7特別
十二月十一日、土曜日。告白まで残り十三日。
光姫の言葉通り、四人はショッピングモールへやってきた。光姫のお願いということで、島光さんは気を悪くすることなく連れて行ってくれた。
「ねぇお姉様、どうして急にショッピングモールに来たの?」
「一度、メイサさんとこういうところに来てみたかったんです。」
車から降りる時、メイサにそう尋ねられた光姫は、本当の理由を隠し、にこりと微笑みながらそう答えた。だが、この返答はあながち嘘というわけではなく、以前から抱いていた願望だったそうだ。そのため、昨夜メイサと悠のデート先として、ショッピングモールを選択したらしい。
「本当? 嬉しいっ。けど、それならなんで悠や杏哉を連れてきたの?」
メイサは嬉しそうに顔を綻ばせた後、再び浮かんだ疑問を光姫に投げかけた。
「大勢の方が楽しいと思いまして。」
光姫の答えに、メイサはやや不満げに眉をへの字にした。
「えー。確かにそれはそうかもしれないけど…アタシはお姉様と二人きりで回りたいわ。あ、もちろん、四人でも回りたいのよ? けど、二人でも回りたいかなー…って。ダメかしら?」
「…メイサさんっ…!」
メイサの甘えるような上目遣いに、光姫はまんまとハートを撃ち抜かれ、
「ダメなんて! そんなことありませんっ。二人で回りましょう!」
「やった!」
と、メイサの思惑通りになってしまうのだった。
メイサは光姫の腕にくっつき、光姫を連れて杏哉と悠の元を離れていく。チラリと二人を振り返り、置いていってしまったことに罪悪感を抱くメイサ。このように光姫だけを引き連れてショッピングモール内を歩くことも、もちろんメイサの希望だ。だが、
(…本当は、四人でも回りたかったけど…。…でも、何かの拍子に悠と二人きりになったりしたら…。それはもう〝デート〟じゃないっ。アタシ、まだ自分の気持ちがよく分かってないのに、そうなればどうすればいいかわからなくなるわ…っ。)
メイサはそこそこモテるが、告白された時にメイサ自身も相手のことを好きだった、という場合は一度しか経験していない。なので、家にいるときはともかく、非日常の外出中、悠とどう接したらいいか分からない。
光姫とメイサが二人でどこかへ行き――後ろから数人の光姫の護衛はついてきているのだが――残された杏哉と悠。光姫がメイサと悠のデートを望んだのに、その当人がメイサを連れていってしまうとは。いや、正確にはメイサが連れていったのだが。
杏哉は複雑な気持ちになりながら、隣の悠を見下ろした。出会った頃は、悠とは頭ひとつ分ほど背の違いがあった。だが、近頃悠は急激に背が伸びて、杏哉の顔半分くらいの高さになった。
「置いてかれちゃいましたね、杏哉先輩。」
杏哉が光姫とメイサの後ろ姿を目で追っていると、悠が呟くようにそう言った。
「ああ。」
「せっかくなので僕らもどこかへ行きましょうよ。昼時でお腹も空いてきましたし、フードコートでも行きませんか。」
「そうするか。」
杏哉は悠の提案に首肯し、二人で近くのエスカレーターに乗った。外出時はだいたい光姫がそばにおり、その際どうしても護衛がついてきてしまうが、今は杏哉たちのそばに光姫はいないので、二人だけで気が緩む。杏哉は思わず、ほー、と息をついた。
「どうかしました?」
エスカレーターの一段上に乗っている悠に尋ねられ、杏哉はなんでもない、と首を振る。その後、杏哉と悠は一階からエスカレーターを乗り継ぎ、四階のフードコート前にたどり着いた。
「そういえば悠、こういうとこ来たら何食べるんだ?」
悠と共に暮らして二ヶ月は経つが、外食せずとも家の中で一流シェフの料理が食べられる――むしろ屋敷で食べる方が美味しい――ので、悠とこういった場所に訪れたことがなく、また会話をしたこともなかった。
「え…別に、なんでも食べますけど。」
