2杏哉登場【挿絵あり】
昼休み、光姫は約束通り、中庭へ向かった。いつもの十分前行動の癖がついていたため、お弁当を早く食べ終え、十二時五十分には中庭についていた。特に何もない小さな空間。中学棟と高校棟の間にあり、ここでなら高校生と交流することも可能だ。中庭の周りには木が植えられ、大きな石で囲まれている。運動場ほどの広さも賑わいもないが、こじんまりしていて、光姫は好きだった。
光姫は大木に寄りかかりながら、照光や戦いに行った能力者たちの健闘を祈っていた。
その五分後、一時ピッタリに、メイサは駆け足でやってきた。
「あっ、お姉様! ごめんなさい! 待たせてしまって」
メイサは光姫の隣に来て、二人で大木にもたれかかった。ただでさえ寒いのに、日陰になってしまうので、思わず体が震えた。だが、人目のつかない場所となれば、この中庭の木の陰が最適だろう。
「いいえ、そんなことありません。……それで、話したいこととは何でしょうか?」
光姫がそう聞くと、メイサは振り返って周囲に人目がないことを確認してから、声をひそめて答えた。
「お姉様、この学校にはあと三人、能力者がいるって言ってたわよね? アタシ、その三人に会いたいの。ねぇ、お姉様もそう思うでしょう? いざという時のためにも、全員顔見知りになっておいて損はないハズだわ」
メイサの瞳はキラキラしていて、光姫に嫌とは言わせない表情をしていた。きっと彼女は友達を作るのが得意なのだろう。今朝もメイサと別れた後、光姫が後ろを振り返ると、彼女は複数人から囲まれて談笑していた。そのコミュニケーション力や容姿からして、彼女はいわゆる一軍女子だと思われる。知らない人に意欲的に話しかけるなんて、光姫には到底出来っこない。
「そうですね……、わかりました。行きましょう」
確かに、メイサの言う通り、この学校の能力者全員が顔見知りになっておけば、何かと役に立つはず。ついでに、光姫の友達も増える。光姫にとって悪いことは一つもない。
すると、メイサは思い出したように、声を張り上げた。
「あっ。言っておくけれど、お姉様の妹はアタシだけよ!」
「メイサさん……そうですね。私の妹はメイサさんだけです」
必死になるメイサが可愛くて、嬉しくて、光姫はメイサが本当の妹であったらよかったのに、と思った。
「話を元に戻すけれど……お姉様、まず初めに、誰のところへ行く?」
そう言った後で、「アタシはどこに何属性の能力者がいるのか、全然わかってないけどね。」と、ボソッと付けたした。
「う〜ん、どうしよう……」
光姫が腕を組んでいると、メイサがハッとした顔をして、
「そういえば、高校生の先輩が最近転校してきた、って言ってたわよね? それから、その能力者は能力が強いのよね?」
と聞いた。その問いに、光姫は首を傾げる。
「? そうですけど、どうしたんですか?」
「いえ……なんだか気になって。その最近っていうのは、具体的にはどれくらい前なの?」
メイサの意図がわからないまま、光姫は記憶の糸を辿って答える。
「えっと……確か、二ヶ月くらい前だったと思います。学期の初めでもなく、ましては高校と中学なので、私たちに知らされることはなかったのでしょう」
「二ヶ月前っていったら…ちょうど、照光様が立ち上がった時じゃない?」
メイサの答えに、光姫はあっ、と小さな声を漏らして、しんみりと頷いた。
「そういえば、そうですね……」
(お父様……今、大丈夫なのかしら? もう二ヶ月以上家にいないのよね……)
「お姉様……?」
急に黙り込んだ光姫を見て、メイサは心配そうに、光姫の顔を覗き込んだ。
「あっ、すみません。もう大丈夫です。……それで、お父様が立ち上がったのと、高校生が転校してきたのは、何か関わりでもあるというのですか?」
「ううん……最初に言ったように、なんだか気になっただけ……」
その様子を見て、光姫はピカっと、頭に電球が灯るような感覚を覚えた。
「その高校生の先輩は能力が高く、二ヶ月前に転校してきた。また、お父様、つまり能力者の代表がいつ倒されてもおかしくない状態になったのもその時から。能力者にとって、これは相当危険な状態ですよね。
