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能力者の日常  作者: 相上唯月
5平穏

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46/81

16デート服

そして、話は戻る。


メイサは光姫と別れ、自室へ戻った。シャギーニットのトップスを着用し、その上から、光姫にチョイスしてもらった深緑色のワンピースを着る。体のラインに沿ったスカートの丈が、いつものメイサの服装からは考えられない長さだ。だが、それもまたいつもとのギャップがあっていい。その後、メイサは鏡台の上に置いてある真珠のネックレスを首に、イアリングを耳につけた。そしてその両方を、鏡に向けて反射させる。とてもいい感じだ。自分ではないみたいで。


仕上げに赤と白のチェックのコートを羽織ると、メイサは新しい自分に生まれ変われたような気がして、高揚してくるりとその場で舞った。コートの裾が、ワンピースのようにふわりと広がる。

可愛い小さめのリュックを背負った後、掛時計で時間を確認すると、


「やばっ! あと十分で二時だわ! 急がなきゃ!」


と、いつの間にか約三十分も経っていたことに驚かされる。そして、メイサは光姫にしてもらった髪が乱れない程度に、廊下を早歩きをして玄関へ向かう。時間に厳しい悠のことだから、もう既に到着しているに違いない。


そう思って玄関へ急ぐと、予想通り、悠は玄関で靴を履いて待っていた。だが、メイサの接近に気づかない。不思議に思って玄関の一歩手前までつくと、その理由が判明した。


彼の手には、なんと英語の単語帳があった。しかも高校受験生向けの、難易度の高いもの。急いで駆けつけた甲斐が、あまりにもない。てっきり、待たせている――ことには代わりないのだが、暇つぶしもせずに待っている――のかと思っていた。暇さえあれば勉強する癖は、いいことなのだが、これからメイサとデートをする際には無くしてほしい。


そう思いつつ、メイサは自分の存在を知らせるため、悠に声をかけようとしたのだが――。


「…っ。」


彼の姿を目に捉えた途端、メイサは声を発せずにその場に硬直した。


白いセーターから覗くのは、小洒落た青と白のチェックのワイシャツ。ズボンはメンズファッション定番のジーンズ。その上から黒色のチェスターコートを羽織り、首には赤色のマフラーを巻いている。その赤色は、彼の透明感のある白い肌とよくマッチしていた。


(…か、かっこ…かっこ、いい…!)


メイサは口元を両手で押さえ、思わずヘナヘナと、その場に雪崩れ込んだ。

ドタッ、と鈍い音が頭に響き、悠は単語帳から顔を上げた。すると、


「め、メイサ先輩⁉︎ い、一体ど、どうしたんですか⁉︎」


そこには悠を見上げたままで固まっている、女の子座りをしたメイサの姿が。


「あ、う、ううん。な、なんでもないの。ごめん、アタシ来るの遅かったわよね。」

「い、いえ。そんなことは…。」


言ってからハッとする。そういえばこう言う時、杏哉から『僕も今来たところだよ』と言うのが正しい、と教わったのだった。だが、そんなことに頭が回るほど、今の悠は冷静ではなかった。なぜなら、


(メイサ先輩…すごく可愛い…!)


こっちもこっちで、メイサのデート服に見惚れていたからである。


おろされた艶やかな黒髪、大人っぽいロングスカート。胸元、耳元で、小さいが存在を主張するようにきらりと反射して光るアクセサリー。それらは全て、普段のメイサとはかけ離れた美しさを放っていて、またとても新鮮で、悠の瞳にとてつもなく魅力的に映った。