「俺の勝手なイメージでは…悠、うどんとか食べてそう。マック――ハンバーガーとかは…あんまし食べてる印象ないなぁ。」
「え〜、何その勝手な想像。僕、普通にファーストフードも好きですよ〜。」
昼時なのでフードコートの中は混雑しており、二人はキョロキョロと見回して空いている席を探しながら、そんな他愛もないことを話す。
「あっ!」
杏哉が悠の返事を待っていると、悠は突然大声を出したかと思うと、忽然と駆け出した。彼の目線の先には、料理を食べ終えて席を立った、子連れの三人家族の姿が。悠は先ほどまで彼らがいたテーブルに、お金などを入れていた鞄をどかっと置くと、置いていった杏哉に向けて大きく手を振った。
「杏哉せんぱ〜い! 席、空きましたよ!」
「ああ。」
そういえば、最近の悠は屈託なくそこそこ大きい声を出す。今のように。
初めて会った時はスズメ並みに声が小さく、こいつ大丈夫か、と思ったものだ。
「サンキュ、席とってくれて。」
「お安いご用です。」
悠はドン、と拳をつくって平たい胸板を叩いた。この、肉体的にも精神的にも大きい動作も、大声と同様に、少し前の悠なら絶対にしなかった。このような行動を取れるのは、悠が杏哉に心を許してくれるようになったからだ。
思えば杏哉も、初めは悠のことを疑っていた。勘違いされてハンターが近くにいたとはいえ、女子更衣室に居続ける精神はどうかしている、そう考えていた。が、彼の性格を知った後から考えれば、ハンターのいる時に能力を使ってしまい、疾しいことは一切関係なく、怯え、恐怖から教室の外へ出ることができなかったのだろう。
そんな両者が、互いに互いを心許せる〝親友〟になった。そう思うと、心がじんわりと温まる。
その後、二人はそれぞれ違うお店で昼食を購入した。
悠は先ほど杏哉に『うどんを食べそう』と言われ、うどんが食べたくなったらしく、ざるうどんを注文した。杏哉は目の前にあったオムライス屋の、一番定番のメニューを頼んだ。
「そういや悠、メイサにいつ告んの?」
オムライスを半分くらいまで食べたところで、ふと頭に浮かんだ疑問を、包み隠さず、ざるうどん小を食べ終えた悠にぶつけた。すると、悠は漫画によく出てくる描写通りに、口に含んでいた水を盛大に吹き出した。
「えっ、は?」
「好きなんだろ? じゃあ早く告れよ。向こうもお前のこと好きなんだし、断られることはないんだからさ。何も恐れることないと思うぜ。」
メイサが好きになったのは、悠に告白される未来を視たのが理由なのだが。悠が口をあんぐりと開けて放心状態に陥っていると、杏哉はそうスラスラと言葉を続けた。
「えっ、え?」
その言葉に、悠は何も返すことができなくなる。なぜなら、
「め、メイサ先輩って僕のこと……その…す、好きなんですか?」
そう、悠は知らなかった。これから自分が杏哉に唆されてメイサに告白するハメになること、そしてその未来をメイサが視たせいで、告白前に〝両片想い〟状態になってしまった――結果的にウィンウィンなのだが――ことを。が、事の真相を知るものは、この世界にただ一人、杏哉のみ。悠はもちろんメイサが視たことを知らないし、メイサも杏哉に唆されて悠が告白する決心をすることも知らないからだ。
「あれ、知らなかった?」
「まっ、全く知りません!」
悠がぶんぶんと首を左右に振ると、
「そ、じゃあ知れてラッキーだったじゃん。それを踏まえて、いつ告りたい?」
「だっ、だからなんで、僕がメイサ先輩に告白することになってるんですかっ? 別に僕は、メイサ先輩と今以上の関係になることを望んでません。このまま大人になっても、僕らはずっと同じ屋敷に住んでいるんですよ。それで十分じゃないですか。」
悠が必死に、情けない考えを熱弁すると、杏哉は呆れたように肩をすくめ、ため息をついた。
(お前が告白しないと、メイサの未来の視た未来も変わっちまうだろ。てか本当に、この意気地なしでヘタレの悠が告白なんてするのか?)