さて、少し話を逸らしますね。メイサさんは守光神家の当主につく〝側近〟の存在をご存知ですか? 側近は光以外の闇、火、緑、水の能力者のトップの家系から選ばれます。側近の存在理由は、いざという時に、守光神の屋敷で全ての属性の能力を使えるようにするためです。守光神家には光の能力者しかいません。なので、彼らが唯一の光以外の能力者となるわけです。つまり、彼らはそれぞれの属性の中で一番強い権力を持つ存在になります。普段は守光神家の屋敷で住み込みで働き、当主をサポートするのが仕事です。
…側近の説明はそれくらいにして、ここからは私の妄想になりますが、側近として守光神家に務めている能力者の家系の子供が、近くで私を守るように言い付けられた。私が当主になった時、信頼できる側近として雇ってもらえるように。能力がこれだけ高いのですから、本当に側近の家系の能力者だったとしてもおかしくありません。」
全てを言い終えて光姫がメイサの顔を見つめると、メイサは目をキラキラと輝かせ、口をあんぐりと開けていた。
「さすが、お姉様はすごいわ…。アタシは、その能力者は逃げてきたんだと思った。お姉様に守ってもらおうとして。けれど、そうすると、能力が高いのにどうして、ってなるものね。けれど、〝側近〟っていう人たちならば能力が強くてもおかしくない。お姉様の考えには及ばないわ。」
「そんなことありません。あくまでも私の妄想。真実かどうかわかりませんから。…けれど、もし万が一この考えが事実なら、この家系の人々はある前提を抜かしているんです。」
光姫がぼそっとつぶやくと、メイサには意味が伝わらず、首を傾げた。
「何が抜けているの?」
「その家系の人々は、娘の私が次期当主になると考えているんでしょうけど、私はまだ子供です。次期当主になんて、なれっこありません」
そう、光姫は二ヶ月前のまま、誰からも情報が入らず、何も知らなかった。
守光神家では、次期当主がほぼ光姫で確定していることを、本人にわざと伝えていなかった。確実に決まったわけではないので、期待させてはいけないと思ったのだろう。また、メイサも当然自覚しているものだと思い込んでいたため、何も言わなかった。
メイサは思わぬことにポカンとし、我に返って口を開いた。
「え? そんなこと、」
「そんなことありません‼︎ 光姫様こそ、次期当主になられるお方。能力者全員が、それを望んでおられます」
すると、中庭の表側から、一人の男子高校生が駆け込んできた。息を切らし、肩を上下させている。走ってきたようだ。彼は背筋を伸ばして歩いてくると、二人に向けて一礼した。
光姫は手で口を覆って目を見開き、メイサは猫のような目つきで相手を威嚇した。
「あなたはもしかして……」
光姫が瞠目していると、男子高校生はキリッと背筋を正し、光姫に向けて丁寧に礼をした。
「先ほどの会話、聞かせていただきました。…さすがは光姫様、私の正体はもうお分かりになられていたのですね」
そう言って感心する彼の顔をよく見てみると、なかなかの美少年だった。筋の通った高い鼻、キリッとした目つき。精悍な面構えで、雰囲気がとても爽やかだった。
「挨拶が遅れました。私の名前は樹護宮 杏哉です」
胸に手を添えて名乗る杏哉に、光姫はスカートの裾を両手で掴んでお辞儀をする。そして彼にかく問う。
「杏哉さん。初めまして。私は当主・照光の娘の守光神 光姫です。杏哉さん、どうして私たちがここにいることがわかったのですか?」
「そこの草木が、風に乗って私に伝えてくれたのです。私の能力の一つで、全ての植物と会話をすることができるのです。話によると、光姫様と品のない女子中学生が、何やら大事な話を始めるようだ、ということなので、駆けつけて参りました」
杏哉は光姫の後ろにある大木や、左右に植えてあるツツジなど低木を指差した。そして、メイサにさげずむような視線を向けた。
「ひ、品のないって何よ!」
突然の雑言に驚きながらも、メイサはすかさず反応した。
