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能力者の日常  作者: 相上唯月
7大地震
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1チョコレート作り

光姫らの学園は当然の事ながら使用不能となり、リモート授業となった。四人は各々の部屋から授業を受けていた。一ヶ月半の間、授業がなくなるのを期待していたメイサだったが、流石にそんな夢のような出来事は起こらないようだった。だが、学校全体を使用不能にしたのは、決して授業を受けないようにする為でなく、〝学校〟に足を運ぶ事がないようにする為なのだから、無事に目的達成である。


「はぁ〜、終わった〜。」


四時に授業が終わり、十分ほどのホームルームを終えた後。メイサは大きく伸びをして、ゆっくりと椅子を立った。そして、徐にカレンダーの方へと視線を向ける。今日の日付の所に磁石が置いてあり、それが指しているのは二月十四日。


(はぁ、ついに今日か…。悠と付き合ってから初のバレンタイン…。)


まさかこんな暗澹たる気持ちで、悠と交際を始めてから初めてのバレンタインを迎えるとは思いもよらなかった。


近頃は、光姫が日本全国に点在している能力者達に、電話で作戦内容や各々の立ち位置を伝えている。彼らの立ち位置とは、作戦当日、各々が地震の被害を最小化する為に、何処で能力を発揮するのか、ということ。彼らの能力のレベルからバランスを思考し、ポジションを決定する作業はなかなか難しかった。そして電話をしているのは、光姫の侍従の明光さん、我らが側近三人は勿論、屋敷中の使用人全員が主人に協力して作業をしている。それくらい、大掛かりで大胆な作戦なのだ。


(最近は本当に忙しくて、毎朝の訓練は欠かさずやって、リモート授業が終わったら作戦に向けた準備…。自分の時間が取れないのよね。けど、今日だけは…。)


そう、使用人達がメイサに気を使い、バレンタインの準備をしたいだろうから、といって予定を空けてくれたのだ。使用人達は温かい目で、メイサと悠の恋路を応援してくれている。それにより、メイサの友人でシェフの菊乃さんの娘である葵も共に、チョコレートを作る許可を得た。さらにそれだけではなく、


(なんと、今日のチョコ作りには、お姉様も参加するのよね!)


そう、当主である光姫にも、使用人達はチョコレート作りを勧めたのだった。メイサは彼らの意図を図りかねていたが、明光さんは顔を綻ばせながら其の答えを教えてくれた。


光姫は近頃、当主として使用人達や側近達よりも一層頑張りすぎているから、当主であってもまだ子供であることに変わりはないし、たまには息抜きをしてほしい、との事だった。突然、光姫とメイサが抜けて仕舞えば、日付も相まってバレンタインの準備をしていると悠と杏哉にバレバレだろうが、そこは同じ家に住んでいるのだから、隠しようがない。ここは仕方がないものだと割り切るしかない。


(さてと、そろそろ台所へ行きますか!)


メイサはカレンダーから目を離し、扉を開けて外へ出た。


そして、メイサが駆け足でキッチンへ向かうと、そこにはもう既に、談笑している葵と光姫の姿があった。


「ごめんなさい! 遅れてしまって。」


メイサが慌てて謝ると、光姫が振り向き、にっこりと微笑んだ。


「大丈夫ですよ。もとより、ホームルームが終わり次第集合なので、時間なんて決めていなかったですし。それに、私は葵さんとお話をしていたので退屈していませんでしたよ。」

「うちも主人様とお話が出来て光栄でした!」


葵も光姫の言葉に反応して顔を綻ばせる。


「さてと、今日はバレンタインのチョコを作るんですよね。一応確認しますけど、二人は誰に渡すんですか?」


光姫を含む二人への問いかけなので、必定に敬語になる葵に、メイサは新鮮な気持ちになりながら、真っ先にそれに答える。


「アタシはもちろん悠よ。葵は彼氏に渡すの?」

「うん。明日、渡しに行く。」


最後に残った光姫に、必然的に二人の視線が集まる。四つの眼を向けられ、光姫はビクッと肩を震わせた。光姫はバレンタインのチョコレートを渡す相手を脳内でぐるぐるとリサーチして、一瞬、杏哉の顔が思い浮かんだ。


(え…どうして私、杏哉さんの事を…?)


