3初めての〝友達〟ーーメイサ【挿絵あり】
帰りのホームルームが終わり、少女は中学二年三組の教室を出た。
その少女は、アイロンでくるりと巻いた触覚ヘアに、セミロングの髪を高めのツインテールに結んでいて、その毛先もアイロンで綺麗に巻かれていた。何より特徴的なのは、その髪は、混じり気のない漆黒色なことだ。目は少し吊り上がっていて鋭く、唇の端からはちょこんと小さな八重歯が覗いていた。
「メイサ〜、一緒に帰ろ〜」
後ろからドン、と背中を押され、少女・メイサはよろめく。そして、後ろを振り返ると、その相手をキッと睨みつけた。
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「もう、真矢っ。押さないでっていつも言ってるでしょっ」
といいつつも、メイサは微かに口角を上げ、真矢と呼ばれた友達と一緒に並んで歩く。
真矢もメイサと同じように、アイロンで綺麗に巻かれた触覚ヘアをしており、後ろ髪はサラサラのロングヘアを高い位置でポニーテールにまとめている。
真矢はメイサの言葉を笑いながら流し、ね、とメイサに語りかける。
「ねぇ、メイサ。昨日発売のファッション雑誌『リンディ』読んだ?」
「当たり前でしょ。アタシを誰だと思ってるの。おしゃれ命のメイサ様よ」
校門を潜りながら、メイサはふふん、と鼻を高くする。風が吹き、メイサの整えられた髪が舞い上がる。さらに、微かに香水の匂いがした。
そんなたわいもない会話を交わしていると、突然、ぽつぽつと雨が降り始めた。
「わー、雨。私、傘持ってな……、め、メイサ、どうした?」
真矢がメイサの顔を伺うと、メイサは目を見開いて、青ざめていた。
「な、なんでも……な、い……。」
メイサは引き攣った笑顔を友達に向け、途切れ途切れにそう言った。明らかに無理をしている様子。
「絶対なんでもなくないって! 学校の保健室行こっ」
真矢はメイサの腕を引っ張り、学校への道を戻ろうとするが、メイサはその手を力づくで引き離した。真矢はぽかんとして、メイサを見つめる。
その顔を見て、メイサは、自分はひどいことをしてしまった、と気がついた。そして、メイサは冷や汗を浮かべながら、一生懸命に自分の意思を伝えようとする。
「ご、ごめん……っ。アタシ、ちょっと、あの……ごめんっ。む、向こうで休んでくる! 先帰ってて!」
そう言い残すと、メイサは帰り道とは別の方向へと走り始めた。
「め、メイサ! どこ行くの⁉︎ ちょっと‼︎」
真矢の声が背後から聞こえてくるが、メイサは振り返らなかった。それどころか、さらに速度を増して、呆然とたちすくす友達との距離が、どんどん広がっていった。
メイサはがむしゃらに走った。もう、何がなんだかわからない。人の目線も気にせず、メイサはひたすらに走った。
ついに息が切れてメイサは道端にへたり込む。気がつくと、そこは住宅地の中だった。もちろん、電車通学ゆえ学校周辺でも行ったことがないので、知らない場所である。メイサはその場で途方に暮れた。
ここまでメイサの気持ちを狂わせた原因とは何か。
メイサは先ほど、未来予知をしたのだ。
そう、彼女は光姫が感じていた能力者の一人で、闇から派生した未来予知ができる能力者である。
問題はその内容だ。
彼女はさっき、校内に大量の能力者ハンターが入ってきたところの未来を見た。白いシャツにミッドナイトブルーのネクタイとズボンを着用し、その上から白いロングコートを羽織った彼らは、歴史の資料集に出てくる軍隊のように並んで校門をくぐり抜ける彼らの姿を目に捉え、体全身が震え、身体の中を戦慄が走った。
いつなのかはわからない。未来予知の能力者は普段、自分の意志で予知を行う。だが時々、このように不本意に未来予知が行われ、未来がわかってしまうことがある。自分で行おうとしていないため、能力を使ったことによるエネルギーはあまり出ないが、それでも少々は出てしまう。
だが、今回はそれが当たりだったかもしれない。動揺はしたが、これからの未来、捕まる可能性がある、ということが判明した。
「大丈夫ですか⁉︎」
すると、後ろから女の子の声がした。バッと振り向くと、同じ中学の制服を着たとてつもない美少女が、メイサを心配して駆けつけてくれた。見た目からして、おそらく上級生、つまり中学三年生。
「あ、は、はい……大丈夫、です……」
「何かあったんですか⁉︎」
言えない。能力者ハンターが、能力者であるメイサを捕まえにくる、だなんて。
