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能力者の日常  作者: 相上唯月
5平穏

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35/81

5覚醒

「目的…ですか? それに、覚醒…とは?」


一体なんだろう。今回のゲームは、ただの楽しみのためでなく、何か目的があったと言うのか。それも、〝覚醒〟とはどい言う意味だろう。


「先ほど、杏哉さんが指示しなくても、草木が勝手に杏哉さんのためになることをしたでしょう? あれは、樹護宮家の中でも選ばれた人だけが覚醒する能力なんですよ。」

「え……そうなん、ですか…。確かに、初めての感覚で戸惑いましたけど…。それより、なぜ光姫様は私が覚醒すると分かったのですか? それに、覚醒したことをなぜ光姫様がご存知で?」


光姫は『草木を相棒のようにできる能力』は、樹護宮家・つまり光姫の側近になる家系のうち、そこからさらに選ばれた者だけが覚醒するといった。それだけでも驚くべきことなのに、なぜ光姫は杏哉がその〝選ばれし者〟だと分かったのか。


「まず、なぜ私が『杏哉さんの能力が覚醒すると分かったのか』ということですが、私は分かってなどいませんよ。私はただ、私の見込んだ杏哉さんなら、使えるんじゃないか、と思っただけです。そして、覚醒したと分かったのは、パッと見てそれまでとの違いが分かるから、ただそれだけのことです。」


そう告げた光姫にニコリと微笑まれ、杏哉は途端に顔を真っ赤にした。


光姫の笑顔が尊くて守りたくなったから――とか、そんな恋愛的なことを考えていたわけではない。いや、それも一因ではあるが、主な理由はそれではない。


(光姫様は、『俺が能力を覚醒させる』ことに、別に確信していたわけではなかった…のに、俺は…なんで分かったか、なんて…。自惚れてるみたいだ…。よりにもよって、光姫様の前であんなこと言って…。)


杏哉が熱を持った顔を両手で包んでいると、光姫の手が杏哉の右手首を目指して伸びてきた。


「杏哉さん? どうされました? 私、何かしましたか?」


光姫のしっとりとした色白の手は杏哉の手首を優しく掴み、数秒後、彼女の心配そうな顔が近づいてきた。この数ヶ月行動を共にして分かったことだが、光姫は恋愛に無頓着で、異性に対して何とも思っていないらしい。この動作も杏哉以外に――悠――は彼女の親友故に仕方ないにしても、その他の男にも平気でするということ。それが、杏哉には虚しくて悔しくて仕方がなかった。杏哉は意を決し、光姫の手を離して言った。


「…いえ、なんでも…ないです。…あ、あの…。こ、こういう…男に気軽に触れるのは…よく、ないんじゃないかと、思います…。み、光姫様はお美しいので、あんまり簡単にこんなことすると、誤解されてしまうと…いう、意味で…。」

「あら。心配しなくても私、仲のいい人以外にはしませんよ、こんなこと。私、こういう性格なので、同性とだって気兼ねなく手を握ったりできませんもの。だから、メイサさんが初めてなんです。…男性でしたら、杏哉さんと悠さんしかいませんね。」


杏哉が光姫の身の危険を案じ――よりも、嫉妬心からそう忠告すると、光姫は目を丸くしてそう述べた。言われてみれば、光姫は大人しい性格をしているので、女子とも肩を組んだり抱きついたりしない。杏哉を男性として見ていなかったとしても、杏哉は彼女の特別なのだ。それを知れただけで、勇気を出して良かったと思った。


「そう、ですよね。失礼なこと言ってすみません。」


杏哉はそう言って頭を下げる。

だが、なんとも醜いことに、杏哉の嫉妬心はそれだけでは抑えきれなかった。


「あ、で、でも。悠に触れるのは……ほ、ほどほどにしといた方が、いいですよ。」


本当は〝ほどほどにした方がいい〟ではなく、〝やめた方がいい〟と言いたい。だが、ここは我慢だ。杏哉は自分に言い聞かせる。


「? どうしてですか?」


恋愛に無頓着なため当然のことながら、光姫は首を傾げる。


「悠とメイサ、両想いなんです。今はまだ〝両片想い〟状態なんですが…。だから、ほら、いくらメイサの姉だからといって、メイサを嫉妬させては、か、かわいそうでしょう?」


