8誕生日プレゼント
「…あぁ、それで…誕生日プレゼントってどういう…?」
話の軌道を元に戻し、杏哉は三人に向けてそう問うた。
「そうね、説明するわ。いくつか用意してるんだけど、一つ目が、お姉様のメイド服よ。」
「なるほど…。」
メイサにそう説明され、杏哉は納得した。メイサも悠も、杏哉の最も欲しているものを理解している。プレゼントはまだ残っているというが、これだけでもう既に満足だ。
「えと…光姫様、誠にありがとうございます。メイサも悠も、ありがとうな。」
杏哉は心からの言葉を口にし、頭を下げた。
「喜んでもらえて光栄です。」
すると、光姫は少々照れつつ、温かく包み込むような微笑みを浮かべ、杏哉を召した。悠のようにその場に倒れ込むところだったのをなんとか踏みとどまり、体勢を戻す。
「じゃあ、二つ目のプレゼント。これは大して面白いものじゃないけど…杏哉の好きな漫画のグッズよ。…どうぞ、開けてみて。」
メイサは壁際においていた白い袋を持ってきて、杏哉に手渡した。杏哉はこくっと頷くと、袋についている赤いリボンを解いた。
「…え、これ、『殺し屋の初恋』のグッズだよな? めっちゃ嬉しいんだけど。俺、これ好きだって話したっけ? 話してたとしたら悠しかいないけど…。あれ?」
その袋の中からまず初めに取り出したアクリルスタンドを見て、杏哉は目を丸くした。
「ううん、話されてない。メイサが未来予知して、杏哉がその漫画を読んでるの見つけたんだ。僕も読んでみたけど、面白いね。また感想話そ。」
視線を向けられた悠はそう返答し、ニコッと笑った。
「マジか…、攻撃能力はないからあんまり実用的じゃないと思ってたけど、メイサ最強じゃん…。てことは、残りのグッズも未来予知で?」
「ええ。漫画のグッズって、欲しいとは思うけど、高くてなかなか手を出せないのよね。だからプレゼントには最適かなって。貰ったらすごく嬉しいもの。」
「そうだな。ありがとう。素直に嬉しい。」
杏哉にダイレクトにお礼を言われ、メイサはえへへ、と頬をかいた。その後も、袋に入った様々なグッズを取り出して、感想を言って目を輝かせていた。
「では、三つ目ね。」
「まだあんの? もう十分なんだけど。」
杏哉はそう言って申し訳なさそうな顔をしつつも、次のプレゼントに瞳を輝かせていた。
今度は悠が包装された小包を持ってきて、杏哉に手渡した。
「はい、どうぞ。開けてみて。」
杏哉が包装をとくと、中から出てきたのは、四つのお手玉サイズのぬいぐるみだった。どうしてぬいぐるみなんか、と思いながらその中から一つ手に取り、思わず目を見開いた。
「これ、俺たち⁉︎」
杏哉が手に取ったのは、杏哉に似せて作られたぬいぐるみだった。髪型や顔だけ見てはイマイチ何だかわからなかったが、制服を見て、そして又他の三つを確認して確信した。
「うん。僕たちを作ったんだ。同居を始めた年の記念として。今日で今年も終わりだから。」
「えー…、すごー…。売り物みたいな出来栄えだけど…。」
「何回か作って、それらは一番上手くできたものなんだ。初めの方は、糸は出てるし、中から綿が出てるしで、ボロボロだったんだよ。それから、光姫様が使用人の中に裁縫の級を持っている人がいることを思い出してくれて。その方に教えてもらったんだ。」
悠の言葉に、光姫もメイサもこくこくと頷いていた。よっぽど大変だったのだろう。
「言葉が出てこないくらい、凄い嬉しい…。みんなありがとう…。」
ほのかに瞳を潤わせる杏哉を見て、悠たちは顔を合わせて微笑みあった。これほど喜んでもらえるとは夢にも思わなかった。作り手冥利に尽きるというものだ。
「で、これが最後のプレゼントなんだけど。」
ゴホン、と咳払いをして、メイサが妙に改まる。その様子に、杏哉は何か只事でないものを感じたが、次の瞬間、思わず体勢を崩した。
