20高級レストランで
「おかえりなさいませ。メイサ様、悠様。」
島光さんは護衛たちに加わってメイサたちを見守っていたらしいが、約束通り、帰ってくるまでに車へ戻っていた。
(よく考えたら、アタシが気絶してる悠にキスしようとしてたの、護衛の人たちに見られてたわけ?)
車に乗り込み、レストランへ向けて出発したメイサ達。しばらく悠や島光さんと雑談をした後、ふとメイサはその可能性に気づく。光姫にあれだけ護衛をつけて絶対に二人の安全を保証する、と言われたのだ。こんなところでハンターに出会う可能性なんて低いだろうに。そのため、当主から命令された護衛が、一瞬の隙もメイサ達から目を離しているはずがない。絶対に見られている。護衛はみな大人なので、子供のメイサたちを温かい目で見守られていたのかと思うと、恥ずかしさでいたたまれない。メイサは顔から火が出る思いがして、両手で自分の顔を覆った。
「メイサ先輩? どうかしました?」
すると、隣に座っている悠が心配そうな口調でそう尋ねてくる。
「いえ…なんでもないわ。大丈夫。」
「そうですか。メイサ先輩、もう少しで着きますよ。」
悠の言葉に、メイサは顔を上げた。すると眼前に、パッと見、五十階ほどありそうな超高層ビルが屹立していた。その他にも高層ビルが立ち並び、あちこちから光が溢れている。クリスマスイブなので、この時間帯になると、もちろん家族連れも多いが、当然というべきか、道中はカップルで溢れていた。水族館&遊園地が融合した施設は割と都会から離れた場所にあったが、ここは思い切り都会、それもど真ん中、という感じだ。
「ねぇ悠、アタシ達本当に、ここで食事するのよね?」
「…その予定ですね。」
島光さんの運転する車は、高層ビルの地下駐車場へ入っていく。中学生風情であるメイサや悠が、こんな場所へ立ち居行っていいのか、という疑惑が、今更ながら念頭に浮かんだ。
「普通は中学生同士のデートって、ファミレスとか行くものよね…。」
「そういう知識に疎い僕ですら、これは大幅に、チョイスを間違えていると分かります。光姫先輩のおすすめのレストランとお聞きしましたが…。」
実はこのレストランを経営する従業員はみな、能力者なのだ。そのために、光姫はここをよく利用しているらしい。実は能力者だけに向けた貸切の日もあるらしいが、普段は無能力者へ向けて営業している。
「このビルの最上階にあるレストランを、アタシたちだけで貸切って…なんだか想像しただけで身震いがするわ…。」
そしてさらに、今日はそんな超高層ビルの最上階・五十階にある高級レストランを、たった二人で貸切にしているのだ。もちろん、予約を取ったのは光姫。当主のお望みならばと、守光神家を慕うオーナーの彼は、快く受け入れてくれたらしい。
「ようこそいらっしゃいました。月輪メイサ様、水氣悠様、島光芳樹様。」
島光さんと共にエレベーターに乗り、最上階へやってきた三人は、レストランに入ってすぐさま、オーナーに出迎えられていた。本来ならば、メイサと悠のみの予約だったのだが、子供二人だけだと心配になり、島光さんも護衛としてではなく、保護者として同行してもらうことにした。
案内された席に着くと、そこはすぐ近くから、うっとりするような、煌めく都会ならではの圧巻の夜景が見渡せる、なんとも贅沢な席だった。
メニューは予約する際に決めており、すぐに三人分の料理が運ばれてきた。色とりどりの料理に、メイサや悠、島光さんまでもが目を輝かせる。ライブキッチンは国産牛のローストビーフ、トリュフ香る濃厚チーズパスタ。冷製料理に、サラダ、スモークサーモン、お寿司など。温製料理はホタテとアボカドのウニグラタンに、松茸の茶碗蒸し、牛スジとトマトのカレー、さつまいものポタージュスープなど。デザートにはショコラケーキ、パンナコッタ、抹茶とマロンのタルトレットなど、しがない中学生には、あまりにも豪華すぎるメニューだった。
三人で他愛もない話を交わしながら、夕食を残さず完食し、デザートを食べ始めた三人。
メイサが黒イチジクとアーモンドクリームで焼き上げた、フランスの伝統菓子、タルトフィグに手を伸ばしていると、
「…懐かしいですね。私の娘も、六年前、メイサ様と同じ年齢の時に、ここで美味しそうにタルトフィグを食べていました。その時は、光姫様とご一緒して、私も妻と娘を連れてここに来ていたんです。」
ふと、思い出したように穏やかな瞳で、島光さんがそう語った。
「葵が?」
「ええ。近頃、娘と仲良くしていただいているそうですね。ありがとうございます。」
「そんな。アタシの方こそ…。」
島光さんに頭を下げられ、メイサは辿々しくないながら、両手を胸の前で振った。そういえば、島光さんの口から葵のことを聞くのは初めてだ。
「メイサ様と相性が良かったようで何よりです。娘は、合わない人にはとことん合いませんから。早口は仕方ないにしても、そろそろ、他人と話すときも〝パパ〟〝ママ〟と呼ぶのはやめて欲しいものです。」
島光さんはそう言って嘆息を漏らす。しかしその言動とは裏腹に、愛しい娘を思い浮かべてか、いつもに増して柔らかく、温かい顔つきをしていた。
思えば、島光さんも菊乃さんも、両親二人とも穏やかで大人しい性格なのに、二人の愛の結晶である彼女は何故ゆえ、あのような真逆な性格になったのだろうか。すると、メイサの心の中を読んだかのように、島光さんは言った。
「葵のあの性格は、彼女の叔母由来のものなんです。葵は彼女をとても慕っていて、葵にとって、歳の離れた姉のような存在なのでしょうね。」
「なるほど…。」
一度だけ葵の叔母を見たことがあるが、確かに彼女からは、葵と同じような溌剌とした雰囲気を感じられた。その後も少し、島光さんから葵について色々教えてもらった後、
「さて、そろそろ時間なのではないでしょうか。」
と、島光さんの方から話が打ち切られた。時計を見ると、八時半を過ぎた頃だった。何の時間かは、言うまでもない。悠の告白タイムだ。
島光さんは高台までメイサたちを送ってもらうことをお願いし、そこで何をするかまでは伝えていないはずだが、あの様子だと、彼も勘づいているようだった。