光姫は別に、杏哉に好意を寄せているわけでも、恋人であるわけでもない。だが数日前、作戦を練っている際に、当主である光姫に対しても、誤った方向に進んでいたなら、臆することなくしっかり軌道修正をしてくれる杏哉の姿を見て、胸の鼓動が高鳴るのを感じた。なんて頼もしいのだろう、と。もしも、この感情に名前をつけるとしたら――。


(いいえ、そんなのあり得ない。だって、今杏哉さんの事を思い浮かべても、何も起こらないもの。)


光姫は頭をブンブンと振り、其の思考を消した。


「私、そんな相手は現状いなくて…。だからお二人のお邪魔になるかと…。」

「そうだと思った。ならさ、杏哉とかどう?」


光姫の返答を予想していたのか、メイサはすぐさまそう提案した。杏哉の名前を出され、ドキッとするも、それは決して恋のときめきではない。そんな思考をしてふと、光姫はとある疑問を浮かべた。


「あの…お二人にお尋ねしたいのですが、そもそも、〝恋する〟ってどんな感情なんですか?」


そう、光姫は根本から恋を知らないのだった。光姫に告白する男子の人数は枚挙にいとまがないが、全員交際を断っている。光姫は誰とも付き合ったことがないし、誰かに恋に落ちたこともない。杏哉への感情を〝恋のときめき〟かどうか判断するより前に、それを存じないのだった。メイサと葵は、光姫の質問に唖然とした後、顔を見合わせて口を開いた。


「そうね…。人様々だと思うけれど、アタシは、悠といると、とにかく幸福感で満たされるのよ。ハグしたり、キスしたりする時は特に。ずっとこの人の隣にいたい、って思う。だけどそれと同時に、触れたり触れられたりすると、心臓がバクバク高鳴って抑えられなくなる。…アタシ、悠の前にも一度、小六の時に付き合ったことがあるんだけど、其の時は、全然この感情を理解していなかったわね。告白された相手が結構イケメンだったから付き合ったけれど…ずっと一緒にいたい、って、一瞬でも頭をよぎった事はないわ。」


メイサは顎に手を添えて、ほんのり頬を赤く染め、所々言葉を詰まらせながら、熟考してそのように答えた。其の後、学生達の期待の瞳が、最年長で大人である葵に向けられる。


「そんなに期待しないでくださいよ、主人様もメイサも。大人といえど、うちは二十歳ですし、まだまだ子供なんですよ。けど、幸福感かぁ…納得だな。安心するんですよね、一緒にいると。恋をしていると、会えない時間に想いが募って、時間がすんごい長く感じる。けれど、一緒に過ごす時間はほんの一瞬に思えるんだよね。不思議なことに。あとは…もっとうちを求めて欲しいし、触って欲しいって思います。」


相手のことを思い浮かべているのか、葵は普段の落ち着きのない溌剌とした性格から判断すると、らしくもなく、柔和な瞳になってそれらを細め、口元を綻ばせていた。また、彼女自身からも、温かく温和な雰囲気が醸し出ている。そんな彼女に、女子学生達はぽーっと見つめていたが、我に返ったように、光姫が口を開いた。


「そうなんですね。お二人はそんな風に感じるんですね。私、自分で経験したことがないのでよくわからないんです。その…思い出すだけでキュンとする、とかは…?」

「アタシは其の気持ち分かるわ。悠、って名前を呼ぶだけで、頭に思い浮かべるだけで、胸がしめつけられる感じ。…こんな話してると、住む場所も一緒で常に隣にいるのに、今すぐに抱きつきに行きたくなるわね。」


メイサの答えに、光姫は胸を撫で下ろした。恋をしているメイサがそう言うのならば、光姫の杏哉へ感じた感覚はまた別のものだろう。頼もしいとか、頼り甲斐があるとか、そういうときめきだろう。光姫が考え込んでいると、今度はメイサが口を開いた。