流石に口に出しては言えないので、心の中で呟く。
「全く、告白して断られる可能性がないっていうのに、なんでそれ以上を望まないかなぁ。メイサに対する気持ちってそれくらいなの?」
「そっ、そんなわけないじゃないですか。僕にもその……欲、とかあります、し…。」
「へぇ?」
杏哉にメイサに対する思慕の大きさを疑われ、慌てて否定したが、後からそれは杏哉の策略だと気づく。なぜなら、彼は悠が反論した後、ニヤリと口角を釣り上げたから。
「たとえば?」
「たっ、たとえば、って…。」
『とりあえず手を繋ぎたい。』それが悠の希望だったのだが、口にするのが恥ずかしく、ごにょごにょと口ごもっていると、杏哉がなぜか顔を歪めた。
「えー。何、お前以外と欲深い……性欲強いの? なんか引くわ――。」
そして、「まさかもうすでに体で結ばれたいと思っていたとは。」と小さく付け足す。
「んなっ、そんなわけないじゃないですかっ。なぜ今の沈黙をそう解釈するのか意味不明なんですけどっ。ていうかですね、杏哉先輩は思春期真っ盛りでそういう事考えるお年頃なのはわかりますけど、僕はまだ中一ですからね! そこ忘れないでくださいよ!」
杏哉のまさかの言葉に、悠はゆでだこのように顔を真っ赤にして思い切り否定した。
「でもそんな過剰反応するってことは、行為自体は知ってんだろ。気になって調べたんだろ。なら、お前も十分思春期真っ盛りだよ。」
「ち、ちがっ。ぼ、僕は、本にそういう描写があったから、知識として知っておこうと調べただけで…。」
「自爆してんじゃねぇか。」
ニヤニヤと口角を上げた杏哉は、その顔のまま、「でもま、さっき付け足した言葉は冗談だよ。お前は真面目だから、付き合ってもないのにそんなこと考えないよな」と付け足してケラケラ笑った。だが、こっちは笑う気になんてなれない。戯言にも程があるだろう。
「…というか、僕は別に恋愛相談に乗ってくれ、って頼んだわけじゃないのに、なんで杏哉先輩はそんなに聞いてくるんですか?」
「…七割は親切心だな。」
『悠に告白させないとメイサの視た未来が変わるので、悠に告白させたい』というのも理由の一つだが、それに杏哉が協力する義務はないので、やはり親切心だろう。
「へっ、残りの三割は逆に何なんですか⁉︎」
杏哉の意外な返答に、悠は自分が聞いておいて、ずっこける。
「あー、まぁ…。光姫様にお願いされたんだ。二人の恋を応援してくれって。んで、そのお願いを真面目に叶えようとしてんのは、そうすることで俺にもメリットがあるから。」
これまた悠にとっては想定外の返答。まさか光姫が絡んでいたとは。しかも、光姫は恋愛に無頓着なので、他人の恋事情にそんなに興味を持つとはこの上ない驚きだ。
「メリットって何ですか?」
悠は問う。すると、杏哉は先ほどの悠のように口ごもった後、
「ズバリ、お前がメイサとくっつけば、光姫様の〝特別〟は俺しかいなくなるってこと。」
そう、少し前にゲームをした後、手を握られた杏哉が光姫に忠告した時に言われたことだ。
「特別? なんですか? それに、俺しか〝いなくなる〟って、まるで僕も入ってるみたいに…。」
悠が意味がわからない、というふうに首を傾げるので、杏哉はその時のことを説明した。すると、
「ほぉー…。それで、今でも光姫先輩の〝特別〟は杏哉先輩と僕だけなのに、その中からさらに、一人だけの〝特別〟になろうとしてるわけですね? …もうっ、僕より全然欲深いじゃないですかっ。よく人のこと言えますね。」
と、悠は腕を組んでそっぽを向いた。そして、言葉を続ける。
「…でも、そういうことなら僕も協力しますよ。」
「え⁉︎」
杏哉は思わず大きな声を出してしまう。てっきり、三割は自分のためならもうメイサとの関係に口出しするな、などと言ってくるかと思ったのだ。
