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能力者の日常  作者: 相上唯月
2新たな当主

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3照光との会話

時は少し遡り、光姫が二人の元を離れた後のこと。光姫は一人教室に戻り、自席についた。先ほどからずっと、頭の中は杏哉のある言葉で埋め尽くされていた。


『そんなことありません‼︎ 光姫様こそ、次期当主になられるお方。能力者全員が、それを望んでおられます。』


光姫はこの時、初めて能力者全体の意思を知ったのだ。先ほども二人に対応するフリをしながら、頭の中ではずっとこの言葉が反響しており、ほとんど上の空だった。


(私が、次期当主になることを望んでいる…⁉︎ そんなまさか…。だって、私はまだ子供なのに。)


だが、さっきの杏哉の真剣な表情を思い返してみても、嘘をついているようには見えなかった。


(けど…そんなの、お屋敷の誰も、そんなこと言ってなかった。)


その後も心ここに在らずといった様子で、光姫は授業を受けていた。とはいえども、さすがは天才。クラスの誰も解けなかった、数学の問題の解法を数秒で導いたり、さらに体育の時間では、バレーボールでサーブを連発したりしていたので、周囲からはとてもではないが、上の空には見えていないだろう。


(あぁ、全然ダメだわ、今日の私。授業が頭に入ってこない。メイサさんや杏哉さんに詳しく聞きたい…けど、『私が次期当主に相応しいと思われているの?』なんて口が裂けても言えない…!)


授業が終わり、光姫は白城さんと共に、下り坂を歩いていた。白城さんは鈍感なのか、光姫の細かな変化に気付かず、いつも通りに話していた。また、光姫もそれを悟られなよう、必死に平常心を装っていた。

白城さんと別れた後、光姫はため息をつき、眉間に皺を寄せながら、迎えの車の方へ歩いて行った。しばらく走って、赤信号で止まった時、島光さんは唐突に聞いた。


「光姫様? どうなさいました? 元気がないご様子ですが。」


勘付かれていたのか。光姫は慌てて両手を振って否定する。


「いえ、なんともありません!」

「そうですか、それならよかったです。」


きっと島光さんは、光姫に心配事があると確信した上で、言及されたくないことを察してくれたのだろう。彼はそう言って微笑んだきり、その話題に触れることはなかった。


しかし光姫が次期当主になることを能力者の大半が望んでいるという話は、悩まなくともその日の夜、確実になったのだった。




その日の夕食の時間。ニュースがついていて、そこで光姫は朝以上に衝撃なものを目にした。


「うそ、そんな…。反抗してきたほとんどの能力者が捕まった、ですって…⁉︎ 新しく開発された能力封印の水って、そんなにすごいんですか…⁉︎」


これには明光さんも何も言えず、口をあんぐり開けて、テレビに目を奪われていた。

ニュースが別の内容に切り替わった。沈黙の中、光姫はほとんど味を感じないまま、三ツ星シェフの絶品料理を食べていた。誰一人として、言葉を発する者はいなかった。


「ごちそうさまでした。」


それが、沈黙を破った一言だった。明光さんは光姫のそばへ駆け寄ると、必死に訴えた。


「光姫様。気を取り乱してはなりません。ほとんど捕まった、ということは、まだ捕まっていない人もいるということです。きっと、その中に照光様もいらっしゃいます。最後まで照光様を信じましょう。きっと、捕まった能力者たちを救い出してくれます…!」


明光さんが必死に光姫の気持ちを明るくしようとしてくれていることは伝わる。だが、どうしても気持ちが前向きにはなれなかった。『お父様が負ける』という、その事実が目前に迫ってきているのを感じ、光姫は気持ちが乱れまくっていた。なんとか形だけは冷静に見えるよう保ちながら、明光さんに作り笑いを向けた。


「明光さん…ありがとうございます。あの、私、少し自室で休みたいのですが…。」


明光さんは光姫を励ませなかったことに責任を感じたのか、少し表情を暗くして、丁寧に頭を下げた。


「かしこまりました。ゆっくりお休みなさいませ。」

「ありがとうございます。」


光姫は暗い表情の使用人たちに見守られる中、自室へ戻り、勢いよくベッドに倒れ込んだ。


(私、どうしたらいいのか、もう何もわからないわ…!)


その時、光姫の頭の中にメイサの顔が浮かんだ。彼女は光姫の脳内で、無邪気に屈託のない笑顔を咲かせている。


「あぁ、メイサさんに会いたい…!」


その時だった。光姫の体が暖かい光に包まれるような錯覚がして、気持ちも穏やかになっていくのを感じた。


(お父様…? もしかして、何か進展があったのかしら…!)


そう、これはテレパシーがくる合図。これは光の能力の一つを応用したものだ。心を癒す際、光の能力者たちは心の中に向けて言葉を発信することができる。それを、光の能力者同士で行うことで、言葉を交わし合うことができるのだ。