本当は、確信を持って言えるのは『悠がメイサのことを好き』という事実だけだ。いや、そちらも本人から直接伝えられたわけではないのだが、杏哉が悠にそのことを指摘した後から、悠のメイサに対する態度がより明白になったのだった。そして、他人の目から見ても明らかな悠はまだしも、メイサが悠をどう思っているかは微妙なところだが、今朝のメイサの様子はどうもおかしかった。


(今朝、悠に『可愛い』って言われて、顔茹で上がったみたいに真っ赤になってたんだよな、あいつ。)


これまでのメイサならば、相変わらず容姿が可愛らしい悠に『あなたもつける? きっと可愛いわよ』的な言葉を投げかけていたと思う。けれど、朝はそうしなかった。


(もしかしたら…メイサも悠の気持ちに気付いてて、それで意識するようになったのかもな…。悠って頼り甲斐がないとこあるけど、まぁいい奴だから、メイサも幸せもんだな。)


杏哉が目を瞑って一人で腕を組んでうんうん、と頷いてから瞳を開けると、眼前には今朝のメイサ以上に、顔をりんごのように真っ赤にした光姫がいた。


「ど、どうしたんですかっ、光姫様⁉︎」

「…いえ。なんでも、ないんですが…。あ、あの…っ、メイサさんと悠さんが両想いって、本当なんですか…⁉︎」


杏哉は思わず、体育館のように広い能力完全防備室に響き渡る大声を出すと、光姫は顔の前でぶんぶんと手を振った。そして、杏哉の瞳をじっと見つめてそう尋ねた。


「…まぁ…多分…。」


強い視線を感じ、杏哉は思わずウッと言葉に詰まり、顔を背けた。嘘をついたことに罪悪感を抱きながら、もう引けないと諦める。


後で、必ずメイサの気持ちを確認しに行かなければ。悠が好きだというなら一安心。だが、もし何とも思っていないということならば、取り返しのつかないことになる。


(一安心とか…人の恋心をそんなふうに思っちゃ悪いよな…。ごめん、メイサ。)


杏哉は心の中で、脳内に浮かんだメイサに謝る。


「光姫様…だ、大丈夫ですか?」


杏哉がそんなことを考えている間にも、光姫はまだ、顔をほんのりと赤くしている。


「は、はい…。あの、私…よく、男性から告白は、されるんですけど…。正直〝恋〟ってよく分からなくて、毎回、お断りしているんです。だから…その、メイサさんと悠さんがお互いにそういう…感情を抱いているのなら、私、応援したいです…。」

「え…あ、はい…。」


光姫の言葉に、杏哉は瞠目結舌としてこくりと首肯した。


光姫がモテるのはこの学園の生徒ならば誰でも知っていることだし、光姫が恋愛に無頓着だということも存じている。何に驚いたかというと。


(まさか…恋愛に無頓着な光姫様が…メイサと悠の恋を応援するなんて言い出すとは…。)


そこである。恋愛なんて興味がないのかと思いきや、顔を真っ赤にしたり、人の恋愛事情を気にしたりと、彼女も年相応の感情を抱いているのかも知れない。


「きょ、杏哉さん。そ、そろそろ部屋に戻りましょう。」


光姫の言葉にハッとして腕時計に視線を落とすと、時計の針は十時五分を指していた。


「そうですね。」


その後、杏哉は光姫を部屋まで見送ると、光姫がふと思い出したように言った。


「そういえば杏哉さん、先ほど、私、ゲームをする前に『勝った方が負けた方の言うことをなんでも一つ聞く』と言いましたが、私のお願い、聞いてもらってもいいですか。」

「あっ…はい。」


正直、その後に起こったことのインパクトが強すぎて、また自分が負けたこともあり、その条件を忘れていた。


「では、私と一緒に、メイサさんと悠さんの恋の応援、手助けをしてください。」


光姫はほんのり頬を赤らめ、にっこりと微笑んで「おやすみなさい」とお辞儀をしてからドアを閉めた。


(…なんていうか、光姫様も〝女子中学生〟って感じだな…。)


杏哉はしみじみとそう思った後、光姫の隣の部屋をノックした。しばらく待っても返事がなく、もう寝ているのだろうか、と考え、部屋に戻ろうとした時、


「はい。」


ドアが開き、外行きの服を着たメイサが現れた。先ほどの時間は、寝巻きから着替えるためのものだったのだろう。だが、髪型までセットする時間はなかったのか、混じり気ない艶やかな黒髪はおろしたままだ。あまり見られない光景である。口を開かなければ可愛いのに、と杏哉は少し残念に思う。もちろん、光姫には到底敵わないが。