「ふん。なんだよ、俺は本当のことを言っただけだ。派生した能力者の分際で、気高く尊い光姫様の妹気分になるなど、百年早い! 俺の方が先に、光姫様がこの学校にいらっしゃることを知っていた! さらには、いつも草木を伝って、光姫様のご様子を見守っていた! それに比べ、お前は光姫様に甘えてるだけじゃないか!」
杏哉は鼻で笑った後、初対面のメイサに向かって、あからさまに態度を変え、口撃した。これには光姫もメイサも驚いた。さっきまでの爽やかな雰囲気とはまるで違う。
よほど、メイサが光姫と仲良くしていることが気に食わなかったのだろう。だが、メイサも負けていなかった。
「は? あんたこそ何様よ? 勝手に人の話に割り込んでくんじゃないわよ! そんで何、アタシはお姉様と身分が違いすぎる、ですって? 愛に身分は関係ないの! ハッ! 自分の方が身分が釣り合うからって何よ、あんたこそお姉様の前に姿を表すのは百年早いわ! それに、ずっとお姉様の様子を見守ってたなんて、ただのストーカーじゃない! この変態!」
いがみ合う二人。しばらく二人の激論は続き、挟まれた光姫は対応に困っていた。
「あ、あのぉ……―。私、ちょっと用事思い出したので、教室戻りますね。お先に失礼いたします」
なんとなく、自分がいない方がいい気がして、光姫はそう言ってその場を離れた。
「はい、光姫様‼︎」「わかりましたわ、お姉様」
同時に、二人の声が重なる。はっとして、再びお互いを睨み合った。
「俺は家から、光姫様のご様子を見守るように頼まれたのだ。これは仕事で、決して変態なんかではない!」
「そう? さっきあんた、アタシがお姉様の妹に似合わない、的なこと言ってたわよね? つまりはあんた、お姉様の兄になりたいわけでしょ? きっも〜!」
メイサは煽るようにそう言うと、杏哉が急に静かになった。
「お、俺が光姫様の兄になりたいだと⁉︎ お、恐れ多…いや、そんなことあるわけないだろう‼︎ お、お前が妹にふさわしくないと言っただけだ‼︎」
そして、今までで一番大きな声でそう否定した。いきなりどうしたんだ、とメイサが不審に思うと、耳の先が赤く染まっていることに気がついた。
そしてふと、メイサはある考えが頭に浮かんだ。
「あんたもしかして、お姉様のことが好きなの?」
数秒間の沈黙。その後、杏哉は顔を真っ赤にして、鼓膜が破れるかと思うほどの大声で叫んだ。
「そ、そんなわけないだろう‼︎ そ、そもそも、俺と光姫様は身分が違う! 絶対に叶わな……い、いやっ、俺は別に、光姫様のことは言い付けられて見ていただけで……‼︎」
慌てふためく杏哉を見て、メイサは確信した。そして、威嚇する猫のような表情が一瞬にして消え、にやついた笑みを浮かべた。
「ふ〜ん。杏哉、お姉様のことが好きなんだぁ。なぁんだ。ただの変態かと思えば、可愛いとこあるじゃない。でもお姉様ってモテモテだから、頑張ってね」
「だっ、だから違うって言っているだろう‼︎ それから、呼び捨てにするな! 俺はお前より身分も年齢も上だぞ!」
頑なに否定する杏哉を見て、メイサはため息をついた。そして、全てを見透かしたような瞳で、杏哉に小さい子供を宥めるようにして言う。
「杏哉、そんなムキにならなくても大丈夫。『好き』の種類は違えど、お姉様を想うアタシとあんたの気持ちは変わらないから。同志として、さっきのことは許すわ」
「何言って…‼︎」
ここまで言ってもまだ否定する気か。メイサは盛大なため息をつくと、杏哉の肩に右手を乗せた。
「いい加減、素直になりなさいよ。あんた先輩でしょ」
メイサに憐れむような視線を向けられ、杏哉は頭をかきむしって言った。
「…わかった。お前といると調子が狂う……! 認めよう、俺とお前は同じ想いを抱く同志だ。光姫様のためなら、身を粉にして忠誠を尽くす。わかったな?」
メイサは静かにこくりと頷いた。すると、杏哉は何かを思い出したのか、急に顔を真っ赤にして、
「だ、だがなっ。俺が、み、光姫様に好意を抱いているというのは、認めないからな‼︎」
と言い残すと、高校棟に向かって走っていった。
メイサはやれやれ、と手のかかる弟を見るような視線を向けた。
その時、ちょうど予鈴が鳴り、メイサは慌てて中学棟へ帰って行くのだった。
【挿絵が入っています。非表示の方にはご覧いただけません】