そう、彼女は学校に能力者は自分しかいないと思っているため、能力者ハンターが入り込むのは、自分を捕まえにくるのだと確信を持っているのだ。
しばらく、沈黙が流れた。
というより、メイサがその美少女・光姫に見とれていた、と言い表す方が近い。
(あれ、この人、どこかで見たことがあるような……)
また、見とれている反面、メイサはそのようにも感じていた。だが、どこで見たのかは全く思い出せない。
そして、その沈黙を破ったのは、光姫だった。
「あなたは…闇の能力者ですか?」
その言葉を聞き、メイサは自分の耳を疑った。まさか、未来予知が行われたことによるエネルギーを、彼女は感じたのだろうか。ということは、彼女は能力者ハンターなのだろうか。いや、そもそも子供のハンターなんていたのか? メイサの頭の中は、疑問符が渦を巻いて、言葉も出なくなっていた。その様子を見た光姫が、独り言のように呟く。
「ということは、中学二年生の子ね……」
光姫は、今まで感じていた場所と、彼女をつなぎ合わせる。
その言葉を聞いて、メイサは俄に顔を上げた。
「あなた…も、もしかして能力者なんですか……?」
能力者ハンターは、能力者であることは見破れても、流石に学年まではわからないからだ。それによく考えると、能力者ハンターは何属性の能力者かどうかもわからないはずだ。
すると、光姫はにっこりとメイサに微笑み掛けた。
「はい、そうです」
その時、唐突に思い出した。その笑顔が、頭の中に微かに残る記憶と一致したのだ。
「あー‼︎ あなた、あ、いや、貴方様、と言わないといけないかしら? あ、あの、も、もしかして、み、光姫様ですか⁉︎」
メイサは言葉が入り乱れ、後から自分は何を言っているんだ、と思い直し、顔を赤らめた。
だが、光姫は気を悪くした様子もなく、同じ笑顔でメイサを見つめていた。
「まあ、私のことご存じなんですか? 光栄です」
「こ、光栄だなんて……貴方はアタシたち能力者のプリンセスではないですか……! 知らない方がおかしいですよ! 学園に絶世の美女がいる、という噂は存じておりましたが…まさかそれが光姫様だったとは! わ、わぁぁ、私、姫様に会えるなんて……! こちらこそ、光栄です! お美しいとは存じておりましたが、実際に見えるとさらに輝いて見えます! それに、こんなにもお優しい方だったなんて……っ」
メイサは興奮を抑えきれず、全て吐き出した。光姫はそれを聞き、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「そんなに言っていただけるなんて、率直に嬉しいです。……あの、ご恐縮なんですが、先ほど貴方がへたりこんでいたわけを、説明していただけませんか? 能力者絡みのことならば、私に何でもお話しください。私も当主の娘として、最善を尽くします」
「姫様ぁ……!」
メイサは目を潤ませながら、手で顔を覆い、わっと泣き出した。今までは両親しか相談相手がいなかったが、こんなにも心強い、しかも年の近い当主の娘が相談相手になってくれるなんて。
メイサはさっき、能力者ハンターが学校にやってくる予知をしたことを話した。けれど、さっきほど恐怖はない。能力者が身近に他にもいるとわかり、安心したからだ。
「まぁ、この学校に……? この学校には私たちの他に、おそらく残り三人能力者がいるのですが、私たちもあわせて五人の中で、誰かが能力を使ったことになりますね。それに反応して、ハンターがやってきた……」
光姫は、感じ取った残りの三人の情報について、わかることは全て話した。小学校に一人、高校に一人、中学一年生に一人いることくらいしかないが。
「えぇ⁉︎ 五人もいたんですか⁉︎ しかも、その能力者たちが能力を使わずとも、姫様は能力のエネルギーを正確に感じ取っていた⁉︎ だからアタシのことも知っていたんですね……! どちらも凄すぎて、声が出ません……!」
すると、光姫は少し困ったような笑みを浮かべ、メイサを見つめていた。
「どうかしました?」
「姫様だなんて……光姫でいいです。いえ、お願いします」
そう、光姫が能力者に話しかけに行けなかった原因は、本人の勇気の有無の他に、ここにもある。光姫は照光を除けば他のどんな能力者よりも身分が上であるため、彼らとの間に境目ができてしまうように感じるのだ。
今回は、心を許せる友達が欲しい、という長年で募った願いから、勇気を出して、彼女にお願いをすることにした。もう、我慢するのはうんざりだった。