「全て親切心なら、申し訳なくていたたまれないじゃないですか。…けど、僕とメイサ先輩がくっつけば、杏哉先輩も杏哉先輩で得する訳でしょ。それなら納得したんです。杏哉先輩にはいつもお世話になっていますし…その、さっき先輩に嵌められて話したように、確かに僕にも欲はありますし、自分のためにしたことが杏哉先輩の得にもなるなら、協力してもいいかな、って。」
「じゃあ告白してくれるのか?」
「そっ、それはまた、別の話で…。」
「じゃあ今の言葉は何だったんだよっ。」
杏哉のためにも協力はする、だがメイサに告白はしない、という矛盾に杏哉が突っ込むと、
「と、とりあえず、一緒に行動する時間を増やそうかな、と…。」
と、眼前の悠は顔を赤らめてボソボソと自分の意思を告げた。
「いやダメだろ、それだと今までと同じじゃないか。そう言い続けて、ずるずる引っ張ってくぞ、一生。俺もサポートするからさ、さっさと告ろうぜ。」
「ひっ、人の気持ちをなんだと!」
悠の言葉を否定し、杏哉は告白しろ、とこともなげに悠に迫る。
「というか、ずるくないですか? 僕には告白させておいて、自分は光姫様に告白しないんでしょ?」
悠が反論すると、杏哉は痛いところをつかれたようで、渋面を作った。
「いいだろ、別に俺のことは! お前はいいからメイサに告れ! そうしないと、ぬか喜びさせることになって、メイサが可哀想だろうが。」
思わずメイサに話してもらった未来予知の話を口走ってしまう。
「は? ぬか喜び? 何の話ですか?」
当然、悠は目を丸くして首を傾げる。
「あー、いや…あの、俺、少し前メイサに言ったんだよ。悠はメイサのこと好きだから、きっといつか告白してくれる、って。」
メイサの未来予知の話をするのは良くないと思ったので、杏哉は自らを犠牲にすることにした。杏哉は自分で自分の健気さに感動した。
「なっ、何勝手なこと言ってるんですか⁉︎」
案の定、普段激情に駆られることがない悠でも、机にバンっと手をついて声を荒らげた。
「だって…ある程度周りがサポートしないと、悠はいつまでたってもメイサに想いを伝えられないかな、と思って…。し、親切心から行ったわけで…俺が怒られる筋合いは…。」
もちろん、杏哉が怒られる筋合いが無い訳がない。自分で言っていて悲しくなる。しかも途中から、かなり言い訳じみている。
「…本当にごめん。悠、まじでごめんって。ごめん、ごめんなさい。」
そのように、しばらくの間、杏哉が必死に悠に謝罪の言葉を並べていると、
「…はぁ、もういいですよ。」
と、悠はため息をついてそう一言。
「えっ⁉︎ 許してくれんの?」
杏哉は瞠目しながら、思わず声を裏返らせる。
「許すも何も、自分の利益もあるとはいえ、メイサさんにそう言ったのは僕のためですもんね。僕がヘタレで自分からは告白なんてできない、って杏哉さんがそう思ったから、そんな嘘の予定を彼女に告げたんですよね。ならもう、許すしかないですよ。だけど、これからそういう場面があったら、事前に僕に言ってくださいよ。」
「…事前にお前に言ったら意味ないじゃん…。」
説教され、思わず口が滑って言い返してしまい、杏哉は慌てて手で口を押さえた。
「…そうですね。いやそもそも、杏哉さんが何も言わなければいいんですよ!」
すると、悠は自分で言った言葉を指摘されてハッとしたようで、そう開き直った。いや、元々悪いのは杏哉――ではなく、悪いも何もなく、始まりは偶然未来予知をしてしまったメイサなのだが。
悠の開き直った態度に、杏哉は思わずククク、と笑い声を漏らす。すると、悠もそれにつられて目元が緩み、杏哉と同じように笑い出した。
「…なんだかもう、不安なんて吹っ飛んでしまいました。…告白、手伝ってくれますか。」
二人で存分に笑い終えた後、悠はスッキリした表情で杏哉に手を差し出した。
「ああ、もちろん!」
まだまだ華奢だけれど、出会った頃に比べて段々と逞しく、角ばってきた手を、杏哉は力強く握り返した。




