17水族館
「到着いたしました。どうぞお降りください。」
車が停車し、島光さんが運転席から振り返る。そして、島光さんが前で操作したのであろう、後ろのドアが自動で開き、悠とメイサはそれぞれ地上に足をつけた。
「島光さん、アタシたちが遊んでいる間、あなたはどこにいるんですか?」
「私は護衛に混じって、お二人を見守っていますよ。レストランへ食事をしに、ここへ帰ってくる時には、私も戻っているようにしますので。」
つまり島光さんもついてくるということか。そういえば、その〝護衛〟というのはどこにいるのか。そんなメイサの疑問を察したのか、
「護衛の者ですか? どのようについてきたかは私も存じませんが、彼らはお二人が行った後、この車の前で合流する約束です。」
と、説明してくれた。つまり、メイサらがここにいる限り、彼らは姿を現さない、ということか。邪魔をしない、言い換えれば姿を見せないことが前提で護衛をつけてもらったので、それは当然か。
「じゃあ悠、早速行きましょうよ。」
メイサたちが遊びに行かないことには、何も進まない。そう考え、メイサは悠にそう呼びかける。そして、少しためらってから、えいっ、と思い切って悠の手を掴み、返事を待たずに入口目指して進んでいく。
入口でそれぞれチケットを購入し、中へ進む。中へ入ると、クリスマスということもあり、家族連れ、カップルがたくさんいた。人混みを進み、メイサと悠を一番初めに出迎えたのは、辺り一面に広がる、巨大な水槽。中には種々多様な魚たちが泳いでいる。二人は思わず水槽に駆け寄り、中の魚たちをじっと見つめた。
「あ…エイだわ。あの尻尾に毒があるのよね。」
「アカエイですね。エイの毒針で刺されると、嘔吐や痙攣、呼吸困難などの症状を引き起こします。」
「悠ってほんと、物知りね。」
メイサが感心しながら、隣の悠を見上げると。博識な彼は、まるで幼い子供のように瞳をキラキラと輝かせ、水槽を見つめていた。そのギャップに、メイサは思わずクスッと笑みをこぼす。
「? 何で笑っているんです?」
「なんでもないわ。あっ、ちっちゃいサメ!」
「ホシザメです。味にクセがないので、サメの中で最も美味しいと言われています。」
メイサが全長約一メートルの、体の側面に白い星の様な斑点がついた小さなサメを指さすと、悠はすかさず解説を加えた。
「…美味しい?」
水族館にやってきたのに、なぜ魚を食べる話をするのか。
「ええ。新鮮なものは刺身に、かまぼこやはんぺんなどの練り物に加工して食べることも可能です。まぁ、僕は食べたことないですけどね。」
しかも、調理法を聞いていると、聞いていると眼前のホシザメが美味しそうに見えてくるので、メイサは慌ててブンブンと首を横に振った。
その後も、クラゲを見に行けばクラゲは実はプランクトンの仲間であるとか、イルカショーに行けばイルカの子供は尾びれから生まれてくるだとか、様々な知識を披露した。
また、悠は一つの水槽を見ている時間が、とてつもなく長い。メイサはパッと見てすぐに通り過ぎるタイプだが、悠は魚一匹ずつを舐めるようにじっと見つめる。つまり何が言いたいかというと。
(本当にデートに来ているのか、分からなくなってくるわね…。なんというか、専属のガイドが解説してくれてるみたい…。いや、それにしてはガイドが魚をじっと見てるのはおかしいか…。じゃあ、一体何なんだ、これは…?)
よちよちと歩くペンギンを見つめながら、メイサは頭を抱えた。あんなに楽しみにしていたクリスマスデートなのに、このままではただただ解説を受け続け、悠が次の魚へ進むのを待ち続けて一日が終わってしまう。
(ううん。この後遊園地にも行くんだから、そこでアタシが引っ張ってけばだけのいい話。)
メイサはそう思い改め、ぼうっとペンギンを見つめた。あの容姿といい、あの歩き方といい、なんと愛らしいことか。その時、隣の大学生くらいと思えるカップルが、ペンギンの被り物をしていることに気づく。
(可愛い…! アタシも悠とお揃いで被りたい…!)
