8ショッピング
試着室の中にいるメイサを待っていると、バイブレーションが鳴った。
光姫はスカートのポケットからスマホを取り出し、LINEの送り主を確認する。
「あ…杏哉さん…。」
光姫は一度深く息を吸うと、LINEアプリを開いた。そしてメッセージの内容を見て、
「あぁ、よかった…。」
と、一人安堵の声を漏らす。杏哉からのメッセージとしては、光姫とメイサを心配し、居場所を尋ねているだけのものだった。ただ、光姫の周りには厳重なボディガード数人がいるので、彼もそれほどまでには心配はしていないために、本気で探してはいないのだろう。そして、なぜ光姫がそのメールを見て安心したかというと、
(私からメイサさんと悠さんのデートの件を持ち出したのに…私、ついメイサさんと二人でショッピングを楽しんでしまって…。)
という所以である。つまり、光姫は今日ショッピングモールにやって来た目的を、それも自分から言い出したことをほったらかして、メイサと遊んでいたために、杏哉からお叱りを受けると思ったのだ。ちなみに、これまでの光姫たちの遊び場は、スターバックス経由の洋服屋数店である。洋服屋数店とは、好みの服を探して歩き回っていたためである。
光姫がスマホを胸に当ててほっとしていると、再び両手に振動が伝わる。そして、開いたままにしていたLINEの画面を見た途端、光姫は瞠目した。
そこには、
『こちらは色々あって、なんとか悠からメイサに告白するよう、説得することができました。今日の夜から、二人で告白の準備を進めていこうと考えています。』
と、綴られていた。
「お姉様…どうしたの?」
思わずスマホを見つめたまま瞠目結舌としていると、いつの間にか眼前には最愛の妹の姿があり、光姫は慌ててスマホをポケットに押し込んだ。
「な、なんでもありませ……まぁっ、とっても似合ってます!」
光姫は否定しながら顔を上げると、先ほど選んだ服を試着しているメイサの姿を瞳に映し、思わず声を上げた。
彼女が着ているのは、飾りのないノースリーブロング丈ワンピース。中にはクリーム色のハイネックシャギーニットを着ている。だが、程よく体のラインに沿うようにすっきりとしたボディに、裾に向かって広がるフレアシルエットによって、シンプルながら大人っぽくエレガレントな雰囲気が漂う。
「…そ、そうかしら? …お姉様じゃないんだし、アタシにこんな上品な服は似合わないと思うんだけど…。」
ダークグリーンのワンピースの袖を掴みながら、メイサはほんのり頬を高調させ、上目遣いで光姫を見つめる。そう、実はこの服は光姫がチョイスした服なのだ。普段のメイサならば、こんな飾り気のない簡素なデザインの服はまず着ない。彼女は基本的に、大きなリボンやフリルのついた、飾り気の多い洋服を好む。
「とても似合っていますよ、メイサさん。確かにいつもと系統が違いますが、上品で大人っぽい服もよくお似合いです。私も色違いの服を買いますので、お揃いにしましょうよ。そうだ、そのワンピースに、私の持っているピンクゴールドのチェーンの、真珠のついたネックレスを合わせてみるのはどうでしょう? 今度、その服を着て外出する時にお貸ししましょう。中古品をお譲りするのは気が引けるので、気にいればメイサさん用に新しいものを買いましょう。」
「お姉様とお揃い? 正直に言って、アタシにこれを着こなせる自信はないけど、それなら買うわ! お姉様の真珠のネックレス? あー、あれね! 確かに、ピンクゴールドのチェーンは似合いそうね。ええ、いつか貸してもらおうかしら。けど、気に入ったとしても、流石に新しいものを買ってもらうのは申し訳ないからお断りするけれど。」
そうして、二人はコーディネートに会話を弾ませる。その時、光姫はメイサの試着しているワンピースの色を見て、ある考えが思い浮かぶ。
(深緑のノースリーブワンピース…。今はクリーム色のハイネックトップスを着ているけれど、下に赤系統のトップスを合わせたらクリスマスカラーになるわ…。そうだ、悠さんの告白の日程を、クリスマスにしてもらいましょう。)
「メイサさん、その服に合う、赤色のトップスを探しましょう。」
光姫がそう提案すると、事情を知らないメイサは目を丸くして首を傾げた。
「え? なんで赤? 赤と緑ってあんまり相性いいとは思えないけど…。」
「た、試しに選ぶんですよ。ほら、行きましょう。」
おかしな理由で半ば強引にメイサを納得させ、光姫は彼女を引き連れ、トップス売り場へ向かった。
が、想定外のことが起こった。光姫は意気込んで、クリスマスカラーにするため、赤色のトップスを買いに行ったところまではよかったのだが――。
「お姉様、やっぱり、あんまり緑に赤は合わないわ。いやもちろん、ダークグリーンと合う赤色の服もあるだろうけど、ここにあるのは全部イマイチ。というか、どうして赤色にこだわるの? このワンピースに着る内側の服を探しているなら、別に赤じゃなくてもいいわ。」
「そうですね…。」
そう、ダークグリーンのノースリーブワンピースに合う赤系統のトップスが見つからなかったのだ。数店歩き回って探したのだが、そもそも赤色のトップスはあまり売られていなかった。クリスマスカラーにするのは諦めるか、そう思った時。
「可愛い…‼︎」
光姫の見つめる先にあったのは、裾がワンピースのように広がったシルエットの、Aラインコート。大きなセーラーカラーや、袖のフリルカラーがアイキャッチとなっている。
三種類の色があり、光姫が惹かれたのは、そのうちの一つ――赤と白のチェックだった。コートならば、ダークグリーンのワンピースに合わせても違和感はない。防寒着になるし、これならばむしろ可愛い。
「まぁ、可愛いコートね! お姉様、これもお揃いにする?」
すると、光姫の目線に気づいたメイサが笑みを浮かべながら声を上げた。
「ええ、そうですね。メイサさんはこの赤と白のチェックで、私は奥にある白色のものにするのはどうですか?」
「まぁ、アタシに可愛い方を譲ってくれたの? ありがとうっ、お姉様は優しいわね。」
メイサは顔を綻ばせて光姫に抱きついてくるが、メイサに赤と白のチェックを勧めたのは、ワンピースと合わせてクリスマスカラーにするためだ。そして、光姫はあまり派手でない方が好きなので、正直に言って、光姫としては白一色のコートの方が良かった。つまり、光姫は一切合切メイサに遠慮なんてしていないのだ。メイサに申し訳なく思いながら、光姫は苦々しく微笑んだ。
「それでは、ワンピース二着にハイネックシャギーニット一着、それからコートを二着購入しましょう。」
光姫は居た堪れなさから話題を切り替えようと、購入する服を並べて声に出した。