「その内容は、パーティーを楽しんだ後で!」
『結果はCMの後で!』のノリで、メイサが満面の笑みで手を叩いた。
「…なんなんだよ…。」
「えへへ…実は、最後の贈り物は一番特別なものでね。一番最後に送りたいのよ。絶対喜ばせることを保証するから、夜まで待ってね。それまではパーティーよ!」
杏哉がジト目を向けると、メイサは自信満々でそう言い切り、声を張り上げた。
その後、夕食の時間まで四人は誕生日パーティーを楽しんだ。丸一日遊んだわけである。具体的に何をしたかというと、カードゲームやボードゲームから、ビデオゲームまで。さらに防音室でカラオケをしたり、視聴室で映画を観たりした。全て普段から出来ることだが、なかなか四人まとまった時間を取ることは難しく、こんな時ではないと思う存分に楽しめない。そういうわけで、杏哉の誕生日パーティーと称して、光姫らも心の底からエンジョイしたのだった。本当は屋敷の外に出て遊びたかったが、このご時世、そう易々外に出るのは気が引ける。悠とメイサのデートの日はまだ良かったが、明光さんにハンターの動きがより活発になると言われれば余計に。だが、杏哉も始終、喜色満面だったので楽しんでくれただろう。
夕食の時間になり、四人はダイニングルームへ戻った。テーブルの上には、数々の豪華な食事が並ぶ。キャビアやフカヒレのような高級な料理から、唐揚げや卵焼きのような、舌に馴染み深い間違いなしの料理まで種々多様だ。
「すごいな…。」
杏哉は瞳を満面の夜空に浮かぶ星屑のように輝かせ、思わず感嘆を漏らす。今日一日、本当に楽しいことばかりだ。さらに夕食を食べ終えた後は、光姫やメイサの許可があれば、四人で紅白歌合戦を見れる。仮に二人の了承を得れなかったとしても、悠と夜を共に過ごすことは確実なので、高揚感が一向に冷めない。
杏哉は山のような豪華な夕食を心ゆくまで楽しみ、最後に厨房から現れたものに目を見張った。
「うわっ…すげえ…。」
杏哉の瞳に映ったのは、三段重ねのショートケーキだった。一番上には、『杏哉、お誕生日おめでとう!』と書かれたチョコのプレートが載っている。杏哉が言葉も発せられず、目の前に置かれた特大のケーキに顔を輝かせていると。
「そのケーキ、メイサが作ったんですよ。」
ケーキを運んできた料理人、正確にはまだ見習いである葵が、なぜか自慢げにそう言った。年下だが、側近の彼には敬語だ。しかも杏哉は、この三人の中で唯一の正式な側近の家系である。
「えっ、マジで。お前、また腕上げたな…。」
眼前のケーキから顔を上げ、杏哉は正面に座るメイサを驚きの目で見つめる。
「そんなことないわよ。葵にもアドバイスもらったしね。」
「もう、メイサちゃんはまたそんな謙虚なこと言って〜。うち、側で見てただけだよ?」
杏哉は、そんな彼女達の様子を微笑ましく見守っていた。時々話しているのを見かけるが、二人は本当に気が合うようだ。メイサの隣に居座る悠を一瞥すると、彼はどこか不機嫌そうな様子でそっぽをむいていた。どうやら、愛しの彼女をとられ、ご機嫌斜めの様子。杏哉は一人でくすくすと笑いをこぼした。杏哉の隣に座る光姫が、不思議そうな顔で彼を見つめる。
「あ、ごめんごめん。じゃ、ケーキ切ろっか。」
葵との話を終え、メイサはそう切り直す。メイサが包丁を入れ、四人の前へケーキの乗ったお皿が運ばれていく。杏哉は手元のフォークでケーキを一口サイズに切り、口に運ぶ。
「っ! うまっ!」
杏哉は思わず声を漏らした。悠と光姫も、ケーキを口に入れて瞠目していた。しっとりと焼き上げられたスポンジケーキに、口当たりの良い滑らかなホイップ。そこへ、ほんのり酸っぱいが、甘みの強いイチゴがトッピングされ、絶妙なバランスを保っていた。悠と光姫からも同じような感想を受けたメイサは、頬を掻いて嬉しそうに微笑んでいた。しかしいくらおいしくとも、特大のケーキは一日で食べることなど到底できず、半分以上が残った。明日もこのケーキが食べられると思うと、杏哉は気分が弾んだ。
