21プレゼント交換
レストランを後にし、三人は再び車へ乗り込んだ。目的地の高台へは、約三十分かかる。都会から少し離れ、坂道を登って行くのだ。
メイサが隣に腰掛ける悠の方を一瞥すると、彼は窓の外を眺めていた。よく見ると、体全身が震えているように見える。これから告白するのだから、緊張するのは分かるが、体全体震える、とまでいくと、逆にどこか具合が悪いのではないか、と心配になってくる。メイサもメイサで、これから告白されると思うと今更ながら緊張して、悠とは一言も言葉を交わさずに、高台へ到着した。
メイサが未来予知で見た通り、そこには特にこれといったものはなく、周囲にはアベリアやケヤキが植えてある広場だった。高台の入り口から少し進んだ、前方が開けた場所に木製ベンチが置かれており、そこからは屹立する数多の超高層ビルがよく見えることだろう。
「悠、行こう。」
未来予知でその光景は一度見ているが、あのような景色は、何度見ても飽きることはないと思われる。メイサは光り輝くあの絶景の見たさから、躊躇わずに悠の手を引いて、ベンチへと走った。
「わぁ〜!」
前回見た時は、この、なんともロマンチックな光景に対し、感嘆の声どころか、声一つ発することが叶わなかった。すっかり暗くなった空にはほんの少しだけ欠けた月が浮かび、見下ろせばあちこちで大都会の街の光が煌々と輝くこの絶景。車のヘッドライトが鮮やかな流れとなって街から街へと流れ、あちらこちらに赤と緑の装飾がのぞいている。
「そうだ悠、アタシ、悠に渡したいものがあるの。」
メイサはベンチに腰掛け、リュックをおろして中身を漁った。葵仕込みのクリスマスプレゼントを掴み、隣に腰掛けた悠へと手を伸ばす。
「悠、メリークリスマス。アタシからのクリスマスプレゼントよ。」
「えっ、あ、ありがとうございます!」
悠は予想もしていなかったらしく、寸刻の間、瞠目した後、花が咲いたような満面の笑みで受け取った。
「ジンジャークッキー! メイサ先輩の手作りですか? とっても上手ですね。売り物みたいだ。特にこの、お花の模様が、細かくてとても難しそうです。僕のために、どうもありがとうございます。」
悠は数枚のクッキーの柄を、中の見えている透明な袋の上から眺め、感想を言った。
「ありがとう。喜んでもらえて嬉しいわ。」
自分の作ったものを褒められ、メイサは素直に嬉しく思い、お礼を伝えた。
「帰ってから味わって食べますね。」
「ふふ、味わうってほど、普通のクッキーと変わらないわよ。見た目にこだわったから。」
「普通のクッキーと同じなわけがありません。メイサ先輩が僕のために作ってくれたクッキーです。市販のものの何倍の美味しいに決まっています。」
悠の台詞に、メイサが苦笑しながら突っ込むと、悠は真面目な顔でそんなことを言う。メイサは思わず伏し目がちになり、
「…そ、そう。じゃあ、食べたらまた、感想教えてくれる?」
と、おろした髪を指先でくるくると巻きながら、そう頼んだ。
「もちろんです。」
すると、悠は何を当たり前のことを、という風な表情で、こくりと頷いた。
「あの、メイサ先輩のような、こんな凄い代物ではありませんが…僕からも、一応クリスマスプレゼントがあります。どうぞ。」
悠はそう言って、カバンから取り出した、包装紙に包まれた物をメイサに手渡した。
「…これは?」
「開けてみてください。」
悠の言葉を受け、メイサが包み紙を剥がすと、現れた物は――。
「…リボン?」
箱を開けると、そこから出てきたのは、二つの髪飾りのリボン。淡いピンクの生地の上が同じく薄い桜色のレースで覆われた、小さめのリボン。リボンの長い部分が、リボンの本体の五倍の、約三十センチほどの長さがあり、異常に長いことから、この部分を編み込みにするように作られたリボンだと思われる。
「はい。メイサ先輩はいつも二つ結びをしているので…。」
悠の方を見ると、彼はメイサから視線を逸らし、頬を赤く染めていた。女性へのアクセサリーを選び、それを贈った事が面映いのだろう。辺りは暗いが、街灯が二人を照らしているため、お互いがよく見える。メイサは悠からもらったプレゼントを胸に抱いた。
