22未来予知と異なる告白
「ねぇ、なんか言ってよ、悠。こういう時は、男から言うものでしょう?」
その声と同時に、悠の両頬が温かく柔らかいものに包まれ、顔の角度が強制的に変えられた。そういえば、メイサはマフラーはしてこなかったが、手袋はしていたことを思い出す。
「悠?」
悠の顔は今、メイサの手によって固定されており、動かすことができない。だが、メイサは顔の角度を変えられる。悠から目を逸らせる。そんなの不公平だ。
「…っ、悠?」
悠はメイサと同じように、メイサの両頬を包み込んだ。すると、メイサは目を丸くし、同時にビクッと肩を震わせる。
「あっ、ごめんなさい。僕の手、冷たかったですよね。」
慌てて手を離そうとすると、メイサがゆっくりと、左右に首を振った。これでお互い、顔を逸らすことができない。お互い、顔が真っ赤なことも丸わかりだ。
(あれ、アタシが見た未来予知では、こんな風に告白されるんじゃなかったわよね…?)
いつの間にか、どこかで未来が変わっていたらしい。だが、無事に告白されるならば、それがどのようなシチュエーションであったとしても構わない。メイサは瞳を閉じて、まだ告白されていないにも関わらず、無事に告白される安心感から幸せに浸っていると、顔に生暖かい風が当たった。メイサが目を開くと、
「ゆ、悠っ⁉︎ な、何して⁉︎」
眼前には、悠のドアップがあった。慌てて体を逸らそうとするが、顔が固定されているため、動かせない。包み込むような柔らかい仕草なのに、がっしりと固定されている。
「僕はメイサ先輩が好きです。」
至近距離から暖かい吐息と共に、いつもと異なる、彼の少し掠れた艶やかな声が間近で聞こえる。メイサは今すぐにでも顔を逸らしたかったが、それが叶わない。絶対に今、メイサの顔はこれ以上ないほどに真っ赤になっている。なんという拷問か。
「初めて出会った時は、強引な人だと勘違いしていて、あなたのことが苦手でした。けれどその後、実は人を気遣える優しい人だって分かって、あなたのことが気になり始めました。よく僕と一緒にいて、僕を揶揄って笑ってくれて、僕はとても楽しかった。僕はメイサ先輩の、その笑顔が好きだ。コミュニケーションを取るのは得意でも、不器用なところも好き。僕はあなたといて、とても楽しい。」
悠はそのように、真剣な瞳でメイサを見つめ、メイサの好きなところを語った。
「だから、メイサ先輩。僕と、お付き合いしてください。」
その言葉が耳に届いた直後、メイサの唇に、生暖かい息と、何か柔らかいのものが触れた。
一瞬で唇は離れ、それと同時に、悠の手もメイサの頬から離れた。そして、悠は正面から、真面目な顔つきで、メイサを見つめ、
「もう一度言います。メイサ先輩、僕と付き合ってください。」
と、再び交際を申し込んだ。
(…信じられない。何よこれ、未来予知で見たのと全然違うじゃない。未来予知では、絶対アタシがリードしないといけない感じだったじゃない! けど、けど…っ、何なのよ! これは…! 完全に悠が主導権握ってて、そんで、さっきアタシに…キス、まで…!)
