10作戦実行(前編)
「ついにこの日がやってきたのね。」
朝の五時。四人は作戦実行に備え、朝早い時間から朝食をとっていた。普段は目にしない時間帯の朝のニュースを見ながら、メイサが仰々しく呟いた。
ニュースでは、昨夜光姫が収容所を破壊し、中の能力者たちが続々と外へ飛び出していく様が報道されていた。否、無能力者は落雷が同じ能力者によるものだと確信出来ていないため、偶然落雷して、まるで元から目的地が決まっていたかのような、全員の逃げ足の速さに愕然としていた。
「あぁ。二時間後に南海トラフ発生…そんで作戦開始…と…。」
ちょうどその時テレビのニュースが南海トラフの報道に変わり、杏哉がメイサに続いて重々しく口を開いた。
「頑張りましょうね。」
光姫が声をかけると、三人は同時に大きく頷いた。
「最終確認をします。まず最初に行動すべきは杏哉さんです。地震発生直後、愛知にて建物の崩壊を止めてください。建物の崩壊を支えるのは能力者自身の身の危険があるので、その地域に配置された緑の能力者が蔓を作って地面と建物を固定するのです。前に杏哉さんがおっしゃっていた通り、この地震の揺れを抑えて被害を最小限にするのは緑属性の奮闘にかかっています。力になれなくて申し訳ないです。」
「いいえ、光姫様はあなたにしかできない仕事がありますから。力になれないなんて思わないでください。それに、私は光姫様との訓練で覚醒したので、私が全て指示せずとも、目に見える範囲なら、きっと彼らが自発的に能力を行使してくれます。」
光姫の言葉に、杏哉の頼もしい返答が返ってくる。続いて光姫は悠に顔を向けた。
「地震発生数分後、悠さんは高知付近の津波を止めること。津波は能力を行使すればすぐに平常の穏やかな波に変えられるので、終わり次第、すぐに内陸へ向かって、火災など、火属性で止めきれていないものを消してください。その他にも、何か能力を活かして出来そうなことがあれば躊躇わずに行使すること。よろしいですか?」
「了解です。」
悠は眉を引き締めてコクリと頷いた。最後に、光姫はメイサへと顔を向ける。
「メイサさんは私と一緒にいること。私と行動を共にしながら、静岡県内の生存確認を行なってください。私がいるので、メイサさんを危険な目には遭わせませんのでご安心を。」
「分かったわ、お姉様。バッチリお役目果たすからね!」
メイサは歯をニッと見せて笑いながら、グッドサインを突き出した。
「その他にも地震によって起こる災害はありますが、私たちの目標は犠牲者を出さないことですので、その目標に突き進んでいきましょう。」
光姫が最後にそう言ってその場を締めくくり、三人は同時に首肯した。
朝食を食べ終え、各々動きやすい格好に着替える。本来ならば地震が起こった時に必要な生活必需品を持ち合わせるべきだが、人命救助が最優先で地震後も能力者がサポートするつもりなので不要だと判断した。
「んじゃ、行くか。みんなで頑張ろうな。」
「うん。」
杏哉の意気込む声に、悠が凛々しい顔つきでコクっと頷いた。それに光姫とメイサも続く。
「また落ち着いた後に再会しましょう。」
「大成功で終わらせましょうね!」
各々準備を終えて、玄関前にたどり着いた面々。そこには馴染みの四人だけでなく、屋敷にいる使用人全員が続いている。屋敷から出ると、光属性以外の能力者大勢が待ち構えていた。
この屋敷にいるほとんどが光属性のため、移動手段がない。そのため、移動に使える緑属性や水属性の能力者に集まってもらったのだ。杏哉、悠は自身で移動ができるため、彼らと共に目的の県へ向かう光属性の使用人もいる。
「私、樹護宮と一緒に愛知へ行く人、ここにお集まりください。」
悠、メイサ、光姫に手を振った後、杏哉は大声でそう叫ぶ。すると、ゾロゾロと二十人余りの人が集まってきた。生活を共にしている仲間なので、当然全員が顔見知りであるが、その中に比較的年の近い葵の顔を捉え、杏哉は無意識に安堵する。杏哉はここにいるべき名前を確かめて合致していることがわかって、もう一声。
「今からここに大樹を出現させますので、その葉にお乗りください。揺れますので、振り落とされないようよく捕まっておいてくださいね。皆様は地面に描かれている円の上に集まってください。狭いですがよろしくお願いします。」
杏哉は規格外な内容を叫ぶと、大きく腕を振り翳した。その途端、満員電車のようにぎゅうぎゅうに円環の中に乗っていた光属性の能力者達が立つ地面から、巨大な緑色のものが出現した。それが徐々に地面から顔を出し、教室ほどの面積を持つ葉っぱであることがわかる。
彼らがこの葉を作り出した杏哉の方を向くと、彼はその葉が伸びている、これまた信じられないほど巨大な大樹に捕まっていた。大樹はメキメキと仰々しい音を立てて、徐々に地面から顔を出していき、
「すいませーん、今から一気に上昇するんで、しっかり捕まっていてくださいね!」
屋敷と同じ高さまで幹が伸びたところで、作り主である杏哉が大声で叫んだ。
その途端、それまでは観覧車のようにゆっくりと上がっていった速度が、落下する時のジェットコースターの速度のように豹変した。女性陣の甲高い声と、男性陣の迫力ある低い声が合唱し、空高く響く。
