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能力者の日常  作者: 相上唯月
7大地震
74/81

7水文字での配信

二月二十七日。大地震、つまり作戦実行日の三日前。明日は収容所を破壊する予定だ。そして今日は、無能力者に大地震の存在を伝える日である。無能力者の反応は、天国か地獄かにキッパリと分かれるだろう。それでもやるしかない。


(でも、無能力者が地震を受け入れやすいように…能力者の仕業だと思わないように、近日中に地震が来るかも、っていう情報を流させたのよね。)


そう、無能力者は大地の能力を持つ能力者がこの世に存在しないことを知らない故に、能力者によって生み出された地震だと勘違いするかもしれない。それを恐れた光姫たちは、姿見を変える能力を持つ、闇属性の能力者にあるお願いをした。彼らに、無能力者の南海トラフについて研究する人々になりすまして、彼のSNSから偽の地震情報を流させた。偽といえど、それが事実ではあるのだが。そして、それが削除される前に、様々な能力者の手で、SNSで地震の情報を拡散させた。


そのようにして、今現在、世間は南海トラフに怯えているという状況をこの手で作った。能力者が本気で世間を動かそうとすれば、日本なんて簡単に操れるだろう。今回、改めてそれを実感した。だからこそ、無能力者は特別な能力を持つ我々を無差別に確保するのだろう。


(最初にこの作戦を思いついた時、私、渋谷とかにある大型ビジョンを乗っ取るって意気揚々に語っていたっけ…。よくもそんなことを口走れたわね。恥ずかしいわ…。)


結局、その配信はテレビなど電気製品を使用せずに、能力者が持つ能力を使用することになった。能力を使用するのは、光姫が協力を請うた、悠を含む水の能力者だ。どう使うかというと、水の能力を文字に見立てるのだ。ある範囲の空中に水で文字を描き、無能力者達に光姫の言葉を伝達するのだ。よって、炎と花火の両親の出番は先延ばしとなった。彼らとはもうコンタクトをとってあるので、近いうちに彼らの出る幕がやってくるだろう。


(今日は天気予報が晴れだったのに…。それに反して、どの地域も雨になるわね。)


光姫はそんなことを考え、一人でクスリと笑いをこぼした。悠には屋敷のお馴染み訓練場で、水の能力者の代表として、東京の空中に水文字を描いてもらう。他の水属性の能力者四十六人には、それぞれの家からお願いした都道府県に能力を振るってもらう。


光姫がオファーした彼らは、水属性でも能力が高い人々なので、各家に能力防止の部屋があるだろう。光姫ら光属性の能力者も雷で文字を描くことが可能だが、万が一落雷して無能力者を傷つけては元も子もないので今回は待機だ。同じ理由で今回は杏哉にも出番はない。


そんな中、今回は悠の彼女であるメイサにも仕事がある。未来予知で無能力者の反応を見てもらうという大切な役割だ。SNSでも確認は可能だが、全国の様子まではわからない。ということで、能力を使用して全国を視る必要があるので、未来予知や現在の光景を視聴することが可能な、闇属性の能力者にも、同じく四十六人にお願いした。


「お前、東京の空中に文字書くんだって? すげぇじゃん。」


開始時刻の五分前、訓練場に集まったのは光姫と杏哉、そして出番の悠。メイサは緊迫した状況にあるわけではないので、よりリラックスして能力を使いたいということで、自室から能力を使用することになった。能力トップクラスの光姫と杏哉が必要とされるのは当たり前だが、そうではない悠とメイサが重要人物になるのは初めてだ。メイサはまだ、心持ち的には楽だろう。代表という概念がないのだから。対して、代表で首都・東京に水文字を描くことになった悠は、先ほどから足をガクガクと震えさせ、唇を戦慄かせている。そんな悠に向かって、杏哉がニカっと笑顔を作った。


「まさかこの僕が、最重要地点を担当する羽目になるとは…。お願いした水属性の中に、正当な側近の家系もいるのに…。」

「そんなことありません。悠さんは、私が見込んだ側近です。それに、初めは確かに平均的な能力しか持ち合わせていなかったかもしれませんが、今は違います。あなたはもう、正当な側近と並ぶ能力を持ち合わせているんですよ。そもそも、今回の遠距離操作は、能力が上位でないと扱えません。悠さんにはそれが可能ですからね。それだけ上達している証拠です。」

