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能力者の日常  作者: 相上唯月
5平穏

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44/81

14清楚系女子?

翌日。メイサは朝からワクワクする気持ちが抑えきれず、目をぱっちりと見開き、ベッドから勢いよく起き上がった。そして、寝巻きを脱ぐと壁にかけてある制服を手にとる。いくら悠とのデートが楽しみだとはいえ、午前中は学校に行かなければならない。少し憂鬱な気持ちになりながら、メイサはセーラー服を着用する。今日は終業式だけなので、大した支度はいらず、筆箱のみを制定鞄に入れ、部屋を出た。この後は、光姫と二人だけで使っている洗面所で顔を洗い髪を結んだ後に、ダイニングルームへ向かう。


「お姉様、おはよう!」


メイサが洗面所に着くと、そこには既に愛しの姉の姿があった。


「メイサさん、おはようございます。あれ、髪結ぶんですか?」


光姫が振り返り、笑顔で挨拶を返すと、メイサが手に持っていた髪ゴムに視線を向けた。


「学校の間は結ぶわ。下ろすのはデートの間だけ。」


そう、今日のデートでは、メイサは外出時はいつも左右に結っているツインテールを下ろそうと考えている。いつもとの違いをつけた方が、悠の反応が期待できると思ったのだ。それを光姫にだけは話していたので、不思議に思ったのだろう。


「そうですか。あの、私、髪型のことで考えていたんですが、ただ下ろすだけではなく、三つ編みするのはどうでしょう。左右の一部の髪を三つ編みして、後ろで結ぶんです。自分でやるのは難しいと思うので、私が結ぼうと思うのですが。」

「まぁ、ありがとう。お願いするわ。」


光姫の提案に、メイサは喜んで首肯した。


光姫と一旦会話を終え、二人はそれぞれの身だしなみを整え始める。光姫がそのサラサラの長い髪を櫛で梳かしている隣で、メイサも自分の黒髪を二つに分け、平生のように高めの位置でツインテールに結ぶ。普段ならこの後は二つに結った髪をくるくると巻いているところだが、昼からは降ろすつもりなので、型がつくのを避けるためにそのままにしておく。メイサとしてはストレートよりもカールにする方が気に入っているので、素のまま登校するのはいつぶりだろうか。そんなことを考えながら、さらにメイサはいつも通り学生でも許される程度にメイクを施し、そして隣の光姫はお決まりのハーフアップを結び終えていた。


そうして、それぞれ身なりを整えた二人は共にダイニングルームへと向かい、そこには既に悠と杏哉の姿があった。メイサと光姫も、それぞれいつも通りの指定席に座る。

既に朝食が用意してあり、スープからは湯気が立っている。メイサたちがやって来る直前に用意してくれたようだ。四人で『いただきます』と手を合わせて感謝の気持ちを表し、食事を始める。


「おはよう、悠。」


『いただきます』の後、メイサは先ほど言うタイミングを逃した、朝の挨拶を隣に座る悠に投げかけた。


「おはようございます、メイサ先輩。」


すると、悠が優しく穏やかな微笑みを浮かべながら、メイサに顔を向けた。彼のそんな微笑みに、メイサの心はズキュンと撃ち抜かれたようだ。メイサは自分の顔が赤く、そして熱くなっていくのがハッキリと分かり、思わず悠から顔を逸らすと、


「あっ…。メイサ先輩、今日髪型違うんですね…っ。」


と、すぐに悠はメイサの変化に気がつき、とても可愛いです、と付け足して顔を綻ばせた。


「どこが違うんだ?」


悠とメイサが話しているところに、話を聞いていたらしい向かいに座る杏哉が、本当にわからない、というように首を傾げる。


「…逆に、なんで分かんないですか?」


悠は訝しむように、そして若干少し引き美味に、声を顰めて杏哉に問い返した。


「いやいやいや、勘違いするなよ。俺だってさっきから、なんかいつもと雰囲気違うな、とは思ってたんだよ。こんだけ毎日一緒にいるんだからさ。けどどこが違うか、って聞かれると分かんないだけで。」


