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能力者の日常  作者: 相上唯月
6サプライズ

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59/81

7メイド服

「「「杏哉 (さん)、お誕生日おめでとう(ございます)!」」」


視覚を取り戻した途端、三人の声が重なった大音量が耳に響き、聴覚が活発に働く。男子の、悠の声は杏哉の背後から、女子二人の声は杏哉の正面から聞こえてきた。聴覚で受け取った音声が脳に届き、その一秒後に言葉として受け取り、杏哉は呆然とした。


「…へ?」


口からは、そんな素っ頓狂な声しか出てこない。おかしいではないか。


「え、俺…誕生日伝えたっけ……。っていうか、メイサ、なんだそんな格好は。そして光姫様のお姿が見えないんだが? え、今声したよな?」


理解が追いつかない。意味のわからない事象ばかりが起こる。まず、誕生日はこの三人には伝えていなかったはずだ。光姫は年柄年中多忙で、余計な気苦労を増やしたくなかった。メイサや悠にも、誕生日が近いと伝えれば、祝ってほしいと言っているようなものなので、それは自身のプライドに反したため、言わなかった。次に意味不明なのが――。


「メイサ…それ、メイド服?」


正面で不敵に笑う彼女は、襟とカフスのみ白い紺色のワンピースに、白いエプロンをつけていた。ワンピースはいわゆるミニスカというもので、膝丈数センチ上の丈で、スカートから伸びる脚は、白いニーソックスに覆われていた。袖、エプロンにはフリルがついており、可愛らしさと装飾性を重視した、いかにも現代のメイドといった感じを体現していた。さらにツインテールに結んだ頭には、猫耳のついたカチューシャをつけていた。


「そうよ〜。どう? 可愛い?」


メイサはスカートをつまみながら、くるりとその場で一回転する。


「え…まぁ、すごい似合ってるし、可愛いとは思うけど…。疑問の方が強いんだが…。」


杏哉は混乱した頭で、メイド服の感想を述べる。確かにメイサのメイド服は、艶やかな黒髪や、鋭い目つきと八重歯の覗くあどけさの残る整った顔立ち、そして彼女自身が醸し出す色っぽさと、この上ないほどマッチしていた。彼女のためにミニスカメイド服が存在している、と言っても過言ではないほどに。


「でしょう? 我ながら完璧だと思ったのよねぇ。でもね、アタシなんかで満足してちゃ、この後卒倒するわよ?」

「それはどういう…。」


杏哉がその言葉の真意を問いただそうとすると、「悠、おはよう。」と、メイサの意識が杏哉の後ろに向かったため、聞きそびれてしまった。メイサが背後の悠に駆け寄り、メイド服のスカートの裾をひらひらさせて、悠にアピールする。杏哉でも圧倒されたメイサのメイド姿。メイサにベタ惚れな彼氏である悠が見せつけられ、正気でいられるはずがない。


「あっ…えっと…その……と、とっても…かわっ…。」


可愛い、と続けたかったであろう単語は、途中で打ち切られ、代わりに衝撃音が響いた。悠の膝がガクンと折れ、床にぶつかったのだった。悠は彼女の愛おしさに失神し、その場にへたり込んだのだった。倒れないで済んだのは、メイサが咄嗟に背中を支えたからだ。


(こうなることは目に見えてたけど…なんであいつはこうも、彼女に感想述べる前に倒れるんだ…。)


杏哉が嘆息を吐きながら、慌てて彼らの元へ駆け寄ると、メイサはメイサで意識を失った彼氏の顔を愛おしそうに眺めているから呆れたものだ。


「お前らなぁ…。ていうかメイサ、なんていうか…悠に向ける視線が若干やらしい気がするんだが…。」


悠を抱き抱えるメイサの横にしゃがみ込み、彼女の横顔を伺う。すると、なんとも表現し難い、熱のこもった瞳がそこにはあった。悠の全身を舐めるように眺め、また愛撫するように触れているのも、要因の一つである。


「えぇ? 当然じゃない。だって悠の執事姿よ‼︎ もう、尊すぎてこのまま死んでもいいくらい満たされてるわ。」

「あぁそう……。」


メイサは否定せず、あろうことかさらに杏哉をドン引かせる言葉を発したのだった。


「それはそうと、杏哉、心の準備はできてる?」


メイサがニヤつきながら杏哉の後ろを指さしたので、杏哉は意味もわからず促されるがまま、背後を振り向いた。そうして、杏哉は絶句した。


「みっ…光姫様…⁉︎ そのお姿は…⁉︎」

「…やっ、やっぱり…変、ですよね…? あ、あんまり見ないでください…。」


そこには、メイサと同様にメイド服を身に纏った光姫の姿があった。しかし、彼女の着ているメイド服はメイサとは種類の違うもので、フリルのついたスカートの裾が膝よりも下にあった。メイサは彼女自身の魅力も相まって少し色気のある装いになっていたが、光姫はその逆で、大人っぽく落ち着いていて、とても上品で清楚だった。しかし彼女の頭にも、メイサと同じく猫耳のカチューシャがついている。