「み、光姫先輩…。そうは言っても、やっぱり不安なんですよ…。」


杏哉に続いて、光姫も精一杯の言葉を尽くして悠を励ました。しかし、光姫が発した言葉はお世辞ではなく本当のこと。光姫の向上の能力で能力量を増加させたことは確かだが、訓練しなければ、増やしたところで能力を使いこなせるようにはならない。やはり彼の努力の成果なのだ。これは彼の初めての実践。初舞台だ。そうはいっても、悠には負担をかけるだろう。光姫は改めて申し訳なく思い、肩を窄めた。


現在の時刻は午前十一時五十九分。


「悠さん、準備はよろしいですか? あと一分後に開始しますよ。」


光姫は悠に確認とをとる。覗いた悠の唇はぶるぶると震えている。


「は、はい…。」

「大丈夫だ、悠。俺も光姫様もついてるから。精一杯、訓練の成果見せつけてこい。」


そんな悠を元気づけるのは、またしても杏哉。杏哉にバシッと背中を叩かれた悠は、叩かれた場所をさすりながらも、杏哉に引き攣った笑顔を見せていた。


そうして、三人が時計に注目して、その針が十二を指すのを待っていた。


(あと十秒だわ。)


より空気が張り詰め、凝縮したようだ。それはカウントが進むに連れて、より濃くなっていった。残り三秒。――さん、に、いち。


(…ゼロ。)


光姫は時計の針が十二を刺したと同時に、隣の悠の方を見た。彼は意識を研ぎ澄まし、今現在、この間の訓練で、今日のために座標を確かめた東京の空に、遠距離での水文字を描いているようだ。光姫が考えた文章は次のようになっている。


『我々能力者の当主から伝達です。未来予知の能力を持つ当主の側近から、三月二日の午前七時に南海トラフ地震が発生する、との予知を得ました。この予知は確実です。我々能力者を信じる人々は、三月二日の午前七時までに、安全な場所に避難してください。被害が少ない地域は、専門家の仰る通り、新潟県、栃木県、富山県など、日本海側の都道府県です。我々は、この地震による被害者を一人たりとも出したくありません。能力者の手で、守り抜いてみせます。其の為、地震までの間、我々は能力を使用します。どうかご寛容に。そして被害者がゼロ人であった暁には、どうか我々能力者の存在を、この世間に認めていただきたいのです。どうかよろしくお願いいたします。』


悠が水文字の伝達を終え、徐に瞳を開いた。ゆっくりと息を吐いている。


「悠さん、お疲れ様でした。」


荒い呼吸を繰り返す悠に、光姫はいたわるような目つきで悠に声をかけた。


「お疲れ様です。僕には東京の空は見えませんが…どうですか、世間の反応の方は。」

「ああ。いい感じだぞ。」


スマホでX(旧Twitter)を開いていた杏哉が、その画面を悠に見せた。ハッシュタグは#水文字 #南海トラフ #能力者などで、悠ら水の能力者が手がけた水文字を撮影した投稿が多数見られた。悠は杏哉からスマホを貸してもらい、画面をスクロールした。


『地震起こるってマジ?』『専門家の誤投稿でも騒がれてたけど…能力者の未来予知なら確実なのか?』『地震怖い。』『信じてもいいのかな。騙してんのかも。』『被害者ゼロって大きく出たな…本当にできるんやろか?』『本当にゼロ人だったら、私は受け入れよう。だが政府はどうかな?』『そもそも地震がフェイクかもしれん。』『俺は信じない。』『信じます。能力者の力って本物でしょ。』『てか水文字綺麗。またやってくんないかな。』『能力者の力って初めて目で見るかも。』などなど、他にも枚挙に暇がないほどの投稿がなされていた。


「避難するって言ってる人は…まぁ、半々かな? それでも上出来か。そりゃ、突然こんな特殊な方法で伝達してくる奴らの話なんか、普通は信じられないよね。」

「まぁな。半分いるってだけでも凄いぞ。これで本当に被害者ゼロ人にすることができたら、真面目に世間に受け入れられてもらえるかもしれないぞ。」


悠はその数値に瞠目しながら冷静に判断すると、杏哉がそれに頷いて続けた。


「正直、被害者ゼロ人は大きく出過ぎかと思います。けれど、中途半端に百人以内、なんて言えば、それはそれでバッシングされると思います。ゼロ人と宣言して、現実でゼロ人を実現させるのです。大丈夫です、各地に光属性の能力者を派遣して、死者が出る前に治療すれば良い話なのですから。」