杏哉は慌てて片手を顔の前でブンブンと振った。だが悠はそんな彼の様子を見て、余計に呆れたように、杏哉にジト目を向けながら嘆息を漏らした。


「…別に、杏哉先輩が思ってたような勘違いも何もしてないですけど。それ以前に、毎日見てたら普通に分かると思いますし。」

「うっ…。じゃ、じゃあ、今日の光姫様の違いを言えるか? 俺は言えるぞ。」

「光姫先輩の違い?」


杏哉は言い訳がましく、そう悠に問う。だが、この問いにも悠が答えられないはずがない。


「それくらい僕にだって分かりますよ。まずパッと分かるのは〝くるりんぱ〟ですよね。そしてハーフアップの高さが平均より低め、前髪が右寄りに分け目がある。」

「…そ、そうだな…。」


察しの通り、自分から挑発したというのに、杏哉は悠ほど光姫の違いに気づいていなかった。せいぜい一番初めに挙げていた〝くるりんぱ〟、正式名称トプシテールくらいだ。どうしてこんなにも、女子の髪型の変化を正確に言い当てられるのだろう。杏哉のクラスでも、女子同士ならば互いに平生との違いを言い合ったりしているが――。

…となると、結論は――。


「やっぱお前、女子だな。」

「は⁉︎」


杏哉の唐突な言葉に、悠は面食らって暫時沈黙が流れる。そして数秒後、


「…杏哉先輩、僕に喧嘩売ってます?」


普段とは比べ物にならないくらいの低い声とは裏腹に、悠はにこりと穏やかなスマイルを浮かべる。杏哉はゾクリとし、失言だったと今更気付いて顔が引き攣る。


「杏哉先輩、覚えておいてくださいね。僕がいつか、あなたに同じくらいの恥を、仕返しを…、」

「あー、あー! 何も聞こえねー‼︎」


悠の恐ろしいセリフを遮るように、杏哉は両耳を塞いで大声で叫ぶ。

そして悠の呪詛が終わったのが分かり、杏哉は両耳から手を離す。


「…ていうかさ、いい加減お前も慣れ、」


いい加減慣れろよ、悠に届かない小声でそう呟こうとしたのだが、


「え、何か言いましたぁ? 杏哉先輩?」


と、なんと恐ろしいことに、悠は杏哉の小声を聞き取り、わざと惚けたふりをして、杏哉に内容を確認してくる。


「すみません、何もないですー。」


途端に背筋が寒くなり、急いで口をつぐんだ。


「…てか、だいぶ話逸れたな。で、結局メイサの違いって何なんだ?」

「あぁ、そういえば、その話でしたね。髪型ですよ。ほら、巻いてない。」

「あー! 言われてみれば!」


悠に普段との相違点を教えてもらい、杏哉は改めてメイサを見る。そこで、杏哉はふと疑問が頭によぎった。


「てか、メイサって髪質いいのに、なんでいつも巻いてんの?」


そう、メイサの髪はメイサの髪は光姫に引けを取らないくらいの、綺麗なストレートだった。それほど髪質がいいのに、なぜ毎日毎日カールにしているのか。髪が傷んでしまうのではないか。

すると、特にハッキリした所以がなかったのか、メイサはキョトンとして目を見開いた。


「なんでって…その方が可愛いと思ってるからだけど…。そう思わないの? 杏哉は。」

「俺は別にどっちでもいい。ただ、髪質いいのに痛むのが勿体無いな、と思っただけだ。というか、俺よりも聞くべき相手がいるだろ。なぁ、お前はどうなんだ、悠。」


杏哉は自分の気持ちを正直に述べた後、メイサが一番気になるであろう相手に話題を振る。


「えっ…。」


すると、悠はまさか自分に話を振られるとは思っていなかったらしく、口に運んでいたパンを落としてしまった。


「え、あ…ぼ、僕、ですか?」


悠は戸惑いながら、ちらりとメイサに視線を向けると、そこには瞳を爛々と輝かせたメイサの顔があった。メイサも自分の回答に興味があるのだろうか。期待されては仕方ない。正直に答えよう。いや、期待されなくとも答えるが。


「そうですね。僕は勿論どちらでも好きです。髪を巻いている時のメイサ先輩はいかにも今時のおしゃれ女子、って感じで可愛いし、ストレートにすると今時感を残しながらも清楚感が滲み出ていて儚く美しいです。けれど、メイサ先輩の綺麗な髪が傷むのは勿体無いと思うので、そのまま下ろした方がいいと思いますが、見慣れてきたメイサ先輩がいなくなるのも悲しいです。詰まるところは、本当に僕は、どちらでもいい、どちらにしても、あなたは可愛いと思います。」


