5甘美なるディープキス
悠の顔が徐に近づいてきたかと思うと、その艶のある桃色の口唇が、ベッドに腰掛けているメイサのものと重ねられた。メイサからしてみれば唐突で意味がわからないだろうが、悠からすれば、先ほど葵にメイサの願いを叶えて欲しい、と言われたので、するなら今しかない、と思い切ったまでである。
「んっ⁉︎」
突然の行動にあんぐりとして、ほんのり口を開いたままでいると、それをより大きくこじ開けるように、悠の舌がやわやわと下唇を刺激する。メイサがそれに一驚して、さらに口を開いてしまうと、そこから彼の舌が、そのままの勢いを崩さずに侵入した。悠の唾液で溶けたラズベリー味のチョコレートの甘味が、メイサの口内いっぱいに広がる。
(あ、美味しい。…っじゃなくて! ど、どういう状況⁉︎)
メイサは混乱しながらも、自らが作ったチョコレートと、濃厚なキスの甘美に浸る。それが単純にチョコレートからくる甘美なのか、ディープキスによって作り出される、背筋のゾクゾクする甘美なのか、もはや分からない。ただ単に、心地良い、気持ち良い、という快楽の境地に立っているような感覚だけが、確かに脳にこびりついている。メイサは悠の舌に自分のものを絡め、ひたすらにその陶酔感に浸っていた。悠も、己の自制心が恍惚という名の火で熱せられ、取り返しのつかないことになっていた。
段々熱を持った互いの勢いが増し、悠によってかけられた力で、メイサの体が傾く。メイサの頬に添えられている悠の右手とは反対側の、空いている左手が、メイサの斜めになった身体を支え、ゆっくりと下降していく。そしてメイサの右手首を悠の左手首が押さえつけるような形になって、身体と共にベッドの上に放り出され、悠の身体がメイサの上に覆い被さる。
其の姿勢のまま、既に互いの唾液で溶け切ってしまったチョコレートのように甘く、何度も舌を絡め取り合いながら、互いが互いを熱く求め合う。
やがて悠の舌がメイサの口内から抜き出され、同時に唇が離れる。二人の唇と唇を繋ぐ、一本の唾液の線が視線に映り、行為後もメイサを更に興奮させた。後でトイレに行った時、パンツの濡れ具合を確認するのが怖い。お互いの息が荒く、長距離を走った直後のように、はぁ、はぁ、と何度も呼吸を繰り返す。
「…ねぇ、どういうこと?」
潤んだ瞳と、問いかけの言葉の形に動く、唾液で濡れたぬらぬらしたメイサの唇を見て、行為後だが、悠はまた興奮してしまい、下からの反応を覚えた。
「えっと…一緒にチョコを味わう…ため?」
「何よ、そのとってつけたような回答は。すぐチョコ溶けちゃってたし。…まぁ、どういうことも何もないわよね。今起きてる現象がそのままの答えね。」
メイサは押さえつけられた右手と、押し倒された身体を見て、ふっと笑う。
(アタシ…悠が今以上、性的な関係は求めてない、なんて思っていたけれど…そんな心配無用だったみたいね。)
「…嫌じゃなかった?」
「全然。凄く気持ち良かったわ。でもなんだか…ディープキスになっちゃうと、幸福感より、性的な快感の方が強くて…。正直に言うと、めっちゃ感じてた。確かめてみる?」
メイサは頬に添えられた悠の右手を、自分の左手で下の方に持っていこうとするので、悠は慌てて顔を真っ赤に染め、それを制止した。
「た、確かめるって…。そういうことするには、まだ絶対早いからっ。」
「気持ちがあれば十分よ。ね、悠も反応してた? 触っていい?」
「やっ。」
メイサの左手が悠の制止を振り切って、ズボン越しから、悠の不可侵領域に触れようと手を伸ばす。悠は短く悲鳴をあげるも、メイサの左手は既にプライベートゾーンに触れていた。メイサの手に、幾重の服越しで悠の肉欲が伝わる。
「良かった。ちゃんと反応してくれてた。アタシだけだったらどうしようかと思ったわ。」