『光姫、聞こえるか。』


心の奥に響いてくるように、照光の声が響いてきた。


「はい、お父様。」


今、光姫もテレパシーを使っているので、照光の方も、心身が癒されていることだろう。


『お前に、伝えなければならないことがある。』

「なんでしょうか? 逆転勝ちの方法を思いついたとか?」


光姫は前向きなことを自分の口から言わなければ、気持ちが情緒不安定になってしまいそうだった。けれど、返ってきた答えは、光姫の期待を大きく裏切るものだった。


『光姫、私が出かける前、話したことを覚えているか。テレパシーで、誰に何を伝えるか。』

「話したことって、まさか…。」


たった今、言われるまで忘れていた。いや、違う。なんとか思い出さないようにしていた。記憶を頭の奥に封印して、些細なきっかけでは取り出させないようにしていた。


『次期当主はお前だ。』


照光は静かに、けれども威厳を保って諭すように言った。光姫は喉の奥が閉ざされたように、声が出なかった。


『前に次期当主の話をした時、お前は次期当主について、何も知らなかっただろう。当然だ。私はお前に下手なプレッシャーをかけないよう、使用人たちに口止めをしていた。』


そういうことか。だから、光姫には一切、次期当主に自分が望まれているという情報が入ってこなかったのだ。光姫は納得し、


「そんなっ、嫌です! まだ諦めないでください、お父様なら勝てます! 当主なんて、私にはまだ早いのです! 私は子供ですよ!」


時間差で、先程の照光の言葉に反論した。言い切ってしまってから、自分は少しわがままなのではないかと思った。

こんなにも嫌がる光姫の言葉は初めて聞いたのか、その数秒間、居心地の悪い沈黙が流れた。表情はお互い見えないが、照光が口をあんぐりと開けている様子が目に浮かぶ。

しばらくして、照光の冷静沈着な声が帰ってきた。


『お前、自分が次期当主に選ばれるという噂、知っていたんだな。そのことに対して、全く驚かないとは。私は、お前はてっきりそんな噂があった事に対して驚くと思っていたのだが。』

「あ、驚いたのはそっちだったんですか…⁉︎」

『当然だ。まさかお前、この私がお前のわがままを初めて聞いたとでも思ったか? 幼い時など、毎日のように聞いていたぞ。お前が言うことを聞くようになったのはつい最近だ。』

「そ、そうなんですか…っ。も、申し訳ございません。」


光姫は反射的に謝る。けれど、親に迷惑をかけないで育つ子供などどこにもいないのだ。たとえそれが、完全無欠な姫様でも。光姫が謝ることはない。


『ははは、冗談だ。昔から、お前は素直ないい子だったよ。…それで、さっきの話に戻るが、お前は噂のことを知っていたな? どこで聞いたのだ?』


豪快に笑ったと思うと、口調が急に変わり、照光の真剣な声が聞こえてきた。光姫は思わず背筋を伸ばす。


「知っていたといっても、聞いたのはこの今日です。同じ学校に通う能力者の友人達から。」


まだ親しくない杏哉を友人と言っていいのかわからないし、メイサは友人ではなく妹だ。どちらも正しい表現だとは思わなかったが、別にそんな微妙な関係を、一歩間違えたら人生が狂うような状況に置かれた照光に知ってもらおうとは思わない。


『ほぉ、いつの間に。能力者たちと仲良くなったのか。私がそちらにいない間に、光姫も成長したものだな。友達を作るのは苦手だったろう。』


照光が目を細めている顔が思い浮かぶ。それを聞いて、光姫はキョトンとした。


「え? 私、別に苦手なわけでは…ただ、声をかける必要性を感じなかったから…。」

『それを苦手と言うんだ。…そうだな、クラスの中心人物がいるだろう? その者はおそらく、話す必要性を感じなくとも、友人のところへ話をしに行く。私も学生の頃は好まなかった。たわいもない話で盛り上がるという概念が理解できなかったからな。お前もそうだろう。』


照光はそこで一旦言葉を切った。


照光の言うことがすんなりと体に浸透する。そうだ、自分はつるむような友達が苦手だったのだ。無駄に自分の時間をとられるだけと考えた光姫は、友達を作る必要性を感じず、どうしたらそのような関係になれるのか学んでこなかった。そのため、急に抱きついてくるメイサが新鮮だったのだ。けれど、その立場になってみると、不思議と嫌な感じはしない。むしろ嬉しかった。


照光はしばらくして、深く息を吸い込むと、再び話し出した。


『光姫、そろそろ話を戻そう。次期当主になること、考え直してくれないか。お前は当主に十分な能力を持っている。能力者の力も、勉強や運動といった技術も。お前がまだ子供だからなんだというのだ。子供が当主になってはならないというルールはいつから決まった? いいか、守光神家の当主の基準は〝己の能力が全能力者の中で一番強いこと〟だ。お前は、能力者一の私の次に能力が高い。いや、ほぼ互角といってもあながち不当だと断言できなくなっているかもしれんがな。お前は気づいていないだろうが、年々年を重ねるごとに、お前の能力は高まっている。それは紛れもない事実だ。』


照光は穏やかな声で、けれどもずっしりと心の奥底まで響くようにそう言った。声色だけだと、いつもの優しげな表情が頭に浮かぶ。けれど、照光が今置かれている状況は、光姫には到底想像できないほどに過酷なはずだ。それなのに、自分は何の危険もない安全地帯から、照光にわがままを言い続けていいのだろうか。

数秒間、目を瞑って考えていた。照光は何も言わない。光姫が今、考えを巡らせていることをわかって、その返事を待っているのだろうか。

五分は経っただろうか。光姫は息を大きく吸い込み、テレパシーを送った。


「ごめんなさい。私には、今すぐ決断を下すことはできません。明日答えを出しますので、私に一日の猶予をください。」

『うむ、そのようなことを言うだろうと思っていた。新しくできた友達にでも相談して、よくよく考えてから答えを出すように。決して、後悔はしないようにな。』


照光の声は穏やかで、光姫を急かすようなことは一切言わなかった。照光は光姫の気持ちを優先して考えてくれている。それが何とも嬉しかった。


「はい、お父様。」


光姫が返事を返すと、照光はふっと笑った。いや、正確には息をふっと吐き、それが笑っているように聞こえた。

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