「…ええ。アタシも……悠が好き。だから、その、ぜひ…付き合って、ください…。」
メイサは自分でも柄にも合わないと思いながら、悠の告白に、顔を真っ赤にして自分の足元を見ながら、静かに頷いた。
「やった…。信じられない。僕が、メイサ先輩と…!」
寸刻の静寂の後、悠が喜びを噛み締めるようにそう呟いた。それを聞き、メイサはまだ頬を紅潮させながら、彼にジト目を向ける。
「信じられないなんて、どの口が。さっきアタシにキスしてきた癖に。」
「いやっ、あれは、なんというか、勢いで…。すみません、本当に…。」
すると、悠はさっきの堂々とした態度はどこへやら、たじたじになって弁解を始めた。
「ねぇ悠。キス、もう一回、お願いできる?」
「え…? 嫌じゃなかったんですか…?」
悠の弁解の途中で、メイサが割り込んでそうお願いすると、悠はピタッと動きを止め、恐る恐る、といった口調でメイサにそう尋ねる。
「なんで嫌がるわけ。アタシも悠が好きなのよ。嫌だなんて…嬉しいに決まってるわ。だってほら、さっきは急すぎて、全然感触を味わえなかったというか。」
「か、感触…っ。」
メイサは開き直り、素直に悠が好きだと伝え、そしてキスの感触をもう一度じっくり味わいたい、と意思を伝えると、悠は途端に顔を真っ赤に染めた。
「いいから、早く。」
それを見て、メイサも〝もらい泣き〟ならぬ〝もらい照れ〟をし、悠を急かす。
「…は、はい…。あ、その前に、少し待ってください。」
すると、悠は自分の首に巻いていた赤いマフラーを解き、メイサに巻き直した。
「え、何で。」
「…いえ、杏哉先輩に、こうしろと教えられたので…。」
メイサは自分の胸が高鳴るのを感じたが、即座にネタバラシされ、少しがっかりした。そして、その気持ちを悠にぶつけるように、こう言い返す。
「…アタシ、寒いなんて一言も言ってないわ。」
「えっ、あ…すみません。」
メイサが悠に呆れた瞳を向けると、悠はマフラーを解こうと、メイサに手を伸ばす。
「解けとも言ってない。」
しかし、メイサは伸びてきた悠の手を払いのける。そして宙に浮いた彼の手を掴むと、自分に引き寄せた。お互いの距離が狭まり、メイサは悠の背中に腕を回した。それにより、体が隙間なく密着する。
「…こっちの方が、あったかいわ。」
メイサはそう呟き、戸惑って宙に浮かんでいる悠の手を自分の背中に回させる。メイサは悠の胸に自分の顔を埋め、しばらくの間、二人は一言もかわさずに抱きしめ合っていた。お互いに、ずっとこのままでいたい、と本気で思った。十二月の夜だというのに、寒さなんて全く感じず、ただお互いの体温しか感じ得なかった。
しばらくして、メイサは顔を上げ、悠の顔に自分の顔を近づけた。
「さっきの続き。悠、もう一回キスして。」
メイサは艶やかに微笑み、悠にキスを要求する。悠は彼女の意のまま、先ほどと同じように、瞳を瞑るメイサにゆっくりと顔を近づけていき、彼女の桜色の唇に自分の唇を重ねた。
「っ⁉︎」
そうして先ほどと同じように、悠が一瞬で唇を離そうとすると、メイサは悠の頭に腕を持っていき、離さない、と主張するように悠を抱きしめた。悠はメイサが離れないことが分かると、同じように腕をメイサの頭の後ろに回した。
そうして、十秒ほど経ち、二人は自然と唇を離した。呼吸できていなかったために、互いに息が荒い。
「悠。アタシ、今すごく幸せ。」
呼吸が整うと、メイサはそう言って、悠に微笑みかけた。
「僕もです。」
悠もメイサと同じように彼女に微笑みを返す。
「あ、そうだ悠。これからはアタシと話す時、敬語はやめて。」
「え。」
「付き合ってるのに〝メイサ先輩〟って、なんかよそよそしいじゃない。」
「そんなことないと思いますが…。まぁ、メイサ先輩が望むなら、これからタメ語で話ます。えっと…メイサ、でいいのかな?」
メイサの要求に応え、悠は違和感を感じながらも、メイサへの呼び方と口調を変える。
「…っ、いきなり呼び捨て…っ。」
すると、メイサはくるっと悠に背を向け、絞り出すようにそう言う。
「あっ、嫌だった…?」
恐る恐る尋ねると、メイサは先ほどと同じようにくるっと体の向きを変え、人差し指をビシッと悠に突き刺した。その顔はホオズキのように赤い。
「なんでそうなるの。キュンとしただけ。そこら辺理解してよね。」
「…は、はぁ。」
理不尽な言いがかりに、悠は納得のいかない表情で、曖昧に首肯した。