「え⁉︎ 姫様を名前で呼ぶなど、そんなことは……」
「いえ、私が、それを望んでいるのです。私には、心を許せる友達がいませんでした。ですが、今はこうして、能力者の年が近い方と知り合えた。私は……迷惑かもしれませんが、貴方と仲良くなりたいです。なので、敬語も結構です。あ、そういえば、名前をお聞きしていませんでしたね。ご恐縮ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
必死にお願いする光姫に、メイサは折れて、敬語と名前呼びをすることにした。こんなところを、他の能力者に見られたりなんてしたら大変だ。
「は、はい……。アタシは、中学二年三組の、月輪メイサで……あ、メイサよ。ご存知の通り、闇から派生した、未来予知の能力を持っているの。貴方様に比べれば、取るに足らないほどの弱さでしょうけど、これでも能力者よ」
「月輪さん……いえ、メイサ……さんと呼ばせていただきます」
光姫はメイサと、歳の近い子とは初めて心で繋がれた気がして、嬉しさのあまり、満面の笑みを浮かべた。
「申し訳ありません。話が脱線してしまったので、元の話に戻します。ハンターがやってくるのは未来が変わらなければ確実、そして、その日程ははっきりしていない……と、このような感じでしょうか」
「はい……」
聞いた情報をまとめて読み上げると、メイサは再び表情を曇らせた。仲間が四人いるとわかったとはいえ、やはり恐怖には勝てない。光姫はそんなメイサを見て、
(メイサさんを不安にさせてる……! 私は当主の娘なのにっ。メイサさんをなんとかして安心させなきゃ!)
と、心の中で思っていた。そんなことを言っている身も、本当は怖くてたまらなかった。だが、今は自分の感情がどうこうより、目の前にいるメイサを安心させる方が先だ。
「大丈夫です。守光神家の名にかけて、この学校の能力者たちを、ハンターから守ります。だから、安心してください」
ハンターの実力を知らずに臆病になっている自分が、本当はそんなことをいう権利はない。だが、守光神家の人間がそのセリフを言うと、なぜだか信じられてしまうらしく、メイサはそれを聞いたとたん、表情を明るくした。
「本当⁉︎ 本当に、姫さ……光姫ちゃんがいてくれて、助かったわ!」
気がつけば、メイサは年上の親戚と話すような口調になっていた。平生の毒舌は消えている。光姫は、素直で可愛い妹のように感じた。実は、光姫は一人っ子なため、ずっと、妹が欲しいと思っていたのだった。
「メイサさん……!」
光姫は気がつくと、メイサの手をぎゅっと握りしめていた。メイサは急に手を握られ、困惑しながらも顔が真っ赤になっている。
そんなメイサを見て、光姫は我に返り、手を離す。
「あ、あ、すみません、すみません。私、ずっと妹が欲しいと思っていて・…つい、気持ちが溢れ出てしまいました。本当に申し訳ないです」
光姫は心の中で、何をしているんだ、と思い切り自分を叱る。守光神家に泥をぬってしまった。穴があれば入りたい。そんな気持ちでいっぱいだった。
一方、メイサは顔を赤くしたまま、光姫を呆然と見つめていた。そして、慌てて言う。
「み、光姫ちゃん、あ、頭を上げて……! アタシ、全く嫌だなんて思ってないわ! むしろ嬉しい。アタシも一人っ子だから、お姉様に憧れてたの。光姫ちゃんがお姉様だなんて、光栄すぎて倒れちゃう。すっっごく嬉しい! あ、お姉様って呼んでもいいかしら……?」
「お姉様…私も光栄すぎて倒れちゃいます……!」
その後、光姫の超人的な記憶力で来た道を辿り、メイサと最寄り駅まで戻った。そして、白城さんに約束通りメイサを紹介し、迎えの車に乗って帰った。白城さんは、人見知りな光姫がいきなり年の違う子と友達になったことを驚いていた。そして、どんな子なのか、と色々質問攻めに合いそうになったが、車が待っているから、と何とか攻撃を逃れた。きっと、明日にも今日の倍の攻撃が待っているだろう。
夜、光姫はベッドに横になりながら、しみじみと思った。光姫はこの日、初めて、血のつながりのない人にこんなにも触れた。きっと、友達というのはこういうものなのだろう。お互いに秘密を作らず、また、格差もなく対等で、何でも気軽に話し合える関係。光姫は幼い頃からずっと、こんな関係に憧れていた。その願いが今、叶ったのだった。
光姫は喜びを抑えきれず、寝てもなおずっと、顔を綻ばせていた。