被害者ゼロ人という数値を出した光姫の覚悟は生半可なものではない。強い意志を持って語る光姫の瞳には、メラメラと炎が燃えたぎっていた。


「水属性が抑えるから、津波の心配はない。同じく、火属性の力で火事の恐れもない。やっぱり建物崩壊とか、液状化現象とかが怖いな。なんとか緑属性で抑えるつもりだけど…全部カバーできるかどうか…。緑属性が地面と建物を蔓で覆って固定させる。一人分の決めた範囲まで蔓を伸ばして、それを付近にいる緑属性が作った蔓に結合させる。それで日本領土全体を覆う。地震の揺れは長くても二分くらいだろうから、その間の地震の揺れを最小限に抑える。緑属性はこういうプランですよね。てかこの地震の被害止めるの、実質緑の能力者にかかってる気が…。もしも緑の能力者が、蔦で日本領土の揺れを防げたら、その後も心配いらないし何もかも成功する…ということか。あ、でもそもそも、死にかけの人がどこどこにいるとか、どうやって判断するんですか?」


杏哉は地震の被害を抑える、各々の能力者の整理をした。そこで、新たな疑問が生まれる。


「そこは闇属性の出番ですね。闇属性は他の属性に比べて、圧倒的に能力の種類が多いですからね。生命力を視る能力を持つ人々がいるので、彼らにお願いするつもりでいます。けれど能力の種類が多い分、派生した各々の人数も少ないので。彼らではカバーできない場合があるので、其の時はなんとかメイサさんの未来予知を活用したり、現在を視る能力者でサポートしましょう。」


光姫の語る通り、闇属性は他の属性に比べ、能力の種類が一際飛び出ている。それ故、派生も多く、その派生を持つ能力者も少ない。側近の家系でも、闇属性だけは全ての能力をカバーできている人は一人もいないだろう。メイサが未来予知しか持たずに生まれたのは、仕方のない事なのだ。未来予知は攻撃性がなく、干渉が不可能なので、派生の中でも最下級に低い能力なのだが、習得すればこのように様々な場面で活用できる。


「さて、この宣言が終わったら次は…いよいよ、収容所破壊か。」


杏哉が重々しく口を開いた。そうなのだ。明日の三月一日の午後十時、ついに能力者強制収容所を雷光で破壊する。できるだけ地震に近い時刻に破壊したかったが、あまりに近すぎると全国への移動が間に合わない。其の為、前日の午後十時、地震発生の九時間前となった。


先程の宣言で、地震までの間、能力を使うことを断っておいたので、もう抑える必要はない。無能力者の権力者も、地震の被害者をゼロにすると宣言した能力者を、見つけ次第確保という手荒な真似はしないだろう。なので、収容所のある東京から九州など遠距離に移動する場合は、手加減せずに能力を使用して最短時間で移動する予定だ。遠距離移動の手段を生み出すのは、水属性、木属性。水属性ならば海上で水を操って波を作り、短時間で遠距離移動ができる。緑属性ならば巨大な樹木を生み出して、其の木のてっぺんに乗って移動するなど、絵本のような常識外の行動もできる。満遍なく五つの能力者を分割させたいので、彼らに指定した場所へ運んでもらう予定だ。


「それにしても…本当に、収容所を破壊するのは光姫様だけで大丈夫なんですか?」

「ええ。扉を破壊するだけですからね。監視官については、雷では傷つけてしまう恐れがあるので、その場にいる能力者の方々にお願いしてます。」


杏哉は幾度目かの同じ問いかけをして、光姫に確認を取ると、彼女は勇ましく首肯した。そこへ、訓練場の扉が開いて、駆けるように仕事終わりのメイサが入ってきた。


「東京の空なんだから、もうSNSでチェックしたでしょうけれど。てか、地方は必要かもしれないけれど、東京の空を見るアタシの役目いる?って感じだったわ。Twitterにも東京の空の様子がたくさん投稿されてたし。それにしても、大成功だったわね、悠!」


本人でも、あまり必要性を感じられなかったのか、メイサはぶつぶつと愚痴を言いながらも、最後には彼氏の完璧な遂行を喜んでいた。メイサは駆けてきた勢いを崩さず、そのまま悠に体当たりするように抱きついた。悠は一瞬倒れそうに後方に体が傾くも、踏みとどまってメイサを抱きしめる。


「ありがとう。それよか、メイサの役目は必要だよ。だって、メイサにはしっかりと僕の手柄を見てほしいからね。」


悠がお礼を述べ、照れくさそうにはにかみながら、メイサの役割の必要性を述べた。すると、メイサがハッとしたように瞳を見開き、


「その通りね!」


と、満面の笑みを浮かべて頷いた。

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