悠は長ったらしく自分の意見を述べる。だが、結論は悠も杏哉と同じく〝どちらでもよい〟のだ。メイサはこんな曖昧な回答を求めているはずない。いや、杏哉なんかに比べれば、その考えの理由も深いのだが。


「…清楚感…アタシに…。」

「え?」


悠はそんなことを脳内で考えていたのだが、メイサの反応は予想外のものだった。


「あ、いや。だから、アタシにも清楚感ってものがあるんだなー、って。アタシってどちらかというと妖艶なイメージじゃない?」

「どうだか。」


するとそこへ、またもや杏哉が口を挟み、「俺はお前に惑わされたことがないがな。」と余計なことを付け足す。メイサはテーブルの下で、杏哉の足を思い切り踏みつけた。途端に、杏哉の顔が大きく歪む。


「話を戻すわ。悠の考えは分かった。だから、これからは交互にすることにしたわ。」


その言葉を聞き、隣で悠は嬉しそうに顔を綻ばせた。


その後、四人は食事を終え、いつも通り島光さんに学校まで送ってもらった。


(始業式さえ終われば、あとはもう夢の時間…!)


メイサは初めに杏哉、そして中学生の二人と別れ、軽やかな足取りで教室に足を踏み入れる。


「おはよ、メイサ! お? どうしたそんなに浮かれて。何かあった?」


ほぼ空っぽのリュックサックを机のフックに掛けたメイサの元へ、真矢がやって来た。


「え、アタシ、そんなに浮かれてた?」

「うん。丸わかりだった。もしかして、今日、悠くんに告られたちゃったりする?」


真矢に図星を突かれ、メイサは分かりやすく硬直する。メイサの分かりやすい反応を見て、真矢は確信したようだった。そうして、メイサの脇腹を突いてくる。


「あはは、やっぱそうかぁ。幸せ者め。みんなの悠くんをとりやがって。」

「あれ、真矢って悠推しだった?」

「え、言ってなかったっけ。そうだよ。」


それは今後厄介なことになりそうである。だが、あの生真面目な悠が一度決めた相手をそう簡単に変えるはずないので、そこは安心できるが。


「で、で? 詳しいこと教えなさいよ。」


真矢は興味津々に目を輝かせ、詳細を教えろ、とメイサに迫ってくる。仕方なく、メイサは彼女にデートの詳細を話した。


「え〜! デート行った帰りに夜景見ながら告られるとか…漫画じゃん!」

「ほんと、すごいロマンチックよね。」


メイサは改めて、少し前に見た未来予知の光景を思い出した。あの美しい光景をこの目で見れるのだ、今夜、悠と共に。


「ねぇ、何話してるの〜? うちらも混ぜて〜!」


メイサが今夜に期待を巡らせていると、新しい声が割り込む。気がつけば、メイサと真矢の横に、数人の友人たちが立っていた。友人たちに真矢と同じ内容を話してやった。彼女らの反応は言うまでもない。


その後、メイサたちは終業式のために体育館へ移動した。ここにいるのは中学生のみなので、杏哉はこの場にいないが、光姫や悠はこの空間のどこかにいるはず。だが、人が多くて両者とも見つけられなかった。恒例の校長先生の長い話を聞き終え、表彰される生徒の名前が呼ばれ終え、メイサたちはやっと、この最も長い二学期から解放された。明日からは冬休み。存分に遊べる上、明日からは晴れて悠と恋人同士なのだ。楽しみすぎて、今夜は眠れなさそうだ。それだけでなく、告白された余韻に浸って眠れないという理由もありそうだが。


「じゃ、メイサ。今日は楽しんで〜! また冬休みあそぼーね!」

「悠くんの告白のセリフ、聞かせてね! バイバーイ!」


真矢とその他友人たちと校門まで共に帰り、別れ際、彼女らはそう言って去って行った。これから二週間は、彼女らと毎日会うことはできない。そう考えると、学校がなくて嬉しい反面、少し寂しくもあった。


