12光姫のスピーチ
其の後、四人は朝食を食べに宴会場へ向かった。新年のお祝いなので、今日は平常通り四人でダイニングルームで食べるのではなく、使用人達と共にお節料理を味わうのだ。
光姫からすれば毎年恒例の行事だが、メイサ、杏哉、悠は新鮮な光景に驚いているようだ。先ほどから、五百畳もの広さがある部屋に用意された百数もの料理に目を見張っていた。そこには、百数もの座布団に大名膳が設置され、そこには高級食材をふんだんに盛り込んだ豪華絢爛なお節料理がそれぞれの台に乗せられていた。
「光姫様、新年明けましておめでとうございます。」
「今年も何卒よろしくお願いします。」
宴会場の前でマイクの調子を確かめている光姫の元へ、たくさんの使用人達がやって来る。其の様子を側近三人はにこやかな表情で見守っている。
「そういえば、杏哉には言ってなかったわね。あけましておめでとう。」
「本当だ。杏哉、新年おめでとう。今年もよろしくお願いします。」
メイサと悠は互いに新年の挨拶を交わしていたが、杏哉と光姫とはまだだった。ひとまず、この場にいる杏哉に向けてぺこっと頭を下げる。
「おう。明けましておめでとう、メイサ、悠。今年もよろしくな。」
杏哉はそう言って、にこやかに笑った。
「皆様、席にお付きになってください。」
光姫が宴会場の前に立ち、マイクを通してそう言った。三人も当主の指示に従い、それぞれネームプレートの書かれた席に腰掛ける。四人並んでいた。一番前の光姫の席は空けて、メイサ、悠、杏哉の順に座布団の上に正座する。
「まず、皆様、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。まだまだ未熟で仕事もまともにこなせていない身ですが、皆様のおかげで、私は当主として在ることが出来ています。本当に、皆様には感謝の念しかありません。」
彼女はそう言って、深々と頭を下げた。光姫の其の語り出しに、その場にいた全員が拍手喝采をした。拍手が止んできたところで、光姫は一度大きく息を吸った。
「早速なのですが、本題に入りたいと思います。どうも、今年から、去年に増して能力者ハンターの活動が本格化するそうです。」
会場中がまるで水を打ったように、しん、と静まり返った。
「私も当主として、何か行動に起こすべきなのでしょうが…。明光さんにこの情報をいただいてからずっと考えていたものの、やはり私には決めかねます。まだ子供である私の一存で、能力者の運命が変わってしまうのです。ですが、其の役目を誰かに押し付ける気もさらさらありません。もう少し、時間をください。今後の能力者ハンターの動きを伺ってから、何か対策を練ろうと思っております。」
光姫はこの言葉に一抹の自信を抱いてはいないものの、当主としてのあり方を体現するように堂々と胸を張り、そう言い切った。詰まる所、皆を怖がらせただけで、何も行動を起こさないのだ。非難されても仕方ない。光姫が唇をわなわなと震わせ、瞳を伏せていた時。
「光姫様、大丈夫ですよ。」
「そうです、なんとかなりますよ。」
「とりあえず、今は気持ちを明るくしましょう。せっかくの料理が美味しく感じませんよ。」
と、あちこちから光姫を励ます温かい言葉が降りかかってきた。
光姫が恐々と顔を上げると、そこには、温顔に微笑む、幼い頃から光姫を見守って育ててくれた、使用人達の姿があった。前方を伺うと、明光さんが『よく言いました』と言うように、幼い子供の頭を撫でるような優しい顔つきをして、光姫に向けて頷いてくれた。反対側の前方には、光姫の親友であり側近の三人がいる。彼らも光姫を穏やかな気持ちにしてくれるいつもの笑顔で、にっこりと微笑んでいた。そんなみんなの様子を見て、光姫は安堵した。
「皆様、誠にありがとうございます。では、気持ちを切り替えて、うちの熟練料理人方達が、腕によりをかけて作ってくださったお節料理をいただきましょう。皆様、お箸を手に取ってください。」
光姫の指示に従い、その場にいた全員は用意されたお箸を手に取った。
「それでは、いただきます。」
そして、光姫の食事の挨拶がマイク越しに会場全体に伝わると、
「「「いただきます。」」」
と何重もの声が重なり、それぞれ食事を始めた。光姫は暫く其の様子を前から眺めてから、親友たちの元へ駆け寄る。彼らは、光姫を待つために料理に手をつけずに待っていてくれていた。
「お姉様、スピーチ、とてもよかったわよ。」
「ありがとうございます。そう言ってくださると、私も安心します。」
隣に腰掛けた光姫に、メイサがニッと笑いながら、声をかけた。それに続いて、
「メイサの言う通りですよ。対策をしっかり考える姿勢、素晴らしいと思います。何も不安に思うことはありませんよ。」
と、杏哉もそう言って、気持ちが萎縮している光姫を心からの本音で励ました。
「そうですよ。光姫先輩の精一杯のお気持ち、みんなに伝わりましたよ。」
最後に悠もそう付け足してくれた。光姫は胸いっぱいになり、緩んだ涙腺を引き締めながら、三人に向けて声を発した。
「三人とも、励ましていただいてありがとうございます。早くしないとせっかくのお料理が冷めてしまいますね。いただきましょうか。」
光姫の言葉に、三人は一斉にコクっと頷いた。みんな、目の前に広がる彩り溢れた食事に食らいつきたくて仕方がなかったのだ。光姫は三人の宇宙のような輝きを放つ瞳に圧倒された後、くすくすと笑い声を漏らした。そして、四人で再び「いただきます」と言って、お節料理を食べ始める。
「っん〜〜! エビ最高〜!」
「栗きんとん、絶妙な甘さ加減で美味しい…!」
「鮭の照り焼きもうまいな。」
「黒豆も甘くてとても美味ですよ。」
四人はお節料理の口々に感想を発し、言い合った。お世辞でなく、頬が落ちるかと錯覚するほどの美味さだった。「世界でこれ以上美味しい物はない」と言われても納得するほど。いつも菊乃さんらが作った料理を食べているが、材料が高級食材で贅沢な分、其の美味味の良さも増大していた。
そうして、四人と使用人たちは、新年を祝う贅沢なお節料理を満喫したのだった。