばってた顔が緩む。そして、彼女の哄笑が伝染し、その場は笑いに包まれた。それが収まってきたところで、光姫がポツンとこぼす。


「あ〜、私達がこんなに笑っている間にも、お父様は大変なんだろうな…。」


照光はただいま、彼の側近らを引き連れ、首相を含む政治家と交渉をしている。これまで差別されていた能力者に権利を与えてもらうための話し合いだ。光姫らが笑い転げているこの時間軸で、照光がいるその場は緊迫感に包まれているだろう。そう思うと、光姫は申し訳なさで居た堪れなくなった。


「大丈夫よ、光姫。お父さんなら能力者に権利を与えてくれるわ。」


すると、陽子が光姫の右手をぎゅっと握り締め、光姫を暖かく励ましてくれた。陽子も光姫以上に不安なはずだ。光姫はそう思うと、自分だけ悲観していられないな、と自分を奮い立たせる。


「…そうね。」


そうは言っても不安なものは不安なのだ。光姫はちらっとメイサを一瞥した。


「…お姉様、何度も言うけれど未来は変動するものよ。今観た未来がそのまま実現するとも限らない。…でも、気休めにはなるわよね。いいわ、教えてあげる。今の所、能力者の未来は明るいわ。今より断然ね。」


すると、光姫の意図を汲み取り、メイサはため息をついた後、お決まりのセリフを吐いてから、未来を教えてくれた。その言葉に、光姫だけでなく、その場にいた全員が安堵する。


「ありがとうございます、メイサさん。元気が出ました。」

「ふふ、どういたしまして。」


光姫のお礼の言葉に、メイサは左右に結んだツインテールを揺らして微笑んだ。


その日の夕食時。照光が帰宅し、光姫、メイサ、悠、杏哉、陽子、照光の五人はダイニングテーブルの席についた。その場は緊迫感が漂っている。誰一人として眼前に並んだいつも通り豪華で美味そうな夕食には手をつけず、沈黙している。その静寂を、待ち侘びていた人物の言葉で破った。


「…この時がやってくるまで、こんなにも長い時間を費やしてしまった。」


照光は厳格な口調で重々しく口を開き、そこで一旦止まる。一同は唾を飲む。続けて、


「私達能力者は、世間に認められたのだ。」


と、誰もが待ち望んでいた言葉を、粛々と告げた。一瞬の静寂の後、その場は歓喜に包まれる。ダイニングテーブルについた光姫らだけでなく、その場にいた使用人らも手を叩いて大喜びしている。照光がこの場で宣言すると読んで、廊下で耳をそば立てている使用人も大勢いたようだ。ドアの外からも、歓声が聞こえてくる。光姫、メイサ、杏哉、悠も例外でない。


「嘘っ…本当に…っ。」


光姫は声にならない声を出して、瞳をうるわせて母親と抱き合い、喜びを噛み締めている。


「マジか…! やったな、悠! メイサ!」


守光神一家が居座るテーブルの反対側でも、側近三人は筆舌に尽くし難い喜びに満たされる。杏哉がガッツポーズをして、悠がそれに応える。


「ああ! 今この瞬間が、生きてきた中でトップレベルに嬉しいよ!」


男子二人は肩を組み合って、真夏の太陽のような満面の笑顔を浮かべる。そこへ、


「ちょっと、二人だけで喜ばないでよ。アタシだってめちゃくちゃ嬉しいわ! 叫び出したいくらい。」


メイサが二人の間へ割り込む。


「いや、静寂の後、さっき一番に叫んでたろ。」

「そうだっけ、もう何が何だかわからないわ。」


杏哉がツッコみ、メイサは上機嫌に頬を緩ませてそれに返事をする。悠が杏哉との肩組を解いてメイサの方へ向くと、メイサは悠の首に腕を回して、頬にキスをした。普段ならば人前ではしたないことはしない悠だが、今ばかりは冷静沈着ではいられず、心にある歓喜の塊を分かち合うように、メイサの唇に自身のものを触れさせた。人々が暫時、思い思いに喜びを噛み締めた後、パンパン、と手を叩く音がした。


「皆、静かに。私は無能力者に能力者の存在を、権利を認めてもらうことに成功した。だが、それを回復したのは、私の力ではない。娘の光姫をはじめとして、娘の側近や秘書、皆の力だ。それを、私は誤解のないように彼らに説明した。皆、本当にありがとう。」


照光は立ち上がって深々と頭を下げると、周囲から拍手喝采が響いた。そして、照光は言葉を続ける。


「私たちは目的を実現させたわけだが、そう簡単に差別は無くならないだろう。しばらくは無能力者から冷遇される日々が続く。しかし、それに耐えねばならぬ。私たちはいずれ、真の共存、平等を目指すのだ。」


照光の宣言に、周囲からは拍手と、その言葉に対する意気込みが聞こえてくる。光姫は今後の人生を想像し、ハンターはいなくなるとはいえ、これからも差別され続ける日々が続くのかと思うと、少し身震いをした。しかし自分は当主の娘だ。模範となる自分がしっかりしていなければ、能力者達を不安にさせてしまう。そう思い、光姫は気を引き締めた。

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