メイサが外の寒さに耐えられなくなり、致し方なく島光さんの車内で親友らを待っていると、しばらくして、光姫、悠、杏哉の順に集まり、四人は迎えの車に乗りこんだ。


車が走り始め、暫時、沈黙が続いた。


本来ならばこういう時、話上手のメイサが何気ない話題を投げかけるのだが、今日のメイサにはそれができない。理由は察する通り、これからの悠とのデートに思いを馳せており、意識が完全に飛んでいたからである。


また、そうなっているのは、メイサの隣に座る悠も同じことで、彼もずっと俯いたまま、口を開く気配がなかった。


その光景を見ていた光姫と杏哉は、互いに顔を見合わせ、苦笑いをした。


結局、空気を読んだ光姫と杏哉もその後口を開くことはなく、屋敷に着くまで静寂が続いた。

屋敷に到着し、光姫は杏哉と共に玄関の扉を開く。


「「ただいま帰りました。」」

「お帰りなさいませ。光姫様、杏哉様。」


二人の声が重なり、ずらりと並んだ使用人たちを代表して、明光さんが微笑みながら返事をし、出迎えてくれる。光姫と杏哉が靴を脱いで廊下に上がった時、メイサと悠も肩を並べて玄関に入ってきた。メイサ&悠で玄関を潜ること自体はいつも通りなのだが、今の彼らは、これからデートということで面映いのか、互いに目を逸らしていて、光姫の瞳にはどこかよそよそしく映った。


その後は、予定通り屋敷で昼食を取り、時刻は出発一時間前の、十三時。

光姫は今、メイサの黒髪の一部を、左右から少しずつ取って三つ編みにしているところだ。


「メイサさん、後ろで結ぶゴムはどうします?」


左右の細い三つ編みをし終え、後はそれをまとめて結ぶだけ。黒ゴムはあるが、飾りのある服装やアクセサリーを好む彼女のことなので、つけたいゴムがあるかもしれない、と思って尋ねた。すると、


「そこにある黒ゴムでお願いするわ。」


と、意外にも彼女は地味な黒ゴムで結ぶことを要求する。光姫が目を丸くしているのを鏡越しに見たのか、メイサは笑ってこう言う。


「今日のアタシは、いつもとは違う格好をするの。服装もお姉様に選んでもらった大人っぽいシンプルなものでしょう? だから、その他のアクセサリーもそれに合わせようかなって。ネックレスも真珠のやつだし。髪ゴムもシンプルなものがいいわ。髪に装飾をしない代わりに、イアリングはつけるけど。」

「そうでしたか。へぇ…。あ、もしかして、今朝髪を巻かなかったら、悠さんに『清楚で素敵』って言われたからですか?」


光姫が何気なくそう尋ねると、メイサは肩をビクッと震わせた。


「な、なんで分かったの? めっちゃ恥ずかしい…。」

「なんとなくです。…そ、それより、イアリングは何をつけるんですか?」


メイサが赤くなった顔を両手で覆ってしまったので、光姫はこの話を続けるのはメイサに悪いな、と思い、話題を転換した。


「イアリング? えっとね、ネックレスに合わせて、これも真珠のやつなの。あ、もちろん本物じゃないわよ。お姉様ったら、この間のクリスマスプレゼント、本物の真珠ネックレスを渡してくるんだもの。お返しに困るわよ。」

「本当になんでも構いませんよ。メイサさんにもらった物ならば、私は何でも嬉しいです。」


光姫は本心からそう返答する。本当に、値段なんて関係なく、最愛の妹からのプレゼントならば、たとえ百円でも嬉しいと思っていた。だが、メイサはそれを分かっていない。


「ほらぁ、またそうやってアタシを気遣って〜。」


と、頬を膨らませている様子が、鏡越しに見える。メイサは苦笑しながら、黒ゴムで左右二つの三つ編みを一つにまとめた。


「メイサさん、髪型、完成しました。」


光姫はそう言いながら、手鏡を洗面所の鏡に映し、メイサに自分の後ろ姿が見えるように工夫する。


「まぁ、ありがとう! とっても可愛い! お姉様、すごく上手ね!」


メイサの満面の笑みが鏡に映る。そして、光姫もそれに負けぬくらいの微笑みを鏡越しに返した。

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