けらけらと笑うメイサに、悠は自分にはない余裕を感じ、それがなんだか悔しくて、よろしくない欲望に駆られた。悠はそれに逆らえず、りんご色に顔中を染めながら、先ほど自身で止めた行為を再開した。
「え、えっ…? 悠…っ? ちょっと…っ。」
困惑するメイサの声も他所に、悠は止められないのを良いことにして、メイサの黒いワンピースに右手を突っ込んだ。そのまま、パンツの中央に触れる。
(…温かい…。濡れてる…。)
其の生きた人間の艶かしい感触に、少しの理性の制止が働いたが、
「あぁ…っ。んっ…。」
というような、メイサの嬌声が耳に届き、再び理性のタカが外れる。ワンピースから覗くお腹に手を這わせながら、上へ上へと進行を続ける。時折聞こえるメイサの喘ぎ声が、悠の情熱をより一層掻き立てる。
メイサは一切抵抗せず、悠のされるがままになっている。ワンピースがお腹の辺りまで捲し立てられ、悠がそっと勾配の低い場所まで到達すると、わかりやすくメイサの体がビクッと震えた。
「あっと…その、ごめん…。」
それによって悠の理性が戻り、取り返しのつかないことをしてしまったと深く反省し、又後悔した。慌てて手を引っ込めようとしたが、其の腕をメイサがガシッと掴んだ。
「嫌じゃないから。お願い、やめないで…。」
メイサが悠を引っ張って耳元でそんないじらしく甘い囁きをするので、今度は悠の体が大きく震えた。
メイサは枕元にあったリモコンを手に取り、照明を消した。ベッドのすぐ横の壁に取り付けられた円窓から差し込む月明かりのみが、部屋を照らしている。
メイサの腕が悠の首元に伸びてきて、そのまま彼女の方へと顔が寄せられる。至近距離で見つめ合い、再び自然と互いの唇が合わさる。一瞬で唇は離れたが、今度はメイサが悠の下唇を味わうように舐めた。
同時に首に回した手をやんわりと解き、服の前見頃に移動する。そしてメイサは、悠のTシャツのボタンを一つずつ焦らすようにゆっくりと外していく。悠は先ほどのメイサのようにされるがままになっており、ポケッとした、眠気が覚めていないような目つきでメイサの行動を眺めていた。
やがてTシャツのボタンを全て外し終え、メイサは押し倒されている状態のまま、下からそれを脱がす。下着のシャツ一枚になり、メイサはそれだけで昂りを覚えるも、胸底から湧き上がる欲望に従うまま、下着のシャツも腰から捲し上げ、徐に脱がしていった。
「メイサ…。」
上半身裸の状態で、悠が艶やかにメイサの名前を呼ぶ。そしてたった今メイサがしたように、悠はメイサのワンピースを頭と腕から外して脱がした。
メイサは下着姿になり、思わず両手で胸元を隠すように覆うも、悠はそれをやや強引に解いて、下着のシャツも同じように脱がした。身体を隠し、纏う布がブラジャーとパンツのみになり、流石のメイサもこれまでにない羞恥を覚えて、体ごと顔を横に向けた。
悠はそんなメイサを優しく柔らかく抱き締め、上を向かせる。潤んだ瞳に赤らんだ頬。最低限の面積しか覆われていないメイサの身体。今日は髪を結っていなかったので、長い艶やかな黒髪が枕に広がる。悠はそれら全てが愛おしく、胸奥で情欲という炎が燃えたぎるようだった。
「メイサ…可愛いよ…。」
「ちょっと、もう、そんなこと言って…! こんな状況…想像もしてなかったから…ブラとパンツ、特別可愛いやつじゃないわよ…。ちゃんとセットのやつ持ってるのに…! 活用する機会逃したったじゃない…!」
悠がメイサに接吻の雨を降らせながら、其の合間に、メイサが耳元で悠を非難するようにそんな内容を囁く。メイサは其の返答を期待しているわけではなかったので、そのまま悠の背中に腕を回した。舐めるように背中を撫でまわし、悠とほぼ裸で触れて合っているのだ、という実感がむくむくと湧いてきて、幸福感と充足感の両方を覚えた。