お互いに硬直して動けないまま、数分が過ぎた。


「…め、メイサ先輩、そ、そろそろ、行きますか?」


そして、先に我に返った悠は、上擦った声でメイサにそう提案する。


「そ、そうね。今立つわ。」


言われたメイサは今更ながら恥ずかしさが込み上げてきて、慌てて腰を上げようとした、その時。メイサの視界に、突然、透明感のある白い手が伸びてきた。顔を上げると、


「メイサ先輩、その…掴まってください。」


頬を紅色に染めた悠が、顔を逸らして、けれど瞳だけは真っ直ぐにメイサを見つめて、そう言った。きっと、杏哉に仕込まれたんだろうな、と思いつつ、メイサは自分の右手を彼の手に重ねる。悠の手は、思いの外大きくて角張っていた。今思うと、メイサがまだ悠のことを意識する前にも、彼の手を握ったことがあった。しかし、意識し出した後は一度も手を繋いだことがなかった。メイサは先に悠の気持ちを知ってしまって、彼を揶揄って遊びたい、そう思っていたものの、自分でも気づかないうちに、悠のことを意識していたんだな、と改めて感じた。


そんなことを考えているうちに、メイサは悠の手を借りて立ち上がり、悠の手はするりとメイサの手の中から抜けてしまう。ほんのわずかな時間繋いでいただけなのに、もう彼の温もりが恋しく思った。だが、自ら手を伸ばす勇気が出ず、メイサは右手を引っ込めた。


悠とメイサは頭を下げる使用人の間を通りながら、車へ向かった。本来ならば主人のために走る高級車。それを、側近たるものが使用していいものなのか。だが、いつも登下校で乗っている、黒塗りリムジンに乗り込むと、


「悠さま、メイサさま。忘れ物はございませんか? 出発いたしますよ。」


と、島光さんはその優しさあふれる低い声を響かせ、主人がいる時と同じ、穏やかな素敵な笑みを悠とメイサに向けた。


「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます。えと、島光さん。今日はよろしくお願いします。」

「島光さん。アタシたちのためにわざわざ車を出してもらって、本当にありがとうございます。」


悠、メイサの順に島光さんに感謝の気持ちを伝えた。島光さんは柔和な笑みを崩さず、「いいえ。お二人のためならどこへでも行きますよ。」と言ってから車を発車させた。


「やっぱ島光さん男前だわぁ。」

「本当にそうですよね。」


メイサはうっとりするように島光さんのことを見つめるので、悠はほんの少しだけ、彼に嫉妬心を燃やしながら、メイサの言葉に頷く。


「えー? 悠、もしかして島光さんに嫉妬した?」


すると、メイサはニヤニヤと笑みを浮かべ、悠の顔を覗き込んだ。どうやら、感情が声に出ていたらしい。


「……少し。」


嘘をついても仕方ないので、悠は唇を尖らせながらも、素直に答える。


「悠、素直すぎ。大丈夫よ、流石に島光さんに恋愛感情は湧かないわ。それに彼には菊乃さんがいるし、娘の葵もいるじゃない。」

「まぁそれはそうですが…。」


悠は脳内に、溌剌とした笑みを浮かべる葵、穏やかに微笑む菊乃さんの、親子二人を思い浮かべる。


「そういえば悠、目的地までどれくらいかかるんだっけ?」

「大体一時間半で着くはずですよ。」


メイサの問いに答えてから、悠は思った。この会話をしたきり、これから一時間、沈黙が続くのではないか、と。昨日もお互いに口を開こうとしなかったことを思い出す。だが、それは杞憂だったようだ。メイサは昨日の下校中の様子が嘘のように、光姫&杏哉がいる時と同じような他愛もない話題を悠にふり続けた。メイサも昨日のことを気にしているのだろうか。そう思いつつも、メイサとの会話は普通に楽しいので、そのまま続けた。


「見て、悠! あれじゃない?」


すると、会話の途中で、メイサが窓の外に反応し、何かを指さした。


「そうですね。あそこが今日の目的地です。」


メイサが指をさしたのは、目的地である遊園地と水族館の複合施設。白い大きな建物の奥には、巨大な観覧車が顔を覗かせている。また、ジェットコースターが張り巡らされ、一部は水族館の中にまで侵入しているようだった。

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