「そういえば、悠ってさ、アタシに『愛してる』って言葉ばっかり言うのよね。」


メイサは至って深刻そうな表情で、はぁ、と嘆息をついている。光姫はチグハグな言葉と態度を目の当たりにして、なんとコメントすれば良いのかわからない。しかし、


「なるほど。メイサは『愛してる』じゃなくて『好き』って言って欲しいのね?」


と、光姫の左隣で、葵は納得した表情でそう口にする。


「そうなのよ。なんで悠はいつも…。」


会話が成り立っている二人に、光姫はついていけずオロオロしていた。


「あの…何が違うんです?」


光姫が恋愛に対して無知なことを改めて自覚し、顔をほんのり赤らめて正直に尋ねた。


「う〜ん、はっきりとは形容し難いけど…。『好き』は恋愛に対して熱々な感じで、『愛してる』は慈しみ的な…。より熟年夫婦感が漂うというか。」


すると、葵はう〜ん、とうなり、言葉を詰まらせながらそう答えてくれた。


「ああ…なんとなくわかりました。それで、メイサさんは…年相応に、もっと熱い気持ちを持って欲しい、という欲望で?」

「まぁそんな感じね。だって悠とは、まだキスしかしてないのよっ。それもいわゆるプレッシャーキスだけ! もっとさ、ディープキスとかしたいわけ。もっとアタシに触って欲しいし、奪って欲しい。もちろん、肉体的にまだ交わっているわけでもない。そんな関係なのに、『愛してる』って早いわよ。言われて嫌なわけではないし、無論嬉しいけどさ。性的な意味で、お互いのこと、アタシ達はまだほとんど知らないのに…。」


メイサは熱くなって拳を握り締め、そんな欲望を口にした。すると、葵が若干頬を引き攣らせながら、それにコメントする。


「なんか艶かしい話に…。でもさ、『愛してる』って『好き』の進化版なわけじゃん。それだけ信頼されてるって意味だよ? 嬉しいことじゃん。それに、『好き』より『愛してる』の方が小っ恥ずかしくてなかなか口にできないよ。それだけ好かれてるって意味だし。何も気にすることないって。」


葵にそう慰められ、メイサはパズルのピースが埋まったかのように合点がいって、気持ちが落ち着いた。


「そっか、確かに『愛してる』って恥ずかしくて言いにくいわよね。なのに毎回そう言ってくれてるんだから、寧ろ嬉しいことよね。何も気にすることないわね。其の言葉から、勝手に悠が、これ以上の性的な進展は要らない、って暗に言ってるようで嫌だったのかも。」

「そんな事は絶対ない。保証する。大丈夫。うちの彼氏とも、初めは全然進まなかったし。メイサって結構胸も大きいしスタイルいいし、悠くんも抱きたいに決まってるよ。」

「あの…私たち、チョコレートを作るために集まったのでは?」


どんどん話が脱線し、色っぽい話に進展していく二人に、光姫はおずおずと声をあげた。先ほどから、光姫は何も発言することができず、疎外感を味わっていた。無論、光姫だって其の手の話に興味が惹かれるので、熱心に聞いていたのだが。


「あ、そうだった。あ、もう三十分経つじゃん! 早く作ろ〜!」


葵は光姫の発言に瞠目し、ちらりと時計を見る。そしてわっ、と驚きの声をあげ、エプロンを着用してキッチンに立った。また、光姫とメイサにもエプロンを手渡してくれた。葵が板チョコや砂糖など、具材を並べている間、光姫とメイサは後ろで並んで其の様子を伺っていた。其の時、光姫の耳元で、メイサがこそっと囁いた。