杏哉は大満足でソファに腰掛けていると、あることを思い出した。そして、隣に座る三人に向かって口を開く。
「今日は本当にありがとう。すごく…言葉では表せないくらい、楽しかった。」
杏哉がそう言うと、三人は目を細めて微笑んだ。けれど、本題はこの先。
「そんでさ…みんなにお願いがあるんだけど。悠には朝話したから、光姫様とメイサに。あのさ、この後、紅白歌合戦を一緒に観ない? もしよければ、の話だけど…。もちろん、全然断ってもらっても構わない。」
杏哉が勢いよくそう言い切り、断られるだろうな、と思いつつ彼女らの返事を待つ。しかし、その返事は予想していなかったものだった。
「何それ、めっちゃ楽しそう。断る理由なくない? なんでそんな必死なのよ。」
「メイサさんの言う通りです。私も参加したいです。」
その返事は嬉しかったが、二人とも、その状況を理解していない。杏哉が悠に顔を向けると、困り顔の悠と目が合った。自分もおそらく、同じような顔をしているだろう。
「あの…メイサと光姫先輩。実はさ…杏哉の部屋で集まろうって話してたんだ。お菓子とか持ち込んで夜更かししようって。ダイニングルームより、非日常感あって楽しいかなって思って…。あ、この時は、二人を誘うことを考えてなくて。」
悠が杏哉に変わって詳細を説明すると、女子二人の顔つきが少しずつ変化していった。
「…え? 杏哉の部屋? テレビあるんだ。うん、確かにここよりは楽しそう、だけど…。えっと、杏哉も悠もいる中で、アタシと光姫様も同じ空間にいるわけね? 夜にね?」
「観終わったら各自、自室に戻るわけではないですよね。」
内容には惹かれるが、男子二人と密室空間という状況に、戸惑いや不安を隠せない二人。けれど、光姫は何かを思い出したのか、突然顔つきが変わった。
「杏哉さん。先ほど、メイサさんが言っていた最後のプレゼントの件ですが。」
「え…あ、はい。」
唐突に話題が変化し、戸惑いつつも杏哉は頷く。
「それは、私たちが一つ、杏哉さんの願いを聞く、というものだったんです。」
光姫がそう言った直後、メイサが素早く杏哉の元へやってきて、耳元で囁いた。
「お姉様にはそう説明したけど、アタシと悠的には、お姉様に杏哉の願いを聞いてもらう、っていうプレゼントだったのよ。あ、もちろん、下心ある願い事はダメよ?」
「だっ、誰がそんな願い事を!」
杏哉は思わず口に出してしまい、慌てて口を抑える。悠はその意味が分かっているので、堪えきれずに口元を押さえていた。一方、願いを叶える本人なのに、本当のプレゼントの意味が分かっていない光姫は首を傾げていた。
「てことは…二人とも、俺と悠と一緒に、夜更かししてくれるってこと?」
杏哉が恐る恐る尋ねると、二人は顔を見合わせ、こくりと頷いた。
「まぁ…若干の戸惑いはあるけど、二人とも理性的なの知ってるし。てか、悠はアタシの彼氏だから、別にタカが外れても構わないわけで。アタシには何の支障もないのよね。」
メイサが微笑を浮かべながら、そう言った。その後に、「むしろ早く結ばれたい。」という呟きが付け足された気がして、杏哉は思わず顔を引き攣らせた。チラリと悠の方を見ると、彼は嬉しいのか困っているのか、なんとも言えない複雑な表情をしていた。
「私も別に構いませんよ。初めから、魅力的なお誘いですしね。二人のことは信用しておりますので。」
光姫はそう言って天使のようにふわりと微笑む。彼女の口から〝信用〟なんてワードが出てくるなんて、他の男子達が聞いたら杏哉と悠のことを妬ましいと思うだろう。杏哉は、彼女のそのあどけない笑顔をずっと見ていたいと思った。そして、自分が永遠に守ってあげたいとも。そんな思想をして、杏哉は慌てて頭を振った。そんな都合の良い未来はきっとやって来ないだろう。期待するのは良くない。
