1告白後
「ただいまー。」「ただいま帰りました。」
男女二人の声が心地良いハーモニーとなって、屋敷の広い玄関に響く。数人の使用が、側近二人の帰りに頭を下げる。左右の使用人の間隙の奥から、
「お帰りなさい。メイサさん、悠さん。」
と、この家の主が天使の微笑みを浮かべながら、メイサと悠を出迎える。
「おかえり、二人とも。楽しかったか?」
光姫の隣で、杏哉もにっこりと笑って尋ねる。その問いに、メイサと悠は顔を見合わせ、
「ええ。」「はい。」
と、満面の笑みを浮かべて返事をする。そうして二人は靴を脱ぎ、廊下へ上がる。
「悠、マフラー巻けたんだな。」
悠が後ろ向きになって靴を揃えていると、耳元でそんな杏哉のささやき声が聞こえる。
「ええ、まぁ…。ていうか、僕のこと馬鹿にしすぎでは? 告白しに行ったんですよ?」
体の向きを変え、悠は少し杏哉を睨みながらそう言う。そして、前にいた女子二人が歩き出したので、男子二人もその後を追いながら、話し続ける。
「お前から告れたの?」
「…そういう予定だったでしょう。」
「いやでも、なんだかんだいって、メイサがリードしていくと思ったんだけど。」
なかなかに厳しい杏哉である。確かに、悠が『メイサに好意を寄せられている』という事実を知らない並行世界では、思い切りメイサに主導権を握られていたのは真実だ。メイサが未来予知を行わずにこの日を迎えた世界戦では、悠が告白しようと思い切れたことすら奇跡である。
悠も気を引き締めなければ、そんな格好悪い事態になっていた自覚があり、ギクッと肩を震わした。そして、咳払いをして仕切り直す。
「そ、そんなわけないでしょう。ちゃんと僕から交際も申し込んだし、その後キ……いえ、最後のは気にしないでください。」
「は? 〝キ〟って何?」
「あー、あー、忘れてっ。忘れてください!」
口が滑り、慌てて否定すると、杏哉は暫時の間、眉を顰めて首を傾げていたが、突然、頭の上で電球が光ったかのように、ハッとした顔つきになった。そして、疑うような瞳を悠に向け、恐る恐る、といった口調で、ある程度の確信を持ちながらも悠に確認をする。
「……まさか、したの?」
「…そのいかがわしい言い方はやめてもらえます? よからぬことを想像しかねません。…けどまぁ……杏哉先輩の思っているであろう行為は、しました。」
「お前から?」
「……はい。」
杏哉は瞠目しながら悠に質問を重ねた。悠は決まり悪くなって顔を逸らすが、杏哉からは、彼の右耳が赤くなっているのがバッチリと見えていた。
「へぇ…。お前、案外やるなぁ。」
「あからさまにニヤニヤしないでください。案外って…。まぁ、否定はしませんけど。」
「しないんだ。」
悠の言葉に、杏哉はクスクスと笑う。馬鹿にされてる気がして悠はムッと頬を膨らませた。
「他は? 何かあった?」
「何か…と言われましても…。う〜ん、あ。メイサ先…いえ、メイサから『これからはタメ口で話して』と言われました。」
「えっ。」
悠が思い出して口に出すと、杏哉は何故か驚嘆の声をあげ、固まった。そして、これまたどういう理由なのか、杏哉は唇をつぐみ、眉を顰める。
「どうかしました?」
「…いや、単純にメイサが羨ましいと思って。俺もこれからタメ語で話してくれよ。」
予想外の杏哉の台詞に、今度は悠が硬直する番だった。思わず、歩いてた足が止まった。
「いいんですか?」
「なんでダメなんだよ。俺から頼んでんのに。てか俺たち、もう家族みたいなもんだろ。」
杏哉の発した〝家族〟という単語に、悠は目を見開いた後、にっこりと微笑んだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて…なんですかね? まぁ、じゃあ改めて。よろしく、杏哉。」
「ああ。よろしくな、悠。」
杏哉が右手を差し出し、悠もその手に右手を重ねた。二人は視線を交わし、両者ともくすぐったそうに笑う。そして杏哉と悠は、少し先で待っているメイサと光姫の元へと駆けた。