今度は、メイサは片方は背中に回したまま、もう片方を前に持ってきて、同じように撫で回す。手のひらに伝わる生身の人間の身体。まだ幼さが残っているものの、そこには明らかな女子との差が生まれていた。お腹をなぞると、メイサとは違い、ほんのりゴツゴツとした感触が伝わる。
(なんて幸せなの…。)
少々余裕が生まれ、其の幸福感に身を委ねていると、悠がむくっと起き上がった。
「?」
悠の顔を伺うと、余裕のない表情で、メイサの胸に顔を押し付けた。くすぐったさを覚えると同時に、メイサは一瞬、背中と下半身にこれ以上ない快感の稲妻が走った。メイサは胸に顔を押し付けたままの悠の頭を撫で、聖母のような微笑を浮かべる。すると悠が少し頭の角度を変えて、メイサの顔に視線を移す。
「好きだよ、メイサ。心の底から愛してる。」
「⁉︎」
可愛らしい顔で囁かれた言葉の破壊力は凄まじく、メイサは爆弾をぶつけられたようだった。甘えたような視線を向けてくる悠を直視できず、手のひらで隠し、指の隙間から悠の顔を垣間見る。
「あ、アタシも、悠のこと大好き…よ。」
メイサが言葉を詰まらせながら返答すると、悠はにっこりと微笑んだ。元から可愛らしい顔立ちが、より一層幼く見え、メイサは再び視線を逸らした。胸がバクバクと鳴っている。
胸に顔を押し当てている悠は、当然其の胸の鼓動も全て丸聞こえだろう。そんなことを思っていると、悠がメイサの胸の谷間に唇を押し当て、ストローで吸うように吸い付いた。若干の痛みを覚えて胸元を伺うと、そこにはポツンと赤い痣が残っている。
(き、キスマーク…!)
メイサは途端に、茹蛸のように顔を真っ赤に染める。
キスマークは、独占欲や所有欲を満たすためのもの。他人に、その人は自分のものだ、と宣言しているようなものだ。メイサの気を知ってか知らずか、悠は胸元から少し上の位置にもう一度、さらに上にもう一度、という風にキスを落としていった。メイサの白磁の肌に、ぽつぽつと、雪の上に落ちた椿の花のような痕がついていく。
やがて肩口に顔を沈め、そこが普段は服で覆われておらず、他人から丸見えな位置であることをメイサは実感して、のぼせるように真っ赤になる。
しかも耳を澄ますと、悠は『好きだよ』『愛してる』等の愛の言葉を連発しながらキスを落としている。それを自覚して、メイサは顔だけでなく、耳まで真っ赤にした。そうしている間にも、肩口に沈めた唇は、首元、そして首にまで到達する。もしも自分が水であれば、今頃蒸発して水蒸気に変身しているだろうな、なんて変な妄想をしていると、悠がパッと顔をあげて、今度はメイサの唇に優しく軽いキスを落とした。それは一瞬で離れ、見つめ合い、もう一度。それが再現される。初めはつまむようなライトなキスだったが、段々と情熱的になっていく。二度目のディープキスをし出して、互いの口内に唇を挿入し、柔らかく絡め合う。悠はそうしたまま、メイサの胸にそっと手を当て、メイサよりも大きな手のひらで包み込んだ。
「あっ…。」
メイサが艶かしい声を上げると、悠は今度はやめることなく、さらに上をいく行動を始めた。悠はのっそりと、左右の五本の指を、メイサの双丘に沈めたり浮かしたりを繰り返す。ゆっくりとした仕草で胸を揉まれ、メイサは快感の電光を浴びる。
メイサはその快楽を態度で示すように、ちょうど口元にある悠の首に、かぷっ、という幼稚な擬態語が聞こえてきそうなレベルで、軽く噛みついた。そのまま吸い付いて唇を離すと、メイサの上半身の右半分に数個あるキスマークと同じように、赤い痕がポツンと付く。メイサは人に見える位置に、幾つか同じように噛みついた。