杏哉が口をあんぐりと開け、返事も忘れてその姿に見惚れていると。


「きょ、杏哉さん…? な、何か言っていただけると嬉しいのですが…。」


光姫は頬を赤らめながら、困惑したように右手で左腕に触れ、服を隠すように覆った。その動作を見た杏哉は慌てて、


「あっ! いや、違うんです! 変とかじゃなくて! その逆で、似合いすぎていて言葉も出なかったというか…。とにかく神々しかったんです! もう、尊すぎて死んでもいいくらい!」


と、あわあわと両手を振って、弁解するように感想を述べた。そのコメントを側から聞いていたメイサはこそっと、


「…コメントがアタシと一緒だわ…。」


と、嘆息を吐きながら呟く。先程、メイサにあれ程呆れた目つきを向けていたというのに。しかし、その気持ちは十分に分かる。好意を抱いている相手の、普段と違う姿を目にすると、心がギュッと収縮して、胸に抱えたこの想いを抑えられなくなるのだ。愛しいを通り越して、苦しくてたまらないくらいに。メイサの場合は、想いを悠に伝えられるからまだいいが、杏哉は光姫に言えないのでより一層苦しいだろう。早く告白して仕舞えばいいのに。光姫は恋愛感情に疎く、告白されても毎回断ってしまうが、それが、たった三人の親友のうちの一人ならどうだろうか。


(けど…告白して、この関係が壊れたら、って思うと…キツイわよね…。杏哉が告白できないのも分かるのだけれど…。これからも一生、お姉様の側で、この屋敷に支えていくんだし…。)


メイサがそんなことを思っていると、後ろからポン、と肩に何者かの手が触れた。


「あ…さっきはごめん、メイサ…。メイサがその…あんまりにも可愛いものだから…。」


倒れていたはずの悠だった。メイサの愛しい人は、首筋に右手を添えて、少し顔を逸らしながら、メイサにそう告げる。


メイサはそんな彼の様子に対して、心がキュンと縮こまったような錯覚を覚えた。杏哉を祝おうとしているのに、メイサがこんなにも幸せな気分になっても良いのだろうか。申し訳なさを覚え、光姫と杏哉を一瞥する。すると、杏哉が光姫のメイド服を隅々まで眺め、褒め称えていたので、別にこちらも楽しんでいいか、と思い直す。メイド服に対して抵抗を覚えていた光姫も、杏哉に称賛され、まんざらでもなさそうだ。


「悠…。アタシも、今日の悠の服装が格好良すぎて…もう、尊い…。このまま召されそうても後悔はないくらい…。あぁ、でも…やっぱり、もう少し、あなたと一緒に…。」


たった今、これ以上ないほどに充足感を覚えている。しかし、今ここで鬼籍に入ると、それはそれで、悠と共に過ごせる時間を失ってしまう。今すぐに死ぬわけでもないのに、自分でも何を口走っているのかと疑問に思うが…。そんな相反する感情の狭間を行き来していると、両手がギュッと握られ、突然、額に柔らかいものが触れる。数秒後、それが何か分かった時、メイサは顔を茹蛸のように真っ赤にした。本当は少し余韻の残る額に触れたかったが、両手を掴まれているので出来ない。


「ゆ、悠⁉︎ なんで突然…っ。」


額に口付けされた。頭がその行為を理解してから、それが唇でなかったことに若干の寂寞を覚えつつ、狼狽しながら彼に問う。


「いや、その…、ごめん。勝手に…。ただ、どうしようもなく可愛くて…。言葉じゃ言い表せなくて…。でも、僕の前からいなくなるなんて…そんなこと、言わないで。僕はこの先も一生、メイサと道を歩んでいきたい。」


すると、悠はメイサの想像を超えるセリフを言い放ち、さらに身体中が熱を帯びた。


「え、え…。今のって、プロポーズ…。」

「あ、いやっ…そういうつもりでは…。」

「そういうつもりじゃないの? じゃあ、最期までアタシの隣にいてくれないわけ?」

「違っ、そういうわけじゃなくて! もっとちゃんとした時に…っ、」

「あのー…、」


メイサと悠が言い合いをしていると、そこへ別の声が混入してきた。メイサと悠はすぐ近くに他の人がいたことを思い出して我に返り、一斉にそちらを向く。


「…別に細かいことは言いたくないけどさ、人前であからさまにいちゃつくやめてくれる?」


杏哉がおずおずとそう主張する。


「え、え、今の全部見て…、」

「バッチリ見てた。むしろ、お前らに気ぃ取られて光姫様に集中できなかった。」

「それは嘘でしょ。」


狼狽えるメイサに、杏哉は可笑しそうにそう返答する。しかし、メイサは彼の言葉をバッサリ切り捨て、


「アタシ、横目で見てたもの。二人も十分いちゃついてた、オーケー?」

「メイサお前、バカッ。光姫様の前でそんなこと言うなよ。つか、俺ら何もしてないし。光姫様のメイド服の感想述べてただけだし。」


と、杏哉は耳の端を赤く染め、言い返す。悠はやはり、杏哉とメイサの掛け合いは見ていて面白いな、と思いつつ、悠と同じく置き去りにされた光姫の様子を一瞥する。すると、彼女は顎に手を添え、何かを熟考するかのように、難しそうな顔つきをしていた。一体何を考えているのかと、何やらぶつぶつと呟いている。耳をそば立てると、