「…杏哉? 何しに来たの?」


メイサはノックした相手が杏哉だと分かり、あからさまに落胆していた。


(もしかして、悠が来ることを望んでたのか…? でも…この時間に男が部屋に来るのは…なんていうか…。)


杏哉があらぬことを想像し、思わず苦笑いしていると、メイサに不審な視線を向けられたので単刀直入に尋ねる。


「メイサ、悠のことどう思ってる?」

「えっ…。」


言葉がなくても、反応で丸わかりだった。尋ねられた途端にポッと頬を紅潮させ、視線をうろつかせる。


「やっぱ…そうか。はぁ…良かった…。」


先ほど光姫に言ったことが嘘ではなかったと確信できて、思わず安堵のため息をつくと、


「なっ、何がよ!」


と、猫のように目を鋭くしたメイサに思い切り睨まれた。


「だから、お前が悠のこと好きだってこと。」


杏哉がどこか自分と似たものを感じながら、少し大きな声を出してそう言った。


「ちょっ、悠に聞こえたらどうすんのよ!」

「聞こえねぇよ。こっからじゃ。」


慌てるメイサに、杏哉が呆れの視線を送っていると、なぜだか、左手と右手の指先をちょんちょんと突く、滅多にお目にかかれない、しおらしいメイサが眼前にいた。


「どうしたんだ?」

「…ねぇ杏哉。アタシって…悠のこと、好きだと思う? そう見える?」

「はぁ?」


思いもよらぬ発言に、杏哉は目を丸くする。


「自覚なかったのか? そうとしか見えねぇけど。」

「本当に…?」


すると、メイサは頬を赤らめたまま、なぜか嬉しそうに頬を綻ばせた。何が何だか意味がわからない。


「何なんだよ、一体。」


眼前で一人顔を綻ばせるメイサが少し気味が悪くなり、杏哉は眉をひそめた。


「実はね…アタシ、近いうちに悠に告白されるのよ。」


すると、メイサは杏哉の耳元に顔を近づけ、突然、そんな突拍子もないことを囁いた。


「は?」


杏哉が瞠目結舌としていると、メイサは「もう、なんでわかんないかな。」と、まるで杏哉の物分かりが悪いかのような言い草で、事情を説明してくれた。


「クリスマスに悠から告られる未来を予知したって?」

「ええ、そうなの。」


杏哉が話されたことを要約して聞き返すと、メイサはまたもや嬉しそうに首肯する。


「で、お前はそれを知って悠のことが気になり出したと。ま、当然だよな。」


杏哉は今朝からメイサの調子がおかしかったことを思い出し、うんうん、と頷いて一人で納得していた。


「そんで、もう、お前は悠のことが好きになったのか。」

「ちょっと、その言い方はなくない? まるでアタシがおかしいみたいに! 悠のことは、前から友達として好きだったんだからね!」


メイサの言う通り、光姫、メイサ、杏哉の中で、悠と一番仲がいいのは、間違いなく日常的に揶揄いあって遊んでいるメイサだ。それゆえメイサも悠に対して、恋愛感情ではないものの、悠に好意を抱いていた。そして世間一般の女子は、そんな彼から告白されると分かったならば、その好意は恋愛感情に変換されるものなのだろう。もちろん、その彼とずっと友達の関係で居たい、と思わない限りの話だが。


「…そうか。人を好きになるのって理屈じゃないもんな。」


杏哉がメイサの言葉を受けて納得した後、メイサを訪れた本来の理由を思い出し、


「改めて聞く。お前は、悠のことどう思ってる?」


と、再び初めと同じ質問を投げかける。すると、


「……やっぱり…好き…なの、かな。」


短い沈黙ののち、メイサは顔を真っ赤にしてそう言った。そして、恥ずかしくなったのか、その場にしゃがみこむ。曖昧な言い方だったが、先ほど光姫に言ったことは嘘ではなくなった、と胸を撫で下ろす杏哉。


「…なんかはっきりしてないけど、よし。それが聞けて良かった。一応、応援しとく。あ、ちなみに光姫様も知ってっからな。」

「え⁉︎ ちょっと何よそれ! ねぇ杏哉! どういうこと! アタシ、今自分の気持ち自覚したのよ⁉︎ あ、ちょっと! 逃げるな‼︎」


メイサの怒鳴り声を背中で聞きながら、もちろん従うはずもなく、杏哉は自分の部屋へ駆けて行った。

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