メイサはそのまま、舌を悠の体に這わせる。悠の体がビクッと跳ねて、胸から手が離れた。腕を立てて少し起き上がり、メイサを瞠目しながら見つめる悠。リンゴのように真っ赤に染まった頬、元からぱっちりとした瞳を驚いて見開いている表情が可愛らしくて仕方がなく、メイサはもう我慢の限界だった。
メイサは肩あたりに数個あるキスマークに連続するように、悠の上半身に痕を残していった。最後にパンツの上、腰のあたりに赤い花を落とした後、空いている左手を悠のズボンにかけた。先程押さえつけられていたメイサの右手は、今は絡めるように悠の左手と結ばれている。
そこから、メイサは悠のズボンにかけた自身の手を下ろそうとしたが、其の手を悠が掴んで止めた。その理性的な行動で、メイサはやっと我に返った。ゴムも用意していないのに、このまま欲望に任せていたらまずいことになっていたに違いない。メイサは自身の軽率な行動に慄き、それと同時に気になって、悠がメイサの行動を止めなかったifの世界線の未来を予知で覗いてみる。すると、恐れていた事態は起こっておらず、この世界線のメイサ自身には関係ないけれど、思わずほっと息をついた。
悠はメイサを優しく抱き抱えてのっそり起き上がり、重々しく口を開く。
「その…ごめん。色々と。ほんと僕、何やってんだろ…。危うくメイサに一生の傷をつけるところだった…。」
「ううん…アタシの方こそ調子に乗っちゃって…。」
そう言って俯くメイサの雪肌にぽつぽつと落ちたキスマークを一瞥し、悠はほんのりと眉を顰める。悠はメイサの両肩に手を置いて、もう一度謝罪をした。
「しばらくは、もうこんなことはしないって誓…。」
「…それは嫌。アタシは悠に触れて欲しいの。ねぇお願い、最後まではしないって約束するから、今日みたいなこと、成人するまでもして。」
誓いを立てようとする悠を、メイサが制止した。予想外の反応に、悠はうっと言葉を詰まらせる。
「で、でも…。」
「じゃあこうしましょう。最低限、アタシはブラジャーとパンツ、悠はズボンを身につけるって約束するの。それなら大丈夫よ。ね?」
駄目?と上目遣いでお願いされ、悠は愛しの彼女の可愛さに見事に敗北して、其の願いを受けいれてしまった。ガクッと肩を落とす悠に、メイサは不満げな声を上げる。
「何よ、その反応は。悠は気持よくなかったの? あんなに濃厚なキスもして、胸まで堪能してたのに。…ねぇ、どうだった? アタシの胸、割と大きいよね? Dサイズなのよ。男性人気が最も高いバストサイズなの。」
「ぐっ…胸を触った件はほんと、すみません…。どうかしてました…。」
悠がベッドの上で土下座して謝ると、メイサは彼の顎を掴み、クイッと顔を上げさせた。
「別に怒ってない。いつも誠実で理性的な悠が、あそこまで情熱的にアタシを求めてくれて、本当に嬉しかったのよ。だからね、感想を聞いてるの。」
「感想…。メイサの胸…えっと、柔らかくて、女の子だな、って改めて意識した。全体的には…なんかもう、際限なくとろけるみたいな快感を味わってた。」
「答えてくれてどうもありがとう。アタシもとっても心地よかったわ。遮るものが、服がなかったら、こんなにも違うものね。陶然としたわ。またしましょうね。そうだ、今日はお風呂入ったら、この部屋で一緒に寝る?」
名案だ、とでもいうような表情をしながらされた提案に、悠はぶんぶんと首を左右に振る。
「は⁉︎ そんなことしたら、さっき立てた誓いがすぐに吹き飛ぶよ! 自室で寝ます!」
「え〜、なら今度はアタシが悠の部屋に押しかけるわよ。」
「本当に実行しそうで怖い…。」
そんなことを言い合い、残っているチョコレートを二人で食べた。今度はディープキスをすることなく、はじめの『あ〜ん』に戻り、結局悠も彼女にする羽目になったのだった。