「…じゃあ…これから、俺の部屋行く?」
「待って、その前にお風呂入りたい。」
いくら二人が納得したとはいえ、杏哉が恐る恐るといった口調で彼らを誘う。すると、メイサが杏哉の提案をあっけなく断り、そう言った。羞恥心が支配するものの、メイサの言葉の意味を理解すると、逆に恥ずかしくなった。
(なんか、先に風呂入るとなると、いよいよ、って感じがするな…。)
無論、そんなふしだらな思想は口には出さない。しかし、そんな杏哉の気持ちを踏み躙り、メイサがニヤリと口角を上げた。
「ちょっと杏哉〜。今何考えてた〜?」
「は、はぁ? 何のことだよ。」
「動揺してる時点でアタシの思ってたことと一緒ね。カマかけただけなのにそんな過剰反応してくれてありがとう。」
「お前っ、騙したなっ。」
メイサのにやにやした顔を小突くと、彼女はすまし顔でこう言う。
「騙してないもーん。アタシ、何も言ってないし。杏哉が勝手に騙されただけだもーん。」
確かに、メイサは何も言っていない。ただ、そのにやけ顔が、彼女の脳内の全ての思考を物語っていた。だがメイサが言っている事も確か。杏哉は唇をかみながら、その話に区切りをつけた。
「はいはい、俺の負け。で? じゃあ、みんな先に風呂入ってから俺の部屋に集合する?」
「そうですね。そうしましょうか。今からワクワクしてきました。」
「そうだね。僕も楽しみだ。」
「アタシの勝ちぃ。あれ、勝負なんてしてなかった気がするのだけれど? ま、いいや。そう、お風呂に先に入る方がいいわ。じゃあ、パジャマパーティーしましょ。いやぁ、男女混合のパジャマパーティーって稀有すぎて笑えるわぁ。」
杏哉の確認に、三人はこくりと頷いた。ケラケラと笑う、メイサの言葉だけ無駄に長い。
「じゃあ、そういうことで。また後で。」
その後、杏哉は久しぶりに悠とお風呂に入った。両者とも体と髪を洗い終えて、二人同時に、湯気の立ち上る、旅館にあるような温泉に浸かる。毎日この豪華な大浴場に入っているが、いまだに慣れない。これは家庭用のお風呂ではない。
「なんかさ、もうこの屋敷に引っ越してから、二ヶ月近く経ってるけどさ…。このお風呂、一向になれる気配がないや。毎度毎度驚いてる。てか、家庭用のお風呂で男女分かれてるのはどういう事なの? そこからおかしいんだよ。」
「俺も同じこと思ってた。俺の家もさ、一応、側近の家系だから自分で言うのもどうかと思うけど、結構大きいんだよ。けどこの屋敷には到底及ばない。ここは旅館か何かなのかな。しかも露天風呂まであるし。」
「そうっ、それはありえない。最近は外出るのが寒いから、あんまり行ってないけど。」
杏哉と悠は暫時の間、守光神屋敷のお風呂の感想を伝え合い、のぼせる前に湯船から出た。お風呂から出た後は、パジャマを着用せずに部屋着に着替える。けれど、今日は直接、悠も杏哉の部屋に向かい、メイサの提案に従ってパジャマパーティーをするので、二人は寝巻きに着替えた。そして、二人で杏哉の部屋へ向かう。女湯からメイサと光姫の談笑する声が響いてきたので、二人はしばらく出てこないだろう。
長い廊下を渡り終え、自室へ到着し、杏哉は悠を招き入れる。
「ほら、入れよ。」
「うん。お邪魔しま〜す。」
杏哉がドアを開け、手で悠を室内へ促す。悠は躊躇いなく杏哉の部屋に入っていく。隣の部屋という事もあり、何度もお互いの部屋を訪れているため、慣れているのだ。杏哉の部屋には、勉強机にベッド、そしてタンスにテレビに本棚に、そして一人用の小さなソファがある。ここまでは悠も似ているのだが、一つだけ異なっていた。それは、異質な存在感を放つ、白い布を被せられたイーゼルである。そう、実は杏哉には、絵を描くという趣味があった。それも、イラストではなく本格的な油絵である。




