1約束
『今朝のヘッドラインです。昨日正午、新たに開発した〝能力封印水〟により、能力者の半数が捕まりました。水をふりかけるだけで能力を封印できるという優れものです。これを使えば、多くの能力者を捕らえることができ、街の平和は保たれるでしょう。そしてテロの中心人物である守光神照光容疑者は、能力者の最高責任者は不在であると主張を続けています。』
光姫がリビングで朝食をとっていると、眼前のテレビでそんなニュースが流れた。戦いのことがニュースに取り上げられるのは何ヶ月ぶりだろうか。
思わず目を奪われ、手に持っていた食パンをぽとりと落とす。
「あっ。」
光姫は慌ててパンを持ち直した。すると、その様子を見ていた明光さんが、光姫を落ちつかせるように、平生に増して穏やかな口調で、けれども力強く言った。
「大丈夫ですよ、光姫様。照光様はお強いです。新たな道具がなんですか! 人工物が、能力という、神々に与えられた自然の力に勝てっこありません。きっと、照光様は、私たちを勝利に導いてくれるでしょう。」
「そう、ですよね…。」
光姫は明光さんの笑顔に安心して、少しだけ緊張が緩んだ。
「ありがとう、明光さん。」
光姫が笑顔を見せると、明光さんはホッとしたような表情を浮かべた。
その後、光姫は島光さんにいつも通り車で学校の近くまで送ってもらい、車を降りた。
(そうだわ、今日はこのまま、メイサさんのところに行きましょう。)
光姫は校門をくぐり中学棟の下駄箱で上靴に履き替えると、光姫の学年、つまりは三年生がいる三階ではなく、二年生のいる二階へ向かった。一階下のフロアに足を踏み入れると、廊下にいた二年生たちが光姫を見て、目を丸くして固まった。そして、あちこちで光姫の存在について囁き始める。
「えっ、あれって、守光神 光姫さん⁉︎」
「え⁉︎ 三年生の、学校一の美人って言われてるあの有名人? うわー…本当にすごい、何あの美貌。でも、なんで二年生の階に?」
「部活の後輩に用事とか? あ、でも、守光神さんって部活入ってないんだっけ。」
さすがは、学校一の美人、かつ秀才。どの学年でも、光姫は有名人だ。部活に入っていないことさえも知られているとは。
光姫は自分のことが囁かれていると気づきながらも、全く反応せずに目的の場所へ向かう。
「すみません…わっ!」
二年三組の教室の前に止まり、ドアを開けようとした時だった。ドアが内側から勢いよく開き、中から誰かが飛び出てきた。そして、そのまま光姫に抱きつく。
「お姉様!」
「め、メイサさん!」
光姫はどうしたらいいのかわからず、メイサに抱かれたまま、フリーズした。今まで親族以外に抱かれたことなんてない。その状態のまま数秒が経過して、光姫はとある疑問を抱いた。
「ど、どうして私が来ることがわかったのです?」
メイサはそう聞かれることを待っていたかのように、ニヤリと笑った。そして、光姫の耳元で、小声で言う。
「実はね、予知したの。」
それを聞いて、光姫は目を丸くする。そして、少し強い口調で言った。
「えっ、ダメですよ。強いエネルギーが出て、能力者ハンターの装置に反応してしまいます!」
すると、メイサはそう言われることを予想していたのか、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「その心配はいらないわ。予知って、近い未来ほど、能力を使ったことによって生まれるエネルギーが少ないの。今のは十秒後の未来を予知したのよ。十秒間以内の未来だったら、そこそこの頻度で日常的に予知してる。けれどお姉様は、普段から感じてるエネルギーが強くなったことには気づいてないでしょ?」
光姫は能力者の中でも強い力を持つ家系なので、メイサが能力を使わなくとも、その存在自体からエネルギーを感じ取ることができる。だが、その力が能力を使ったとわかるほどに強くなったことは、確かに一度もない。
「そういえば、そうですね…。それじゃあ、昨日の、能力者ハンターが学校にやってくるのは、わりと遠い未来だった、ということでしょうか?」
「うーん…そうともいえないわね。明後日でも、アタシの調子の悪さによっては、あれ位の強さになることもあるから。」
「そうですか…。とりあえず、今日ではないことは確かなんですね…。」
少し視点を変え、二人がコソコソと囁き合っている中、二人の様子を見ていた周りの二年生の反応はというと。
「えっ、なんで守光神さんがメイサのところに?」
「てか、さっきのメイサ見た? いつもと全然違うんだけど。すごい甘えん坊になってた。」
「お姉様って言ってなかった? もしかして、なんか親戚だったりして?」
などなど、色々な疑問が飛び交っていた。
キーンコーン カーンコーン
予鈴が鳴り、廊下にいた二年生たちはみんな、自分の教室に戻っていった。
「ねぇ、お姉様。昼休み、中庭に来てくれないかしら。話したいことがあるの。時間は…一時で大丈夫?」
「一時に、昼休みに中庭へ? わかりました。」
わざわざ中庭という、人目のつかない場所へ集まるということは、能力者関係のことだろう。だが、それは一体何なのか。本当は詳しく聞きたかったが、予鈴から本鈴までは五分しかないので、そんな時間はなかった。
教室に遅刻ぎりぎりで入ってきた光姫を見て、教室内がざわめいた。普段、光姫はクラスで一番早く登校してくるのだ。こんな遅刻ぎりぎりの時間にやってきたら、驚くのも無理はない。実際には、登校したのはいつもと変わらぬ時間だったのだが。
「ね、光姫ちゃん。今日は一体どうしたの? 珍しく遅かったね。明日は雪でも降るんじゃないかと思ったよ。」
朝のホームルームと一限目の五分間の休み時間に、白城さんは後ろを振り向いて、告げ口するようにこっそりと尋ねた。この休み時間はあくまでも、教科書を用意して本鈴が鳴った後、きっちりと始められるようにするための時間である。そのため、先生はすでに教卓に立っているので、生徒は立ち歩いたり大きな声で喋ることができないのだ。
「いえ、登校時間はいつも通りでした。ただ、一年生の教室に行っていたので遅くなってしまい…、」
「え⁉︎ 一年生の教室に行ってたの⁉︎ あっ、昨日話してくれた子! そういえば、私、まだその子の話、一切聞いてないよ! 昨日、光姫ちゃんに逃げられちゃって…、あっ…。」
光姫が最後まで話し終える前に、白城さんが目を爛々と輝かせて食いついた。思わず大きな声を出してしまったため、周りから注目を浴びる。先生も一瞥したが、彼女が優等生なだけにスルーされた。これが問題児なら、騒ぐな、と釘を刺されていたことだろう。
我に返った白城さんは途中で話をやめる。そして、その後すぐにチャイムが鳴り、質問攻めは次の二十分休みに持ち越された。