どうやら、向こうのお土産ショップで売っているようだ。メイサは悠に声をかけ、お土産売り場に行こうと思い、悠の肩に手を伸ばしかけたが、寸前でやめた。
(ペンギン見るのに集中してるみたいだし、ちょっとくらい、いなくなっても気づかないかな。よし、二人分買ってきて驚かせちゃお!)
メイサはそう考え、悠に知らせず、一人でお土産ショップへ足を運ぶ。
一方、それを知らない悠は、しばらくしてペンギンから目を逸らした時、隣にいるはずのメイサがいないことに気づいた。
「め、メイサ先輩っ⁉︎」
悠は慌てて彼女の名を何度も呼ぶが、返事はない。まさかはぐれたのか。途端に、悠の頭は真っ白になる。この人の多さで、彼女をすぐに見つけるのは困難だろう。一体どうすれば――。そこで悠は一旦冷静になり、二人ともスマホを所持していたことを思い出す。雑踏をかき分け、悠は人の少ない樹木の下まで歩く。そうして、メイサに『今どこにいますか?』というメッセージを送ろうとした時、
「えいっ!」
聞き覚えしかない声と同時に、悠の視界が真っ暗になった。後ろから何かを被せられたようだ。悠はひとまず、彼女の声を聞いて安心する。
「え…?」
そして、悠は被せられたものを剥ぎ取って見てみると、それは帽子だった。
「ペンギン帽…。」
「そう! アタシとお揃い!」
悠がそう呟くと、後ろからメイサがひょっこり登場する。彼女の頭には、悠と同じペンギンの帽子が乗っている。
「可愛い…。」
思わず呟く悠。ペンギン帽子を被って、天真爛漫な笑顔を浮かべるメイサの姿を瞳に映し、その一言が溢れないはずがない。途端に、眼前のメイサの頬が赤く染まっていく。
「ちょ、ちょっと悠…。そんなどストレートに言われたら…アタシだって照れるわよ…。」
そんな、照れた彼女の姿を見て、悠は無意識に同じ言葉を繰り返しそうになり、慌てて喉元で止める。
(あっ…なんかメイサ先輩のペースに取り込まれてたけど…。さっきの事…‼︎)
そこで悠は、はにかむ彼女に言わなければならないことを思い出した。
「そんなことよりも! メイサさん、一体どこへ行っていたんですか! いや、まぁ行ってた場所は分かりますけど! 一人で勝手に行かないで、僕に伝えてから言ってください! というか、僕の隣を離れないでください!」
と、悠が一息で言いたいことを彼女にぶつける。言い終えた時、悠は呼吸を見出し、肩を上下させていた。そして、顔を上げて驚く。
「…なんでそんな顔赤いんです?」
眼前には、顔を真っ赤に染めたメイサの姿があった。
「…悠…自分がなんて言ったか自覚しなさいよ…。『僕の隣を離れないで!』って…。」
悠はその理由が本当に理解できずに尋ねると、メイサはジト目を向けながら、先ほどの悠の口調を真似てそう言った。それを聞いた途端、悠の頬も、彼女と同じくらい赤く染まる。
「ち、ちがっ…。そんな変な意味で言ったんじゃないというか、そんなんじゃなくて…。ただ、今日のメイサ先輩は一際輝いていますし、一人で行動したら、ナンパとかに遭うんじゃないかって心配で…。」
「…もう。」
(輝いてるって…。よくそんな恥ずかしいことを、平然と言えるわね…。)
言いたいことは色々あったが、それ以前に、メイサは真面目な顔で正面から彼に見つめられ、恥ずかしさに耐えきれず、メイサは熱を持った顔を覆った。