「メイサさんと悠さん…あれが音に聞くバカップル…。」


と、真面目な顔をして、そんな馬鹿げたことをぼやいていた。


「光姫先輩…。」


悠が羞恥心を抱きながら、光姫に呆れた声を向けると、


「あっ。い、今の聴いてました⁉︎」


と、慌てた様子で顔を夕焼け色に染める。こんな恥ずかしそうな表情をしている光姫を見たのは初めてで、悠は彼女のレアな一面を見て興奮と同時に、居た堪れなさを覚える。


「ちち、違くてですね⁉︎ これまでバカップルって何だろう、って思ってたんですけど、メイサさんと悠さんを見ていたらこの言葉の意味を理解したというか…。」

「何が違うんですかっ⁉︎」


と、真面目な顔をして、そんな馬鹿げたことを言い出す光姫に、悠は突っ込む。締まりがつかなくなったと感じ、メイサはゴホン、と咳を鳴らす。そして、杏哉の前まで歩み寄り、彼の口元に、拳でつくったマイクを近づけた。


「で、改めてどうでした? お姉様のメイド服は?」

「えっ。」


メイサの問いかけに、杏哉はあからさまに動揺した様子で、欲しい返答も返って来ず、あわあわとしている。そんな杏哉に、メイサはさらに追い詰める。


「お姉様、メイド服着るのすごい恥ずかしがってたんだからね。特に猫耳。ちゃんとハッキリ言って。さっき感想述べるの横目に見てた時、肝心な言葉は言ってなかったでしょ。」


メイサがそう言うと、杏哉は心当たりがあったのか、ウッと言葉に詰まる。そして、杏哉は徐に光姫の方へ近づくと、突然、光姫の前で跪き、彼女に手を差し出した。


「光姫様、先程のご無礼をお許しください。未来永劫に、私をあなたのお側でお仕えさせてください。」

「「「⁉︎」」」


三人分の、声にならない衝撃が走る。ポーズからして、メイサは一体何をしでかすのかとヒヤヒヤしていたが、なんとまぁつまらない。光姫がメイド服を着て給仕側になったことで、杏哉は改めて、彼女の側近であることを伝えたかったのだろう。


「えっ…あ、はい…。」


光姫は困惑しながらも、その手を取る。すると、杏哉は彼女の手をぎゅっと握りしめ、顔を上げた。そして、その端正な顔に爽やかな笑顔を浮かべ、口を開く。


「それから、先ほど申し忘れたことが。光姫様、よくお似合いで、とても可愛いです。」


もし相手が面食い女子ならば、この台詞と表情でイチコロだろう。それくらい、今の杏哉はメイサから見ても格好が良かった。無論、悠には敵わないが。


「本当ですか? ふふっ。お世辞だとしても嬉しいです。メイド服を着た甲斐がありましたね。恥ずかしながら、悠さんの提案で、私とメイサさんのメイド服姿が、杏哉さんのお誕生日プレゼントひとつ目ですから。」

「お世辞だなんて。さっきのは心の底からの、嘘偽りない言葉ですよ。ん? …というか、誕生日プレゼント? そういえばさっき、三人から誕生日祝われたような…。え、なんで知って…? てか、光姫様はともかく、メイサのメイド服はまぁ…確かに眼福ではあることは認めるが、別に俺を喜ばせるものでは…。むしろ悠では…?」

「え? 男性の方はみなさん、女子のメイド服がお好きであると、悠さんが仰って…、」

「え。何、光姫様に変なこと吹き込んでんの、悠。」


真顔でそんなふざけた事を言い張る光姫に、目を丸くしながら、杏哉は悠を非難するように見つめる。


「あ、そのっ…。」


悠は非難がましく見つめられ、しどろもどろになりながら、杏哉に耳を寄せた。


「…ごめんなさい、僕が見たかっただけです…。でも…メイサのメイド服、杏哉にとっても目の保養になったでしょ? 筆舌に尽くし難いくらい可愛いよね、マジで。」


謝罪しながらも、愛しの彼女を引き立てるように言葉を付け足した悠。ここで頷くのは釈然としないが、メイサの給仕服も、疑いなく目にして価値のあるものだ。杏哉は渋々といった様子で、徐に頷いた。

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