杏哉は申し訳なさを覚えつつ、ぐんと空高く幹を上昇させた後、一旦ぴたりと止める。困惑の色が一同に伝染するも、それは一瞬のことで、その後向きを変えて、真横に幹を伸ばす。その予想外の行動に、再びコーラスが響く。
その後、垂直に伸びた幹はある地点で再びピタッと止まり、今度は徐に下降していった。上昇する時は上向方向なのでまだマシであるが、下降する時は下向方向、例えればそれこそジェットコースターと同じ現象が起こるので、苦手な人には地獄だろう。
そう考え、杏哉は時間をかけてゆっくりと幹を下向きに降ろさせた。樹頭は芝生の生い茂るだだっ広い広場に触れ、二十人が乗っていた葉っぱも地面についた。一同は地面に足がついてあからさまにホッとした表情を浮かべ、胸を撫で下ろす。
周囲を伺うと、杏哉と同じ着地地点を設定した緑や水の能力者達が広場に着地させている様子が窺えた。ここへ移動してきた能力者の他に、人の姿は見られない。みな、地震の予告を受け、家で大人しく待機しているのだろう。
杏哉は屋敷から伸びた大樹をパッと消去して、一仕事終える。この後は各々の仕事場所へ移動するので、別行動だ。先ほどの杏哉の大樹の運転で酔った数人が現れたものの、ここにいる全員が光属性のため、自分自身ですぐさま体を癒していた。流石は五つの能力の中で最も強力とされる能力である。杏哉は改めて感心した。
「えー、みなさん。雑な運転で本当に申し訳ありませんでした。ここで解散しますので、それぞれ持ち場へ移動です。お付き合いありがとうございました。」
杏哉は別れる前に声を張り上げると、彼らからありがとう、とお礼の言葉が投げかけられる。杏哉は口角を上げ、深々とお辞儀をすると、ポケットからスマホを取り出し、自分が向かう場所を確認する。
光属性の能力者が散らばり出し、杏哉も倣って歩き出すと、タタタタと背後から駆けてくる音が聞こえた。杏哉は何か用事かとはたと足を止め、後ろを振り向く。すると、杏哉の首に両腕が回された。杏哉は体をこわばらせる。が、
「杏哉くん、もしかしてうちと行き先一緒〜? ね、一緒に行かない?」
その正体は葵であった。これから人生を左右する大仕事だというのに、彼女は平常通り楽観的な雰囲気を醸し出している。そんな、四つ年上の彼女らしい行動に、杏哉はクスッと笑みをこぼす。無意識のうちに顔がこわばっていたようだった。
「葵さん。私の行き先は〇〇です。」
「やっぱうちと一緒! ね、ね、一緒に行こ〜っ。杏哉くんが怪我したら治してあげるからさ! 代わりにうちのことも守ってね! あ、自分で治せるからってうちのこと庇わないの無しだから! 治せても怪我したら痛いから! ていうかさぁ、うちら年あんま変わんないじゃん。あ、四つ違いは大差だ、って主張するのは無しだから。とにかく年近いじゃん。だからさー、立場的にもうちの方が低いんだし、敬語やめよ? ね? うち、爽やかイケメンの杏哉くんと友達になりたいな〜。」
相変わらずのハイテンションである。杏哉は挨拶程度にしか葵と会話を交わしたことがないというのに、よくもここまで舌が回るものだ。だがその内容には反対する要素はなかったので、杏哉はフッと口元を緩ませ、振り向いて首肯する。
「タメ語がいいならそれでいいよ。それよか葵のおかげで空気が和らいだ。ありがとう。」
「良かった。うちの言動が嫌いな人は全部無理だかんね〜。うちも一人だと心細いから杏哉と一緒に仕事できて嬉し〜っ。ではでは、目的地にレッツゴー!」
杏哉は葵にぐいぐいと引っ張られ、慌てて速度を速めた。
杏哉が葵に引きずられて目的地へ向かっているその頃。悠は杏哉と同様に移動手段となり、ウォータースライダーのように目的地へ運んでいた。高知の方が愛知よりも距離があるので、たった今到着したばかりだ。
悠は一度背伸びをしてから、持ち場の海沿いへ向かう。水属性は水を避けることができるので、津波が来ても飲み込まれる心配は皆無だ。いや、皆無だと言い切れるのは悠が訓練して能力を高めた故であるのだが。以前の悠であれば、完全に水を回避できることができずに、力尽きて飲み込まれていたかもしれない。
地震まではあと一時間強ある。一人でこの範囲の海岸の津波を抑制するので、目に映る範囲に共に戦う水属性の仲間はいない。屋敷から訪れた二人の光属性の能力者以外、人の姿も見えない。それもそのはず。世間が以前から騒いでいた大地震が起こると話題になり、わざわざ今日というこの日に海に訪れる馬鹿者はいないだろう。それ以前に季節は春なので、海水浴にはまだ早い。悠は心細くなるが、気を引き締めて眼前に渺渺と広がる海を見据えた。
そして最後に、その頃光姫とメイサは。緑属性の能力者に連れられて、静岡の住宅地へ足を運んでいた。移動してきた能力者の他に、道路に人の姿は見られなかった。
「静寂としていますね。」
「そうね。朝早いっていう理由もあるだろうけれど、車も全然走っていないし。避難した人も多少はいるのかしら。」
光姫と共に住宅地をとぼとぼと散歩していたメイサは、光姫がポロリとこぼした感想に同意する。時刻は五時四十五分。そもそも今日は日曜日なので、まだ起床して活動するには早い。メイサ達は時間まで周辺を把握するために散歩して、地震が来たら持ち場に戻る予定だ。杏哉と悠とは異なり、親友同士で行動できる光姫とメイサ。口調はいつも通りだが、二人の間にはどことなく緊張感が漂っていた。




