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能力者の日常  作者: 相上唯月
7大地震

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11作戦実行(後編)

「杏哉、いよいよだね。」

「そうだな。」


ついに、地震発生時刻の一分前となった。杏哉と葵は住宅地の真ん中に留まり、地震が発生するのを待っていた。その時、


「あの…お二人方、この範囲担当の能力者ですよね? 僕は闇属性、こっちの彼女は火属性です。僕の闇の力では、生存者の生命力が映し出されます。怪我や、その度合いなどが分かるので、光属性の方のお役に立てれば幸いです。今日はよろしくお願いします。」


と、どこからか男性の声が聞こえてきたかと思うと、路地から二人分の頭が顔を出した。二十代前半と思われる若い男女が、杏哉と葵に駆け寄ってくる。


「ええ、そうです。私は緑属性で、こちらの女性は光属性です。つかぬことをお尋ねしますが、どうしてお分かりになったのです?」


その内容から能力者であると判断し、杏哉は率先して挨拶する。しかし、その男性があまりに杏哉と葵が能力者であると確信しているような聞き方をしてきたので、杏哉は疑問に思ってそう尋ねる。


「なぜって…あなた様は正当な側近の家系の、樹護宮杏哉さんではありませんか。各々の属性のトップくらい把握してますよ。」

「さようでしたか。ありがとうございます。」


そう口にした柔和な顔つきの男性に向けて、杏哉は頭を下げる。その少々悪意のある言い方に、杏哉はふと思う。もしかすると彼は、悠とメイサが側近になったことに、あまりいい気がしていないのかもしれない。杏哉も最初はそうだった。


「いよいよですね。今日は共に頑張りましょう。私、光属性の者として、責任を持って皆様をお守りします!」


葵がガッズポーズをしながら、闇属性と火属性の二人に笑いかけた。


「あっ。」


直後、葵が小さく声を出した。草木がさわさわと揺れて、足に微かな違和感を覚える。その途端、周囲からけたたましい警報の音が鳴り響いた。緊急地震速報である。


「縦揺れだ。」


葵がぼそっと呟いた途端、揺れが大きくなり、彼女がぐらっと体勢を崩した。杏哉も立っているのが厳しくなり、倒れそうになる葵を支えながら、地面に座り込むように倒れる。光属性と火属性の男女も、男性が女性を守るようにしてしゃがみ込んでいた。


「杏哉、準備はいい?」


杏哉に頭を抱えられ、守られるような姿勢になった葵は、杏哉の腕の中からそう尋ねた。


「ああ。大丈夫。俺が指定の範囲まで蔓を伸ばして地面と建物を固定するから、葵は。」

「うん。うちは杏哉と同じ範囲に、癒しの力を行使し続ける。…っていう予定だったけど、今は闇属性の、それも怪我がわかる人が来てくれたから、そこまで一心不乱にやる必要もないね。けど、いざという時のために気を引き締めておくからっ。」


世界を揺るがす作戦なのに、その中身はだいぶん大雑把になってしまった。緑の能力者で地震の揺れによる被害を抑え、抑えきれずに及んだ被害があった場合、範囲全体に行使していた光の能力者による癒しの力で傷を治す。


しかし、能力を際限なく発揮できるこの作戦の中では、この大雑把な方法が最も有効であると判断した。全ての闇属性が生存確認をできるわけではないので、光属性はあらかじめそう指示されているが、もしもその場に生存確認可能な闇属性が現れれば、その場に応じて能力の行使を抑えても良いことになっている。地震の日までにむやみやたらに動くことができないので、避難した無能力者の人数など、詳細がわからなかったという要因もある。


「よし、じゃあいくぞ。」


杏哉は縦揺れが少し収まったあたりで、三人に一声かけた。


そして徐に瞳を閉じて意識を集中させ、蔓を伸ばす範囲を定める。そして、グッと目を見開いて唇を噛み締めると、一気に能力を解放する。


その途端、杏哉と葵、そして二人の能力者を取り囲うようにして蔓で覆い、そこから一斉に四方向に向けて蔓をぐんぐんと伸ばす。蔓は地面を伝い、一軒家の壁のコンクリートを乗り越えると、家の前までやってくる。そして柱に沿って蔓は生き物のようにうねって縁側まで這い上がると、閉ざされた扉を駆け抜けて屋根まで到達する。ちょうど向こう側を覆っていた蔓と出会い、蔓同士が絡まり合って一つになる。


このようにして、蔓が地面と家を一体にし、鳥瞰すると街全体が廃墟のようで、神秘的な何処か神々しい緑色に覆われた。きっと、上手く四方の緑属性の蔓と繋がりあえたのだろう。そうして、街に一瞬の静寂が訪れた。


しかし、束の間の安寧は崩れ、キシキシと軋むような音が辺りから轟く。それは地震の揺れによる建物の崩壊を、蔓が支えている音だった。


つまりそれは――。あんぐり口を開けて、蔓の囲いの隙間から、蔓がうねり絡まって融合する様子を眺めていた葵は、ハッとして隣で力を行使する杏哉を見やる。


「っ。」


やはり、杏哉は瞳を細めて歯を食いしばり、額や頬につうと汗の玉が流れ、弾けていた。葵はその杏哉のこれまで目にしたことのない必死な形相に、急激に緊迫感を抱いた。そして葵は自分の役割を務めようと、ガバッと振り返って闇属性の男性に視線を送る。