「で、結局チョコを渡す相手は杏哉ってことでいいの?」

「えっ…。ど、どうしましょう…。」


光姫はすっかり渡す相手の話を忘れていた。其の分、繰り返された衝撃や戸惑いは大きい。


「決まっていないなら、もう杏哉にしましょうよ。それでいいでしょ、お姉様? ね? 悠だけあげて杏哉はないっていうのも寂しいしね。」

「それはそうかもしれません…。そうですね、杏哉さんに作ります。」

「やった!」


メイサに言葉に納得がいって、コクっと首肯すると、メイサは何故だかオーバーに喜んだ。


「さてと…何作ろうか。」


大まかな手作りチョコを作成するのに必要最低限な材料を並べ終え、葵が光姫とメイサの方を振り向いた。


「何通りか考えてみたんですけど…。メイサ、主人様、どうです?」


葵からノートを手渡され、二人はそれを覗き込んだ。そこには、葵が書いたと思われる、幾つかのお菓子のレシピが綴られ、完成図が描かれてあった。三つ星シェフの娘とあって、素人が考えるような月並みなお菓子ではなく、どれもお店で売られていそうなくらい可愛らしく、美味しそうだった。もちろん、其の分作るのは難しそうだ。


「これ、全部葵が考えたの?」

「まぁね。」


メイサが瞠目しながら、腰に両手を当てている葵に問うと、コクっと頷いた。


「すごっ! 信じられない。やっぱりプロなんだ…。」


メイサが素直に感心した声を上げると、葵は得意げにピースサインをした。


「このハート型のリンゴタルト、とっても見た目が可愛らしいです。難しそうですが…。」


光姫が指さしたのは、チョコのタルトに溶かしたチョコレートが注入され、其の上からリンゴのジャムが塗られていた。さらに仕上げで、リンゴの枝を見立てて作られた細いチョコレートに、葉っぱの代わりのミントが付けられている。タルトの外側にクランブルがまぶしてあり、とてもおしゃれで可愛らしい。


「おっ、主人様ナイス! うち、其のお菓子、他より頑張って考えたんですよ。じゃあそれと、もう一品くらい作りましょうか。メイサは何か希望ある?」

「このピンクのハートのお菓子も可愛わね。なに? ルビーチョコレートのガナッシュとラズベリーソースが詰め込まれたボンボンショコラ…。これ、可愛いし美味しそうね。」


メイサが指さしたのは、彼女が説明した通り、ピンク色をしたハート型のチョコレート。まるで市販のチョコレートのような仕上がりになりそうだ。


「オッケー! じゃあ其の二つにしよう。」


葵はにっこりと笑いながら首肯して、サムズアップをした。


それから二時間ほど、雑談をしながら葵に作り方とコツを伝授してもらい、三人で二種類のチョコレートを完成させた。


「やった! 完成! どっちも可愛い〜!」

「本当に。葵さんは誠に料理がお上手ですね。」

「感慨の至りです、主人様。では、ラッピングしましょうか。」


片付けも済ませ、二種類のチョコレートを三つずつに分けて、各々袋に入れてリボンをつけた。


「もうこんな時間。」


光姫が大切そうにラッピングされた袋を手に抱え、掛け時計を一瞥した。時刻は六時。


「チョコレートは、夕食後に渡しましょうか。この後、うちは夕食の手伝いがあるので、ここに残ります。お二人とも、ありがとうございました。とても楽しかったです。またお喋りしたり、お菓子作りしましょうね。」

「ええ! また話しましょうね!」

「いいですね。今度は中庭などで、ゆっくりお話しましょうよ。」


光姫とメイサは葵と別れ、キッチンを出た。そこでは葵の母親や叔母達が夕飯の支度をする為に待機していた。


「すみません。キッチンに長居してしまって。お邪魔でしたよね。」

「いいえ、そんなことありませんよ。こちらこそ、うちの娘と仲良くしてくださってありがとうございます、主人様。」


光姫がぺこりと頭を下げながら謝罪の言葉を述べると、菊乃さんはふんわりと柔和な笑みを浮かべた。光姫とメイサはそこから退散し、各々チョコレートを部屋に置いてきた後、いつもの仕事部屋に向かった。そこでは杏哉や悠、明光さんをはじめとして、大勢がセカセカと働いていた。光姫とメイサも平常通りそれに加わり、夕食時まで仕事を開始した。

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