「ありがとう。すっごく可愛い。大切にする。…そうだわ。悠、今、アタシにつけてよ。」
「えっ…。せっかくおろしてきたのに?」
メイサが悠にお願いすると、悠は少し残念そうな、けれども嬉しそうな、二つの感情を混ぜ合わせた表情をしていた。
「せっかくも何も、悠がくれたプレゼント、すぐにつけたいもの。」
メイサはそう言って、箱からリボンを取り出し、悠に差し出した。
「ぼ、僕、髪なんて結べませんよ。」
「じゃあ、ツインテじゃなくて、ポニテでいいわ。そっちの方が簡単でしょ?」
「…まぁ、多少は。」
それでも難関ですよ、とぶつぶつ呟きながらも、悠はメイサの手からリボンを受け取り、メイサの後ろに移動した。そして、丁寧な手つきでメイサの髪を梳いていく。悠に髪を触られ、メイサは妙に心臓が高鳴った。
「…一応、結べました。どう、ですか?」
メイサが胸の高鳴りを抑えようと、深呼吸を繰り返していると、悠がメイサの髪をポニーテールに結び終えたようで、メイサに確認を求めた。メイサは感心して、自分の髪を触る。
(凄い。アタシ、編み込みにしてって頼んでないのに、ちゃんとリボンの紐の部分を入れて、三つ編みしてる。)
頭のてっぺんの方を触っても、目立って髪が凸凹している部分はない。
「え〜! 悠、めっちゃ上手じゃない! 手櫛でよくここまで上手く結べるわね。男子のくせに。」
「あ…ちゃんと〝男子〟って言ってくれるんですね。よかった。前は〝女子〟だから当たり前、みたいなこと言って揶揄ってきたのに。」
何気なく、メイサが悠を褒めたのちに一言付け足すと、悠はわずかに目を見開いた後、クスクスと笑った。
(言われてみれば、確かに…。最近のアタシ、悠のこと〝異性〟として見てたからな…。)
指摘され、メイサはカーッと顔が熱くなった。が、悠にはその意味が伝わらないようで、
「メイサ先輩? どうしました?」
と、本気で分からない、という風に、メイサを心配した。
メイサが言い返す言葉を選んでいると、
「そういえば、言い忘れてましたが。そのリボン、やっぱり僕の思った通り、メイサ先輩にとてもよく似合っていますね。可愛いです。」
悠はさらにメイサの顔を沸騰させるような発言をした。それが彼の素、というのもタチが悪い。本人には、メイサを照れさせている、という自覚が全くもってないのだ。
(あぁもう、これだから悠は…!)
「あのね、悠。」
「はい?」
「そういうこと、平気な顔して言わないでよね。」
メイサは顔を真っ赤にして、メイサの隣に戻ってきた悠に向けて抗議する。
「そういうことって?」
それでも、悠には心当たりがないようで、首を傾げる。
「だからもうっ、じゃあ、アタシから仕返しよ。」
「仕返し?」
メイサがビシッと人差し指を悠に向け、息を大きく吸って叫ぶ。
「アタシは、悠がかっこいいと思う! 今日の服装、いつもに増して悠がかっこよく見えて、アタシ、思わずへたり込んじゃったんだから!」
「は、はい⁉︎」
メイサの言葉に、悠は途端に顔を茹蛸のように真っ赤にし、後方に退いた。
「いい? 分かった? 悠はね、今みたいなこと、無意識のうちにしょっちゅうアタシに言ってたのよ。言われる側の気持ちになってみなさい。」
メイサは先ほど恥ずかしいことを言ったのを誤魔化すように、早口でそう捲し立てる。
「え、あ、はい…。」
悠はなぜか責められていることに疑問に思いつつ、素直に首肯した。
「…というかさっき、メイサ先輩、僕のことかっこいいって…。」
のちに、冷静になった悠は、先ほどのメイサのセリフを頭の中で思い浮かべる。
「…そうよ。かっこいいわよ。」
「それって…。」
「それを、アタシに言わせる? 自分も同じ気持ちなのに?」
「えっ…。」
悠の方も、メイサが自分に好意を寄せている、ということは杏哉から話されていたために知ってはいた。だが、それが真実かどうかは確かめようがなかった。
(メイサ先輩、本当に、僕のこと…。)
メイサは確かに、悠と同じ気持ち、と言った。つまり彼女の方も、悠の気持ちに気づいていた、ということか。それが今更ながら恥ずかしく、悠はメイサから顔を逸らした。