「すみません。今の所、怪我人はいますか?」

「今確認しているところです…。精神が衰弱している人は一定数いますが、怪我人はいない模様です。皆、突然現れた蔓に動揺しているのかと思われます。」

「まぁ。私たちはこんなにも一所懸命に彼らを死守しようとしているのに、なんと皮肉な。ですが、怪我人がいないのであれば良かったです。ですが、精神が不安定なのはよろしくないですね。一応、彼らの場所を教えてください。精神を安定させておきます。」


葵は冷静沈着に彼の言葉を受け取り、普段の軽率な様子態度とは打って変わって神妙な顔つきで処理する。葵は彼に大体の場所を教えてもらうと、そこに向けて能力を行使する。


「どうですか? 生命力は回復しました?」

「ええ。あなた、結構お強いですよね。こんな瞬時に癒しを使えるなんて。」

「まぁ一応、私の父親は守光神家に比較的近い家柄なので。…って、そんな世間話をしている場合ではありませんね。杏哉も人一倍頑張っているんです。私たちも私たちの出来ることを精一杯努めましょう。」


葵は彼の口から出た発言を諌め、その作業を反復した。結果的に、その範囲に怪我人は出なかった。火属性によると火事は起こっていないようなので、意識を研ぎ澄ませていたものの、彼女の出番は来なかった。それも杏哉が家具などを、家の隙間から侵入させた蔓で固定してくれたおかげである。その杏哉は地震の継続した約三分間、必死に街と人々を守り続けた。





地震が発生十秒後、波の壁が奥深く幾重にも連なって高知の海岸へ押し寄せてきた。四十メートルはありそうな、燻んだ暗い青と、濁った白のコントラスト。


悠は眉を引き締め、きゅっと唇を結んだ。そして両手を前に突き出し、グッと力を込める。


すると、海岸付近の建物全てを飲み込むように大きく口を開いていた津波が、さーっと海に溶け込むように引いた。それはまるで、誰かが作った砂の山を、驟雨がだんだんとその標高を低め、崩してしまうように。光姫も言っていたが、水属性の能力の特徴的に、この作業は他の能力者に比べ、圧倒的に負担が少ない。水属性は水自体を操れるので、津波なんて一瞬で消し去れるのだ。だが、津波は何度か押し寄せ、少なくとも十二時間は警戒するべき危険な自然災害なので、この場を離れることはできない。悠は寂寞とした静寂の中で潮風に吹かれ、そのタイミングを待っていた。





光姫はメイサの未来予知を受けて、怪我人を癒すという作業を繰り返していた。緑属性の蔓作戦は思いの外上手くいき、今の所怪我人は数名しかいない。杏哉のようなトップクラスの能力者であれば、ほぼ完璧に建物や家具の崩壊を防げるのだろう。


だが、光姫とメイサが配置された静岡に置かれた緑属性の能力者はそこまでの力の持ち主ではなく、少々の漏れがあった。そこで、光姫らは能力を行使していたのだが、緑属性の奮闘により、光姫ら光属性の負担は最小限に抑えられていた。


「いい感じね、お姉様。」

「そうですね。このまま何事もなく穏便に一日が終わるといいですが。」

「大丈夫、終わるわよ。こんだけ能力者が奮闘してるんだもの。無能力者もきっと私たちを解ってくれるわ。ていうか、未来予知を所持するアタシにそんなこと聞いてもいいの。ネタバレするわよ。今後の未来を。」


癒しの力を繰り返す光姫は、メイサの言葉を受けて、眉根を下げて少し不安げにそう返答した。それに対し、メイサは目尻を下げて口元を緩め、今後の能力者の未来が明るいということを、確信を持って答えた。


「え、既に未来がわかっていたんですか。メイサさんは。」

「まぁ、大体は? けど、この世界は有為転変の世の中だから。未来なんて、アタシたちの行動一つでころっと姿を変えるわ。だけど、ここまで来たらもう安心していいんじゃない、って思ったのよ。まさかここまできて、誰かがヘマするなんてあり得ないし。大丈夫、お姉様。期待していて、能力者の将来を。」


どうやら、メイサは現在でなく、既に未来を見据えていたようだ。光姫はメイサの強い主張に心底安堵し、眉を下げた。


「分かりました。期待しておきます、メイサさん。」





南海トラフ地震は能力者、特に緑属性の奮闘により、思いの外短時間で、あっさりと淡白に乗り越えた。


怪我人ゼロ、もちろん死者数もゼロ。地震自体は約三分ほどで、全国の緑属性はその間、ずっと能力を行使し続けた。その漏れを補うように、その他の能力者が活躍した。津波がいつやって来るかは闇属性の側近によって予知され、確実にその時間を狙って抑えることができた。実質能力者が能力を行使している時間は半日もなかった。


地震の当日は無能力者の半数が能力者の指定した場所へ避難しており、残りの半数も能力者の手によって安全に守られた。廃墟のように日本全国を取り囲んだ、輝然とした蔓は地震が収まってすぐに、彼らの意志一つで取り除かれた。地震の痕跡を一つとして残さず、日本全国は変わらぬ日常を迎えた。水属性の側近による水文字で、避難した無能力者にも伝わるように、地震を食い止めたことを伝えた。


無能力者は大いに困惑したが、本来なら多くの犠牲者を出していたはずの南海トラフ地震を抑制し、これほどまでに多大なる功績を残した能力者のことを、悔しくも認めざるを得なかった。

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